雪の花-十八

-白虎-






平泉の市を一人の青年が歩いていた。
眼鏡をかけかその青年は白龍の神子の八葉の一人、
天の白虎、有川譲殿。


(……今日は何が良いかな…)


神子様一向の中で食事の用意を担当している譲殿は
今夜の夕食の買い出しに来ていた。

何を作るかはまだ考え中。

市に並ぶ新鮮な食材を眺めながら考えていると、


「こんにちは。」


聞いたことのある明るい声が聞こえた。


「おや、お譲ちゃん。いらっしゃい。」


お店の女将さんが声の主にそう声をかけ、
つられるように譲殿も振り向いた。


ちゃん」

「あ…神子様の…」

「有川譲だよ。」

「はい、譲様。こんにちは。」


突然名を呼ばれ、少し驚いていたに 譲殿が自己紹介をすると、
はにっこりと笑顔を返した。



***



買い物を終え、二人は一緒に町を歩いていた。


「譲様もご夕食の買い物ですか?」

「うん、そうだよ。食事は俺が担当することが多いから。」

「へぇ…そうなんですか、凄いですね!」

「いや、そんなことないよ。」


共通の用事と言う事もあって、話も弾み、
すっかり打ち解けた二人の所へ新たな介入者が。


「譲。」

「白龍、何かあったのか?」


譲殿に声をかけたのは龍神である白龍。


「何もないけど、弁慶が譲が買い物に行ったから荷物を持つのを手伝ってあげたらって。」


にこにこと楽しそうな様子でそう言った。


「何だ、そうか…。別に平気なのに…ありがとう白龍。」

「ううん、譲にはいつも美味しいご飯を作って貰っているから、お礼だよ。」


譲殿は遠慮がちだったが、素直な白龍の言葉を聞いて、ふっと柔らかく笑った。
そんな譲殿に白龍も笑い、譲殿から荷物を半分受け取る。
と、そこで白龍はようやくの存在に気付いた。


