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雪の花-二十
-雪がとけたら…- 毎年のことだが、今年も平泉は雪に覆われている。 屋敷の庭も雪が積もって、金が朝から走り回っている。 鎌倉との戦も目前に迫っているような日…。 切迫したような空気の中、平和な声が聞こえた。 「ワン!ワン!」 部屋で仕事をしていたのだが、うるさくて集中ができない…。 金は屋敷の外にでも散歩に出そうと部屋を出た。 この寒い中雪の中を駈けまわっている金になかば呆れつつ。 庭に目をやると…金と一緒にが雪の中遊んでいた。 *** 「」 俺が呼ぶと、と金が同時にビクッと反応した。 は慌てて立ち上がると、 「お、おはようございます!泰衡様。」 と言って頭を下げた。金も「ワン!」と言った。 よく見ると二人(?)とも雪まみれで、一体どうしたらこんなになるのかと呆れた。 しかもはいつもの短い着物のまま、見ているほうが寒くなるぐらいだ。 「あ、あの何か御用ですか?」 俺が二人(?)の姿に呆気に取られて黙っていると、 が傍に来ておずおずと尋ねた。 俺を見上げるの頭の上にも雪が積もっている。 「…どうしたらこんなになるんだ…。」 思わず独り言のようにそう呟くと、の頭の上の雪を払った。 殆ど無意識の行為だった。 は驚いた顔をで俺を見たが、次の瞬間、 「ありがとうございます。」 とにっこり微笑んだ。 (!?…俺は今何を。) の笑顔に驚き、自分がした行為にも驚いた。 俺は真っ赤になった顔を隠すとから目を逸らした。 「朝から何をしている…」 そして、とりあえず動揺していることを悟られないように何か言わなければと、 に話し掛けた。 「あ、えっと、雪が降っていたので嬉しくて…」 「?雪が降っているのがそんなに嬉しいか?」 返事の意味が分からず、そう聞き返し、の方を見た。 「はい!嬉しいです!」 するとは満面の笑顔で返事をした。 本当に嬉しそうな顔だ。 「…寒くはないか?」 「はい、平気です!」 「…そんな格好でか?」 「?はい、大丈夫です!」 まあは雪の精霊なのだ、寒さには強いのだろう。 終始嬉しそうな顔で話すに俺も少し、気分がよくなった…気がした。 俺と話すときはおどおどしていることが多いが今日はずっと上機嫌だ。 寒いし、煩わしいことも多い雪だがこの時は少し感謝してもいいかと思った。 「あの、泰衡様。御用はなにか?」 思い出したようにが俺に尋ねた。 俺も、と話しているうちに何をしにきたのか忘れていたが、 そう言われ、何もないなど言えるはずもなく…仕方なく口を開いた。 「…朝から庭で騒がれたら迷惑だ、金をつれて外に出ていろ。」 俺がそう言うと、嬉しそうにしていたの表情が途端に沈んだ。 「も、申し訳ありません…あ、あのすぐ行きますので…」 そして頭を下げると慌てて去っていこうとし、俺は慌てて声をあげた。 「ま、待て!」 少しキツイ言い方をしてしまったと、いつも口にしてから後悔する…。 終始嬉しそうな顔をしていたを落ち込ませた罪悪感と、 最後に沈んだ顔で終わらせることになることに焦り慌てて引き止めた。 が驚いて振り返り、俺の次の言葉を待った。 「…その、なんだ…俺も…行こう。」 「え?」 「たまには…金の散歩に付き合うのも悪くない。」 とりあえずそう言うと、とそして金を見た。 「ワン!」 金が嬉しそうに尻尾を振り、返事をした。 それを見たも嬉しそうな顔になり、 「ありがとうございます。」 と俺に言った。 *** 外に出ると金は一目散に駆け出していった。 も俺もそれを眺めながら歩きだした。 金はいつも勝手に抜け出すので、散歩の時も一人突っ走って行くが、 今日は先まで行くと、俺たちが来るのを待っていた。 の方に目をやるとにこにこと金の方を見ている。 この寒い中散歩に付き合おうという気になったのは、 雪を見て嬉しそうにしているの姿を見たかったらなのか…。 そんな考えが頭に浮かび俺は慌てて頭を振った。 (何を考えているんだ…俺は…) 複雑な気分になりながらふと隣を見るとがいない。 慌てて辺りを見ると、 「泰衡様!」 金の傍らで、俺を呼んでいた。 そんなに考え込んでいたのかと焦ったが、 俺の方を見て笑顔で手を振るに安堵し、また二人で歩きだした。 *** 広い雪原に出た。 金は相変わらず駈け回っている。どうやらここが目的地らしい。 雪で覆われ何もない場所、ただ雪原の中心に大きな木がある。 あれは桜か…? もちろん花はおろか葉もなく枝には雪が積もったただの枯れ木だ。 だが何もない雪原の中心、大きな桜は目を引いた。 それでも…花も咲いていない桜をいつまでも眺めているのも飽きた俺はふと視線を横に向ける。 するとは、かがみこんで何かしていた。 「、何してる?」 声をかけると、は片手に小さな雪の山を乗せて俺を振り返った。 「?それは?」 「雪ウサギです!…こうすると…。」 俺に答えながらはもう一方の手で雪の山に南天の実と葉をくっつけた。 「ね?かわいいですよね?」 「……。」 そして完成した雪ウサギを俺に見せ、にっこりと笑顔を見せた。 「まあ、ウサギに見えないこともないな…。」 「はい!」 多少返答に迷ったが、思ったことを口にする。 