雪の花-五
-夕涼み- 「」 突然名を呼ばれ驚いて、バランスを崩した。 そのまま池に落ちそうになって慌てたけど、力強い腕に助けられた。 *** 「まったく、何をしている…」 「すみません…。」 呆れたような泰衡様の声。 また迷惑をかけてしまった。 「…なにかあるのか?」 「え?」 池を熱心に覗き込んでいたからだろう、 泰衡様はそんな風に聞いた。 「いえ、…えっと、鯉が泳いで…」 「…そう珍しいことでもあるまい。」 「ええ、でも、涼しそうかな…って。」 不機嫌そうな泰衡様の表情にちょっとビクビクしながら答えた。 「さんは暑いのが苦手なようですからね。」 丁度その時、銀さんがやってきた。 「銀さん」 「銀」 にこにこといつもの柔らかい表情で話を続けた。 「前にも日射病で倒れられたことがありましたしね。」 「…そんなことがあったのか?」 「泰衡様がお留守だった時です。」 「あはは、はい。すみませんでした…銀さんにはご迷惑を…」 「いえ、貴女のお役にたてたなら幸いです。それに、あの日は特に日差しが強かったので。 きっと、貴女に照り返される光が眩しくて、負けじと日差しが強かったのでしょう。」 「「………。」」 相変わらずの銀さんの言葉に返事につまって、 泰衡様の方を見ると、何か物凄く不機嫌そうな顔になっていた…。 日射病なんかで倒れた、なんて言ったから呆れられてしまったのかも…。 どうしようもない、役立たずだとか思われちゃったのかも…。 …すみません…泰衡様…。 「情けないな。」 ふとため息とともに泰衡様が口を開いた。 「はい、すみません…」 とりあえず謝ったが、他に弁解することもできなくて、 なんとなく、黙り込んでしまった。 すると、銀さんが口を開いた。 「さん、仕事は終わりですか?」 「え?あ、はい、もう終わりました。」 私の返事を聞くと、銀さんはにっこり笑って 「それでしたら、金の散歩にご一緒しませんか?」 と言った。 「金さんの散歩ですか?」 「ええ、夕涼みに丁度良いかと思いまして…。」 「えっと…、」 私は返事に困って泰衡様を見た。 銀さんの厚意は嬉しいし、仕事も終わっているので構わないとは思った、 それでもなんとなく、泰衡様の許可を得なければいけない気がしたのだ。 泰衡様は目が合うと、少し不機嫌そうな顔をしたけど 「好きにしろ。」 と言ってくれた。 泰衡様の返事に安堵し、夕涼みに行けると思うと嬉しくなった。 銀さんの方を見るとにっこり笑ってくれた。 そして銀さんは 「泰衡様もいかがですか?」 と言った。 驚いて泰衡様の方を見ると、 泰衡様も驚いた顔をしている。 「お時間があればで結構ですが…。 泰衡様もご一緒の方がさんも嬉しいですよね?」 銀さんはにっこり笑うと私の方へ向き直った。 「え?はい…もちろんです!」 泰衡様が忙しいことはよくわかっていたが、 やっぱり一緒にいられれば嬉しいし、金さんもそうだろうと思った。 「いかがでしょうか?」 銀さんはもう一度尋ねた。 泰衡様は難しい表情で悩まれていたが、私と目が合うとふいっと目を逸らした。 そして、 「……少しだけだぞ。」 と言った。 *** 正直驚いた。 なにより夕涼みに付き合っている自分自身に…。 銀が俺まで誘ったことに驚き、俺がいた方が嬉しいと言ったに驚いた。 自分はいない方が良いだろうと思っていたし、 は俺が苦手だろうと思っていたからだ。 だが、銀の問いに笑顔で答えたの表情に嘘はなく、 真っすぐ見つめられ思わず承諾してしまった。 夕涼みの場所まで歩きながら、何故来たのかと複雑な気持ちに 後悔しながらも、嬉しそうに駆け回ると金を見ていると、 (まあ、たまには悪くないか…) という気にもなっていた。 銀と楽しそうに会話しているを見ると何故か少し 苛立ったが、 時折俺の方を振り振り返ると、 安堵したような表情になるに思わず吹き出しそうになった。 (俺がついてきているか確かめているのだろうか…) そんなことを考えているとと目が合った、 は少し困ったような照れたような苦笑いを浮かべると、 前を向き直り駈けていった。 *** 「わぁ!すごい!」 銀さんが夕涼みと言って連れてきて下さったのは、森の中の小川だった。 日は落ちかけている時間帯だが夕日が水面を照らして、キラキラと輝いていた。 川の水の涼しそうな音と森を吹き抜ける風が涼しくて、 夕涼みにはぴったりの場所だと思った。 「どうですか?」 銀さんが傍に来て尋ねた。 「はい!すっごく綺麗ですね!川も森も!それにとっても涼しいです!」 「喜んで頂けたなら幸いです。」 銀さんはにっこり笑った。 「わん!わん!」 