雪の花-十
-暗闇の足音- 「やっと………見つけた…!」 *** 「頭!見つけましたぜ!あの女!」 男が慌てて駆け込んだ真っ暗な部屋、奥に一人男が座っていた。 「そうか…どこに?」 「それが、藤原の屋敷に!やっぱりあの時に…。」 「ふん、ずいぶん長く欺かれたものだ…。」 部屋の奥の男がそう呟くと、また別の男が部屋に入ってきた。 「申し訳ありません。」 「まあいい、それで… 藤原はあの女の力に気付いて屋敷に置いているのか?」 「いえ、そのようには見えませんでしたが。」 「そうか…ならば確かめろ。 そして気付いていないようなら気付かれる前に取り戻せ。」 「仰せのままに……。」 部屋に入ってきた男二人は一礼すると部屋を出た。 「……金のなる木をみすみす手放すものか……いや、花か…。」 一人残った部屋で男はぽつりと呟いた。 *** 「雪の花?」 父上の部屋に見たことのない白い花が飾られていた。 「そうだ、さっき旅の商人という男が持ってきた。きわめて珍しい花だそうだ。」 確かに見たことのない花だ。 「それでお買いに?」 「うむ。雪の都の平泉にぴったりの花だろうと言われての。」 「………花などすぐに枯れるでしょう。」 ため息と共に思わず呟いていた。 「それがこれは枯れぬらしい、その土と器も特別だと。」 そう言うと父上はもう一つ、戸棚から取出し俺に渡した。 「!」 受け取って驚いたが、器は氷のように冷たく、 敷き詰めてあるのも土と言うよりは雪のようだった。 「……なんです、これは?」 「ふむ、詳しいことはわからぬがどちらも特別なものだそうだ。 その器に入れている限りは枯れることはないらしい。」 「…………」 まだ半信半疑ではあるが、確かにこの器、 そして雪は不思議な感じがした。普通ではないような…。 そしてこの花も。この冷たい器でしか咲かない花。 「…それで、雪の花と?」 「ん?ああ、なんでも、雪の精霊の涙がその花を咲かせた。 などと言っておったが、どうだろうな…だが、確かに美しい花よ…。」 父上はいとおしそうにその花を眺めた。 (………馬鹿馬鹿しい。) 雪の精霊だと?そんなもの…。 だが、この白い花を見ているとあながち嘘でもないか…と錯覚しそうになる。 それほど美しく、そしてなぜか心癒される気さえした。 「それはお前にやろう。」 不意に父上にそういわれ、驚いて顔を上げた。 「お前も気に入ったようだしの!ハハハ。」 「……私は別に。」 「あの女子にも見せてやればよかろう、花が好きなようじゃったからな。」 「え?」 「この間も庭で見かけた、最近庭の花が見事なのはあの娘のおかげのようじゃな。 本人も花のように清い娘だ。お前が気に掛けるのもわかる。」 突然言われた言葉、だが、誰を差しているのかはすぐにわかった。 「…父上;」 「きっと喜ぶじゃろ、ワハハハ!」 「………失礼します。」 これ以上何か言われるとかなわないと思い、早々に退散することにした。 あの花を受け取ったまま…。 実は父上に言われるまでもなく、花を見たときのことを思い出していた。 父上のいう通り、に見せてやれば喜ぶだろうと言うこと、それと、 この花がに似ていると感じたからだ。 *** 「泰衡様、おはようございます!」 一先ず部屋へ戻ろうとした時、いつもの元気な声が聞こえた。 「か。」 俺が振り返ると、今までにこにこしていたの表情が凍り付いた。 「?どうした?」 「や、泰衡様……そ、それは…?」 怯えたような顔で俺が持ってきた花を指差した。 「ああ、父上に頂いた。旅の商人が売り付けたらしい。」 「………そ、そう…ですか。」 何故かは真っ青になり怯えているように見える。 そう…あの時のように……。 「?」 「あ、あの、すみません。し、仕事がありますので…し、失礼します。」 そう言って頭を下げると、は慌てて去っていった。 *** 「…………」 部屋に戻り、仕事にかかろうとしたが、 先のの反応が気になって集中できなかった。 てっきり喜ぶと思っていたのに、は明らかに動揺し、怯えていた。 そして、あの表情は前に見た。 …そう、あの時、火事の騒動の時だ。 なぜこの花を見てあのように怯えたのか…… 冷たく光る雪の花を眺めながら俺はのあの *** 「――様、」 「頭!