雪の花-十一

-涙の過去-






「う……ん…」

「!ここ…は…?」


が目覚めると、そこは暗闇の中だった。
一抹の不安を感じ、それでもゆっくりと記憶を辿った。
先のことを思い出すと同時に、暗闇に目が馴れ辺りが浮かび上がった。


「!!……っ!ここは…!」

「お目覚めかな…おかえり、雪の姫君…。」


の恐れる暗闇の声が聞こえた。



***



「なんだと…?」


銀から報告を受けて泰衡様は顔をしかめた。

もうすでに日は落ち、時刻は夜半を回っていた。それでもは戻っていない。
の耳飾りが落ちていたことで、みんなの不安が現実のものになってしまったと感じて
あのあとみんなでもう一度探したが、は疎かを見たと言うものも見つけることはできなかった。
みんな心配で散々粘っていたが、もう時刻も遅く琴や空には物騒な時間と言うこともあり、
銀がなんとか四人を宥めて帰させた。
そして今、ようやく仕事が一段落した泰衡様に報告をしている所だった。


「…………」


じっと黙って銀の報告を聞いている泰衡様だが表情は険しい、
恐らく泰衡様も心配なのだろうと銀は感じ、あえて何も言わず泰衡様の言葉を待った。


「それで…の耳飾りは?」


不意にそう言った泰衡様に銀は例の青い耳飾りを差し出した。


「空さんや琴さんの話によると大切なものらしいので落とされるなど世程のことではと……。」


泰衡様は黙って受け取ったが、耳飾りを手にとると驚いた顔をした。


「これは……」

「如何なさいました?泰衡様?」

「いや、…これは俺が預かる。銀。」

「はい。」

「明日の朝、人を集めてもう一度周辺を調べろ。」

「かしこまりました。」


銀は一礼し部屋を後にした。



***



(…………これはどういうことだ…。)

手にいているの耳飾りを眺めて考えた。
今朝、の様子がおかしかったのは明らかにあの花を見た時だった。
あの花が何かあるのかとずっと考えていたが、思いつくことはなかった。
そして今、は行方がわからなくなっている。
朝引き止めてもう少し詳しく問い詰めるべきだったかと悔やんだが、
今はそんなことを言っている場合ではない。

今朝のこと、そしての失踪と何か関係があるのかと思ったが、
の耳飾り…手にとって驚いたが 『冷たい』 のだ。普通ではない。
そしてなにより、この 『冷たさ』 は今朝感じた。
そう、あの雪の花の器と同じ 『冷たさ』 だ。


「………」


泰衡様は棚に置いていた雪の花に、そして器に手を触れた。


(やはり……)


同じだ。よく見ると器と耳飾りは同じ素材かもしれないとも思った。
どちらも深い青。この不思議な素材はどういうものか…。
そして、とどういう関係なのか。

氷のように冷たい器、耳飾り、そして雪の花…。


(雪の精霊の涙が……)


ふと父上の言葉が頭を過った。


(雪の精霊…。)


自分でも驚くほど馬鹿馬鹿しいと思ったが、その言葉が頭に残った。
ふっと頭を振ると外に出た、今頃どうしているのかと不安は募るばかりだ。
落ち着かない気持ちの中、空に目をやるとと月が欠けていく所だった。



***



「逢いたかったぜ…。」

「――!!」

思わずあとずさっただったが、足に違和感を感じた。
そしてジャラッと言う音が…。
辛うじて腕は自由だったが、足は鎖で繋がれていた。
そう、前と同じように…。
怯えるを男は楽しそうに眺めながら口を開いた。


「クッ、そう慌てるな…今日はもう遅い…また明日…な…。」


それだけ言うと男は黙って部屋を出た。


「…………」


男の姿が見えなくなると、は地面にへたりこんだ。
なんとか保っていた気力が切れたのだ。涙を流さないように必死に堪えた。


「…………ごめんなさい…兄様。」


気を付けていたのに…。やっぱりこうなってしまった。
泰衡様の持っていた雪の花を見た時、体中の血が凍り付いたような気がした。
あれは間違いなく 『私の』 雪の花だった。
泰衡様のお屋敷に仕える前、あの時泰衡様に助けられる前、
ずっと暗い部屋に閉じ込められ作らされていたもの…。
そうこの部屋で…。



