「どうしたき?石川?」


宿に戻ると才谷さんが戻っていて、俺の顔を見るなりそう尋ねてきた。


「……何が?」

「いや、えらく暗い顔じゃが…なんぞあったじゃか?」

「別に…なんでもない…。」

「何でもないようには見えんぜよ。一体どうしたき、石川?」

「ほっといてくれ…。」


才谷さんが心配してくれているのはわかっていたが、
今の俺には話をする気も、才谷さんを気遣う余裕もなかった。

悪い…才谷さん…。





-心動かす贈り物-後編




翌日、昨日落ち込んでいた石川さんは今日も元気がなく、
流石に心配になった才谷さんは心当たりのある場所へ向かった。

それはもちろん…。


「お〜、さんおはようぜよ。」

「あ、才谷さん。おはようございます。
 今日鈴花さんはこの時間は巡察ですよ?」

「ああ、知っとるき。けど今日はさんに用があるぜよ。」

「え、私ですか?」


才谷さんが向かったのはもちろんの所で、
縁側に腰を下ろすと、を手招きし、話を聞くことにした。


さん、昨日石川に会うたが?」

「ええ。お会いしました。
 それで買い物を手伝って頂いて…助かりました。」


にっこりと嬉しそうに話すの様子からは
石川さんが落ち込んでいた理由はわからない。
一緒に買い物に行ったのなら、随分親しくなったというもの。
才谷さんは首を傾げた。


「買い物って何を買ったんじゃか?」

「兄上に贈り物です。」

さんに?」

「はい、男の人が喜ばれるものって思いつかなかったんですけど。
 石川さんにいろいろ教えて頂いて…」

「!」


そこまで言ったにの言葉に才谷さんはピンときて、慌てて尋ねた。


さん!」

「は、はい?」

「その贈り物じゃが、さん……
 兄上に贈るもんじゃて、石川に話したき?」

「え?……あ、言っていないかもしれません。
 石川さんは聞いてきませんでしたから…。」

「男の人に贈る物と言うのは言うたんじゃないき?」

「ええ、それは言いました。
 ………その時石川さんは…その人が大切な人か…?
 とは聞かれましたけど…。」

「………それで、さん何て答えたぜよ?」

「?もちろん、とても大切ですと。」

(それじゃかーーーーー!!!)


にっこりと笑って答えた
石川さんの落ち込んでいた原因はこれではっきりした。

は二人だけの兄妹だ。
仲も良くて、互いが大切なのは当然で、
そのことを知っている人にしてみれば微笑ましいの言葉。

だが、のこと、に兄がいることも知らないだろう
石川さんにしてみれば、好意を持っている相手が、
異性へ贈り物をすると言えば、誤解するのは当然かもしれない…。

石川さんが落ち込んでいた原因がわかった才谷さんはほっと一安心したが、
どう説明して良いのやら…と唸った。
今の石川さんには誤解だと言っても信じてもらえないような気がしたのだ。


(う〜ん…どうしたらええもんじゃか…。)


すっかり考え込んだ才谷さんにが遠慮がちに声をかけた。


「あの…才谷さん?」

「…!あ、ああ…。すまんのう、さん、何じゃか?」

「あの、石川さんにお世話になったお礼をしたいですけど…」

「おお!それは良い考えじゃき!さんからのお礼なら石川も信じるぜよ!」


の申し出に才谷さんはぱっと明るい表情になった。


「へ?信じる…って何ですか?」

「あ…なんでもないき;」

「はい?」

「それより、石川へのお礼なら丁度良いものがあるぜよ!」


才谷さんはを連れて、大急ぎで屯所を出て行った。



***



その頃石川さんは宿を出て、町をぶらついていた。
部屋に閉じこもっていると気分が滅入るばかりだったからだ。
とは言え、外に出てきても気分は晴れない。

何かに集中でもできれば余計なことを考えずにすむかも…。
と、石川さんはよく行く本屋に足を運ぶことにした。
この間から買おうと思っていた書物をこの際だから買ってしまおうかと…。


