雪の花-十五

-暖かいもの-






最近少し、の様子がおかしい…?

いや、いつもと変わったところなどはない。
いつも通り仕事をし、いつも通り過ごしている。
だだ、たまに姿が見えないときがある。
そして、それは銀にも言える事。
別に態度に変わった点はないが、時々いなくなるのだ。

俺に黙って二人で何かしているのか…。

…そう思うと何故だか無性に苛立った。
銀やを問い詰めればすぐにわかることだが、それはあえてしなかった。
命令として聞き出すのは卑怯な気がしたからだ。

腹立たしいのは事実だが、しばらくは様子を見ることにした。
銀は白龍の神子の所に控えているし、常にというわけではないからだ。



***



そんなある日…。


、これを部屋へ運べ。」


偶然居合わせたに、持っていた書物を手渡した。


「はい………っ!」


いつもと変わらぬ返事をし、書物を受け取っただが
一瞬顔色を変えた。


「どうした?」

「い、いえ。なにも…。」


俺が尋ねると、慌ててその場を離れようとしたが何故かふら付いているように見える。
持てぬほど重いものではないはずだが…。
その時ピンときて、去っていこうとしたの腕を掴んだ。


「痛っ!」


そんなに力を入れたわけではないのに、
は持っていた書物を落とした。


「す、すいません!」


は慌てて書物を拾おうとしたが、
俺は構わず掴んだの腕の着物を捲った。


「……あ!?」

「……やはりな…。」


腕には痣ができ、腫上がっていた。
これなら少し触れただけでも痛いはずだ…。
俺と目があうと、はばつの悪そうな顔になり俯いた…。


「どうしたんだ…?」

「………………」


俺が尋ねてもは返事をしない。


「この傷はどうしたのかと聞いている……。また誰かにやられたのか?」


少し強い口調でそう言うとは慌てて顔を上げ、首を振った。


「いえ!ち、違います!これは私の不注意で…。」

「不注意?……何をしたんだ?」

「……っ、そ、それは…………。」


そこに来ると、やはり口ごもる。
は自分の不注意と言ったが、この傷は明らかに外傷だ。
何か余程のことがなければ、こんな傷はできない。


「言え、。」


俺の言葉にビクッと反応し、不安そうな顔を上げた。
しぶしぶ口を開きかけた時……。


「泰衡様、ただいま戻りました。」


銀が戻ってきた。


「? いかが致しましたか?」


なにやら空気を感じ取った銀が尋ねた。
一度は口を開きかけたもきっかけを失いまた口を閉じた。
仕方なく、は解放し、銀の報告を聞くことにした。



***



「以上が本日の報告です。」

「そうか……御苦労。」

「では、失礼致します。」


報告を終えた銀は席を立ち、出て行こうとした。


「待て、銀。」

「なんでしょう?」

「ここ数日、と二人……何をしていた?」

「……」

のあの怪我はなんだ?……答えろ、銀。」

「…………はい、実は……」



***



!」

「わ!あ、や、泰衡様……!?」

、先の怪我はどうした?」

「え、あ、あの……。」

「………来い。」

「…………………………はい。」


まだ仕事も終わっていない、他の者もいる状態だったが直接を呼びに行っていた。
銀の話を聞いて、黙っていられなくなったからだ。
案の定、は腕の怪我をそのままにしていた……。


「この傷で今までよく周りに気づかれなかったものだ……。」


の手当てをしながら思わずそう呟いた。
だが、よくよく考えれば過去はもっとヒドイ傷を毎日負っていたのだ。
この程度、ということなのかもしれない…………。


「…………すみません。」


不意に小声でが謝った。


「謝るぐらいなら、始めから隠さずに怪我をしたらすぐに言え。」

「…………はい。」


すっかり落ち込んでいる。
怪我をしたことよりも、俺に見つかる方がこいつにとっては悪いことなのだろうか……。

一つため息をつくと、手当ても済んだことだし、
銀に聞いた本題の方へ入った。


、お前銀に剣術を習っているのか?」

「え……は、はい……。」


一瞬言いよどんだが、観念したのか、
ゆっくりと頷いた。


「この前のことを気にしているのか?」

「………それもありますけど…………これ以上、泰衡様にご迷惑をお掛け出来ませんし……」

「……俺はお前を迷惑だと思ったことはない。」


申し訳なさそうに俯くに、思わずそう口走っていた。
俺の言葉にが驚いて顔を上げたが、照れたような嬉しそうな顔をした。
俺も思わず言ってしまったが、結構すごいことを口走ったと慌てた。


「大体、お前のような小柄で細腕のヤツが剣を覚えるなど無理な話だ。」


なんとか誤魔化そうとして、キツイ口調でそんなことを言ってしまったので、はまた少し落ち込んだ。
しゅん、と項垂れたを見ていられなくなり、また余計なことを口にしていた。


「…………お前が、どうしても力をつけたいと言うのなら、俺が陰陽術を教えてやらないこともないが…。」

「え?」


が不思議そうに顔を上げたので続けた。


「これなら、体格は関係ない。
 それに、お前は雪花精としての力があるのだろう?こちらの方が余程向いていると思うが…。」


俺の言葉には驚いている。まあ、当然だろう。
言った自分でも驚いているぐらいだ……。
俺は本当にコイツには甘いな………と、自己嫌悪に陥りつつもの返事を待った。

は少しうろたえ、困ったような顔になると
恐る恐るといった感じで口を開いた。


「………あの、泰衡様が教えて下さるのですか?」


なんとも不安そうな表情にムッとして、


「俺では不服か………?」


思わずキツイ口調になった。
するとは慌てて、


「い、いえ!そ、そういうわけでは
 ………あの、お忙しい泰衡様の御手を煩わせるのは…。」


と言った。
必死になって弁明するに少しホッとした。
確かに、律儀なコイツならそう言うだろう……。


「ああ、だから常というわけにはいかない。
 時間のある時でいいなら見てやらんでもないということだ。」


はまだ少し考えているように見えたが、


「お前が嫌だと言うのなら、無理にとは言わないが……。」


俺がそう言うと、慌てて首を振った。


「いえ!嫌だなんて!……その、嬉しいです。ありがとうございます…泰衡様。」


そして、満面の笑顔でそう言った。


「フッ、ならば今から見てやろう。」

「え!?今からですか!?」

「そうだ、時間がある時と言っただろう。今ならある。………何か不都合が?」

「い、いえ………よ、よろしくお願い致します。」

「言っておくが………俺は銀のように甘くはないぞ。」

「………が、がんばります………。」


の返事に満足して、さっそく見てやることにした。
こういう理由なら、今後コイツを呼びつけやすいと内心考えていた。
これからは、仕事の合間に良い息抜きができると……。




***



が銀に剣術を習っていると聞いた時、複雑な気持ちだった。
俺のため、と言ったの言葉を聞いた時、少し気は晴れたが、
それでも、できるなら、銀ではなく俺を頼って欲しかったと思った。

まあ、本音を言えばコイツに戦に関することを教えるのは気が進まないが、
本人は真剣だし、何より共にいられる時間ができるのは………正直、嬉しいからな。

真剣に書物を読んでいるの横顔を眺めながら、俺は心暖まるのを感じていた………。








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2007.09.05