雪の花-七

-澄み切った空-







あの火事の騒動から一週間が経った。
結局あの時、から昔のことを聞くことはできなかった。
世程のことなのか…。
とはいえがあそこまでひた隠しにしていることを
無理矢理聞き出すことはできない。仕方なく、様子を見ることにした。

しかし、あの火事の時、を蔵に閉じ込めた連中にはそれ相応の罰を…
いや、この屋敷に置いておくのも腹立たしい、
解雇をとも思ったが、がどうしてもと言うのでそれは思い止まった。
たが、またこのようなことがないように連中に釘をさすことだけはしておいた。
これからのことを考えれば俺が直接何かすれば角が立つかもしれないと思ったが、
許せるものでもなかったのだ。


「二度目はないと思え……。」


俺がそう言った時の連中の顔を思い出すかぎりもう心配はないと思うがな……。
それにしても……。

があの時言ったことには驚いた。
確かにを屋敷に入れる時、に里帰りしている者の 『代わり』として雇うと言った。

だがあれは、あの時咄嗟に考えた言い訳で俺自身忘れていたのだ、
だがそのことでが悩んでいたなど、思いもよらなかった。
が俺や銀と親しいことに腹を立てた輩がにそのことを言ったのか、
または、その里帰りをしている者の知人がそのことでを責めたのか……。

は一時的な存在としてここにいることに葛藤していたのだろう。
だがそれでもあの時、あの状態で相手のことを気にしていたのは正直驚いた。
だが、そんなアイツだからこそ、こんなに簡単にここに居るのだろう。
ふと庭に目をやると、昨日が水をやっていた花が咲いていた。


(もう俺はお前がいない時の方に…違和感を感じているのにな…。)


あの花を見つけて、喜んで報告に来るの姿が頭に浮かび、
自分でも気づかぬうちに口元が緩んでいた。



***



!こっち!こっち!早く!」

「ま、待ってくださいよ〜空さん;」


あの火事の三日後、空さんが里帰りから戻られた。
私もこの屋敷に残れることになったので、快くお迎えすることができた。
現金なものだと思ってしまったが、あの時の泰衡様の言葉はそれだけ嬉しかったのだ。

それに、空さんはやっぱりとても良い方だった。
琴さんからの手紙で私のことを聞いていたらしく、初対面でもとても気さくに接してくれた。

私は、空さんがいない間、空さんの代わりと認識されていたこともあって、
琴さんと同室させて頂いていたが、空さんが戻られたので部屋をどうするか
と言う話になった時、空さんはこのまま三人部屋で良いと言ってくれた。もちろん琴さんも。
少し部屋が狭くなってしまうことを申し訳なく思ったが、二人の心使いが嬉しかった。
こうして、私はまた今まで通り、藤原家でお仕えしている。


「ほら、。遅いよ〜。」

「あ、空ちゃん、ちゃん。やっと来たね。」

「ごめん、琴。だって、が〜。」

「すみません、琴さん…。」

「いいの、いいの。ほら、空ちゃんがそんなこと  言ったらちゃん落ち込んじゃうよ!」

「まあね、ごめんね、冗談だからね♪でも、ほら急がないと!」


空さんは悪戯っぽい笑みを私に向けた。それを見て私もホッとして、二人に続いた。
今日の仕事は夏祭りの準備の手伝いだ。
平泉でも有名なお祭りらしく私たちが代表で手伝いを任された。
大方のことは終わっているらしいので、今夜に向けての最終準備の手伝いで、朝から呼ばれていた。

でも、また私が少し迷ってしまったせいで遅れたのだ……。
お二人ともごめんなさい…。



***



「遅いぞ!空!琴!」

「ごめん!ごめん!」


祭りの会場では二人の少年が待っていた。


「ちょっと連れの子が迷子に〜。」


空がそう言ってを振り返った。はあわてて頭を下げた。


「あ、あの、遅くなってすみません!」

「誰だよ?こいつ?」

「新しく屋敷で働くことになった子よ。と言っても、来てからしばらく経つけど。」

「ふ〜ん。」


少年は頭を下げて謝るに目を向けた。
すると、が顔をあげた。


「!」


と目が合うと少年は真っ赤になって顔を逸らした。


「どうしたの?涼。(りょう)」

「う、うるせー!な、なんでもねえよ///


空が顔を覗き込むと、涼は真っ赤になっていた。


「あ、ひょっとして…一目惚れ?」


笑いを堪えるように空が言った。


「かわいいもんね〜ちゃん

「ば!馬鹿なに言ってんだよ!!」


慌てる涼を空がからかって二人戯れていると、
もう一人の少年がの傍へよって自己紹介した。


「はじめまして、さん?ですね。僕は宵(しょう)です。よろしく。」


そう言ってに手を差し伸べた。
はにっこり笑うとその手を握り返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


