雪の花-二十一

-きれいなもの-






しんしんと雪が降り積もる、奥州平泉。

高館からその様子を眺めていた白龍の神子はポツリと一言呟いた。


「雪…綺麗だね。」


その言葉に隣で同じように雪を見ていた少女が神子様を振り返る。
神子様の言葉に少女は無意識に嬉しそうに微笑んでいた。

『雪』に関わりの深いその少女。
神子様の言葉は少女にとって何より嬉しい言葉だったようだ。


ちゃんは雪に似てるね。」

「…え?」


神子様は、満足気に笑っている少女に唐突にそう言った。
神子様の言葉に目を丸くする


「その白い髪とか、肌とか。雪の妖精みたいだな〜って思って♪」

「…………;」


冗談めかしてそう言った神子様だったが、
その言葉には引きつった笑顔になる。

なんせ冗談ではないのだから…。


「この世界に来てからいろいろ綺麗なものを見たよ。雪とか桜とか…。
 もちろん私の世界にもあるんだけど…自然はこっちの方が断然綺麗だからね。」


感慨深い様子でそう呟いた神子様に、も同じように雪を眺めて考えた。
もこの世界の人間ではない。(人間でもないが)

神子様の世界はどうやらここと同じものも多いようだが、
はこの世界で初めて目にしたものも沢山あるから、感動も多かった。

何やら真剣な表情になったに、
神子様はにこやかな笑顔で話しかけた。


「ね?ちゃん?」

「あ、はい。何でしょう神子様?」

ちゃんはこの世界で何が一番綺麗だと思う?」

「え?」


突然の質問に少し驚くも、はその問いを心の中で反復した。


(この世界で…綺麗なもの…?)


