雪の花-四
-優しき音色- 屋敷に戻ると、入り口に銀さんが立っていた。 「銀さん!」 私が声をかけると気付いてくれて、 「おかえりなさいませ。さん。」 笑顔で迎えてくれた。 「ただ今戻りました。」 私がペコリと頭を下げると、銀さんは金さんにもあいさつをした。 そして私は銀さんに連れられて屋敷の中に戻った。 *** 銀さんは昨日、私の働く場所だと教えてくれた 賄い場まで行くと扉を開けた。 「銀様!」 銀さんが中にはいると女の人たちが騒ぎだした声がした。 どうやら銀さんはとても人気があるようだ。 なんとなく中に入る機会を失ってしまい、入り口で おろおろしていると、 「さん。」 銀さんに呼ばれた。仕方なく中に入ると、 賄い場の人たちが手を止め一斉に注目した。 今まで騒がしかったのに水を打ったように静まり返っている。 (う…どうしよう…;) 何か言うべきかと思ったが、 賄い場の人たちの目線が痛い程で言葉に詰まった。 すると、銀さんが口を開いてくれた。 「彼女はさんと言います。 今日からみなさんとここで働くことになりましたので、どうかよろしくお願いします。」 「あ、あの、よ、よろしくお願いします!」 銀さんの言葉に私も慌てて頭を下げた。 すると、また少しざわざわとし始めた。 私が顔を上げると、一人の女性が側へ来て、 「夏美よ、よろしく。」 と言って手を差し伸べた。 「は、はい。よろしくお願いします。」 私はその手を握り返して、もう一度頭を下げた。 「それでは、私は行きますので夏美さん、 よろしくお願いします。さん、がんばってくださいね。」 銀さんはそう言うと、行ってしまった。 *** 「それじゃ、お掃除でもしてもらおうかしら。」 「はい。」 夏美さんに連れられてやってきたのは、 離れのような場所だった。 「ここの床を全部拭いてね。」 そう言うと夏美さんは桶と雑巾を差し出した。 「ここですか?」 「いえ、向こうの床や廊下も全部よ。」 そうなるとかなりの広さになる。 私が驚いていると、 「新しく入ってきた人はこれぐらいやるのよ?」 と言った。 「そうなんですか。」 それなら仕方がない。 夏美さんはそれだけ言うと去っていった。 私はとりあえず気合いを入れて足元から掃除を始めた。 *** どれぐらい時間が経っただろう。 まだ半分も終わっていないのに日が高くなって来ていた。 それでも、綺麗になった場所を見ると嬉しくて、 残りもがんばろうという気になる。 とはいえ、広範囲の掃除で桶も雑巾も汚れてしまったので、 一度洗ったほうが良さそうだ。 水場がないかと探していると、 『バシャ!!』 驚いて振り返ると桶が倒れて、 水が零れていた。 「ごめんなさい!!」 水を零したのは夏美さんのようだ。 「大丈夫ですか?」 私が聞くと、 「ええ、本当にごめんなさい。」 夏美さんは申し訳なさそうに謝った。 「いえ。お怪我がないなら…あの、水場はどちらに?」 「ああ、それなら向こうよ。離れにはなくて…少し遠いのだけど…。」 「…そうですか。」 私は空になった桶を持って水を汲みに行った。 *** 「ふーっ。」 私は一息着くと立ち上がった。やっと半分だ。 あの後、水を汲んで帰ってくると零れた水の上を猫でも走ったのか、 せっかく掃除した床が足跡でいっぱいになっていて、掃除のし直しになってしまった。 そして、何度も遠い水場に行っていることもあって、 お昼をまわっても半分しか終わっていない。 お昼は過ぎてしまったが、特にお腹もすいていないのでそのまま掃除していた。 「あの…。」 すると、可愛らしい女の人がやってきた。 「さん?ですよね?」 「は、はい。そうです。」 「お昼になりましたので、どうぞこれを…。」 お皿にのったおにぎりを差し出してくれた。 「あ、ありがとうございます!」 「いえ、お掃除大変でしょ?私、手伝いますよ?」 「え!だ、大丈夫ですよ。」 「でも、この離れを一人で掃除するなんて無茶ですよ…。」 「え、でも、夏美さんは新米の人はこのぐらいの仕事はするものだと…。」 私がそう言うと、女の人は困ったような顔をした。 「ともかく、お昼を食べたら二人でがんばりましょう?」 優しくそう言ってくれた言葉になんだかホッとしたものを感じて、 「あ、あのそれじゃ、水だけ代えてきます。」 