雪の花-十六

-朱雀-






ちゃんv

「あ、おはようございます。神子様。」


ある朝、屋敷の前で履き掃除をしていたの所へ白龍の神子様がやってきた。


「うん!おはよう!元気そうだね!」

「はい、神子様もお元気そうでなによりです。」


笑顔で挨拶をしてくれた神子様に、も嬉しそうに笑顔を返すと、
神子様は満面の笑みを浮かべてを抱き締めた。


「わっ!神子様?」

「あ〜もう!ちゃん可愛すぎvV


突然のことで驚くを尻目に、神子様はますます腕に力を入れた。
先日高館に顔を出して以来、神子様はのことをひどく気に入ったようで、
銀のように頻繁に高館に顔を出すわけではないにはわざわざ会いにきてくれるのだ。

そして、会うとこの熱い抱擁…とて嫌なわけではないが…


「あの…神子様…」

「何?ちゃん?」

「苦しいです…;」

「あ!ごめんね?」


の言葉に神子様は慌ててから離れた。
はふっと息をつくと、


「はい、平気です。」


と答えてにこっと笑った。
神子様はそんなの笑顔を見て、


「ホント可愛いよね。」


と、ひたすら「可愛い」を連発し、の頭を撫でた。


「妬けるね、俺たちの神子姫にそんなに気に入られてるなんて。」


神子様とがそんなやり取りをしていると、
ひょいと誰かが腕を伸ばし、神子様を引き寄せた。


「あ、ヒノエ君。どうしたの?」


神子様を引き寄せたのは紅い髪の青年。
天の朱雀ヒノエ殿。

突然の出現だがいつもの事なのか、神子様は平然とした態度で振り向き、
ヒノエ殿は苦笑いした。


「もうちょっと反応してくれても良いんじゃないの?神子姫?」

「だってヒノエ君が急に出てくるのはいつものことだし。」

「何時だって愛しい神子姫に会いたいと思ってるからね。
 俺には突然じゃないんだけどね…。」


ヒノエ殿は神子様の反応に少し不服そうに首を振るとに目を止めた。


「それで…この可愛らしい姫は誰だい?」


そう言えば、先日高館を訪れたとき、
ヒノエ殿はまだ平泉に来ていなかった。
とは今が初対面である。


「あの…初めまして…」


ペコリと頭を下げて挨拶をしたに、
神子様とヒノエ殿は微笑ましく顔を見合わせた。


「ヒノエ君、この子はちゃんだよ。銀と同じで泰衡さんに仕えてるの。」

「へぇ…あの泰衡の…。」


神子様の紹介にヒノエ殿は少し驚いたように目を丸くしたが、
を見ると何やら楽しそうに笑った。


ちゃん、この人はヒノエ君。
 ヒノエ君も八葉の一人だよ、昨日こっちに到着したの。」


神子様は次にを振り返り、ヒノエ殿を紹介した。


「あ、そうなのですか。よろしくお願いします、ヒノエ様。」


神子様の紹介を聞いて再度頭を下げたに、
ヒノエ殿は優しく笑うとの手を取った。


「やあ、こちらこそよろしく♪可憐で愛らしい雪の姫君v


そしてそっとの手に口付けた。
ヒノエ殿の行為にが驚いていると、
背後から凄まじい殺気…そして…


何をしている……


地から響くような恐ろしい低い声が…。

神子様は何やら笑いを堪え、
ヒノエ殿は顔を上げると声の主を見て楽しそうに笑った。

二人は笑っているが、はとても笑える状況ではない。
むしろ不安でいっぱいだが返事をしないわけにもいかない…。

仕方なく振り向くと、やはり予想通りと言うべきか…
泰衡様がそれは不機嫌な顔で立っている。


「あの…泰衡様…;」


困ったようにが声をかけると、泰衡様はの方を見たが、
何せ顔が怒っているので睨まれたように感じたはびくっと肩を竦めた。


「…………」


そんなの反応に、泰衡様は複雑そうに顔を歪めたが、
ふとヒノエ殿がの手を握っていることを思い出し、慌てて引き離した。


「「!!」」


バッと乱暴にの手を引ったくるようにして掴んだ泰衡様の行動に、
ヒノエ殿とは驚いたが、ヒノエ殿はますます楽しそうに笑う。

ヒノエ殿の態度が癪に触った泰衡様。
苛立ち、無意識のうちに手に力が入る。


「泰衡様…い…痛いです…;」


必然的に腕を掴まれているが声を上げ、
