雪の花-八

-守るべき人-






?」


屋敷の裏手を通り掛かった時、ふと見えた影に声をかけた。
影はビクリと肩を震わせ慌てて振り向いた。


「や、泰衡様…な、何か御用ですか?」

「…………」


必死に誤魔化すような作り笑い。
今まで傷ついたような顔をしていたのが手に取るようにわかるようだ…。


「どうした?何かあったのか?」

「え…、いえ、別に何も…。」


は少し驚いたように目を開いたが首を振った。


「…………」


真っ先に思い浮かんだのは、また何か嫌がらせにでもあったのかと言うことだったが…、
こればかりはが否定していては真意を知るのは難しい。
まあ、銀にも注意するよう指示しているし、特に報告のない今は大事はないだろう。


「…………」


では何か…。


「あの…泰衡様?」


黙り込んでいる俺にが不思議そうな顔で尋ねた。
首を傾げ、きょとんとしたような顔をしている。
普段と変わらない無邪気な表情に安堵したが、少し引っ掛かる…。

とはいえ、話すこともないのにを引き止めているのも不味い。
俺は慌て、


「このような所で油を売ってないで、さっさと仕事に戻れ。」


…と、ついキツイ口調でそう言ってしまった。


「も、申し訳ありません…!」


はビクッと怯えたような表情になり、
慌ててその場を去っていった。


「………っ;」


またやってしまった…。
何か言葉に詰まると、ついキツイ言い方しかできなくなってしまう…
そんなことを、そんな言い方をするつもりなどなかったのに…。

怯えたようなの顔が頭に残っていて、自身を叱責した。
深くため息を吐き、俺はその場を後にした。



***



「銀」

「はい、何でしょう?泰衡様。」

「…その、最近何か変わりはないか?」

「え?」

「……屋敷内でだ…。」

「…いえ、大丈夫です。特に変わりはないかと。」



部屋で仕事をしていた時、銀にそれとなく尋ねた。
の名を出すことはしなかったが、感の良い銀は
俺の言いたい事がわかったのか、ふっと笑うとそう返事をした。


「……そうか。」


あまりアイツのことに触れる話はしたくないが…。
さっきの罪悪感もあってつい銀に尋ねていた。


「何か気になることでもございましたか?」


銀はふと柔らかい表情になり、俺の顔を覗き込んだ。
何故か嬉しそうな顔をした銀に居心地が悪くなり、


「別に……なんでもない…。」


そう言ってその話はそこで終わらせた。



***



午後になり、仕事で外に出ることになった俺は 銀を引きつれ屋敷を出ようとした。

その時、銀がふとを見つけて声をかけた。


さん、」

「あ、銀さん、泰衡様。」

「お疲れさまです。お変わりありませんか?」


銀はにっこり笑うとそう問い掛けた。
やはり銀は先の話がのことを指していたこと、気付いていたようだ…。


「え?はい、特には?」


は不思議そうな顔で返事した。
その表情に先のような陰りはなく、俺の思い過しだったのかと、
この時はそう思いそのまま仕事へ出た。



***



仕事も終わり帰路へ着いた時、
ふと視線の先、目についた人影。

だった。

買い物にでも来ているのか…。
は俺には気付かず何処かをじっと見ていた。
気になって視線の先を追ってみると、幼い兄妹がいた。
他には特にめぼしいものはない。


(……?)


特に気に掛ける程のものではないように思うが…。
不思議に思いもう一度を見ると、


(……!)


ひどく寂しそうに見えた。
必死に涙を堪えているような…。

俺はズキッと胸が痛むような感覚を覚えたが、
掛ける言葉も見つからず立ち尽くすしかなかった。

そのうちは俺には気付かないままその場を去っていった。


「泰衡様?如何致しました?」

「!な、何でもない…。」


ふいに銀に名を呼ばれ我に返った。
随分長い時間立ち尽くしていたように感じたが、実際はほんの一瞬だったようだ。
銀は訝しげに俺を見たがそれ以上は何も言わなかった。



***



部屋に戻って仕事をしていてもどうもさっきのの様子が気になって集中できない…。
さっきと朝方…やはり何かあるのか…?
だが、屋敷内で不穏な動きがあれば銀が気付かぬはずはない。
常々注意するよう言っているのだ。
だからもし何かあってもそれは別の…。


