雪の花-九

-君がため-






数日前、少し落ち込んでいたの姿を目にした泰衡様は
のために何かできることはないかと考えていた。

落ち込んでいた理由は大体わかったが、
深く追求することはできなかったのでそのことをどうにかすることはできないが、
一人で隠れて泣きそうな顔をしていたを想うと、
せめて何か気が晴れる程度のものでも構わないから何かしたかった。

今まで此処まで気にかけた相手はいないし、
人のことになど構うことはないのだが…
どうしてもあの時のことが頭から離れなかった。

泰衡様の言葉で元気が出たと言った
その後は実際いつもと変わらない様子でこの数日は過ぎていた。

だが、あの時も誰かと接している時はいつもと同じ、
明るい無邪気な様子でいたのだ。
しかし実際は辛い気持ちや寂しさは隠していたに過ぎず、無理をしていた。
今も元気なふりをしているだけなのでは…と泰衡様はそれを懸念しているのだった。


「…………はぁ。」


何度目かのため息をつき、泰衡様は頭をかいた。
何かしたいとは思っても今までそんなことをしたことがない泰衡様。
いったいどうすればを元気づけることができるのか、何をすればいいのか見当もつかなかった。


「…………」


とはいえこんなことを誰かに相談することなどできるはずもなく、
相談する相手にしても思いつかない泰衡様。

銀は確かに適任ではあるかもしれないが、
銀がやること、思いついたことを泰衡様ができるはずはないのだ…。

たまっている仕事、いつもより時間がかかってしまい集中もできないでいた。
じっと外を眺めていた泰衡様だったが、意を決したように立ち上がると部屋を出た。



***






泰衡様はいつものように庭で仕事をしていたを見付け呼び止めた。


「あ、はい。泰衡様、何か御用ですか?」


は少し驚いた顔をしたが、それもいつものこと。
振り返り、泰衡様に目をとめるとにっこりと嬉しそうに笑って返事した。


「少し出る、共に来い。」


の返事を聞くと、泰衡様はそれだけ言ってさっさと歩いて行ってしまい、


「あ、は、はい!」


はあわてて後を追っていった。



***



「あの…どちらに行かれるのですか?」


必死の思いで後をついて歩いているが泰衡様に尋ねると、
泰衡様は振り返ることはしなかったが、少しだけ歩みを緩めてくれた。


「少し……私用だ。」


そして小さくそう呟いた。
何となく声をかけるのを憚られるような泰衡様の雰囲気に
はそれ以上は何も言わず、ただ後を着いていった。



***



しばらく町中を歩いていたが、とある所で泰衡様は町を外れ林の中に入っていった。
どこに行くのかますます不思議に思っただったが、泰衡様に着いていくのが
精一杯で尋ねる余裕はなかった。

ともかく前を歩く泰衡様を見失わないように必死に追い掛けた。


「…あっ」


と、突然泰衡様が足を止めたので勢い余ったは思いっきり
泰衡様にぶつかってしまい、反動で転んで尻餅をついてしまった。


「……いたた;す、すみません…泰衡様;」


慌てて謝るに泰衡様はばつの悪い顔をして、
そっとに手を差し伸べた。


「……悪い」


小さい声だったが謝罪の言葉を述べ、
手を差し出してくれた泰衡様には少し驚いたものの、
やっぱり優しい泰衡様の行為に嬉しそうに笑って、


「ありがとうございます、泰衡様…。」


お礼を言って手を取った。
起き上がってふと泰衡様の後ろを見ては驚きの声をあげた。


「……わ…すごい…、すごいですね!泰衡様、ここは?」

「……昔、来ていたことがある場所だ…今はどうなっているのか少し気になっていたが…。」

「すごい…すごく綺麗です…この花…何というんですか?」

「…知らないのか?向日葵だ。」

「向日葵…。」


泰衡様の後ろ、林を抜けた先に広がっていたのは一面の向日葵畑だった。
太陽に向かい伸びた向日葵はどれも誇らしく空を仰ぎ、
青い空を引き立て、引き立てられ咲いていた。