泰衡様は慌てて手を離した。


「ひどい男だね泰衡、か弱い姫君をそんな乱暴に…。」


すまなそうにを見て、謝罪の言葉を口にしようとした泰衡様だったのに、
ヒノエ殿のその言葉を聞いてまた顔つきは鋭いものに、
そしてギッとヒノエ殿を睨み付けた。


「久しぶりだね、泰衡。でも…相変わらずだね。」


ヒノエ殿はそれでもまったく怯む様子もなく、笑顔で挨拶した。


「…………」

「…泰衡様とヒノエ様はお知り合いですか?」


返事をしない泰衡様に変わって、が首を傾げて尋ねた。


「まあね♪俺の親父と泰衡の父親が親しいから。」

「そうなのですか。御館様と。」


にっこりと笑って返事をしたヒノエ殿には納得。
その後も何かと話をしてくれるヒノエ殿。
会話の尽きないヒノエ殿には笑顔を向けて対応するのだが、泰衡様は終始厳しい顔。
むしろ険しくなる一方で…。


「どうかな?雪の姫君、また高館においでよ。
 今度は俺がいるから退屈な思いなんてさせないからさ♪」

「え?でも…「駄目だ。」


ヒノエ殿がそういってを誘った時、
が返事をする前に泰衡様がキツイ口調できっぱりと言い切った。


「……泰衡」

…お前、今日の仕事はまだ殆ど終わっていないだろう?
 油を売っている場合ではないはずだ…。」

「は、はい!申し訳ありません!」

「来い。」


泰衡様はヒノエ殿に向けていた恐い顔をそのままに向け、
そう注意するとの手を取り、屋敷の中へ入っていった。


「「…………」」


半ば唖然と二人を見送った神子様とヒノエ殿。


「もう…ヒノエ君のせいで泰衡さん怒っちゃったよ。」


ぷぅと頬を膨らませ、不服そうに言った神子様にヒノエ殿は苦笑いし、
機嫌を取るようにポンポンと神子様の頭を撫でた。


「ごめん、ごめん。許してよ、花の姫君。
 いや…まさか泰衡があそこまであの姫にはまってるとは思わなくて…。」


くくっと楽しそうに喉を鳴らし、そう言って。
その言葉には神子様も同意だった。

銀から、泰衡様がを気に入っていることは聞いていたが…まさかここまでとは…。


「でも、珍しいものが見れたよね?神子姫様。」

「…それは…そうね♪」


初対面、迫力はあったが温かい人柄であった父、秀衡様とは違い、
高圧的な雰囲気を漂わせていた泰衡様。冷徹な印象すら受けた。
だが、ああして見ると…、


「泰衡さんも、結構可愛い所があるんだね♪」

「そうそう。意外とわかりやすくて素直なんだよ。」


神子様とヒノエ殿はさっきの様子を思い出し、
顔を見合わせ声を上げて笑った。



***



一方、屋敷に戻った泰衡様とは…何とも気まずい雰囲気である。
泰衡様はまったく口を開いてくれず、手も放してくれないのではすっかり困っていた。


「あの…泰衡様…」

「…………」

「…申し訳ありませんでした…」


返事をしてくれない泰衡様に、
はすまなそうに頭を下げて謝った。


「何故謝る?」


やっと返事をし、振り向いてくれた泰衡様だったが、機嫌は悪いまま…。
キッと鋭い眼で睨まれ、はまた肩をすくめた。
…泰衡様は別に睨んでいるつもりはないのだが…。


「あの…お仕事の途中でしたし…」

「それはそうだ。神子殿たちが邪魔をしたのは事実だが、
 お前自身も自分の仕事に責任を持って行動しろ。」

「は、はい…。」

「…………」


呆れたようにため息をつき、そう言った泰衡様だったが、
どこか怯えたようなの様子が気に障った。

始めのうちは泰衡様相手に恐がっていただったが、
もう最近は互いに慣れているし、も泰衡様に全幅の信頼を置いてはいるのだが、
正直…機嫌の悪い時の泰衡様はだって恐いと感じるらしい…。




「は、はい!」

「……何を怯えている?」

「い、いえ;何も…;」

「…………」


威圧的な泰衡様の雰囲気に怯えるものは少なくないし、
そういう反応をされるのは、泰衡様も慣れているが…、
今更にそう言う反応をされると泰衡様とて傷つくわけで…沈黙してしまった二人。