そういわれても…と、首を傾げる

思いつくものは沢山あったが、
『一番』といわれると……中々難しい質問だ。


最初に思いつたのは空だった。

の故郷「雪の国」ではずっと白いままの空。
色鮮やかに変化していくこの世界の空はとても美しかった。
そして、暗い夜に輝く星や月もまた。

それに自然の植物や花々も、雪の国にはない珍しいもので、
綺麗だと感じたものだった。

もちろん色鮮やかな見目も綺麗だが、
生きている命として、とても美しい草花もは好きだった。

そして、今神子様が言われた『雪』

これは『この世界』に限ったものではない。
雪の国で最もなじみのあるもので、にとっては懐かしく、
故郷を思い出せるもっとも美しいもの。

自然界には綺麗なものが溢れているとはしみじみ感じていた。


「ね?どう?ちゃんは何が好き?何が綺麗だと思う?」


黙り込み、考え込んでいたに、
神子様はふわっと微笑みかけて、もう一度尋ねた。

いろいろ考えていただったが、
顔を上げた時、そんな神子様の姿を眼にし、
いろいろ悩んでいたものがあったにも関わらず、


「神子様が…、神子様もとてもお綺麗だと思います。」


と、言葉が口をついた。
満面の笑顔で、自信満々にそう答えたの返事に神子様は絶句。


「銀さんも「野の花のように可憐だと」仰っていましたが、本当にそうですね。
 それに、太陽のように温かい優しさをお持ちの神子様は本当に素晴らしい方ですね。」

「………///


それでも止まらないの言葉に、神子様は真っ赤になって慌てた。
銀に負けず劣らず物凄いことをさらりと言う

泰衡様の従者は天然ばっかりなのか…。


「あ、あのね…ちゃん…;///

「はい?」


流石に照れ臭い神子様。
何か言うべきかと思ったが、最初に尋ねたのは自分。
おまけにはさっぱりわからないというような顔。


「……いや…何でもないや;…ありがとう…;」

「いえ♪」


最後は観念してお礼を言った。



***



高館から戻ったは仕事を終えると、
いつもの如く縁側に腰を下ろしていた。

膝の上では金が眠っている。
雪の中を散々走り回って疲れたのだろう。
はそんな金を優しく撫でながら庭を眺めていた。





そんな所へやってきたのは泰衡様。
この時間帯は大体ここで顔を合わせる二人。

はその声に嬉しそうに振り向いた。


「泰衡様、お疲れ様です。」

「…ああ。」


いつも通りの言葉をかけるにちらりと金に視線を向けたものの、
表情は崩さず泰衡様もいつも通りの返事をする。


「今日は早かったのだな。」

「はい。…いつもすみません…。」

「構わん。一々お前を呼びつける者がいるせいだ…。」


誰とは言っていないがその相手を思い浮かべているのか、
泰衡様は不快そうに眉を顰めた。


「今日は神子様と一緒に雪を見たんです。」


庭の方に視線を戻したはぽつりと口を開く。


「雪?」

「はい。神子様は私が雪に似てると仰って…驚きました…;」

「………フン…」


神子様と話してきたことを楽しそうに話す
一先ず話を聞いている泰衡様も庭を眺めた。


「それから、平泉の雪景色が美しいと。
 他にも桜や美しいものをこの世界で沢山見られたと仰って…。
 私も…そう思いました…。」

「……………」


異世界からやってきた白龍の神子。
そしても、この世界のものではないため、
神子様の気持ちはよくわかった。

そのことを知っているのは泰衡様だけだが…。
愛おしそうに雪を眺めているに泰衡様は少し複雑そうな顔をした。

故郷を想って帰りたがっているのではないかと…。
だが、は変わらない調子で話を続ける。


「それで、神子様はこの世界で一番綺麗なものは何かと私に尋ねられたんですけど…」

「この世界で…一番…?」

「はい。」

「………また突飛なことを言うな…あの人は…。」

「ふふ、そうですね。」


呆れたように首を振った泰衡様に対し、はふっと笑いを漏らした。
「きれいなもの」はきっとこの世界には沢山あるからと、答えて。


「沢山か…お前は何と答えたんだ?」


の答えを反芻し、それでも思いつかなかった泰衡様はもう一度にたずねた。


「私は…いろいろ悩んだんですけど…」

「…ああ、」

「神子様のお顔を見たら、神子様がお綺麗だと思ったので。」

「…………つまり…」

「神子様だとお答えしました。」

「……お前は銀か…;」

「へ?」


再度呆れ返った泰衡様だったが、
もう一人の従者が頭をかすめ、静かにつっこんだ。

は一瞬首を傾げたが、そんな泰衡様をじっと凝視していると、
おもむろに口を開き、


「でも、泰衡様もですね。」


と、言った。


「は?…何がだ?」


突然名をいわれて、顔をあげる泰衡様。
はそんな泰衡様の瞳をじっと見つめるとにっこり笑った。


「泰衡様もお綺麗です。その瞳が。」

「…………」


突然すぎて言われたことの意味を理解できない泰衡様は
しばらく沈黙していたが、気づくと真っ赤になって顔を背けた。


「…な…何を言ってるんだ…お前は…///

「泰衡様の目、綺麗だと思います。色も。
 それにとっても澄んでいて、優しい泰衡様のお気持ちと同じで…。」

「………;」

「きっとこの世界で一番最初に綺麗だと思ったのは泰衡様かもしれません。
 黒や紫は怖い色だと思っていたんですけど…今は…大好きです。」


「もう……良い…///


はまったく表情も崩さずいつも通りの様子で続けるが、
言っていることが凄まじいので流石の泰衡様も真っ赤になって言葉を止めさせた。


「?」


動揺している泰衡様を尻目には疑問符を浮かべる。
そして見上げるようにして真っ直ぐ泰衡様の顔を見ていたかと思うと
またにっこりと満面の笑顔を浮かべた。


「…………」


その顔を見ていると、今言われたこと、全て返しても良いと思う泰衡様だった。

氷のように冷たく澄んだの瞳。
それでも優しい暖かさがあって何より…綺麗だと…。

そんなこと死んでも口にはできない泰衡様は…。


「馬鹿が…」


くしゃっとの頭を撫でると、
赤い顔をそっぽに向けて、それだけ呟いた。


そんな言葉でも、優しい声音と手がは嬉しくて、
もう一度微笑んだ。


この平泉がこんなにもきれいなのは…治めている主の心が何よりきれいだからだと…。








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2008.05.26