***



は雪の精霊で 『雪花精』セッカセイ と呼ばれる精霊、もののけのような存在なのだ。
雪花精は冬の間、人間の世界で舞を舞い、唄を唄う。
すると、人間界では雪が降りその雪はやがて春に変わる。
雪花精は冬の間のみ、元の世界と人間の世界を行き来することができるのだが、
は今年はじめて人間の世界へ来て、しばらく過ごしていたのだが、今年はひどい吹雪があり、
その時は元の世界への道を見失ってしまったのだ。
そしてそのまま季節が変わり、人間の世界に取り残されてしまった。

冬の間にのみ道が開かれるため、その冬に帰れなかった者は必然的に一年は人間界で過ごすことになる。
だが、雪の精である雪花精は気候に体がもたず、次の冬までもたずに消滅してしまうこともある。
も春はなんとか平気だったが、夏はもうダメかというところ迄いったが、
たまたまを見つけた老夫婦に助けられたため、なんとか元気を取り戻した。
もともと普通の雪花精よりは妖力の強いは、親切な老夫婦のおかげもあり、なんとか生活していた。
そんなある日、老夫婦のおじいさんが病に倒れた。貧しい夫婦には薬を買うお金もない。
今までずっと助けられてばかりだったはなんとか恩返しができないものかと思っていた。

丁度その時、町で盛大な祭りが開かれ、その祭りで舞うための優れた舞い手を町の領主が探していた。
舞の得意な雪花精であるは、祭りで舞を舞うのを条件に薬を手に入れることができたのだ。
こうして、老夫婦に恩返しをすることができただったが、人前で舞を舞ったことで困ったことになった。
領主が、の舞いを見初めて求婚してきたのだ。
当然は断ったが、領主はなかなか諦めてくれず、
最後にはどんなに言っても従わないに腹を立て、強行手段に出た。
部下に命じてを誘拐したのだ。
は領主の部下に捕えられ領主の元へと連れていかれることになった。
その道中、部下が一休みをしていた時、は涙を流した。
すると不思議なことに、の涙が野の草にあたると美しい白い花が咲いた。
見たこともない美しい花だった。
部下は驚いてしばらく様子をみていて、やはりの涙が原因だと気付いた。
その花があまりに美しいので部下はその花を摘んで持っていくことにした。

しばらく行くと、とある城の姫君が従者を連れて歩いていた。
何気なくすれ違っただけだが、姫は部下の持っていた花を見ると、
花の美しさに惚れ込み驚くほど高い値でその花を買い取った。
部下はしばらく唖然としていたが、ふと何かに気付くとを連れたまま仲間と共に行方を眩ませた。

姫が花に出した金額が領主の成功報酬よりも高額だったのだ。
を領主に差し出すよりも、の能力を利用するほうが儲かるとふんでの行為だった。
こうして、はこの男たちに捕えられ力を利用されていたのだ。
この男、領主の部下は陰陽師で妖怪や精霊の知識があり、の正体にもすぐに気付いた。
そして、の力を制限し可能なかぎり力を使わせた。

の花は確かに高額で売れるのだが『花』であるため長持ちしない。
それを理由に買値を下げる輩も出てきた。
それを回避するため、の力やの世界のものを利用することを考えた。
それがあの器。あれは 『氷結石』ヒョウケツセキ と呼ばれる石でできている、
雪花精の世界、雪の国にしかないものである。

