雪の花-二十三

-覚悟-






鎌倉との戦も無事に終わった。
鎌倉の脅威は茶吉尼天という神だった。
泰衡様はそれにそなえ、あの大社を建設されていたのだ。
泰衡様の作戦、そして神子様の協力によって茶吉尼天は倒された。
皆にとって平和な日々になっていたけど、私には一つ心配なことがあった。

どうにかしなければと思っているのに、良い知恵は浮かばず…
結局最悪の方法になってしまった……。
覚悟はできていたし、私は構わなかった。

でも……泰衡様を傷つけてしまったよね…。

ごめんなさい……泰衡様。

他に……思いつかなかったの。



***



伽羅御所の人たちの話が偶然聞こえた。
先日、御館様が何者かに襲われたことについての話だった。
御館様は幸い命に別状はなかった。
だが、御館様に遣えている方たちのショックは大きかったようで、
御館様を襲ったものをみな必死になって探していた。


「御館を襲ったのは藤原泰衡だ。」

(―――!!)


一瞬ショックで頭が真っ白になった。


「まさか!泰衡様は御館のご子息だぞ!」


確かにそうだ、御館様は泰衡様の父上…。
そんなはずは…。

こんな所で盗み聞きしているなんて…、とは思ったけど、
ショックで体が動かなくて、私はそのまま話を聞いていた。



***



話し終えた人たちが出てくる気配がして、慌てて物陰に隠れた。
皆が去っていくまで、じっと息を殺して…。

でも、頭の中はさっきの話がぐるぐると渦巻いていた。


(泰衡様が御館様を…)


そのこともショックだったけど、実のところ少し…思い当たるふしもないではなかった…。

あの日の泰衡様と銀さんの行動が…。
それでも考えないようにしていたのに…。

だけど、もしそうだとしても泰衡様は私利私欲のためにそんなことをする方ではない。
私にはそれだけは核心があった。
だから、きっとなにか本当に考えたことがあったのだろう…そう思い直した。

もちろん…考えがあっても、血の繋がった親子。
そんな行動、どんなことがあっても許されない…そう思う気持ちも少しはあった…。

とにかく、それよりも先の人たちが最後に言っていた言葉…。


「御館の仇…藤原泰衡を討つ


それが私の心には強く残っていた。
何か刃物で心臓を貫かれたような、恐ろしい言葉として…。


(……そんな…)


確かに御館様の部下の人たちの気持ちはわかる。
御館様のことが大切なのだ、傷つけようとしたものを許せないのは当然のこと…。


(……でも!)


泰衡様は御館様の息子。
そんなことをしても、御館様は喜ばれないだろう。
それに泰衡様は……


(……どうしたら…)


私は混乱する頭で必死に考えていた。

泰衡様に報告すべきなんだろうか?

でも、泰衡様は御館様を傷つけたこと、きっと責任を感じているだろう。
ご自分のお考えのもとの行為、後悔はしていないかもしれないが、
否…全くしていないことはない、後悔しそうな気持ちすら…耐えているだけなのかも…。

きっと…酷く傷ついているに違いない。

泰衡様だって、御館様のことは大切だし、好きなのだから…。


(それに……)


私の頭には一抹の不安が頭を過った。
もしかしたら、泰衡様は覚悟の上なのかもしれない…と。
泰衡様なら…御館様を傷つけたことの責任、討たれることを覚悟の上かも……。


(――っ!)


ダメだ。泰衡様に報告してもどうにもならない。
私はぶんぶんと頭を振ると何か他に方法はないかと考え直した。


(ならばさっきの人たちに…)


かといえ、部屋を出て来た時の様子…決意は堅そうだった。
果たして説得できるだろうか…。


(それとも神子様に…。)


白龍の神子…。
今回の鎌倉との戦でもご立派に渡られたそうだ。
銀さんも泰衡様も大いにかっている人物…。


(神子様なら……。)


……でも、何と言って良いものか…大事にはできないし…。


(それに……)


チクリと胸が痛んだ。
何かはわからない。

でも、神子様にお話するという行為に何故か微かに抵抗を感じた。


(…………)


私は散々悩んだ末に、今はまだ様子を見ることにした。
先の人たちとてすぐに行動を起こすことはなさそうだと思ったから。

今はまだ…もう少し時間がある…そう思ったから…。



***



それから、しばらくは平和な日々が続いた。
あの人たちも、あの話も特に何も動きはないようで、
あの時のこと、聞き間違えだったのだと思える程平和な日々。

でも、そんな鎌倉との和議も終わったある日。


「え…帰られるのですか…。」

「うん、明日…。」

「…そうですか。」

「そんな顔しないで、笑顔で見送ってほしいの。」

「…はい。」

「明日来てね!」

「はい。」


神子様が帰ってしまわれることを報告に来てくれた。
随分お世話になった神子様。
一介の従者に過ぎない私にも優しくして下さった神子様。

帰ってしまわれることを突然聞いて、寂しかったけれど、
ご本人が来て下さり、明日お見送りに行っても良いと言って下さったのは嬉しかった。


(泰衡様は…どうされるのでしょう?)


