□永久の幸せを-前編




 新選組に新たな隊士が加わる事となったらしい。
 主要幹部と鈴花、そしては土方に招集をかけられ、近藤の部屋へ直行した。


「さて、みんな集まった所で紹介しよう」


 近藤のこの一言を合図に、青年が二人、部屋の中へと入って来た。
 一人は少し癖のある黒い短髪に赤い着物、そして着物と揃いの赤い首巻きが印象的な青年。
 もう一人は、淡い茶色の短髪に、浅葱に近い色の着物を纏った青年。


(あれ……?)


 二人を目にした瞬間、は一人首を傾げた。


(赤い着物の人、どこかで見た記憶が……)


 そんな事を思っている間にも、近藤からの紹介は続いた。


「まず、彼は相馬肇君。知ってる者もいると思うが、実は彼、元は『花柳館』という道場の食客だった。
 剣はしばらく振るっていないとの話だったが、なかなかの使い手だ。これから充分に期待出来ると思うぜ。
 それから、隣にいるのが、同じく『花柳館』の食客だった野村利三郎君。彼もまた、素晴らしい人材だ。
 それじゃあ、せっかくだから、二人にも挨拶してもらおうかな」


 近藤に促され、まず、『相馬肇』と紹介された青年が前に出た。


「相馬肇です。近藤局長や土方副長と出逢えたのも何かのご縁。
 私は一生涯、お二方に着いて行く所存でございます。これから、どうぞよろしくお願い致します」


 相馬の挨拶は、『新選組』に対してより、
 近藤や土方への忠誠心を皆に見せただけのように感じられる。


(よほど、近藤さんや土方さんを心酔していらっしゃるのね)


 彼の真っ直ぐな瞳を見ながら、は思った。
 近藤と土方、相馬の間に何があったかは知らない。
 だが、二人の出逢いにより、彼の運命が大きく変わったであろう事は、何となく想像出来た。


「皆さん、始めまして!」


 突然、元気があり余ったような声が耳に飛び込んできた。
 ははっと我に返る。


「野村利三郎です。よろしくっす!」


 『野村利三郎』と名乗った青年は、相馬とは対照的だ。
 相馬が『静』なら野村は『動』。
 表情もよく変わるし、前向きで素直な性格である事が窺える。


(野村さん。何となく、仲良くなれそうな気がする)


 彼の人懐こい笑い顔を見ていると、も不思議と心が安らぐ。
 一方、相馬に対しての印象は違う。
 悪い人間ではないと思う。しかし、何かが引っかかる。


(何だろう……この気持ち……)


 は一人、記憶の糸を辿っている。
 何かを忘れているような気がして、胸に支える感覚が取れない。


(どこかで……あっ!)


 しばらく考えていたら、やっとで想い出した。


(そうだわ!肇さん……確かに前に逢った……!)


 相馬と野村、双方が入隊してから一週間が経過した。
 はもちろん、相馬も彼女の存在に気付いてはいたが、特に会話を交わす事はなかった。
 話したくないわけではない。

 ただ、相馬はよほど近藤や土方に気に入られているのか、常にどちらかに呼ばれている。
 そのため、なかなか話す機会を持つ事が出来ずにいた。
 逆に野村は暇を持て余しているようで、に親しげに話しかけてくる。
 もちろん、話をするのはに限らず、鈴花であったり、他の隊士であったり。
 つまりは、暇さえ潰せるのであれば、相手は誰でも良いらしい。


「まあ、野村さんは『花柳館』でもあんな感じだったから……」


 縁側で鈴花とお茶を楽しんでいた時、彼女が教えてくれた。


「良く言えば前向き。悪く言えば……何も考えてないのかも知れないけど……。
 でも、あの相馬さんを振り回すぐらいだから、彼はある意味大物ですね」


 悪気はないのだろうが、鈴花ははっきりと物を言うところがあるせいで、言葉一つ一つに刺々しさを感じる。
 いや。むしろこの気の強さが、才谷という男の心を見事に掴んだのだが。


(でも、やっぱりもう少し言葉を選んだ方が……)


 そう思うものの、口を挟むのも憚れるような気がするので、つい、何も言えずに終わってしまう。


「――あの、鈴花さん」


 せめて話題を変えようと、は小さく鈴花に話しかける。
 鈴花はわずかに首を傾げながら、彼女を見つめる。


「何ですか?」

「えっと……肇さんの事も前から知っていたのですよね?」

「ええ。相馬さんは野村さんよりも、『花柳館』で過ごされた時間が長かったですしね。
 今はやっていないけど、その頃は賽を使った占いをされていたから、
 遊びに行くたびに占ってもらってましたよ。で、相馬さんがどうかしたんですか?」

「え……いえ……その……」


 鈴花の直球とも取れる問いに、は口籠もる。
 そもそも、相馬のどんな話が聞きたかったのか、自身ですら分かっていなかった。


「うーん……気になりますねえ。しかも、何で相馬さんを『肇さん』と呼ぶのかも」


 なおも食い下がってくる鈴花。
 悪い事などしていないはずなのに、何故か気まずい。
 と、その時だった。


「あっ!」


 突然、鈴花が声を上げた。
 そして、その後に出た言葉に、は心臓が止まりそうになるほど驚く事になる。


「斎藤さーん!」


 は一瞬にして固まった。
 ただでさえ、斎藤の名前を耳にしただけで鼓動が速くなるのに、今回はそれどころではない。
 悪い事はしていないはずなのに、胸に罪悪感が過ぎった。
 そんなをよそに、鈴花は斎藤をこちらへ手招きする。
 斎藤は怪訝そうにしつつも、ゆっくりと近付いて来た。