金さんは大喜びで駆け回り、川に入っていった。 泰衡様は少し離れた木にもたれかかって川を眺めていた。 私は川に近づき屈みこむと、川に手を入れてみた。 すごく冷たい。金さんが川の中に入っていったのが羨ましかった。 よく見ると川の中には魚も泳いでいる、金さんは魚を追い掛けていたのだ。 「さんも入られたら如何ですか?」 振り返ると銀さんがいた。 「……でも、」 「泳ぐわけではありませんし、少しぐらいなら構わないと思いますよ?」 銀さんはそう言ってくれたが、私が躊躇っていると、 銀さんが泰衡様の方を見た。 私も泰衡様の方を見ると、泰衡様はまた呆れたような表情をされたが、 「構わん。」 と言ってくれた。 私はホッとすると、 履物を脱いで川に入った。 *** (まったく……) 半ば呆れ、川に入っていったを見たが、 心底楽しそうにしている姿を見ているとまあ、 構わないかと思った。 (それに……) あんな縋るような目で見られ、否だとは言えなかった。 (俺も……甘いな…) 何故かアイツの目には逆らえない時が多い。 そもそも夕涼みに付き合っていることすら、自分でも不思議だ。 ふと視界が白くなった。白い布が目の前を舞ったらしい。 アイツが慌てている所を見ると、アイツの手拭いなのだろう。 俺は仕方なくそれを拾い上げると、川の傍へ行った。 「す、すみません!泰衡様!」 は慌てて駈けてきた……が、途中でつまずき、倒れそうになった。 俺は慌てて助けようとしたが、俺が差し出していた手拭いをが掴んだので、 そのまま二人とも川の中に倒れてしまった。 「「…………」」 川の中…思い切り倒れ、お互いずぶ濡れ状態だ。 「泰衡様!大丈夫ですか!」 銀が慌てて駈けてくるのがわかった。 「す!すみません!すみません!泰衡様!申し訳ありません!!」 はびしょぬれの状態で川に頭が浸かるのでは ないかというぐらい、必死に謝っている。 「馬鹿か…不注意にも程が…」 ふと、目が合うとは半泣き状態だ、が…それよりも…。 「!?っ……///」 全身ずぶ濡れなのはお互い様だが、夏の薄い着物、 しかも白い着物を着ているは、濡れて透けた着物が肌に張り付き、 直視できないような状態だ。俺は上に着ていた着物を脱ぎに叩きつけた。 「銀!!」 「はい、なんでしょう?泰衡様。」 俺が叫ぶと、こちらに来ようとしていた銀が足を止めた。 「屋敷に戻って代えの着物を持って来い。手拭いもだ。」 「かしこまりました。」 銀は一礼するとそのまま振り返り屋敷の方へと駈けていった。 「あ、わ、私が…」 は慌てて立ち上がろうとしたが、 「お前はそれを着ておとなしくしていろ。」 「で、でも…」 「さっさと着ろ!」 「は、はい!!」 俺が怒鳴ると、ビクリと反応し慌てて俺の着物を羽織った。 着物を着たのを確かめると、俺はの左腕を掴んで立たせようとした。 するとその時、引き上げたことで左の袖が捲れて、の左腕があらわになった。 そこには凄まじい火傷のあとが…。 「!!」 「っ!!」 は慌てて腕を引っ込めると火傷のあとを着物で隠し俯いた。 「…お前」 「…昔、昔の傷です」 震えた声の返事に追求することができず、 「…ともかく、川から出ろ。…風邪をひくぞ。」 そう言い、の手を掴んだ。 *** 「「…………」」 なんとなく、お互いに黙り込んでしまった。 (……泰衡様に見られてしまった。) 元はといえば自分が川で転んだのが悪いのだ。 まして、泰衡様まで巻き込むなんて…。 そして、銀さんにまで迷惑をかけている。 悪いこと続きだと言うのに、あの傷まで見つかってしまうなんて…。 泣きたくなったが、すべて自分自身の責任。 それに、泰衡様はこの傷については、幸い何も聞いてこなかった。 それがせめてもの救いだ。思い出したくない過去。口にしたくなかった。 そっと、泰衡様を見ると難しい表情で黙り込んでいた。 いろいろと迷惑をかけて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 それにしても、こんな醜い腕を見られたのが悲しかった。 この傷だけはどうしても消えなかったのだ。 は泣きそうになるのを必死で堪え、左腕を押さえて俯いた。 *** 「…………」 傷を見たとき、とっさに思ったのは屋敷の者にやられたのかと言うことだった。 俺や銀と親しくしているのが良くないらしい。 最近はおさまっているようだが…。 だが、確かにあの傷は最近できたような新しい傷ではない。 昔の傷だと言ったの声は震えていた。 左腕に広がった大きな傷…昔、何があったのだろうか。 ふと隣を見ると、は左腕を押さえて俯いている。 