は俺の返事に満足したのか、にこにこと嬉しそうに返事をし、 またかがみこんで雪ウサギを下に置くと、その背中を愛しそうに撫でた。 「…そんなに雪が好きか?」 「え?」 その動作を眺めながら、俺はぽつりと言葉を漏らし、 俺の言葉には振り返り立ち上がるとじっと俺の顔を見た。 次の言葉を待っているようだが…。 「…どうしてそんなに雪が好きなんだ?」 俺はもう一度同じ質問をし、は少し考える表情になったが、 すぐまた笑顔になり、 「綺麗ですから。」 と答えた。率直な理由だな…。 「…寒くはないのか?」 「もちろん、寒いですけど…冷たくて気持ち良いですし…」 いまいち納得できないと言うか…まだ疑問が晴れない俺はさらに続けたが、 の答えはやはり率直なものだった。 この寒い時季に雪の冷たさを気持ちいいと言うのは変わっている… などと思いながら、まだ続くの言葉を聞いていた。 「雪は冷たいですけど、綺麗で優しいから、 見ていると嬉しくて、暖かい気持ちになるんです。」 胸に手を当てて優しい表情で答える。 率直な素直な言葉だからこその迷いない透明な言葉にどきっと胸が跳ねた。 そして、そこまで言うとは俺の方を見て、またにこっと笑う。 「泰衡様に似てますね。」 そして、唐突に言ったのはそんなこと。 「?何がだ?」 「雪です。冷たいように見えるけど本当は綺麗で優しい、 一緒にいると嬉しくて、暖かい気持ちになるところが…」 理解できないでいる俺に、 にっこりと本当に嬉しそうな笑顔では言い、俺は一瞬言葉を失った。 「私、泰衡様のそんなところ好きです。」 「!…なっ///」 それだけでも俺を動揺させるのに充分だったのに、 が最後に言った言葉はそれ以上に強く、俺は慌てて顔を背けた。 「…な、なにを馬鹿なことを///」 もう、真っ赤になった顔を隠すので精一杯だ。 本当にこいつはもの凄いことを平然と口にする。 聞きなれている気もするのに、決して慣れることがない自分自身に呆れるが…。 口にした相手がコイツだと、どうしても気持ちは揺れるのだ。 俺は背を向けたまま、しばらく気持ちを静めるために雪原を眺めていた。 *** はしばらくすると、またかがみこんで、 さっきの雪ウサギの横にまた雪の山を作り始めた。 俺はすることもなく、の足元に増えていく 雪ウサギや雪だるまを見ていたが、ふいにが口を開いた。 「泰衡様?」 「なんだ?」 「泰衡様は雪がとけたら何になると思いますか?」 そして、そんな質問をしては振り返り俺を見上げた。 「…水になるに決まっているだろう。」 俺が当然のようにそう答えると、はにこっと笑った。 その表情の意味がわからず、 「他にあるか?」 に尋ねると、 「春に、なるんですよ。」 とは答えた。 「今はどんなに寒くても、雪は必ず溶けていきます。 今は雪景色が美しいこの野原も、春にはこの雪の美しさに負けない花が咲きます。 あの桜も。」 にっこりと満面の笑顔で。 「……そうか。」 それを聞いて、俺はがずっと嬉しそうにしていた理由が少しわかった気がした。 はそんな風に考え、思い、この雪を見ていたのか…。 「泰衡様。」 「なんだ?」 「その…春になったら、またここへ来ませんか?今度は花を…あの桜を見に…」 は続けて遠慮がちにそう言い、不安そうに俺の返事を待っている。 「……………………」 「あ、あの、す、すみません、調子に乗って…ご迷惑ですよね…。」 なかなか返事をしない俺にが狼狽えだした。 そんな様子に思わず吹き出しそうになるのを堪え、 「気が向いたらな…。」 俺はそう答えた。 うつむき加減だったが弾かれたように顔を上げる。 そして、しばらくすると嬉しそうに笑った。俺の答えを理解したようだ。 「…時間があればだぞ。」 「はい!」 本当に嬉しそうな笑顔のに俺も内心楽しみができたと思ったが、 そんな気持ちを隠すため、また少し冷たい言葉を口にした。 だがは先の俺の言葉の方を信じているのだろう。 「約束ですよ…。」 確かめるようにそう言ったの言葉に俺は頷き、返事を返すと、 「そろそろ帰るぞ、いつまでもこんなところにいると風邪をひく。」 そう言って背を向けた。 「はい。」 「金、帰るぞ。」 「ワンワン!」 俺が呼ぶと金も駈けてきて、俺との周りを駆け回り、 は嬉しそうにそれを見ていた。 (泰衡様は雪に似てますね。) (春になるんですよ。) (今はどんなに寒くても、雪は必ず溶けていきます。) 屋敷に向けて歩き出し、雪原を後にした俺の胸にはの言葉が残っていた。 俺が雪だと言うのなら…それを溶かす春はお前なのかもな…。 の暖かい笑顔を見ながら、ぽつりとそんなことを思い、 金と前を歩く、のあとに続いた。 Back Next Top 2008.05.01
何だか久々すぎて文面がおかしい気がします;
文法とか…何かおかしい…。 今回のお話は後々結構重要になってくるものなので、かなり…! 大切な部分なのでかなり念入りに修正を施したつもりなんですが…。 すみません…;私の文才の限界です(号泣) そういえば、今回のお話、雪がとけたら〜の下りはとある漫画が元ネタです。 このフレーズが好きだったので、使わせてもらいました。 ・・・でもこれって著作権侵害なんですかね;(汗) |