「あれ?…えっと…?」

「あ、はい!そうです。白龍様、こんにちは。」

「あ、うん。気付かなくてごめん。」

「いえ。」


白龍は慌てて謝りすまなそうな顔をしたが、が首を振り、
笑顔を見せたのにほっとした顔になった。
そしてお詫びにとの荷物も持ち、三人で帰り道を歩いた。


「譲様と白龍様は仲がよろしいんですね。」

「うん…そうかな…。」

「譲はいつも美味しいご飯を作ってくれるから大好きだよ。」

「白龍…///

「譲様のお料理はそんなに美味しいんですか?」

「うん、料理もとても美味しくて、お菓子も甘くて美味しいよ。はちみつぷりん…とか…。」


本当に嬉しそうに目を輝かせて話す白龍。
譲殿の料理は余程美味しいようだ。

は譲殿の腕前も気になったが、
聞いたことのない料理の名前に不思議そうに首を捻った。


「はちみつぷりん?」

「うん、甘くて柔らかくて…とても美味しい。」


特に気に入っている、と白龍は続ける。
いまいちどういうものか思い出せない…と、
首を捻っているに譲殿が言葉を繋げた。


「この世界にはない料理だから。」

「え?」

「俺たちの世界には普通にあったお菓子なんだけど…」

「へぇ…そうなんですか…。」

「うん、だからちゃんが知らないのも無理ないよ。」


譲殿の話を聞き、一応納得はしたものの、
普通に『ないもの』と言われてしまっては食べる機会はなさそうだ。

ちょっぴり残念そうなに気付いた譲殿は優しい笑顔になり、


「よかったらちゃんも食べてみるかい?」


と言った。


「え?」

「まだ残っているはずだから。」

「でも…」

「うん、も食べて。きっと美味しい。」

「…よろしいのですか?」

「大歓迎だよ。」

「……はい!ありがとうございます!」


せっかくのお誘い、そして何より『はちみつぷりん』
に興味があったは二人に勧められて高館に寄ることになった。



***



「あら、ちゃんいらっしゃい。」

「こんにちは、朔様。」


高館で最初に出迎えてくれたのは黒龍の神子、梶原朔殿。


「譲殿、白龍もお帰りなさい。」

「ただいま、朔。」

「朔、はちみつぷりんはまだある?」

「?どうかしたの?」

「白龍、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。」

「うん、でも早く食べて欲しくて!行こう!」

「わっ、白龍様;」


白龍はの手を取りパタパタと部屋に入っていった。
余程ぷりんがお気に入りなのか…。

わけのわからない朔殿は譲殿に視線を向け、譲殿は苦笑いして説明した。


「あら、そうだったの。」

「ええ、白龍もちゃんのこと気に入ってるみたいだね。」

「望美に似てるのかしらね。」


二人は顔を見合わせたまま笑いをもらした。



***



「譲〜。」


譲殿が食材を手に賄い場へやってくると、
白龍がを連れたままでテコテコと近づいてきた。

張り切って来たものの、どうかしたらいいかわからなくなったんだろう。
譲殿は苦笑いして白龍を宥めるとと一緒に部屋で待っているように言った。



***



白龍と、そして朔殿がしばらく待っていると、
人数分の用意をし、譲殿が部屋にやってきた。


「譲!」


譲殿の持ってきた『はちみつぷりん』を見て白龍が嬉しそうに駆け寄る。


「白龍様は相当あの食物がお好きなんですね。」


白龍の反応を見てが朔殿に尋ねる。


「そうね。望美も好きみたいだけど、白龍はかなり気に入ったみたいよ?
 でも、確かにとても美味しいのよ。」


喜んでいる白龍を見ながら朔殿も微笑ましそうに笑った。


、これが『はちみつぷりん』だよ。」


譲殿からぷりんを受け取り、の元へ戻ってきた白龍は、の前にお皿を差し出した。
形容はしずらいが…何だか黄色くて柔らかい感じのものだ。


「これが…『はちみつぷりん』?」


不思議なものでも見るようにがまじまじとぷりんを眺めていると、
白龍は自分の持っていたぷりんを一さじ掬いに差し出す。


「食べてみて?」

「え?でも、これは白龍様の…」

「良いよ。に食べてほしいし。」

「はい、じゃあ…ありがとうございます…頂きます。」


は少し迷ったが、
せっかくなので白龍が差し出したぷりんを口にした。


「どう?」

「……」


もぐもぐと口を動かすを見つめ、
白龍が尋ねると、はふっと柔らかく笑い、


「…美味しいです…。」


と返事した。


「とっても甘くて柔らかくて…
 今まで食べたことのないような…不思議な味です…。」


笑顔でそう返したに譲殿は安堵の息を漏らした。


「よかった…気に入ってもらえて。」

「これを譲様がお作りになられたんですよね?」

「うん、譲は凄いね。」


感心したように尋ねるには白龍が返事。
自分が勧めたものをが気に入ってくれて満足したようで、自信満々に答えた。
それを受けても大きく首を立てに振る。


「はい、凄いです。こんな不思議なものを作れるなんて!」


と白龍に尊敬の眼差しを向けられ、
譲殿は真っ赤になって頭をかいた。


「いや…本当に大した物じゃないから…///


ほのぼのとした雰囲気に微笑ましくなり、朔殿も笑いを漏らす。


「さあさあ、せっかくだからちゃんも食べましょう。」


三人が話をしている間にてきぱきと食事の用意をし、を促した。


「うん、食べよう。食べよう。」


それぞれに出されたことに安心し、白龍も自分の分に口をつける。
本当に好きなんだろう、幸せそうな様子で食べている白龍に譲殿、朔殿も嬉しそうに笑った。
だが、ふとに目をやると何故か手が止まっている。


ちゃん?どうしたの?それはちゃんの分だから食べて良いのよ?」


美味しいと感激していたのに、ぷりんは無傷のまま…。
不思議に思った朔殿がそう声をかけると、
は頷いたがやはり食べるのを躊躇う素振りを見せた。


ちゃん?」


譲殿も声をかけると、はぽそっと口を開いた。


「泰衡様に…」

「「え?」」

「その…、これは泰衡様に食べて頂きたいかと…。」


ぼそぼそと遠慮がちにそう続ける。


「泰衡殿に?」

「はい、とっても美味しかったので…泰衡様にも…是非……。」

「「………」」


照れ臭そうに笑ってそう言ったに、思わず沈黙する譲殿と朔殿。
こんな時でも主人のことを忘れず、第一に考えているのか…。

銀といい、この少女といい、泰衡殿は本当に良い従者に恵まれている…。
と、改めて感じた二人だった。
最も、それだけ慕われているのなら泰衡様の側にも、
それだけの何かがあると言うことでもあるが…。