「やあ、いらっしゃい。」

「どうも…」


石川さんは本屋に入ると、すぐ目当ての本のあった棚へ行った。
が、見るとこの間まであった本がなくなっている。


「…あれ?おやじさん。ここにあったあの本は?」

「ん?ああ、あれか。ついさっき女の子が買って行ったよ。」

「さっき?女の子?」

「ああ、一足違いだったな。」

「………はぁ;」


ついてない時は重なるものだな…;
と、石川さんは盛大なため息を吐いて、
意気消沈した足取りで宿へと帰っていった。



***



「ただいま…。」

「おかえりなさい、石川さん。」


がっくりと気を落としたままの石川さんの声に返事をしたのは意外にも明るい声だった。
しかも、才谷さんの声ではない。


「?」


不思議に思った石川さんが顔を上げると、
目の前に立っていたのはだった。


!?  え!あ、さん!?ど、どうしてここに…;」


会いたいような会いたくないような、複雑な人物の出現に、
明らかに動揺しまくる石川さんに、奥から顔を出した才谷さんが声をかけた。


「石川。さんは、昨日のお礼に来てくれたんじゃか。
 兄上への贈り物を選んでくれちゃったおんしにお礼がしたいちゅうてじゃ。」

「ああ、昨日の…………………え?…兄……上?」


才谷さんの言葉に暗かった石川さんの表情が一変して驚いた顔になった。
才谷さんはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
石川さんは才谷さんからに視線を移すと、は、


「はい、兄上には昨日すぐお送りしました。
 きっと喜んでくれると思います。石川さんのお陰です!
 本当にありがとうございました!」


と言って、満面の笑顔を見せた。


「石川、さんには兄上が居るんじゃか。
 昨日のさんの贈り物は兄上に向けたもんぜよ。」


まだ微妙に混乱しているような顔の石川さんに、
才谷さんがわかりやすく説明すると、石川さんはヘタリとその場にしゃがみ込んだ。


「……なんだ…そうだったのか…;」

「?石川さん?どうかしました?」

「気にせんでいいき、さん。そんなこつより……」


すっかり気が抜けてしまった石川さんには不思議そうな顔をしたが、
才谷さんが声をかけると、思い出したように手に持っていたものを石川さんに差し出した。


「ん、これは?」

「お礼です、石川さんに。昨日の。」


にこっと笑ったに石川さんは赤くなってお礼を言って受け取った。


「ありがとう……///


からの贈り物は嬉しいが、
今は昨日のことが自分の勘違いだったことに何よりほっとしていた。
兄なら『とても大切』と言ったのも当然のことだし…。

もう十分嬉しい気持ちでいっぱいの石川さん。
照れていることを誤魔化すようにに話しかけた。


「あ…え、と;これ開けてもいいかな?」

「はい、どうぞ。気に入って頂けると思います。
 石川さんが欲しがっていたものだと、才谷さんにお聞きしましたから。」

「え?俺が欲しがっていたもの?」


不思議に思って才谷さんを見たが、才谷さんは楽しそうに笑っているだけだった。
仕方なく包みを開くと、中から出てきたのは…


「……っ、これは!」

「気に入って頂けました?」


驚いた声を上げた石川さんには嬉しそうに笑った。
中から出てきたのは、さっき石川さんが買いに行った本だった。


(さっき女の子が買って行ったよ。)


店のおやじさんの言葉がよみがえった。


さんのことだったのか…。)


驚いた顔を上げるとは嬉しそうに笑っていて、
昨日、今日と悩んでいたことなど吹き飛んでしまった。

昨日のことは自分の勘違いで、欲しかった本もまさかから贈られるなんて…。

悪いことばかりと思っていたのに、今は最高に幸せだ。
と、石川さんは満面の笑顔でにお礼を言った。


「ありがとう、さん!」


彼女のことでここまで気分が変わるなんて、
俺はもうすっかりこの子に惚れてしまったんだな。
と、石川さんは才谷さんにからかわれるからと認めないでいた気持ちを再認識した。

本当は初めて会ったあの時から惹かれていた事わかっていたけど…。


「よかったのう、石川。」


嬉しそうな石川さんの笑顔を見て、
才谷さんもほっと安心したように呟いた。






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2011.10.16