それを使えば雪の花がこの世界で枯れないと知った男は陰陽術を使い雪の国へと繋がりを作った。
本来ならどんな高名な陰陽師でも異界への繋がりを作るなど不可能だが、男はの力を使うことでそれを成した。
雪の国との媒介があればできなくはなかったのだ。
その上、は雪花精の中では力ある方だった。本人が力を扱えなくても潜在能力は計り知れない。
雪花精は髪に力を蓄める、男はそれを利用した。の長い髪を切り術に使った。
こうすることで、雪の国のものを手にすることができ、同時にの力を削ぐこともできる。
なんともずる賢く、残忍な男だった。

は力を奪われ、その上で花を作るため、涙を流させるために随分ひどい目にあわされた。
あの左腕のやけどもその為だった。本来回復に長けている精霊がいやせぬ程の傷…。
たがそれでも心に受けた傷の方がヒドイだろう…。そんな日々を過ごしていた

だが、男がの髪を媒介にして、雪の国に干渉したことで、の兄のがこのことに気付いた。
は親はなく二人きりの兄妹でお互いなくてはならない存在だ。
もともと冬に戻らなかったは必死で探していたのだ。
それがこんなことになっていたとは…は激しく怒りなんとかを助けようとした。
は雪花精の中で最高位の力を持っていたが、冬の時季意外で人間界に行くことは掟で禁じられていて、
どうしても直接助けることはできなかった。
そこで、は男が雪の国へ繋がりを作った時の一瞬の隙をつき、を逃がした。

たが、雪の国へ戻すことはできないのでなんとかが無事に逃げるまで多少の時間を稼ぐぐらいしか、
もうに手立ては残されていない。あとはがなんとか自力で逃げなければならないのだ。
それでも、を助けだし、体も回復させ、逃げられるようにと最大限可能なかぎりしてくれたのおかげで、
はなんとかその場を脱出することができたのだった。
たが、男も諦めるはずもなく、チンピラやゴロツキを雇ってを探し、捕えようとした。
が泰衡様に助けられたのは丁度その時だった。なんとか身を隠しながら逃げていただったが
追っ手に見つかってしまったのだ。このままでは捕まる…!
そう、泰衡様が助けてくれたのはまさにその時だったのだ……。



***



は今朝、泰衡様の持っていた雪の花を見たとき、あの男がここへ来たこと、
そしておそらくは自分を見つけたからだということに気付いていた。
そして御館様に花を売り付けたのは、
御館様や泰衡様が私の正体に気付いているかを確かめる為だったのだろうということも…。
幸い、御館様や泰衡様の前で正体がばれるような事はしていない。
たが、それならそれで向こうも手出しがしやすいだろう。
私の力を知らなければ藤原氏が私に固執することもないと思うだろうし、
それに追われていること、狙われていること、泰衡様たちに言うことなどできなかった。
理由を説明はできないからだ。

そして今朝、もうすぐ近くにあの男がいるとわかった時、は迷ったが結局一人で屋敷を出てしまった。
危険だとはわかっていたが…。あの時、空にどれほど共に来てほしかったか
…たが、共にいれば間違いなく空も危険だ。自分は殺されることはないだろうが、他の人はどうなるかわからない。
もしかしたら、殺されるよりもっとひどい目にあわされるかも、の涙を流させるための材料にされるかもしれない…。
恐ろしい思いにとらわれたは慌てて一人飛び出したのだ。
みなを巻き込まないために、これ以上泰衡様たちに迷惑をかけないために…。
みなが危険にさらされる可能性があることに気付いたとき、はみなと親しくしたことを後悔していた。
そして、みなを危険に巻き込まないためには、ここで捕まる方が良いのでは…などと言う考えも浮かんだ。
二度と戻りたくない場所だったが、みなのことを考えると不安は募るばかりで…油断してしまったのだろう。
は再び捕えられ、あの部屋に…。

これからのことを思うと辛く、恐ろしいが、みなはもう平気かという微かな安堵。
そして、もう泰衡様やみなに会えないのかという淋しさ。
はいろいろな思いに捉われながら小窓から微かに覗く欠けた月を見ていた。






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2007.06.27