確かめてきやしたぜ!」 「で、どうだった?」 「藤原の奴ら気付いてやせん、こんな高額であの花を買いやしたから!」 男はドン、と金の入った袋を地面に置いた。 「さすがは黄金の都平泉の、太っ腹でしてね…。」 もう一人の男はフフッと小さく笑った。 「ふっ、ならば問題はないな。さっさとあの女を捕まえてこい。」 頭と呼ばれた男は、黄金の入った袋を一瞥すると二人の男に視線を戻してそう言った。 「へい。」 一人の男は返事をしたが、片方の男はすこし躊躇ったように視線を泳がせた。 「どうした?」 頭と呼ばれた男は目ざとくそれに気付き男に問い掛けた。 「一つ、気になることを聞きまして…。」 「なんだ?」 「藤原の総領…我々が花を売り付けた御館の息子が、 あの娘をいたく気に入っているらしいと…。」 「ふっ、確かに容姿も美しい娘だ。無理もない。」 「あの娘をさらって、藤原に目を付けられませんかね…。」 男は少し不安げな顔をした。 「偶然拾った女一人にそこまで肩入れするものか、 それに…それでも取り戻す程の価値があの娘にはある…。 黄金の都を凌ぐ程の価値が…。」 頭は不気味に笑った。 「……御意。」 二人の男は一礼し、部屋を出た。 二人の男が部屋を出ていくと、頭と呼ばれた男は静かに立ち上がり後ろを向いた。 「もうすぐだ…今度は逃がさぬ……。」 手を伸ばし戸棚の上の花に触れた。 真っ白な雪の花に……。 *** 「………」 「?!」 「あ!は、はい!な、なんですか?」 「なんですか?じゃないわよ〜。どうかした?ぼーっとしちゃって…。」 「いえ、別に…なにも…。」 の反応に、何かあったのかはなんとなく感じた空だったが、 特に問い詰めるようなことはしなかった。 「ほらほら!そんなんじゃ仕事にならないでしょ! 気分転換に外にでも行ったら?買い物あるし。」 落ち込んでいるように感じた空は、あえて明るくそう言った。 「え?」 だが、は何故かますます不安そうな顔をする。 「?何?外に何かあるの?」 首を傾げ、にそう問い掛けると、は慌てて首を振った。 「心配なら一緒に行ってあげるわよ?」 空がそう言うと、は少し考えていたが、 「いえ、大丈夫です!行ってきます!」 ふと、いつもの笑顔に戻って元気よく出ていった。 何かいつもと違うに、不吉な予感を感じた空が、 そっと屋敷の外を見るともうの姿はなかった。 何か心に引っ掛かりを感じながらも、空は自分の仕事に戻った。 *** 「空ちゃん。」 「あ、どうしたの?琴。」 「ちゃんは?」 琴の言葉に空は一瞬底知れぬ不安に襲われた。 「……まだ…戻ってないの?」 あれからもうだいぶ時間が経つ。 いくらが方向音痴でも、始めて行く場所でもないのに こんなに時間がかかるとは思えない。 「空ちゃん?」 「琴、私、を探してくる!」 「え?あ、空ちゃん!」 琴の返事を聞く前に私は屋敷を飛び出していた。 最初から、何か不安だったの態度。 それが当たってしまったのかと…とにかく不安だった。 *** 「おばさん!」 「おや?空ちゃん久しぶりね〜。」 「来た?」 私は挨拶もそこそこにそう尋ねた。 「ええ、だいぶ前だけどね〜、なんだか元気がないみたいだったけど〜?」 いつもの店のんびりしたおばさんの声にちょっぴりほっとしたが 『元気がなかった』と言われ、やっぱり…と思った。 が、それよりも…。 「だいぶ前っていつ頃?」 「ええ、午の刻ぐらいね〜。」 「午!?」 午の刻と言えば、が屋敷を出た時間だ。 はすぐにここへ来たことになる。 「ありがと!おばさん!」 私はおばさんにお礼を言うと次の店に向かった。 ……だが、どこへ行ってもは午の刻に来たと言われた。 ならは寄り道もせずに、用事を済ませたことになる…。 なら一体どこに…。 不安がつのる中、一番端の一番最後の店に入った。 「こんにちは、おじさん。」 「おう!空か!久しぶりだな。今日はあの子じゃないのか?」 私の顔を見ておじさんはそう言った。 「え?」 「にしても、今日はずいぶん遅かったな。」 「ど、どういうこと!来てないの!?」 私は驚いておじさんに詰め寄った。 「え?あ、ああ来てないぞ。 どうしたのかと思っていたが…なにかあったのか?」 私の慌てぶりにおじさんも驚いて不安そうな顔になった。 