遠目からでも視界に入った姿にドキリと心臓が跳ねた。

太陽のように優しくて暖かい色の髪、
後姿でも緊張してしまう。

きっと声をかければあの花のように可愛い笑顔を
見せてくれるんだろうな…。





-心動かす贈り物-前編




またフラフラと出かけて行った才谷さんのせいで、
仕事に追われていた俺だったが、流石に疲れて少し町へ出た。

(書類にばかり向かっていると気が滅入るからな…。
 たまには息抜きも必要だし…。)

いつもならそんなこと考えない俺だったが今日は少し…
外に出たい気分だった…。

理由は昨日の昨夜の才谷さんとの会話…。



***



「お〜い、石川!」

「なんだよ、才谷さん。仕事は終ったのか?」

「まだぜよ。というか石川。おんし、仕事、仕事って、
 そんなんじゃ面白みにかけるつまらん男やと思われるき。
 女子にモテんぜよ。」

「大きなお世話だ!というか、
 才谷さんがちゃんとしてくれないから俺の仕事が増えるんだろう!
 良いから、さっさと終らせてくれよ!」

「なんちゃ、うるさいの〜。…わかったぜよ。」


相変わらずダラダラとしている才谷さんに石川さんが
文句を言いつつ仕事をしていると、
才谷さんは何か思い出し、ガシッと石川さんの肩を掴んだ。


「そうじゃ石川。おんしに良いことを教えてやるき!」

「……なんだよ良いことって…?」

さんのことなんじゃが…。」


ピクッ


一応は聞こう、と言うような姿勢だった石川さんだったが、
才谷さんが口にした名前に反応して動きが止まった。

才谷さんはそんな石川さんの反応に満足そうに笑うと、


「明日は非番で、買いたいもんがあるちゅーて
 町に行くそうじゃき、もしかしたら偶然会えるかもしれんのう…。」


と、耳元で囁いた。


「………」

「本人が言うとったき確かな情報じゃか、石川。」

「……才谷さん」

「何じゃ、石川?」


石川さんが返事をしたことでにこ〜っと嬉しそうに笑った才谷さん。
石川さんはそんな才谷さんに最高の笑顔を向けると、
ドサッと書類を机に乗せて、


「だったら今日中にこれを全部終らせてくれ、明日時間を作って欲しいんならね。」


と言った。
山積みの書類を前に才谷さんは青くなり、
泣きながら仕事をするのだった…。

石川さんはそんな才谷さんを見て、呆れたように冷たく笑ったが、
才谷さんの言っていたことが気になっていないわけではない。


(明日……)


淡い期待を胸に石川さんも急いで仕事を終らせるべく、
その日は二人遅くまで仕事をした。



***



そんなわけで今日、それなりに片付き手の空いた俺はやはり少し気になって町に出た。

とは言え、本当に会えると思っていたわけではないし、
本当にほんの少しの期待だった。

だから、今こうして彼女を見つけて内心ドキドキと
心臓が張り裂けそうだった。

だが、せっかく会えたのに声をかけないのは…。


「…さん?」


俺が思い切って声をかけると、
やわらかい色の髪がふわりと揺れて彼女が振り向いた。


「や、やあ、こんにちは///


ぎこちない苦笑い、裏返った声。
何を緊張しているんだよ…俺は;


「石川さん?」


さんは少し驚いた顔をしたけど、
すぐにふわっと笑って、


「こんにちは、お久しぶりですね。」


と、言ってくれた。
……ああ、やっぱり…。


(可愛い…///


にっこり笑って挨拶してくれたさんは可愛くて、
緊張していた気持ちもふっととけていくようだった。
さっきまでの仕事の疲れも消えていくような幸せな笑顔。

彼女と共に暮らしていて、いつも顔を合わせている新撰組の人たちを
少し恨めしく思ってしまった。


「今日はどうかしたの?」

「あの、えっと少し買いたいものがありまして…」


俺が尋ねるとさんは少し照れたような顔でそう言った。
才谷さんから聞いていたから知っていたけど、
他にかける言葉もなかったからな…;