いろいろ思うことがあり、二人が黙っていると、


「あ、その!せっかく私のために用意して下さったのに…
 すみません、失礼なこと……。」


二人が黙り込んでいること、それを誤解したが慌てて謝った。


「え、あ!違うのよちゃん!」


頭を下げるに朔殿が慌てて手を振った。


「泰衡さんのことまで考えてるなんて偉いなと思っただけだよ。」


譲殿も慌てて答える。そしてしばらく考えると、


「…それじゃあ、俺の分を泰衡さんに持って行ってあげなよ。」


と自分の分のぷりんをの前に置いた。


「え?」

「それならちゃんも食べれるしね。
 屋敷に戻って泰衡さんと一緒に食べたら良いよ。」


優しい笑顔で言ってくれたが、そんな譲殿の言葉には慌てる。


「いえ!そんな;譲様の物を頂くなんてとんでもありません!
 私は…先程白龍様が下さったものでも十分ですから!」


ふるふると首を振り、恐縮しつつも断る。
ならそう言うだろうと思っていた譲殿は今度は苦笑いしたが、


「俺はもう昨日食べてるから気にしなくて良いんだよ。それにいくらでも作れるし。」


を説得した。


「はぁ…でも…」


はそれでも躊躇ったが、最後には頷いた。
それを見て今度は朔殿が口を開いた。


「そうね。なら私のも持っていってあげて。」

「え?朔様まで…」

「だって、二つだったらちゃん自分は食べずに泰衡殿と銀殿に差し上げるんじゃない?」

「……う;」


見透かしたように朔殿がそう言うとは言葉に詰まった。
どうやら当たっていたようだ。


「やっぱり。そのつもりだったのね。」

「……はぁ;」

「優しいわね、ちゃんは。」


くすっと朔殿が笑いをもらすと、は赤くなって俯いた。


「いえ…そんなことないです///
 泰衡様と銀さんにはお世話になっていますから…。」


照れ臭そうにそう返事をするに、
譲殿と朔殿は温かい気持ちになりつつ顔を見合わせた。



***



「泰衡様!」


パタパタと部屋にやってきたに泰衡様は眉をしかめた。


「騒ぐな、。」

「あ、はい;申し訳ありません…;」


機嫌が良くてつい慌ただしく戸を開けた事をは慌てて謝罪した。
幸い部屋にいたのは泰衡様と銀だけだったので、泰衡様もそれ以上は言わず、
いつも通りを部屋に入れた。


「どうされました?」


そしていつも通り銀が話を聞く。


「はい。あの、さっき高館で譲様と朔様にお菓子を頂いたんです。
 泰衡様と銀さんにも是非召し上がって頂きたくて…。」


にこにこと嬉しそうに言ったの言葉に少し眉を寄せる。


「……お前また高館に行ったのか?」

「え…あ…はい…;」


ジロッと厳しい視線を向けられは肩を竦めた。
が高館へ行くと何故か機嫌が悪くなる泰衡様。
そんな雰囲気を打破するように銀が明るい声で話を逸らした。


さん、頂いたお菓子と言うのは?」

「あ、はい!これです。泰衡様と銀さんの分も是非にと…。」

「それは嬉しいですね。」

「…ふん」


銀のおかげでなんとか納まった雰囲気に、
は慌ててぷりんを二人の前に出して見せた。


「これは…」

「何だ…?」

『ぷりん』と言う名のお菓子で、神子様の世界の食物だそうです。」


初めて目にする変わった食物に銀も泰衡様も興味深そうにぷりんを見つめた。
そんな二人には嬉しそうに続ける。


「譲様がお作りになられたそうで。きっと美味しいはずです。」


満面の笑顔で勧めるに、泰衡様と銀は顔を見合わせ
恐る恐るぷりんを受け取り口にした。


「……如何ですか?」


じーっと二人が食べる様子を見つめ、が尋ねる。


「……美味しいですね。」


最初に答えたのは銀。


「甘くて、柔らかくて、優しい…まるで貴女のようなお菓子ですね。」


にっこりと最高の笑顔で答えた。


「え?」

「…銀」


それに反して泰衡様は不機嫌な顔。


「あ…泰衡様は…お口に合いませんでした?」


厳しい表情にはしゅんと不安そうな顔で泰衡様に尋ねた。


「……う;」


泰衡様が不機嫌になったのはお菓子ではなく、
銀の言葉のせいだが…。

仕方なく銀がフォローに回る。


「いえ、そんなことありません。ねぇ?泰衡様?」

「…まあ…な。」


ばつの悪い泰衡様は仕方なく返事し、
ふいっと顔を背け、一先ず食事を続ける。


「甘いものは疲れを癒しますし、泰衡様には丁度宜しかったと…。」

「そうですか…。」


銀のフォローにはほっとしたように笑った。


「…それに…甘いものを食べると幸せな気持ちになりますよね。」


そしてがそんな風に言葉を続けると銀は、


「そうですね。ですが…泰衡様にはどんなに甘いお菓子より、
 貴女が傍に居て下さることが、なにより幸せですよ。」


と言った。


「銀!!」


黙々とぷりんを食べていた泰衡様。
銀の言葉にぷりんを吹き出し、怒鳴り付けた。


「はい、何でしょう?泰衡様?」


だが、銀はまったく怯む様子はなく、
泰衡様は仕方なく矛先をに変えた。


「もう良い!…、お前はさっさと食べて仕事に戻れ。」

「は、はい!」


突然怒鳴られわけのわからないだったが、
言われるままにぷりんを食べ終え、二人の分も下げて部屋を出て行った。


「………」

「………」


部屋に残された泰衡様と銀に沈黙が流れる。


「銀…。」


沈黙を破ったのは泰衡様の低い呟き。
泰衡様は相当ご立腹で、怨霊も裸足で逃げだすような形相だが、
銀はそれは涼しい顔をしていた…。

そんな二人がこの後どんな会話をしたかは…神のみぞ知る…?








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2008.03.05