「…………」


結局仕事は殆ど捗らないまま時間だけが過ぎてしまった。
夕刻、すっきりしない気持ちをなんとかすべく俺は一人で馬に乗り、
北上川を眺める高台へ行った。昔はよく来ていた場所だった。

遠い昔、今はこの地を去った友人と共に馬術の鍛練にと。


「………」


思いを馳せるには丁度良い場所か…。
俺は無言で川を眺めていた。


「……っ」


するとどこからか小さい声が洩れた。
必死に何かに耐えている辛い嗚咽のような声だった。
俺は気になってその声の方へと近づいた。気付かれないよう注意して…。


「!」


そっと木々の後ろから確認した姿は紛れもなくあいつだった。


(…)


こんな所で何を、とも思ったが、風が吹いての白い髪が揺れた時、
傷ついた泣きそうな顔が見えて俺は言葉を失った。

泣いてはいなかった。
だが、必死に耐えている様子が寧ろ辛そうに見えた…。
いっそ泣いてしまえば楽なのではないのか、何故耐えているのか…。


「…………」


人目を避けて、こんな所で一人で…。

普段顔を合わせた時、いつも笑顔を見せる
そんな様子に癒されていた。
だが、こいつ自身はこんなに悩んでいたのか…。

悩んでいる理由はわからないが…。
俺がふとそう思った時。


「……兄様」


の呟く声が聞こえた。


(兄様?)


帰る所はないと行っていたが、家族がいたのか…?
それとももう…。
恋うように絞りだされた声。
孤独や不安か…こいつの悩み、気持ち、何も気付けなかった自分に苛立ちを覚え、
つい舌打ちをしてしまった。


「!!」


が驚いて振り向いた。


「や、泰衡さま…;」


涙こそ流れてはいないものの、耐えていた目が赤くなって痛々しい表情だった。
それでもは慌てて笑顔を見せようとし、それがひどく胸を打った。


「…………」

「!…泰衡様?」


俺は無言でを抱き寄せると腕に力を入れた。
が驚いたような声を出したが気付かないふりをして。


「……何を耐えているんだ。」

「…え?」

「……何も無理をする必要などないだろう。今は…誰もいない…。」

「………」


俺の言葉にが驚いているのは手に取るようにわかった。
正直自分でも驚いている。が、辛そうにしているを放ってはおけなかった…。


「泣きたいのなら…泣けばいい…。」


そっと髪を撫でてやると、の肩がびくっと震えた。
泣いたのかと思ったが、意外にもはにっこり笑って顔を上げた。


?」

「ありがとうございます…泰衡様…。」


さっきの無理した笑顔ではない。
ふわっとした嬉しそうな、俺の好きな顔だった。
そして礼を言って俺から離れた。


「…………」


あんな顔をしていた理由を聞きたかったが、
せっかく晴れた表情をまた曇らせることになると思うと言葉が出なかった。

するとは少し俯き苦笑いして顔をあげ、


「少し…寂しかっただけです。
 …でも…泰衡様のお陰で元気が出ました。」


と言った。


「…………」


『寂しかった』い言うのはさっきの言葉か…。
そうは思ったが追求することはできず、
俺は繋いである馬に視線を投げると、


「帰るぞ。」


と言ってに背を向けた。


「はい。」


はすぐに返事をし、俺の後をついてきた。
もっと気のきいた言葉や話を聞いてやることができれば良いと思うが、
俺にはこれが精一杯だった。

せめて、寂しいと思っているこいつの心を俺が埋めてやることができれば…。
そう思い、ふと触れた手をぐっと握り締めた。
は驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑った。

そう…やはりお前はその方がいい…、お前のあんな顔は見るに耐えん。
俺にできることがあるなら…。

決して口になど出来はしないが、お前を悲しませたりはしない、
……必ず守ろう。そう心に誓った。



***



いつものようにを抱き上げて馬に乗せ、俺も後ろに乗った。
馬に乗るとはいつものように俺にしがみついてきた。

いつものことだからわかっていたはずだし、慣れているはずなのに、
やはり照れ臭く…、ちらっとの顔を見るとそのまま無言で馬を走らせた。
こういう時は余計なことを言ってこないこいつの性格に救われる。

さっき一瞬見たかぎりではもう平気のようで、いつもの顔に戻っていた。
願わくばいつまでもそのままで……。






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2007.03.21