雪の花-十四

-清らかな野の花-






あの日、私の正体がばれてしまった時…。
本当に怖かったけど、泰衡様は助けに来てくれて…、
そして再びお屋敷にいることを許してくれた。
ずっと黙っていて、ずっと騙していたにもかかわらず…。

帰り道、泰衡様は一度も口を開くことはなかったけど、
繋がれた手が暖かくて安心できた。
今までずっと秘めていたこと、もう不安の材料にはならないと思えた。

本当に助けられてばかりで、どうしようもないですね…。
と、申し訳なく思ったけど、またお屋敷に居られるのなら、
いつか必ず役に立とう、いつか必ず恩返しをしよう。
そう心に決めた。
大切な、この方の為に…。
たとえ…何を犠牲にしても……。



***



またいつも通りの日常が過ぎていた頃、にわかに平泉に噂が流れてきた。
それは、鎌倉と九郎義経との対立。
九郎義経様は白龍の神子様と共に、平家を討たれた。
だが、鎌倉を脅かす存在となったために今度は鎌倉から追われる身となってしまったそうで…。

九郎義経様はここ平泉、御館様と懇意にされていたそうで御館様は大層心配されていて…。
それからしばらくして、都落ちした九郎義経様は御館様を頼って、ここ平泉に来られ、
御館様は九郎義経様方を快く迎えられ、今九郎義経様と白龍の神子様、
そして八葉の方々は高館で生活をしていらっしゃいます。

私はいまだ、神子様や九郎義経様とお会いしたことはありませんが、
銀さんは神子様にお仕えするため高館へと出入りされることが多くなりました。

私が白龍の神子様とお会いしたのはほんの偶然。
ある日…。突然部屋から飛び出してきた泰衡様とぶつかりそうになった時のこと。


「泰衡様…?どうかされましたか?」

「!……か。」

「なにか御座いましたか?」

「いや、銀に至急の要件が出来たので…誰か、高館へ向かわせようと思っていたのだが…。」


何か本当に、急を要するような雰囲気でした。
あの泰衡様が慌ててる…?


「あの…でしたら私、銀さんを呼んで来ましょうか?」

「お前が?」

「はい。」

「………いや、お前は気にするな。そもそも高館まで行けるのか?」

「大丈夫です!行ってきます!」


泰衡様のお役に立ちたくて、
力強く返事をすると私は急いで屋敷を出ました。


「あ!おい!!」


泰衡様は慌てて引き止めたが、もうは屋敷を出た後だった。



***



は屋敷を出ると、高館へ向かって駆け出した。
泰衡様は心配していたが高館までは距離はあるが、然程ややこしい道のりでもない。
は確かに方向音痴だが、市へ買い物に行く仕事を担当している事もあり、
そこそこ顔は広いのだ、いざとなったら人に道を尋ねてもよいと思っていた。
とはいえ、切迫したような雰囲気を感じていたはなるべく急ごうと、
高館までの道のりを走っていた。


「あ、すみません…。」


慌てていたは、人ごみを掻き分けた時少し人とぶつかった。
ほんの少しだったし、謝ったので、急いでいたはそのまま行こうとしたが
がぶつかった男は、の腕を掴んで引き止めた。


「おい待てよ、譲ちゃん。人にぶつかっといてそれだけか?」

「え…?」


腕をつかまれ振り返ると、柄の悪そうな男数人がを睨んでいた。


「………あ、あの。すみませんでした。急いでいたもので……。」


は深々と頭を下げて謝ったが、男は腕を放そうとしない。


「急いでたからって、それだけで済むと思ってるのか?」

「侘びを入れてもらおうか?」


他の男たちも、の周りに集まってきては男達数人に囲まれてしまった。


(う…どうしよう…。早くしないと…泰衡様が…;)


腕を掴まれているため、逃げることも出来ず、すっかり困り果てていた時…。



「何してるの!やめなさい!!」



私を助けてくれたのが神子様でした。


「なんだ…?女か…。」

「姉ちゃんもなかなか良い女じゃないか…、どうだ俺達と……」



バキッ! バシッ!