泣いているのかと思い、思わず声をかけた。 「?」 ビクリと肩を震わせ、顔をあげたの表情は怯えていた。 「あ、あの…わ、私…」 怯えた顔でしどろもどろになるは、 『昔』 がいかに深い傷かを物語っていた。 今までそんな素振りを決して見せなかった。 そして、気付きもしなかった自分自身に苛立ち、胸が痛んだ。 「…寒くはないか。」 「え?…は、はい、平気です。」 俺の言葉に意表をつかれたように、はキョトンとした顔になった。 傷のことを聞かれると思っていたのだろう。 「夏とはいえ、濡れたままでは風邪をひく……寒いなら…言え。」 キョトンとした顔をしていただったが、 途端に嬉しそうな顔になり、 「ありがとうごさいます、泰衡様。」 そう言って笑った。そのの表情に安堵し、 無意識に手をのばして、濡れたの前髪に触れた。 「!」 ほんの少し触れただけだがの肌は驚くほど冷たかった。 「お前…」 思わず手を伸ばし、を引き寄せた。 やはり冷たい、体温がないのではと思うほどだ。 「お前、風邪を引いたんじゃないか?」 「え?別に平気ですけど…。」 「本当に寒くないのか?」 「はい、でも、泰衡様は温かいですね…。」 コツンとの頭が胸にあたった。 「……!?」 その時初めて、自分がした行動に気付いた。 冷たいに不安を感じ、咄嗟に抱き寄せていたのだ。 「…………///;」 無意識の行動だったため、今更どうしていいかわからず、 ただ腕の中の存在が温まるのを感じていた。 *** 「泰衡様!」 銀さんの声がした。 すると、泰衡様は手を離し私を離してくれた。 寒かったわけじゃないけど、それでも泰衡様は温かくて、 心まで温かくなるようで、不安だった気持ちも消えていた。 なんだか嬉しくて泰衡様を見ると自然と微笑んでいた。 泰衡様は顔をそらすと立ち上がり銀さんの側へ行き 着物と手拭いを受け取った。 私も側へ行くと、銀さんは手拭いを私の頭に乗せると 髪を拭いてくれた。 「さん大丈夫ですか?」 「はい、すみません。」 「、早く着替えろ。」 泰衡様が少し離れた所から声をかけた。 「お手伝いしましょうか?」 「え?」 銀さんの言葉に驚いていると、 「銀!」 泰衡様の怒った声がした。 「冗談です。」 銀さんはフッと笑うと泰衡様の側へ行った。 「わんわん!」 「金さん?」 「金が守ってくれるそうですよ?」 私の足元へやってきた金さんを見て、銀さんがそう言った。 私は金さんと顔を見合わせると森へ入っていった。 *** 着替えを終えたが戻ってきた。 金も一緒だ。 「そろそろ戻るぞ。もう十分満足だろう。」 結局、なんだと時間がかかってしまった。 と銀に視線を投げると二人とも頷いた。 帰る途中、銀、金と前を歩いていたが足を止めた。 俺が追い付くと、 「あの…今日は本当に申し訳ありませんでした。 いろいろと…ご迷惑をかけてしまって…。」 俯いたまま、沈んだ声でそう言った。 「…………」 俺が返事につまっていると、ふと顔を上げて、 「でも…ありがとうごさいました、泰衡様。」 そう言ってふわっと笑った。 そして、ちょっと照れたような顔をすると、慌てて銀と金を追っていった。 「…………」 走っていく後ろ姿を見ながら、 (…………あれは反則だろう…///) 俺は真っ赤になった顔を押さえて、しばらくはその場で固まっていた。 Back Next Top 2006.11.21
説明書きの4人というのは、泰衡様、銀、主人公、金です。
って、いきなりどういうコメントでしょう…(笑) さて、今回は視点がコロコロ入れ替わってややこしいかと思いましたがどうでしたでしょう(^ ^;Δ そして、初のアイコンが「甘め」でしたが…どうでしょうかね〜;; シリアスもギャグも混ざってるんですが…甘いとこもあると思うので…。 甘い話は苦手ですし〜これが私的には甘いんですよ〜(>_<)ゞ さてさて、内容ですが。 少しだけ主人公の過去について触れています。これから徐々に明らかになるでしょう。 というか、主人公の過去の話はちょっと暗いしシリアスばっかりになっちゃうかもです。 そういうの苦手な方はご注意下さい〜。まあ、そんな酷くない…つもりですが。 あと、そういえば、今回の話は銀も活躍してますし、主人公に好意的ですが、 銀は別に主人公のことはなんとも思ってません。もちろん、可愛いと思ってるし好きですが、 何かと気にかけてるのは、泰衡様の反応見たさって方が大きいでしょう(笑) ではでは、更新ゆっくりですが気長にお待ち下さい〜(^ ^;Δ 感想ありましたら遠慮なく言ってくださいね〜。誤字脱字とかでも…。 |