神子様が帰られた後、私は不意にそのことを思い出した。
私が神子様にお会いしたのは屋敷の入り口。
神子様は私に話してすぐに帰ってしまわれた。

泰衡様には会っていない…?
泰衡様とて神子様の帰還は気にされているはずでは…?

私は慌てて入り口を飛び出し、神子様を探したけど、
既に神子様は帰ってしまわれた後だった。

仕方なく、せめて私の口からでも伝えるべきかと、泰衡様の部屋に向かった。
すると、泰衡様の部屋、中から九郎様の声が聞こえた。






***






「本当に、来る気はないのか?今日を逃せば、もう二度と会えないのだぞ。」

「見送りには銀を遣わしている。俺が行く暇はないからな。」

「見送る時間ぐらい作れるだろう。」

「しつこい。…神子殿は俺が見送りに来るとは思っていないだろう。
 わざわざ見送るほど深い仲でもないからな。俺は八葉ではない。
 わかったら仕事の邪魔をしないでもらえるか。」

「――っ!お前という奴は……無量光院だ。」

「……?」

「お前の馬鹿さ加減にはつきあいきれん!気が変わったら来い!」

「フ……馬鹿、か」


(……泰衡様…)






***








「!…泰衡様」

「こんな時間になにをしてる。」

「あ…いえ、少し眠れなくて…。」


明日は神子様が帰られる日。
いろいろなことを考えていると眠れなくて、私はなんとなく外へ出て来ていた。

すると泰衡様が通り掛り、声をかけてくれた。


「…そうか。」


泰衡様は短くそう返事をすると黙って月を見上げた。
…一体何を思っておられるのか…。


「…泰衡様。」

「なんだ?」


私は迷った末、思い切って口を開いた。
九郎様との話を聞いていたから…本当は答えはわかっていたかもしれないけど…。


「明日、神子様は帰られるそうですよ…。」

「そうか…。」

「泰衡様は神子様のお見送りにいかれないのですか?」

「その必要はない。」

「でも!」

「銀が見送りに行っている、俺が行く必要はない。」


やっぱり…九郎様と話していた時と同じことを仰る。


「でも、泰衡様がお見送りされたらきっと神子様もお喜びになりますよ?最後ですし…。」

「くどいぞ。」


泰衡様はピシャリと言った。


「お前も行くのだろう?俺が行く必要はない。」

「……」


厳しい瞳。何時もと同じ。
でも、それだけではない気もした。

泰衡様とて辛いこと、寂しいと思っている気持ち。
絶対に悟られないようにしているけれど、私にはそれが微かに感じられたから。

それでも…泰衡様にはこれ以上は言っても無理だということも分かった。

泰衡様のこの厳しい態度は、神子様とお別れすること…、
別れ難く思っておられる故なの…だから…。


「失礼しました。」

「…もう休め。明日も早いぞ。」

「…はい、お休みなさいませ、泰衡様。」


私は一礼するとその場を後にした。



***



翌朝、神子様のお見送り。
銀さんに、共に行くよう誘われたけど、私は仕事を理由に少し遅らせた。

どうしても、泰衡様もお見送りにお連れしたかったから。


「あれ?」


でも、部屋には泰衡様の姿がなかった。


「あ、あのすみません。泰衡様は?」

「泰衡様は出かけられたが?」


丁度通りがかった人に尋ねるとそう返事を貰った。


「あの、どちらに?」

「さあ、どことは…。夕刻には戻られると。」

「そうですか…。」


神子様のお見送りにいかれたのかもしれない…。
私は反射的にそう思い、それならと少しほっとした。

ただ、同時になぜか心臓がドクンと跳ね。
何か不吉な予感がした。


(銀さんはもう出かけられたはず…。もし、泰衡様が神子様のお見送りにいかれたのなら…。)

「あの!泰衡様はお一人でお出かけに?」

「ああ、お一人で。馬で出られた。」

(!!)

「あ、ありがとうごさいました!」


そう言うや否や、私は駆け出していた。


(馬…!)


追い付けるかわからない。
それに馬に乗っておられるのなら、大丈夫かもしれない…。
そう思ったが、お一人と言うのが不安だった。


(お願い!泰衡様!どうかご無事で!)


私は必死の思いで無量光院を目指し、走りだした。



***



「はぁ…はぁ…。あ、あれは…」


必死の思いで走っていた視線の先に人影が…。


「っ…、泰衡様…。」


何とか追いつき、視線の先に捉えた人影が泰衡様だと思った瞬間、
私は安堵して、乱れた息を整えた。

泰衡様は小さな女の子と何事か話しているようだった。


(よかった…、ご無事で…。)


胸を突いた不吉な予感は…ただの思い過ごし…。
そう思ったとき、泰衡様が馬を下りられた。女の子から花を受け取っている。

そして、その女の子が泰衡様の側を離れたとき、


「御館の仇!お覚悟!!」


あの時の人たちが泰衡様に斬り掛かろうとした。


(っ!お願い!間に合って!!)

「泰衡様!!」


私は叫ぶと飛び出していた。
泰衡様が狙われているとわかっていたのに…。
結局…こういう形になってしまった。


(ごめんなさい…泰衡様。)


飛び散った、紅い鮮血を目にそう思った。








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2008.10.23