宵の挨拶が終わった時、空と涼が戻ってきた。


「涼、君もきちんと挨拶しなさい。」

「そー、そー、第一印象は大事よ!それに、しっかり名前覚えてもらわなきゃ!」

「うるせーぞ!お前ら!黙ってろ!!」


涼は真っ赤になって二人を怒鳴った。
その時クスッと笑ったのはだった。
涼は罰の悪そうな顔をしてそっぽを向いたが、
がにっこり笑って


「涼さん、よろしくお願いします。」


と言って手を差し出したので、仕方なく振り返り手を取った。


「……よろしく。」


涼がそう返事すると、が涼の顔を見て嬉しそうに笑ったので、
涼はまた真っ赤になった。そのことを空と宵が一々指摘するので、
涼は怒鳴りっぱなしだ。結局仕事の責任者に注意されるまでそんな状態が続き、
仕事を始めたのは正午を回っていた。



***



「すごい!盛大なんですね!」


煌びやかな飾りや、所狭しと並んでいるお店を見てが歓喜の声をもらした。
あちこちに品物を運ぶ役目を、空と宵の計らいで(?)と涼の二人が担当した。
最初は散々抵抗していた涼だったが、 お祭りが初めてのにいろいろ見せてあげるには
この仕事が丁度いいこと、 力仕事だから一緒に行くなら涼が適任と言う二人の 口車に乗せられ
説得に負け、結果と二人で荷物運びになった。


(まあ、実の所「涼が一番詳しいから、案内しながら行ってくれる。」
と空がに言ったとき、涼が反論する前に、
が喜んで涼にお礼を言ったので、断るに断れなくなった・笑)



最初はぎこちなかった涼だったが、
楽しそうにしているを見ていて緊張が解れてきたのか、
みんなと合流する頃には、二人はすっかり打ち解けていた。

すっかり仲良くなっていた二人に空たちは安心し、
微笑ましい気持ちで二人を見ていた。



***



「そろそろ屋敷に戻らないといけない時間…。」


ふと気付いたように琴が言った。


「あ、もうそんな時間?」


空もちょっと慌てたように返事した。
三人は今日は祭りの手伝いが仕事になっていたが、
それでも屋敷の仕事を全くしなくても良いわけではない、
ある程度したら戻るように責任者に言われている。


「なんだ、もうそんな時間なのか…。」


名残惜しそうにそう言った涼をまた空がからかった。


「なになに、涼〜。ちゃんと別れるのがそんなに淋しい〜♪」

「な!そ、そんなんじゃねーよ!///


大分慣れてきたかと思ったが、やっぱり慌てる涼を見て宵と琴が笑った。
空は突っ掛かってくる涼を端へ引きずっていくと、小声で話し掛けた。


「涼、せっかくなんだから夜のお祭りに一緒に行くように誘いなさいよ。」

「誰をだよ?」

「何言ってんの!?ちゃんに決まってるでしょ!!」

「な!///

「せっかくの機会でしょ!」

「…けど、お前ら三人で行くんじゃないのか?」

「いいから!ほらここは男らしく行きなさいよ!」

「……///


空に言われて、しぶしぶといった感じでに声をかけようとした時。


「あ、あのさ…」

「わんわん!!」


犬の声がそれを遮った。


「あ、金さん。」


が呼ぶと、金は嬉しそうにに飛び付いた。


「迎えに来てくれたんですか?」


は嬉しそうに金を抱き上げた。
タイミングを逃してしまった涼は困ったように空を振り返ると、
空も呆れた顔になっていた!


(もう!さっさと言わないからよ!)


口がそう告げていて、涼は罰が悪くなってそっぽを向いた。


「あの、それじゃあ、そろそろ…?」


金を降ろすと、は空と琴を見た。


「仕方ないわね…。」


これ以上は引き止められなくなった空は


「ま、またお祭りの時に会うかもね♪」


それだけ言うと、涼と宵と別れ三人は屋敷に戻った。



***



屋敷に戻ると、それぞれ仕事に戻った。


(今日は花が咲いているかな?)