「――何だ?」


 二人の前に立ちながら、斎藤が訊ねる。


「まあまあ。固い事は言わず、座って下さいな」


 鈴花は何を考えているのだろう。
 怖いほど満面の笑みを浮かべながら、斎藤の着物の袖を引っ張り、半ば強引にその場に座らせる。


「ねえ、斎藤さん」


 斎藤が座るのを確認した鈴花は、にっこりとしたまま言った。


「私はね、本気であなた達の事を心配しているのですよ。
 傍から見ても、想い合っているのは充分過ぎるほど分かるのに、何にも進展がない。
 いいですか?このままのんびり構えていたら、そのうち、誰かにさんを取られてしま……」

「鈴花さん!」


 は慌てて、鈴花の言葉を遮った。
 何も言わずに黙っておこう。
 そう思っていたが、さすがに限界に達した。
 はゆっくりと口を開いた。


「鈴花さん、あなたは何か勘違いなさっていませんか?
 肇さんは、大切なお友達です。なのに、勝手な事ばかり……。
 心配して下さるのは嬉しいです。ですが、これ以上、私に関わるのは止めて下さい!」


 はそう言い放つと、立ち上がり、足早にその場から離れた。
 正確には、逃げた。
 頭では分かっていた。
 間違っているのは自分。
 ただ、鈴花に八つ当たりしただけなのだと。


(私は……最低だわ……)


 考えるほどに、自分が惨めになってくる。
 泣きたくなどない。
 そう思っていても、じわじわと熱いものが込み上げる。


(せめて、誰もいない場所へ……)


 そんな事を思いながら、は屯所から出た。

 どこをどう歩いたのだろう。
 気が付くと、竹薮の中へと入っていた。
 物騒なので、普段はあまり近付かないような場所。
 しかし、深く傷付いたにとっては好都合な場所だった。


(このまま……消えてしまいたい……)


 はそのまま屈み込み、顔を伏せた。
 何も見たくない。
 何も聞きたくない。
 苦しみも、哀しみも、これ以上味わいたくない……


「――さん……」


 誰もいないはずなのに、耳元に低い声が飛び込んでくる。
 幻聴だろうか。
 そう思い、顔を上げずにいたのだが。


さん」


 今度ははっきりと聴こえた。
 はゆっくりと顔を上げる。


「どうした?泣きながら屯所を出て行ったから、気になって後を追って来たのだが」

「――肇さん……」


 声の主が相馬だと分かり、彼女の心は不思議と安らぐ。


「隣、いいか?」


 相馬に訊ねられ、は小さく頷く。
 それを確認した彼は、袴が汚れるのも気にせず直に座った。
 二人の間に流れる沈黙。
 竹にぶつかる風の音と、空を飛び交う小鳥の囀りが耳に心地良く響く。

「――肇さん」


 涙を拭いながら、はぽつりと言った。


「私は、狡いんです。みんな、私をとても心配してくれるのに、
 そんな優しい想いも素直に受け止められなくて……。
 さっきも、鈴花さんに酷い事を言ってしまいました。
 鈴花さんは、ただ、前に進めない私達の背中を押そうとしてくれただけなのに……。
 本当はね、怖くて堪らないんです。
 いつか、あの人が自分の手の届かない場所へと行ってしまうのではないかと……。
 それならば、この想いに気付かないふりをした方がいい。私は、ずっとそう考えてきました」


 そこまで言い終えると、はふうと息を吐いた。


「――さんの気持ち、分からないでもない」


 相馬が口を開いた。


「確かに、恋は楽しい事ばかりではない。苦しみと不安との闘い。――俺もそうだからな。
 だが、悲観的になってばかりではいけない。
 辛いだろうが……相手を信じるという事も、時には大切なのではないか」

「相手を……信じる事……ですか……?」

「ああ。前向きな気持ちでいれば、いずれきっと、幸せが自分から歩み寄って来る。もちろん、待つだけではいけないがな」


 相馬の言葉に、は真剣に耳を傾けていた。
 彼の一言一言は、彼女の心にじんわりと染み込んでくる。
 やはり、にとって、相馬は特別な存在なのだろうか。
 斎藤に抱いているような感情ではない。
 もっと違う、家族に近いような感じ。


「肇さん……」


 は真っ直ぐに、相馬を見つめた。


「私にも、幸せになる資格はありますか……?」


 不安げに訊ねる彼女に、相馬はにこりと微笑みを見せた。


「もちろん。――いや、君にこそ、幸せになる資格がある。俺も、祈っていよう」


 相馬に釣られるように、の顔からも笑みが零れ落ちた。
 あれほど荒んでいた心が嘘のように、今はすっきりと晴れ渡っていた。





後編



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「月下に舞う花びら」の折原冬佳様より、当サイト20000HIT突破のお祝いに頂きました!

花柳肇さんも好きな管理人の希望により、斎藤さんと肇さんが登場するお話を!
花柳剣士伝持ってないので、二人がどういう関係(?)か知りたかったこともありまして…。

ちなみに冬佳さんのサイトでは30000HITのフリリクも募集されていたので、
このお祝い小説とかねて前後編で…などと、我侭を言った私の希望に答えて下さいました!

で、こちらは前編になります。続きの後編もご覧下さいね♪
私はシリアス物が苦手ですし、私ではとても書けないようなお話ですし(爆)
主人公も私が書くよりしっかりしていて、ちゃんといろいろ考えているようですし。
……私の書く主人公もこれぐらいしっかりして欲しいものです…(笑)

…しかし肇さん…かっこいいですよね…惚れそうです…(おい;)


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