手も汚れていたし、あわてて桶を持って水場へ行こうとした。 「あ、どこに?水場はこの裏手にもありますよ?」 「え?」 引き止めた女の人の言葉に振り返ると、 女の人は困った顔をすると、裏手の水場へ案内してくれた。 「…少し前までは故障していたから…。」 「それで夏美さんはご存じなかったんですね?」 「ええ…そうね…。」 女の人は苦笑いして返事した。 *** お昼を食べながら少し話をした。 この方は『琴』と言う名前らしい。 今丁度、里帰りしている方の友人で、里帰りしている方は『空』さんと仰るそうだ。 「じゃあ、貴方は空ちゃんの代わりに?」 「えっと、そういうお話でした…。」 「じゃあ、空ちゃんは…。」 不安そうな顔になった琴さんに私は慌てた。 「あの、だからと言って空さんがおやめになるようなことは! むしろ、私がその間だけなのかもしれませんし…。」 『空さんの代わり』 『空さんのいない間だけ』 自分で言ったのに、何故だかズキッと胸が痛んだ。 「…そう。ごめんなさい。でも、空ちゃんがいなくなったりしたら私…。」 「…大切なご友人なんですよね?お気持ちわかります。」 親切にしてくれた琴さんを悲しませたくなくて、 胸の痛みには気付かないふりをして微笑んだ。 「………貴方、優しい子ね。 貴方も居てくれたらいいのに。 空ちゃんもきっと気に入ると思うわ。」 琴さんはそう言うと、優しく微笑んでくれた。 *** 琴さんが手伝ってくれたおかげで、残りは早くすんだ。 「ありがとうございました。琴さん。」 「いいのよ、気にしないで。」 後片付けをしていると、 「ここでお掃除だったんですか?ご苦労さまです。」 優しい声が聞こえた。 「銀さん。」 「銀様!!」 「もう、終わったのですか?」 「はい、琴さんが手伝って下さったおかげです。」 私がそう言って琴さんを振り返ると、 琴さんはなんだかとても慌てていた。 「そうなんですか。お優しいのですね。」 銀さんはそう言うと、 琴さんはますます慌てて、真っ赤になった。 「い、いえ!わわわ私は何も!」 さっきまではとても落ち着いた印象の人だと思っていたけど…? 「そういえば、さん。泰衡様がお呼びですが?」 ふいに銀さんが私の方へ向き直りそう言った。 「え?泰衡様がですか?」 「ええ、初日ですし。ご心配されているのでは?…ご報告に上がってほしいそうですよ?」 にっこり笑って銀さんはそう言った。 琴さんは少し驚いた顔をしたが、 「それなら早く行ったほうがいいですよ? 後のことは私がしておきますから…。」 と言った。 「でも…。」 確かに泰衡様がお呼びなら、急いだほうがいいだろう。 朝は遅れてしまったし…。 とはいえ、自分の仕事をわざわざ手伝ってくれた 琴さんに後片付けを押し付ける事になるのは心苦しかった。 「あ、あの後片付けが終わったらすぐに行きますから…。」 銀さんにそう言うと、琴さんが、 「泰衡様をお待たせするなんていけませんよ! 後片付けなんていいんですよ、私がしておきます!」 と言った。 「でも、これ以上琴さんにご迷惑はかけられません!」 私がきっぱりそう言うと、琴さんは驚いた顔をした。 どちらも譲らずにいると、銀さんが口を開いた。 「でしたら、琴さんのお手伝いは私が致しますから。 さんは泰衡様のところへ行ってあげてください。」 にっこり笑ってそう言った銀さんに琴さんの方が驚いていた。 「え"え"!?しししし銀様に、そそそそのようなことを!!」 慌てふためく琴さんを尻目に、銀さんはさっさと後片付けを始めた。 「では、さん。よろしくお願いします。琴さん行きましょう?」 桶と雑巾を持って銀さんは先に歩き始め、琴さんは慌ててそれを追っていった。 私はあっけにとられ見ていたが、気が付いて、慌てて泰衡様の所へ向かった。 *** 「…………」 困った。そういえば私、泰衡様のお部屋…知らないや…。 今更ながら重大なことに気付き立ち尽くしていた。 朝は銀さんが連れていってくれたし、部屋を出たときは 泰衡様とご一緒だったので、 場所とかを確認していなかった。 銀さんの部屋、そして私が昨日休ませて頂いた部屋の 近くだというのはわかっているのだが… 実はその二つの部屋もどこかわからない……。 (どどど、どうしよう!!) このままではまた遅れてしまう!! だが残念なことになぜか人影がない。 とりあえず、見知った場所はないかとうろうろしていると…。 「わんわん!」 犬の泣き声が…。 「金さん?」 尋ねるように呼び掛けると。 不意に背中に何かが飛び付いた。 「きゃあ!?」 突然で重さに耐えきれず、そのまま転んでしまった。 「金さん!」 私が起き上がり振り返ると、 嬉しそうに尻尾を振っている金さんがいた。 驚いたけど、嬉しそうな金さんを見ると 怒ることなんてできなかった。 「金さん、泰衡様のお部屋…ご存じですか?」 私がそう尋ねると、金さんはちょっと首を傾げたが、 「わん!」 と返事して、私の顔を舐めた。 金さんはそのまま私の上からぴょんと飛び降りると、 朝のように私に振り返ったあと歩きだした。 「ありがとうございます。金さん。」 *** 「わん!」 金さんがある部屋の前に止まった。 よく見ると見覚えがある気がする。泰衡様の部屋だ。 私はホッと胸を撫で下ろすと、 「ありがとうございます!」 と言って金さんを抱き締めた。 丁度その時戸が開いて、泰衡様が出てこられた。 「泰衡様。」 泰衡様は私に気付くと一瞬、ホッとしたように見えたが、 すぐいつもの厳しい表情になった。 「遅いぞ。」 朝と同じことを言われてしまった。 「すみません。」 「銀はどうした?」 「え!し、銀さんは…。」 私の代わりに仕事をしている…なんて言っていいものか…。 「どうした?」 泰衡様が訝しげな顔をしたので仕方なく、事情を話した。 「それで…銀がいないから道がわからず遅れたのか?」 「………すみません。」 「一度行った場所ぐらい覚えろ。」 「はい、すみません。」 情けなくて、謝ってばかりだ。 すると、まだ腕の中にいた金さんが慰めるように顔を舐めた。 「!」 「ありがとうございます、金さん。」 私がまた金さんをギュッと抱き締めると、 突然泰衡様が、 「、金を離せ。」 と言った。 不意の言葉に威圧感を感じて、驚いて金さんを離した。 金さんも驚いているのか、じっと泰衡様を見つめていた。 「あ、あの、金さんはここまで私を案内してくれたんです…。」 泰衡様は難しい顔をしていたが、私の言葉を聞くと 少しだけ優しい表情になり、金さんに、 「よくやった。」 と言った。ホッとして私は金さんと顔を見合わせた。 「もう行け。」 泰衡様がそう言うと、金さんは 「わん!」 と返事し、駈けていった。 一人残され、なんとなく言葉に詰まっていると、 泰衡様の方から口を開いた。 「仕事はどうだ?」 「あ、はい。みなさん親切で、お世話になりました。」 今日も琴さんがいなければ今頃まだ掃除していただろう。 「…やっていけそうか?」 「…はい、ありがとうございます!」 気遣うような泰衡様の眼に優しさを感じて、 私は微笑みかえした。 銀さんが言っていた 『心配されていた』と言うのは本当のことだったのだと…。 私は嬉しくなって泰衡様の方をきちんと向くと、 「これから…がんばりますので、よろしくお願い致します。」 と深く頭を下げた。 顔を上げて見た、 泰衡様の表情は微かに微笑んでいるように見えた。 暖かい、優しい光が瞳に宿っていた。 これから、この方のためにできること、やっていきたいな。 と心に誓った。最初の一日だった…。 Back Next Top 2006.11.01
第四話。
引き続き主人公視点です。 ここまでで、一応屋敷で働く経緯は終了ですね。 ってか!今回泰衡様出番少な…!(゜ロ) (最後だけやん!) ごめんなさい〜;;何気にまた金大活躍ですね!(笑) 今回のタイトル「優しき音色」は登場しているオリキャラの「琴」ちゃんのことを指してます。 楽器の「琴」=「音色」みたいな意味です。 というか、今回オリキャラがいっぱい出ましたね。 「琴」「空」「夏美」の3人は今後も登場します。(特に前二人) (でも空ちゃんはまだ名前だけですが…w) 夏美さんはちょっと意地悪なライバル(?)キャラっぽい子です。 みんな名前に意味はありませんが、夏美さんは主人公が冬っぽいイメージ (白いし)なので、その反対みたいな意味で名づけました。 |