「すごく大きな花ですね、向日葵って…。まるで太陽のような…。」


じっと向日葵畑に視線を向けているは歓喜あまったような声で呟いた。


「そうだな…日に向かって咲く花だ。」

「そうですね、みんな太陽の方を向いていますね。」


泰衡様の答えを聞いて、は納得したように頷くと、
何かに気付いたような顔をして口を開いた。


「あ…太陽……、だから私の……」

「何だ?」


泰衡様が尋ねるとはかなり慌て激しく首を振った。


「あ!ななな何でも!な、何でもないです!!」

「?そ、そうか?;」


泰衡様は不思議に思ったがあまりのの慌てぶりに怯み尋ねるのは止めた。


「と、ところで泰衡様;」

「何だ?」

「ここはどういう?泰衡様、この向日葵のことご存じだったんですか?」

「……っ;」


にしてみれば当然の疑問。
それに何をしに此処へ来たのかもよくわからない…。
と疑問のこもった顔で泰衡様を見た。


「…………?」

「…………;」


じっと不思議そうに自分を見つめるに泰衡様は焦った。
まさかを元気づけたくて連れてきたなど言えるわけもない。


「………ここは」


仕方なくこの『場所』について話し始めた。


「ここは昔、人と来たことがある…。」

「ご友人ですか?」

「……まあな。……そいつがここに向日葵の種をぶちまけた。
 …それでこうなったんだろうな。」

「そうなんですか?」

「ああ…。金と走り回って転んで、種を無くして騒いでいた。
 俺にも探してくれと言ってきたが…俺が放っておけば花が咲くかもしれんと言うと、
 それならと嬉しそうな顔をしてその後はしばらくここへ様子を見にきていたな…。」


淡々と話す泰衡様だったがどこか楽しそうな気がした。


「…泰衡様、その方のことがお好きなんですね。」


がにっこり笑ってそう言うと、
泰衡様は一瞬沈黙し、複雑そうな顔になると、


「………言っておくが…そいつは男だからな。」


と言った。


「え?は、はい。ご友人なんですよね?」

「…………」

「?」


不思議そうな顔をするに泰衡様はまた沈黙している。
友人だと言うこと何故か躊躇っているような…。


「それにしても、この向日葵と言う花は本当に大きいですね。ほら、私より大きいです。」


はもう一度向日葵畑の方を向き、
近づいていくと背伸びをして手を上げた。


「……お前が小さいだけだろう。」


呆れたように呟き、ため息を洩らした泰衡様だったが
瞳は優しくを見つめていた。


「迷い込むなよ。」

「はい。」


興味深そうに向日葵畑の中に入って行くに泰衡様はそう声をかけた。


(は向日葵を見たことがないのか?)


思ったよりもずっと喜んでくれたに ほっと安堵はしたものの、
の反応を不思議に思いながら泰衡様は首を傾げた。


「………」


しばらく向日葵畑の中をうろうろしているを見ていた泰衡様だったが、
ふと何かを思い出し少しその場を離れた。



***



「……泰衡様?」


しばらくして、向日葵畑を抜けて戻ってきた
泰衡様の姿がないことに気付き慌てた。


「…泰衡様!」


戻ってくる場所を間違えたのか、それとも泰衡様を待たせて
ふらふらしていたから怒って帰ってしまったのか…。

主である泰衡様を待たせていたなんてよく考えると
浅はかだったとは慌て、自分を叱責した。
優しい泰衡様につい甘えている自分に…。

一人になってしまったことに不安を覚えが俯いた時…


「どうした?」


ふと声をかけられ、弾かれたように顔を上げた。


「泰衡様…!」

「?」


驚いたような様子のに泰衡様は不思議そうな顔をしたが、
一瞬見えた不安そうなの顔を見逃さなかった。
自分がいなくなったことで、を不安にさせてしまったことに 泰衡様はすぐに気づいた。

寂しい思いをしているを慰めるために来たはずなのに、
そんな顔をさせてしまい、少し自身を責めたが、
同時に、自分の存在をそこまで必要としてくれているのだと 感じるの反応を嬉しいとも感じていた。


「……すまない、一人にして…。」


とはいえ、悲しそうなの顔に胸が痛み泰衡様は思わずそう謝り、
そんな泰衡様には慌てて首を振った。


「いえ!私こそすみません、泰衡様をお待たせするなんて…。」


申し訳なさそうに顔を伏せたに泰衡様は頭をかいたが、
すっとの顔の前に何か差し出した。


「?…これは…桃…ですか?」

「ああ。」


泰衡様が差し出したのは桃の実。


「この先に桃の木があったんでな、取ってきたんだ。」

「下さるのですか?」

「……ああ。」

「泰衡様の分は…」

「俺のことは気にするな。」

「…ありがとうございます。」


ふと嬉しそうな顔をしたに泰衡様はほっと安心したように笑った。
上手い言葉も慰めも思いつかなかったが、こうして今が笑っているならそれで良い、と。

不器用な泰衡様なりの必死の気持ちはきちんとには伝わった。
言葉はなくとも気持ちはちゃんと伝わるもの。


「…とっても美味しいですよ、泰衡様!」


は泰衡様に貰った桃を口にしてまたにっこり微笑んだ。
なんとかを元気づけたいと思った泰衡様の願いはしっかり叶ったようだ。

柄にもなく一生懸命になった泰衡様を称賛するかのように太陽の花が風に揺れた。
昔友と来たこの場所が、今は遠くにいる友が育てたこの花が、
何時になく泰衡様に素直な優しい気持ちを与えたのかもしれない…。






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2007.04.06