「あ、いや、なんでも…ないの。大声出してごめん;」 私はなんとか誤魔化すと店を出た。 *** (……どういうことだろう?) は最後の店には行っていないようだ。 他に寄るであろう店は全て回り、が来たことを確かめたから間違いはない。 は最後の店に行く前になにかあったのか…。 不安を胸に考え込んでいると、見知った声が名を呼んだ。 「空?」 「なにやってんだ?そんなとこで…。」 「涼、宵。」 二人にも探してもらおうか…。 そんな風に思い、なんとなく口を開いた。 「二人ともに会わなかった?」 別にまったく期待はせずになんとなく口にした言葉だったが、 二人は意外な返事をした。 「ああ、会ったぜ。」 「!?いつ!?」 私は驚いて涼の胸ぐらを掴んだ。 「な、なんだよ;」 「未の刻ぐらいだったと思いますが…どうしたんですか?」 宵が答えて、不思議そうに私をみた。 とりあえず二人には協力を仰ぐことにし、事情を説明した。 「それは…確かに心配ですね。」 「俺らに会ったとき、アイツあと最後の店だけだって言ってたぜ。」 「ええ、ですから気を付けて。 と別れて…別段、普段と変わりない様子でしたけど…。」 涼と宵は顔を見合わせた。 「でも、それなら何かあったとして…それは二人に会ってから、 最後の店に行くまでの間ってことよね…。」 私が呟くと、涼と宵も頷き。 「では、とりあえずこの辺りを探しましょう。」 三人は別れて探すことにした。 *** 「空ちゃん、どこまで行ったんだろ…それに、ちゃんも…。」 未だ戻ってこない二人の帰りを一人不安そうに待っているのは琴だった。 空が血相を変えて飛び出したことがなにか不安を感じさせていたのだ…。 「ふー。」 ため息一つ俯くと、目の前に誰かの気配を感じた。 「お疲れさまです。琴さん。」 優しい声に驚いて顔を上げると銀が立っていた。 「しししし銀様!おおおお疲れさまです!;」 琴は慌てて立ち上がり頭を下げた。 「お一人ですか?」 「ははは、はい。それが…さんも空さんも戻って来られなくて。」 「そうですか…。」 「さんの帰りが遅くて…空さんが探しに行かれたんですけど…。」 琴が困ったように銀に話すと、 「でしたら、私も少し探してみましょうか。」 と言った。銀が探しに行こうとして、琴は慌てて後を追った。 「あ、あの!私も探しに行きます!」 「ええ、ありがとうございます。」 銀はにっこり笑うと、琴と二人屋敷を出た。 *** 「いた?」 「いや、まだ…。」 「見かけた人もいないようです…。」 手分けして探していた空たちはしばらくして集まっていた。 「一体どこに…?」 さすがに不安を隠せなくなってきた三人が顔を見合わせた時、 「空ちゃん!」 名前を呼ばれ振り向くと、琴が銀と共にやってきた。 「琴…銀様。」 空が顔を向けると、ぺこっと銀が頭を下げた。 「こんにちは、空さん。さんは?」 「いえ、それが…まだ…。」 銀様にそう返事し、さすがに不安になり空は視線を外した。 「実は泰衡様が…朝、さんの様子がおかしかったと心配されていたので、私が様子を見に…。」 銀はそう言って、ふっと周りを見回した。 「そうなんですか?」 銀の思わぬ言葉に空は視線を戻し、 自分もの様子に少し気になることがあったことを、銀に話した。 銀は黙って聞いていたが、ふと何かに気付いてみんなから離れた。 「銀様?どうかしました?」 琴が尋ね、銀の歩いていった方に目をやると何かが光った。 すっかり日が暮れてきて、夕日が反射したのだろうか…。 ただ、反射した光は青かった。 紅い夕日の光を青く反射したものを銀は拾い上げ、 みんなの方を振り返ると少し厳しい表情でゆっくり手を開いた。 「!?」 「それは…。」 みな一瞬、それを見て凍り付いた。 銀が拾ったもの……それは、が付けていた耳飾りだった。 Back Next Top 2007.05.30
ちょっといよいよ、メインに入ります。
ので、シリアス続きになると思いますがお付き合いくださいm(__)m 何だかややこしくなってきましたが、主人公の過去。 泰衡様に会うまでのことが明らかになっていきます。 一番最初に狙われていた理由も…。 意外な展開にご期待下さい!…いや、やっぱり期待しないように…(汗) |