雪の花-二十二

-決意-






神子様たちがやって来て…賑やかになった奥州平泉…。

特に何事もなく平和な日々が過ぎていたが、
忘れてはいけないのは、神子様たちは追われている身だと言う事。

そして戦火が平泉に歩み寄っていること。


「泰衡様…?」

「お前か…」

「……どうかなさいました…?」


何時にも増して、険しい表情をしていた泰衡様に、
が心配そうに尋ねた…。

近々訪れるであろう鎌倉の脅威から平泉を護るため、
泰衡様はこの所軍議に追われ、少し疲れ気味だった。

だが、実はは現在の平泉の状況、そして神子様たちがここへ来た理由。
その辺りのことを何も知らなかった。

神子様が武芸に優れた存在であること。
九郎殿が天賦の才を持った優秀な武士であること。

その程度のことは聞いていたが、もともとこの世界の者ではないは、
源氏や平家の名も知らず、戦の争いなどのことは何も知らない。

軍などに関わらせたくないからと、泰衡様もには何も話していないし、
神子様たちも特に何も言っていなかった。

ただ…この所状況は厳しくなり、そろそろ迎え撃つ時が近づいてきている。

何も知らせないでいるのは返って危ないかもしれない…。
ある程度のことは教えるべきかもしれないと思いつつも、泰衡様は迷っていた。

もし、鎌倉と軍になれば自分は間違いなく戦地へ行く。
もちろん銀や神子、八葉たちもだ。

そのことを伝えたら…はどう思うだろうか…?

自分だけは何もできないと自分の無力さを嘆くかもしれない。
前に一度銀に戦術を指南した過去もあるし、自分が陰陽術を教えたりもしている。

もちろん戦いに関することを教えているわけではないが…。
のこと、何か無茶をする可能性も少なくない…。

そう思うと、余計なことは何も言えないと思うのが
……泰衡様の最後の結論になってしまうのだった…。


「泰衡様…?」


じっと自分の顔を見たまま、何も言わない泰衡様に、
が不思議そうに首を傾げると、泰衡様は我に返り首を振った。


「いや…何でもない…。」

「お疲れですか…?」

「少しな…。」

「………」


心配させまいとを気遣う泰衡様だったが、
寝不足なのだろう顔色も悪いし、顔に疲れが出ていた。

それを心配そうに見つめるに泰衡様は苦笑い。

それでも、いつでも自分のことを大事に思い、心配してくれるの気持ちは嬉しかった。

は神子殿のように戦いに出るべき能力は皆無だが、
いつも自分のことを想い、帰りを待っていてくれる…。

帰るべき場所として…の存在は泰衡様には大きかった。

もちろんこの戦が帰れるものかはわからないが…。


「…大丈夫だ、心配するな。」


不安そうな表情が消えないに、
泰衡様は優しく声をかけるとポンとの頭を叩いた。

すると、の表情に安堵の色が走り、ほっとするような笑顔が戻った。


(そう…お前はいつも…そうやって笑っていろ…。)


他に何を望むわけでもない。
だから、どうかそれだけは…。

泰衡様は、笑顔の戻ったの表情に安心し、自身もふっと笑顔を見せた。

最近ようやく自然な笑顔を見せるようになってきていた。
の前でだけ、ほんの微かな笑顔を…。

心の底から安心し、警戒を解くことが出来る、唯一の存在。
泰衡様にとってはそういう存在になってきているようだ。

だから…帰るべき場所であるように。
安心して休める場所であるように…。


「泰衡様…」

「何だ?」

「お忙しいのは重々承知ですが…、お体を壊されては何もなりません。
 差し出がましい事かもしれませんが…どうか疲れたときはお休み下さい…ね?」

「………」


一先ず安心はした様子だったが、遠慮がちに口を開いたは、そんなことを言った。

泰衡様はいつものこととあまり気に留めていないようだが、
実際には他の人から見ると疲れているように見えるのだろうか…。

そういえば、先ほど銀にも随分心配をされた。

しきりに休憩を勧める銀と揉めた時のことを思い出し、泰衡様は苦笑いした。

意外にも自分を気にかけてくれるものは多く、
本気で心配してくれるものも少なくはない。

銀やを筆頭に、再びこの平泉にやって来た九郎殿、そして金も。
今、この平泉には護るべきものがある…。

目の前の少女を眺め、泰衡様はそのことを強く心に感じた。

もちろん、この平泉の地は昔から大切な場所。
父が祖父が築いた黄金の都。
そして理想郷…。


たとえ何を捨てても…俺は…。



「…泰衡様…?」



黙り込み、何やら真剣な表情をした泰衡様。

さっきまでとも違う雰囲気を感じ取ったは、
少し躊躇ったが声をかけ、その声に泰衡様は再度の頭を撫でた。


「…?」

「心配しなくて良い…」


そしてそう声をかけると身を翻した。


「泰衡様…!」

、お前も無理はするな。それと…高館には………」

「はい…?」

「必要がなければ行くな。お前はこの館の中で過ごしていれば良い。」

「?」

「良いな?」

「は、はい!」


少し強い口調で言葉を残した泰衡様に、
は焦って返事をしたが、いまいち理解はしていなかった。

神子様たちとの関わりは、今後の戦に関わる、
そう判断した泰衡様なりの警告だった。

今までが高館へ行ったことに対する注意は単なる嫉妬だったが今は違う。
今は何よりの身を案じているのだ。


何があっても失いたくない人物である…と。



「あの…泰衡様…。」

「……」


仕事に戻ろうとして背を向けた泰衡様に、
は最後にもう一度呼び止めた。

そして…


「あの…泰衡様…。本当にどうか…ご無理はなさらないで下さいね…。
 私はいつでも…泰衡様のご無事を…第一に願っています…。」


少し、不安そうに瞳を揺らし、
はそれだけ言うと直に場を離れた。

今の平泉の状況、鎌倉のこと、戦のことも、何も知らないはず。

だが…何か感じるものがあったのか。
は泰衡様の身を案じているような言葉を残した。

第一に…誰よりも泰衡様を想っていると。
誰よりも…無事で居てほしいと。

心から…。

のそんな言葉を聞いて、泰衡様も少し考えを改めそうだったが、
やはり決心は変わらない。

理想のため…捨て置くことは出来ないこと…。
これからすべきこと…。

たとえどんなに罪深く、許されぬことだとしても決意は固い。


「………お前は俺を…」


早足に去ったの背中を眺め、
泰衡様は少し辛そうに言葉を零した。

これからやろうとしていること、
が知ったらどう思うか…、自分のことを幻滅するだろうか…。

今、誰より自分を大事だと言ってくれた、
そんな存在を裏切るかもしれない。

泰衡様はまた少し、迷いが心に生じたが、
それをかき消すように前を向いて歩き出した。

それでも道を違える気はない…それを心に固く誓って…。








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2008.08.12