雪の花-参

-御館-






さん、さん。」

「…ん」


誰かに呼ばれて眠い目を擦った。


「おはようございます。」

「わ!し、銀さん…お、おはようございます…。」


目を開けると目の前に銀さんの顔があって少し驚いてしまった。


「おはようございます。」


銀さんはにっこり笑ってもう一度挨拶してくれた。
その顔を見て安心して


「おはようございます。」


私ももう一度今度は笑顔でちゃんと挨拶をした。



***



結局あのあと銀さんがいろいろと説明をしたり、
お屋敷の中を案内したりしてくれた。

ただお屋敷の人たちは忙しく、働いている人達に
挨拶するのは明日と言うことになり、この日は空いていた
銀さんの隣の部屋で休むようにと言われた。
緊張の糸が切れたためか気付かない間に寝てしまったらしく、
気が付いたら…今、銀さんに起こされた…と言うことは…。



***



「あ、あの…もう朝…?えっ…と…。」

「あまり気持ちよさそうに休まれていましたので
 起こすのは忍びなかったのですが、泰衡様がお呼びですので。」


銀さんの言葉に少し照れたが、後半を聞くと慌てた。


「え!泰衡様が!?呼ばれたのはいつ頃ですか?」

「少し経ちますが、今から行けば十分間に合いますよ。
 ここから泰衡様の部屋は近いですから。」


銀さんは安心させるように優しく言ってくれたが、
今起きたばかりの姿で主である泰衡様の前へ行くのは躊躇われた。
ちゃと身なりを整えてないと怒られてしまうかもしれない…などとも思った。

私が迷っていると、銀さんがそっと私の髪を撫でた。
びっくりして顔を上げると


「大丈夫。貴女はこのままでも十分可愛らしいですよ。」


と言って微笑んだ。


「…///


銀さんの言葉にはびっくりさせられる事ばかりだと思ったが


「ありがとうございます。」


とりあえずお礼を言った。
銀さんが髪を整えてくれたので、急いで着替えを済ませると、
泰衡様の所へ向かった。



***



「遅い。」


急いで行ったが、部屋に入って顔を合わせた
泰衡様の最初の言葉はそれだった。


「すみません…。」


やっぱり怒られてしまった…。


「初日からいきなり刻限に遅れるとはどういうことだ?」


すっかりご立腹の様子たが自分が悪いのだ、
私はひたすら頭を下げて謝った。


「本当にすみませんでした。」

「……。」


泰衡様は黙ったままだ。弁解の余地もない、
初日からいきなり追い出されるかもしれない…。
不安に思ったが謝ることしかできず、深々と頭を下げた。
すると、銀さんが口を開いた。


「まだ初日で慣れないことも多く、昨日は
 緊張したせいもあってお疲れだったのですよ。
 私が起こすのも遅かったので…申し訳ありませんでした。泰衡様。」


そう言うと、銀さんも頭を下げた。


「そ、そんなこと!私が自分で起きられなかったせいです!
 銀さんのせいじゃありません!」


私のことで、銀さんにまで頭を下げさせてしまうなんて!
私は慌てて銀さんの方を見た。


「もう少し早く起こせたのですが、
 あまりに可愛らしい寝顔に見惚れてしまったので…。」

「!?…///


銀さんは相変わらずの笑顔でそう言った。


「…銀、お前は黙っていろ。」


ずっと黙っていた泰衡様が返事をしてくれたが…
心なしか…さっきよりも怒っている気がする…。
私のせいで銀さんまで怒られてしまっては、申し訳ない。


「あ、あの!泰衡様!本当に申し訳ありませんでした。
 今後は決してこのようなことは…、
 その、お待たせして、すみませんでした。」


今度は真っすぐ泰衡様の目を見て謝った。
どんなに言い訳しても、遅れたことに変わりはない。
それなら誠心誠意謝った方がいいのだ。
泰衡様を真っすぐ見てそしてもう一度頭を下げた。