「……!?」

「さ、今のうちよ!」

「は、はい!」


とても強くて、とても美しい人だと思いました。


「あ、あの…ありがとうございました…。」

「いいのよ。怪我はない?」


そして、とっても優しくて暖かくて…。
この時はまだ、神子様だとは知らなかったけど
初めてお会いした時から、普通の人とは違う力や清らかさを感じていました。


「神子様、いかが致しましたか?」


神子様の後を追ってきたのは銀さんでした。


「あ、銀さん。」

「これは、さん。どうしました?」

「あれ?二人とも知り合いなの?」

「ええ、彼女も泰衡様にお仕えしているんです。」

「え!そうなの?……意外ね。」

「「?」」

「えっと、私は春日望美よ。よろしくね。」


神子様はにっこり笑って私に手を差し出して下さいました。


「あ、わ、私はです…。始めまして、よろしくお願い致します。」



***



銀さんは泰衡様の命で屋敷へ戻らなければいけなくなったので、
私が変わりに神子様とご一緒することになりました。

始めは戸惑ってしまったけど、神子様はとても優しくて本当に素敵な方でした。
高館へ戻ると、八葉の方々もいて神子様がみなさんを紹介して下さり、
神子様と八葉の方々とみなさんはとても親切で、楽しい時を過ごしました。

そしてその時、神子様が怨霊封印するために戦っていることをお聞きしました。
銀さんの仰るとおり、野の花のように可憐な神子様が剣を持たれるのかと
驚いていると、神子様が一つ技を披露して下さいました。

『花断ち』

という技で、神子様と九郎様の先生にあたる、リズヴァーン様から教わった技らしく、
その名の通り、花を断つ技。でも、ヒラヒラと舞っている花を断つのは至難の技だと…。
でも、神子様はスッと集中すると鮮やかな動きで剣を振った。
見惚れるほどに美しい光景だった。見事に花も断たれている。


「……すごいです。……神子様。」


私が呟くようにそう言うと、


「えへへ、そう?ありがとう。」


神子様は少し照れたように笑って下さって…。
これだけの力を持っていても、驕りも慢心もない神子様…。
本当に美しく、清らかな方だと…心からすごいと思いました。



***



その日、銀さんが神子様の所へ再び来られたのは夜半に入った頃でした。
なかなか戻ってこない私を迎えに行くように、泰衡様に言い付けられたらしく、
私は大慌てで銀さんに謝罪し、神子様方に長居したことをお詫びして銀さんと高館を後にしました。

帰り道、銀さんにも神子様のことをお聞きしました。
銀さんから見ても、やはり神子様はすごい方のようです。
数日お傍で見てきた銀さんは、神子様のことをとてもお慕いしているようでした。
泰衡様も同じお気持ちなのかな…。と思うと、何故だか少し胸が痛んだ気がしましたが…。

それにしても、神子様はあんな可憐な外見で力強く剣を振れるなんて、それが何より驚きでした。
きっと、あの八葉の方々や大切なものを守るためにがんばっておられるのでしょう。

…私もせめて、自分の身ぐらいは自分で守れるように、
少なくとも、泰衡様や銀さんに迷惑をかけないようにしたいな…そう思いました。

そうすれば、今日神子様に助けて頂いた時や今銀さんがわざわざ足を運ぶこともなかっただろうし。
何よりも、この前のようなことがあった時、泰衡様たちに迷惑をかけずに済んだのに…。
もちろん、私も泰衡様や銀さんをお守りできればどれだけいいか……。
とは言え、明らかに私より御強いお二人…せめて足手まといにならない程度には……。


さん?どうかしましたか?」


不意に銀さんに呼ばれて驚きました。
考えこんでしまっていたのか、足が止まっていたようです。


「す、すみません……!;」


私は慌てて銀さんに駆け寄ると、思い切って口を開きました。


「あの、銀さん!私にも剣を…戦い方を教えて頂けませんか?」



***



銀さんは、私はそんなことをしなくても良いと、戦いは危険だと。
何度も仰いましたが、何度もお願いしているうちにしぶしぶ承諾してくれました。

とは言え、忙しい銀さんに教わるのは時間的にも難しいので、
基本的なことや戦いについての知識を教えて頂く事がまずは多かったです。
多少身体を動かしても、武器を手に取ることもなく。
一度、銀さんの武器を持たせて貰いましたが、重くてとても持てる代物ではありませんでした。


(神子様は……一体どのように修行されているのでしょう…。)


ふとそんな風に思ったとき。


さん!」

「え……?……きゃあ!?」


気をゆるめたせいで、重さに耐え切れず、銀さんの武器を落としてしまった。
その上、その時無理に持とうと差し出した腕を打ち付けてしまいました。


「……っ…。」

「大丈夫ですか?」


銀さんが心配そうな顔で駆け寄ったので、私は慌てて笑顔で誤魔化しました。


「大丈夫です。すみません…。銀さんの大事な武器を……。」


腕を痛めたことに気づかれないように、痛くないほうの腕で武器を拾おうとしたのですが、
銀さんは私が武器を拾う前に私の手を取ると、


「貴方の方が大切ですよ、お怪我はありませんか?」


そう言って、私の手の甲に口付けを…。


「!?……だ、大丈夫です!」


私は慌てて手を引っ込めると、一礼し謝罪しそのままその場を後にしました。
突然のことで驚いてしまったことも大きかったですが…。

こんなことで私剣を覚えられますかね…。


少し自信をなくしただった…。







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2007.08.22