雪の花-十九

-玄武-






「敦盛さんは笛が上手なんだよ。」


今日も高館へやって来たは、神子様からそんな話を聞いた。


「笛ですか?」

「うん。敦盛さんのお兄さんは琵琶が得意らしいし…」

「へ〜凄いですね。」


一応紹介を受け、八葉全員の顔と名前は記憶しているだったが、
個々誰がどういう人物であるか等、詳しいことはよくは知らない。
だから敦盛さんの笛のことも今知ったばかり。

神子様からその話を聞いて、敦盛さんの笛を聞いてみたいと思うのは必然だった。
だが残念なことに敦盛さんは現在外出中らしい。

神子様はその後も、譲殿は料理が上手いことや、
弁慶さんは薬師で医療に詳しいなど、八葉のみんなのことをに話してくれた。

一応が高館へ来るのは仕事として、神子様初め、
皆の身の回りの世話などが名目なのだが、実際が高館へ行っても
を気に入っている神子様は仕事をさせるより、一緒にいたい、
話をしたい、と思うようで、遊び半分のようなものだった。

そんなわけで、時間が経つのは早く、
の帰りが遅くなり、泰衡様に怒られることもしばしば…。

結果、高館への出入り禁止を言われそうになったこともあるので、
最近は神子様も気をつけ、日のあるうちにを帰させている。


「それじゃあまたね、ちゃん♪」

「はい、神子様。失礼します。」


今日もしばらく話をし、一先ず一通りの部屋の掃除を終えたは、
一人伽羅御所への帰り道を歩いていた。


「〜♪」

「…?」


すると微かに聞こえてきたのは笛の音。

はっきりとは聞こえないが、澄んだ音の美しい調べだ。

さっき神子様から敦盛さんの笛のことを聞いていたは、
気になり、誘われるように音のする方へ歩いて行った。


(一体何方が…敦盛様でしょうか…?)


少しずつ音色がはっきりしてくると、
辺りの景色は木々ばかりで人気のない場所になっていった。

自然の中に溶け込み、響いていることが、
笛の音を一層引き立てているようだ……。


しばらく行くと笛の音がすぐ傍に聞こえ、
そっと木々の間からが顔を覗かせると、
光の差し込む場所に立っていたのは、それは美しい少年…。


「……敦盛様…?」

「……!」


天の玄武、平敦盛殿。

が声をかけると、
敦盛さんは驚いたように目を見開き動きを止めた。


「貴方は……」

「あ、え…っと…;
 ……………お邪魔してしまって申し訳ありません…;」


驚いた敦盛さんの顔、そして止まってしまった笛の音に、
不用意に声をかけてしまった事を後悔し、は慌てて謝った。

すまなそうに顔を伏せるに、
敦盛さんはふっと優しい表情になると首を振った。


「いや…別に邪魔などでは…。…貴方は泰衡殿の…」

「はい、です。…こんにちは、敦盛様。」

「ああ…所で殿、どうしてこんな所に…。」


挨拶をしたに笑顔を返した敦盛さんは、
不思議そうにに尋ねた。

人気もない、入り組んだ場所の奥。
わざわざ、来なければここへ来る事もないだろう…と。


「あ、あの…笛の音が聞こえて…。
 先程高館で神子様とお話しをしていて…気になったものですから…。」


しどろもどろになりながらも必死に言葉を続ける


「敦盛様は笛がお上手だと神子様が…。
 今聞こえてきた美しい音色は…敦盛様だったんですね…。」


最後はそう言ってふわっと笑った。

の言葉に敦盛さんは驚き、複雑そうな顔をすると、


「いや…私の笛など…人に聞かせられる程のものでは…」


と言って顔を伏せた。


「…敦盛様?」

「屋敷で吹いていては迷惑だろうとここへ来たが…。
 貴方の気を紛らわせてしまったのだな…すまない…。」


何故か申し訳なさそうに謝罪する敦盛さんに驚き、
は慌てて言葉を続けた。


「え…いえ!そんな!とんでもありません!
 本当にとても素晴らしい音色でした。神子様がお好きだと言うのもわかります!」

「神子が?」

「はい、神子様は敦盛様の笛がお好きだと仰っていました。
 それに私がここへ来てしまったのも、それだけ敦盛様の笛が素敵だからです。
 迷惑だなんて…ここの木々や風も…きっと敦盛様の笛が聞けて喜んでいます。」