「…もう良い。」

「え?」

「もう良いと言っている。」


顔を上げると、さっきと変わらない不機嫌そうな顔の泰衡様。
でも、もう怒っているような雰囲気はなかった。


「あ、ありがとうございます!」


ほっとして笑顔になると、泰衡様もなんとなく機嫌が おさまっている気がした。
表情は変わらないままだけど…。


「それで、父上にはあったのか?」

「え?」

「いえ、御館の所へはこれから伺う予定です。」


私がわからないでいると、銀さんが返事をしてくれた。


「…そうか、なら俺が行く。銀、おまえは仕事に戻っていろ。」

「はい、わかりました。泰衡様。失礼致します。」


そういうと、銀さんは行ってしまった。
なんだかわけがわからないまま泰衡様の所に一人残されなんとなく不安だ。


「いくぞ。」


泰衡様はそう言うとさっと立ち上がり部屋を出た。


「は、はい!」


私も慌てて後を追った。



***


「あの、どこへ行かれるのですか?」


泰衡様は歩くのが早くて、必死にあとを着いていったが、
屋敷の外へ出られたので不思議に思って尋ねた。


「父上は今朝は柳御所に居られるはずだ。
 俺も柳御所での会議に出席するから…お前も序でに連れていく。」

「あ、ありがとうございます。」


泰衡様は歩きながらそう答えた。


(会議…ということは、泰衡様はお仕事なんですね…。)


そんなことを考えながら泰衡様の後をついていった。



***



「着いたぞ。」


泰衡様が足を止めた。
柳御所はさっきまでいた屋敷と同じぐらいの広さで、
入り口を忙しそうに人が出入りしていた。


「あ、泰衡様!おはようございます!」


泰衡様に気付いた人たちがあいさつをした。


「父上はいるか?」

「はい、もうそろそろ出てこられる頃かと…。」

「そうか。」


泰衡様はそれだけ言うと入り口の方へ目を向けた。
すると、豪快な声が聞こえてきた。


「御館、お疲れさまです。」

「なに、大したことはない!ワハハハ!

(みたち?)


泰衡様の後ろからそっと顔を出すと、
大柄なちょっと恐そうな顔の男の人が出て来たところだった。
泰衡様はその人に呼び掛けた。


「父上。」

(父上?じゃあ、この人が泰衡様の…)

「おお、泰衡か。どうした?」

「少し…この娘を…」


泰衡様はそう言うと、私を振り返った。
私は慌てて頭を下げた。


「あ、あ、あの!は、初めまして…」

「ん?なんだ?」

「銀と同様、屋敷で働かせることにしましたので…御参考迄に。」


泰衡様がそう言うと、御館様はマジマジと私の顔を見つめた。


「そうか…まだ幼いようなのに、
 もうその年で…苦労されておるのじゃな…。」

「…?」

「なにか困ったことがあったら言ってくれ!心配はいらん!」


御館様はそう言うと、私の頭をガシガシとなでた。


「は、はい。あ、ありがとうございます…?」


なんだかよくわからなかったけど、
御館様はとっても暖かい良い方だな…と思った。


「それではワシは仕事に戻る。おぬしもしっかりやれ!ではな、泰衡、またあとでな。」


御館様はそう言うと去っていかれた。


「……」



「は、はい!」

「お前は館に戻って仕事に入れ。」

「はい、わかりました。」


…とはいえ、来る時、足の早い泰衡様に着いていくのに 精一杯で、
道を見ていなかったことに気付いた。


「……;」

「?どうした?」

「い、いえ!別に…。」


私の様子がおかしいことを泰衡様に気付かれてしまった。


(でも、仕事の忙しい泰衡様に屋敷までの道がわからない何て言えない…。)


泰衡様は不振そうな顔でこっちを見ている、
なにもないと言ったものの困っているのが顔に出ているのだろう。
途方にくれていると…。


「わん!」


驚いて振り返ると、昨日、お屋敷で見たわんちゃんがいた。


「金…お前また勝手に…。」


泰衡様が呆れたように、見下ろした。


「金?」


私が尋ねると、わんちゃんは私の足に飛び付いてきた。


「わ!!」


泰衡様はふっとため息をつくと、


「金、そいつを屋敷に連れて帰ってやれ。」


と、言った。


「わん!」


わんちゃんはしっぽを振って先を歩きだすと、私の方を振り返った。
ついてこいと言ってるみたいに…。


「…ありがとうございます、金さん?」

「わん!」


返事をしてくれた金さんに、私は嬉しくなって泰衡様の方を振り返った。
泰衡様は驚いたような、呆れたような顔をしていたが、


「ではな…。」


と言って屋敷に入っていった。


「ありがとうございました、泰衡様。」


ペコリと頭を下げると、泰衡様は少しだけ目線を向けてくれた。
泰衡様が屋敷に入るまで見送って、私は金さんの後について、屋敷へと帰っていった。






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2006.10.24