「買いたいもの?」


俺は初めて聞いたようなふりをして、
さんが熱心に見ていた店に目を向けた。

そこは男性用の着物を売っている店。


「……………」


まさか……;

一抹の不安が頭を過ぎったが、ここまで来て尋ねないわけにもいかない。
俺は意を決してさんに尋ねた。


「か、買いたいもの…って?」

「あ、えっと、給金を頂いたので是非贈り物をしたくて…。
 男の方は何を差し上げたら喜んで下さいますかね?」


可愛らしく首を傾げてそう言ったさん。
可愛らしい仕草に思わず聞き逃しそうだったが…つまり、


(誰か男への贈り物ーーーー!?)


俺は頭を殴られたようなショックを受けて、
ガックリと落ち込みそうだった。


(……いや、待て;別にそういう意味とは…
 世話になっている同じ新撰組隊士の誰かにお礼とかかも…。)

「あ、あの?石川さん?」


さんの声がしたがあまり耳には入らなかった。
俺は一人百面相し、さんを振り返ると思い切って尋ねた。


さん!」

「は、はい?」

「その…贈る相手…って、大切な人…とか?」

「え…?」

(頼む……。)


俺は祈るような思いで尋ね、
さんは一瞬驚いた顔をしたが、
ふわっと優しい笑顔になり、


「ええ、とても大切です……。」


と、答えた。
その相手がいかに大事かわかるような本当に嬉しそうな笑顔で…。


「………」

「石川さん?」

(もう俺に勝ち目はないな…。)


見たかったはずのさんの笑顔。
それなのに今はグサリと胸に突き刺さるような感じがして、
目の前が真っ暗になってしまった。

見たかったはずなのに、俺に向けられたのではない、
今の笑顔はショックでしかなかった…。

黙り込んだ俺にさんは心配そうに声をかけた。


「あの、石川さん…大丈夫ですか?私…何か…」

「いや…な、なんでもないよ。」

「そ、そうですか?」


それに慌てて、俺は平静を装い笑顔を向けた。
引きつったような無理な笑いかもしれないが、
さんは気付いていないのか、さらにとんでもないことを頼んできた。


「あの…石川さん、もし…もしお時間があるようでしたら、
 一緒に何か…選んで頂けませんか?
 …その、男の方でも喜んで頂けるようなもの…。」


こともあろうに、その贈り物を俺に一緒に選んで欲しい…と。

正直、何で俺が好きな子が他の男に贈るものを選ばないといけないんだ…;
と、泣きそうだったが、さんに見上げられ、
上目遣いでお願いされては断ることなどできなかった。


「よし!任せて!きっと喜んで貰える物を選んであげるよ!」

「あ、ありがとうございます!石川さん!頼もしいです!」


嬉しそうに笑うさんに、俺は涙をのんで付き合うことになった…。



***



それから二人でいろいろな店を見て回った。

さんと二人でいるのはもちろん楽しかったし願ってもないこと、
……だが…

各店で品を見ている時、さんが考えているのは俺ではない他の男のこと。
一生懸命贈り物を考えているさんを見ているのは正直辛かった。
一瞬嫉妬に駆られて、適当な贈り物を選びそうにもなった。
そうすればその男とさんは…。

(……俺は…何を…;)

ひどい男だ。心底そう思った。
ただ、一生懸命なさんと、俺を信頼して頼ってくれたことを思うと、
裏切ることはできなかった。

そして結局、さんの話を聞いて、
相手が喜びそうなものを選んで、買い物を済ませ、
その後、そのまますぐに別れた。

もう少しゆっくりしたかったが、さんが手紙を書いて
すぐに相手に贈り物を送りたいと言ったからだ。

今日はせっかく会えたのに、さんとの会話は結局
その「贈り物の相手」のことばかりで、俺はすっかり落ち込んだ。






後編へ

戻る




2011.07.10