「……殿。」


必死に言葉を続け、賞賛したに敦盛さんは驚いた顔をした。
それでも、ふと笑顔を見せるに少しは納得してくれたようで、
そんな敦盛さんの様子にがほっと息をついた時、
背後に気配を感じ、同時に声がした。


「そうだぞ…敦盛…。」

「「!?」」


驚いた二人が顔を向けると、
立っていたのは地の玄武、リズヴァーン殿。


「リズ先生…!」


先生の突然の出現に二人は驚いたが、
先生は優しい眼差しで二人を見つめ、
敦盛さんの頭に手を乗せ、

「もっと自信を持ちなさい…。」


と言った。


「リズ先生…」

「お前の笛は心地良い。
 私も、この森に居る者たちも…お前の演奏を聞いて身も心も癒された…。」

「リズヴァーン様!」


先生の言葉を聞いて、ぱっと嬉しそう顔になったと、
先生は顔を見合わせると二人して敦盛さんを振り向いた。


「ありがとうございます…リズ先生…殿…。」


躊躇いがちだった敦盛さんも、と先生の二人に褒められ、
笑顔を向けられ、やっとほっとしたように笑い御礼を言った。


「私もまた聴かせて頂きたいです。」

「私もだ…。」

「ええ…喜んで。」



***



「遅い…!」

「す、すみませんでした…泰衡様…;」


伽羅御所へ帰宅し、顔を合わせた泰衡様。
第一声は恐ろしく不機嫌な様子でそう言った…。

すっかり元気になり、機嫌も上々の敦盛さんは、
あの後、先生とのリクエストを聞いて、笛を演奏してくれ、
とっても優しく、美しい調べに、
も先生もすっかり癒され、気づくと大分時間が経ってしまった。

は大慌てで屋敷へ帰り、時間が時間なので、
先生と敦盛さんが送ってくれたが…。


「神子の八葉が二人もついてこのざまとはな…。」


先生や敦盛さん相手でも全く引かない泰衡様。
皮肉たっぷりに二人を見下げ、悪態をついた。

だが、がそれを黙って聞いていられるはずもなく、
必死で先生や敦盛さんのことを弁明するのだが、
逆にそれが泰衡様の機嫌を悪くし、微妙な問答が続いていた。


「本当にすまない泰衡殿。我々がついていながら…」

「いえ!悪いのは私ですので、敦盛様どうかお気になさらず…」

「時間に気の回らなかった私の責任だ…」

「リズヴァーン様!」

「リズ先生。いえ、先生のせいでは、私が…」

「いえ!私こそ!敦盛様の笛を聞きたいと言ったのは私ですから。」

「しかし…」

「……………もう…良い…」


三者三様に自身の非を認め、互いを庇い、
埒が明かず、泰衡様は疲れきったように呟いた。

何より…


「…泰衡様…」


にいつまでも悲しそうな顔をさせておくのも気が引けた。
不安そうに自分を見つめるに、泰衡様は仕方ないとため息をつき、


「こんな所でいつまでも下らん討論をしている暇はない…。来い、。」


そう言い置くと、これ以上話すことはないと
言わんばかりに背を向け、を呼んだ。


「は、はい!」

「銀、お前はこの二人を高館へ送れ。」

「承知いたしました。」


は慌てて返事をし、後を銀に任せ、
泰衡様はを連れて奥へと入っていった。


「銀殿…すまない。」

「うむ…我々は直に帰る。」

「いえ、お気になさらないで下さい。」


しきりに恐縮する二人に、銀はふっと笑った。

別に二人に非などない。
ただの泰衡様のいつものヤキモチ。

二人に対しても別に怒っているわけではない、
銀に送る様に言ったことがそれを肯定している。


「銀殿、別に私達だけで高館に戻れるが…。」

「うむ。問題ないが…。」

「いえ、お送り致します。泰衡様のご命令ですから。
 それに……、」

「「?」」


「せっかくお二人で居られる時間ができそうですからね。
 邪魔するのも忍びありませんので…。」


去っていった二人の後姿を眺め、
銀はクスリと小さく笑いを漏らした。








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2008.03.26