□永久の幸せを-後編




 は相馬と共に屯所に戻った。
 その間、会話は全くなかったものの、心の内を打ち明けた事で、相馬との距離が縮まったような気がした。
 彼女はそれが何より嬉しかった。

 兄が側にいない今、自分の心の拠り所はどこにもない。
 もちろん、近藤という存在もあるが、腹を割って話すという域までは至っていない。
 相馬がいてくれて良かったと、は心から思っていた。


さん!」


 屯所の門を潜るなり、鈴花が真っ先に駆け付けて来た。


「良かった……。急に出て行くから、凄く心配したんですよ」


 鈴花はそう言いながら、を抱き締める。
 着物を通して伝わる温もり。
 身体だけではなく、心の中にまで染み渡る。


「――ごめんなさい……」


 気が付くと、は自然と口にしていた。
 鈴花にお節介を焼かれ、嫌な気持ちになったのも事実。
 しかし、あそこまで感情的になるほどでもなかったと、包み込まれながら思った。


さん」


 抱き締めたまま、鈴花が言った。


「私も、さんの気持ちを全く考えていませんでしたから……。
 それに、あなたにとって斎藤さんがどれほど大切なのかは、見ていれば良く分かります。
 実は、あなたが屯所を出た後に、相馬さんにも叱られてしまいましたしね。
さんは大切な友人だ。彼女もきっと、そう思っている。妙な誤解はしないでくれないか』と……」


 鈴花の言葉を聞き、は顔を上げた。
 そして、その視線を、二人を黙って見つめている相馬に向けた。
 相馬は咄嗟に目を逸らした。
 動揺しているのだろうか。
 斎藤同様、冷静沈着な彼にしては珍しい。


(やっぱり、名前は同じでも、斎藤さんと肇さんは全くの別人だわ)


 の口から、クスリと笑みが零れ落ちる。
 鈴花もまた、相馬の意外な一面に驚きつつ、口許を綻ばせている。
 三人の間には、ほんわかとした空気が流れていた。

 が屯所を飛び出してから、斎藤は部屋の中で、刀の手入れをしていた。
 本当は、彼女を追い駆けようとしたのだが、足が全く動かなかった。
 そんな時、見計らったかのように相馬が現れた。
 鈴花は相馬に、が飛び出して行ってしまった事を告げ、それを訊いた彼は、彼女の後を追った。
 引き止める事はしなかった。
 むしろ、相馬の方が良いだろうと、斎藤も何となく感じていた。


(さて、いつになったら戻ってくるやら……)


 そう思っていた、まさにその時だった。


「斎藤さん……」


 障子越しに、控え目な少女の声が聴こえてきた。
 手入れをしていた斎藤の手が、ぴたりと止まる。
 斎藤は刀を鞘に戻すと、その場から立ち上がった。
 そして、障子の前まで歩き、ゆっくりとそれを開ける。

 ――まさかと思ったが、やはり、そこにいたのはだった。

 彼女は大きな瞳を何度も瞬かせながら、斎藤を見つめている。
 心なしか、その瞳は揺れている。
 斎藤もまた、かけるべき言葉が見付からず戸惑っていた。


「――とにかく、中に入れ」


 やっとの思いで出たのがこれだった。


「あ、でも……」


 斎藤の言葉に、は更に困惑している。


「どうした?」

「えっと……その……男性の部屋の中に入るのは……ちょっと……」


 気まずそうに答える
 考えてみると当然の事だった。
 彼女は貞淑な少女だ。
 易々と男の部屋になぞ入りはしない。
 何よりも、をこれ以上になく愛している兄が、それを決して許しはしないだろう。


「分かった」


 斎藤はそう呟くと、自らが部屋を出た。
 そしてそのまま、目の前の縁側に腰を下ろす。


「お前も座れ」


 斎藤が促すと、今度は素直に従ってくれた。
 は斎藤の隣に正座する。


「あの……斎藤さん」


 座るなり、が口を開いた。
 今にも消え入りそうな、小さな声だった。


「何だ?」

「あの……ハジメさんの事……なのですが……」


 『ハジメ』と呼ばれ、斎藤の心臓が飛び上がった。
 初めて、自分の事を下の名で呼んでもらえたと。


(いや。待て)


 早鐘を打ち続ける鼓動を密かに抑えつつ、斎藤は改めて考えてみる。


(そうだ。相馬さんの名も、俺と同じ『ハジメ』だ。漢字は違っているが……)


 それに真っ先に気付いた彼は、動揺した自分を恥じた。


「相馬さんが、どうした?」


 動揺を悟られまいと、斎藤は努めて冷静に訊ねる。
 は斎藤を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと話し始めた。


「はい。もしかしたら、斎藤さんも誤解なさっているのではと思いましたので……。
 先ほども言いましたが、肇さんは大切なお友達です。それ以上でも、それ以下でもない。
 肇さんも、きっと同じように考えていらっしゃると思います。
 それに……お互い、想う人は……別にいるのですから……」


 そこまで言うと、は俯いてしまった。


……?」


 斎藤は怪訝に思いながら、彼女の顔を覗き込む。
 だが、彼女は逃げるように顔を背けてしまった。
 さすがの斎藤も、これには傷付いてしまった。


「――俺が、嫌いか?」


 思うより先に、口が動いていた。
 しまったと後悔したが、今更引き返す事も出来ない。
 斎藤は続けた。


「俺はこの通り、何の面白みもない男だからな。
 近藤さんや永倉さん、原田さんのような明るさなんて持ち合わせていない。
 だが、こんな俺にも誰にも負けないと自信を持って言える事はある」


 斎藤はそう言うと、自分の元へとを引き寄せた。


「さ……さい……と……さん……?」


 は途切れ途切れに、斎藤の名を口にする。
 こんな現場、もし、彼女の兄が目撃してしまったらどうなるか。
 斎藤もよく分かっていたが、愛おしいという気持ちの方が勝り、そんな事はどうでも良くなっていた。





 腕の中で硬直しているの耳元に、斎藤は囁いた。


「俺はこれからもずっと、お前だけを見続けている。
 お前という存在が、俺をいつも幸せに導いてくれるのだから。
 俺は嫌われても構わない。だが、せめて、お前を想い続ける事だけは……」


 斎藤は、の華奢な身体を強く抱き締めた。
 これ以上、力を込めたら壊れてしまうのではと思えるほどに。
 は相変わらず戸惑っている。
 抱かれているのが嫌なのか、それとも、他に理由があるのかは分からないが。

 縁側で少女を抱き締める男の姿を、別の男が遠巻きに見つめていた。


「どうか、二人がずっと、幸せであるように……」


 男は誰にともなく呟くと、口許に小さな笑みを浮かべた。





前編



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はい!こちら後編で完結になります〜♪

いや、もう何ていうか…相馬肇さんマジかっこいいですね…。
ホントどうしようって感じです(何が;)

あ、いえもちろん私の本命は不動で斎藤さんですけどね
斎藤さんはもう言うまでもなくかっこいいので省略してるだけです(笑)
肇さんは斎藤さんとは違う意味で非常にかっこよく、素敵な人物だな〜と思いました!
(野村さんの肇さんを好きみたいな感じでしょうかね?)

主人公もホント私が書くよりしっかりしていて可愛らしいです!
本家形無しですね(汗)

でわでわ!折原冬佳様!このたびは本当にありがとうございました!!


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