「おや、どうしたんですか?」


と、そんな気まずい沈黙状態に声をかけてきたのは地の朱雀弁慶殿。


「弁慶様…。」

「こんにちは、さん。」


弁慶殿はににっこり笑顔で挨拶した。
の方を向いている泰衡様の顔は弁慶殿からは見えないが、
の様子や泰衡様の雰囲気から、何か機嫌が悪く、
今が気まずい状態であること。弁慶殿なら気付いているだろう。
それでも声をかけてくる辺り、弁慶殿はさすが恐いもの知らずか…。


「泰衡殿も、どうかしました?」

「………別に…どうということもないが…弁慶殿…何か用事か?」


変わらない調子で泰衡様にも声をかける弁慶殿。
泰衡様は渋々と言った感じで振り返り、弁慶殿に答えた。


「どうもしないという顔ではないですよ?
 そんな顔では彼女が怯えるのも当然かと…。」

「…………」

「もう少し、にこやかな顔はできないんですか、泰衡殿?」

「……余計なお世話だ…。」


が、そんな泰衡様に弁慶殿は最高に爽やかな笑顔ではあるものの、
喧嘩をふっかけてるのではと疑いたくなるような事を言った。


「「…………」」


の時とは違う、冷たい沈黙が二人の間に流れた。


「「…………」」


無言で向き合う二人の雰囲気に、
もさすがに何を言っていいものか…フォローの言葉も思い浮かばない。
さっきのヒノエ殿の時より険悪な雰囲気だ。

そこへやってきたのは…。


「あ、弁慶様。お待たせ致しました。」


手に何やら袋を持っている銀。


「あ、ありましたか。銀殿、ありがとうございます。」


弁慶殿は銀から袋を受け取り泰衡様に向けていたのとはまた違う笑顔を返した。


「いえ、お役に立てれば光栄です。」


銀もぺこりと頭を下げて返事をした。
何とか気まずい雰囲気は回避されたかと、がほっと安堵のため息をついた時、


「しかし、泰衡殿も相変わらずですね。銀殿、ご苦労さまです。」


と、弁慶殿はまた少し刺のある雰囲気で銀に話し掛けた。
銀は少し驚いたような顔をしたものの、にっこり笑うと、


「いえ、それでこそ泰衡様ですから。」


と、返事した。


「銀…弁慶殿…何が言いたい…。」


そんな二人のやり取りに、泰衡様が口を挟むと、
弁慶殿と銀は顔を見合わせ、


「「こちらの話です。」」


とにっこり笑って返事。


「「…………」」


この二人は意外にも気が合うのかもしれない…。


「さあさあ、泰衡様。本日のお勤めがまだですから、そろそろ行きませんと。」

「わかっている!、お前も早く戻れ。」


銀に急かされ、泰衡様はふんと顔を背けるとにそう言い置き、銀を伴い場を離れていった。


「はい、いってらっしゃいませ。泰衡様。」


ぺこりと頭を下げて泰衡様を見送ったは、やっとほっと息をついた。


「大変ですね。」


安堵したの傍へよると、弁慶殿はくすくすと楽しそうに笑いながら呟いた。


「泰衡殿の従者は…」


ちらりとを見て続けた弁慶殿。は小さく首を傾げ、
少し考えたが、「いいえ。」と首を横に振り、


「泰衡様はお優しい方です。
 先程のようなこともありますけど、ご気分が優れないことは誰にでもありますから。」


と言って笑った。


「…信頼しているんですね。泰衡殿のこと…。」


の答えに少し驚いた様子の弁慶殿だったが、
優しい笑顔でそう尋ね、頷いたに満足そうに笑った。

温かいほのぼのとした空気が流れ、先程のこともなかったかのようだが、
そこへ…、


!!いつまでもその男に構うな!さっさと仕事をしろ!」


出掛けの泰衡様から厳しい一言が…。

は驚いて飛び上がり、弁慶殿に謝罪すると慌てて仕事場に戻っていった。
弁慶殿も少し驚き、半ば呆れていたが、最後は楽しそうに笑った。


「泰衡殿は本当にわかりやすいですね…しかもこれ程とは……。
 楽しくなりそうですね…これから…。


くすくすと本当に楽しそうな弁慶殿の黒い笑いが屋敷に響いていた…。








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2007.11.29