庭の手入れはの仕事だった。
昨日は蕾だった花、今日は咲いているかもしれないと
期待しながらは金と共に庭に向かった。


「あ!」


まだ全てではないが、花は開いていた。
は水をやりながら金に話し掛けた。


「やっと花が咲きましたね!」


がにっこり笑うと、


「わん!」


金も嬉しそうに鳴いた。





ふいに呼ばれて振り返ると、泰衡様が立っていた。


「泰衡様!」


は傍へ駈けていくと、


「見てください!花咲きましたよ!」


嬉しそうに笑ってそう言った。
泰衡様はふっと思い出したように笑うと、


「よかったな。」


と言った。


「はい!」


も笑ってそれに答えた。


「ところで、祭りの準備はどうだった?」

「はい、いろいろな場所へ案内して頂いて、楽しかったですよ。」

「案内?仕事ではなかったのか?」

「はい、仕事で荷物をあちこちに運んだのでその時に。」


にこにこと嬉しそうに話すの話を泰衡様は黙って聞いていた。
そして、何事か考えるような素振りを見せた。


「泰衡様?」

「…それで、祭り全体は把握できたか?」

「え…、ぜ、全体…ですか?全体はちょっと…;」

「では、どの程度なら案内できる?」

「え、え…と、端…外回りなら…。」


なんとか涼の案内を頭の中で整理して、は答えた。
入り組んで人の多かった中程はややこしく、
涼の後を着いていっただけのようになってしまったが、
外回りや出口は迷子になった時のために必死に覚えていた。


「そうか、ならばそれで良い。」

「え?」

「祭りが開始されたら、俺は見回りに行かねばならない。お前が案内しろ。」

「ええ!?」


突然の泰衡様の言葉には驚いた。


「あ、案内ですか…?」

「ああ、外回りで構わん。混雑している中に入るより全体を把握できるはずだ。」


確かにそうかもしれないが、
案内ができる程詳しくは覚えていないかもしれない…。
不安そうな顔をするに泰衡様は少し優しい表情になった。


「案内と言っても念のためだ。
 実際その場に行ったことのある者がいた方が都合がいいだけだ。
 俺も調べている。万一、お前が迷っても問題はない。」


その言葉にもとりあえずホッとした様子だ。


「銀さんも?」


がそう尋ねると、泰衡様は少し渋い顔をしたが、


「…ああ。」


と短く答えた。


「時間になったら部屋にこい。」


泰衡様はそれだけ言うとその場を後にした。



***



「え"え"!?泰衡様が!?」

「えっ…そ、そうです…。」


夜の祭りにを誘った空はの返事に驚いた。


「やっぱり泰衡様は…。」

「うん、そうかも…。」


空と琴は何やら顔を見合わせると頷いた。


「??あの?」


不思議そうに二人を見るに、空は笑顔で答えた。


「じゃ、しょうがないね〜。涼や宵には私たちから言っておくよ♪」

「すみません…空さん。」


申し訳なさそうに頭を下げるに琴も笑顔になって、


「いいのよ、泰衡様のお誘いじゃ断るわけにはいかないものね。」


と言った。


「はい、でもちゃんと案内ができるか心配で…。」


本気で不安そうな顔をするに二人は思わず吹き出した。


「?」

「大丈夫よ、たぶんそれは建前だから…」

「え??」

「それにしても、これじゃ涼は勝ち目ないかもね〜可哀想〜。」


空は複雑そうな、でも悪戯っぽい顔になった。


「?どういうことですか?」


一人が、なんだかわけのわからない様子だ。


「そうだ!せっかくだから浴衣貸してあげる!」

「それいいわね!じゃ、さっそく着替えよ!、来て来て♪」

「え!でも、お仕事なのに…。」

「いいじゃない、お祭りの場所なんだから浴衣のほうが目立たないわよ♪」

「は、はあ…そうですか…?」



***



結局、二人に乗せられて、浴衣で出かけたは泰衡様と二人、祭りにいた。
楽しそうに見えた二人はやっぱり仕事ではなかったのでは…、
と二人を見つけた空と琴は微笑ましい思いでと泰衡様を眺めていた。






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2007.01.26