まだまだ寒い日が続く、そんなある日。

町では甘い香りがあちこちから漂い出した。
冬の一大イベントが近づいているのだ。

そんな世間に妙に気合いの入ったハイテンションな青年と、
逆に具合が悪いのではないかと思うほどテンションの低い青年がいた。





-St.Valentine-前編




「もうすぐバレンタインデーね♪」

「「!?」」


お昼休み、仲良くお弁当を食べていた少女二人に、
例のハイテンションな青年が声をかけた。そう青年が。


「「山崎先輩。」」

「ハ〜イ♪ちゃん、鈴花ちゃん、元気v?」


にこにこと上機嫌で声をかけてきたのは山崎先輩。
相変わらず綺麗だが、彼女…否、彼は男性である。


「どうしたんですか?山崎先輩?こんな所で?」

「ん〜、ちょっとね〜♪」


突然の出現に驚きつつも、鈴花さんはすぐに冷静さを取り戻し、
山崎先輩に尋ねたが、山崎先輩は誤魔化すように頬をかいた。


「あら、ちゃんのお弁当美味しそうねv一口頂戴?」


そしてのお弁当に目を止めるとそう言ってずいっとに顔を寄せる。


「え?あ、はい。良いですけど…」


山崎先輩の迫力に少し怯みつつもは頷く。
の返事を聞いた山崎先輩は嬉しそうに笑うと、あ〜んと口を開けた。
食べさせて欲しいと言う事だろう。


「ちょ;山崎先輩///


そんな山崎先輩の行動に鈴花さんの方が赤くなって照れた。
いくら何でも…と少し咎めるように言ったのだが、
当のは拍子抜けする程あっさり山崎先輩の口に卵焼きを入れた。


「お口に合いますか?」


そしてにっこりと飛び切りの笑顔で尋ねた。


「「…………」」

「…………?」


あまりに無防備なに思わず固まる山崎先輩と鈴花さん。
食べさせて貰った上に、そんな最高の笑顔のおまけ付き。
彼女に好意を持っている男性なら卒倒しそうなお持て成しだ。


「あ、えっ…と…///も、もちろん美味しいわ///


不思議そうなの様子に山崎先輩は慌てて返事をしたが、
さすがの山崎先輩も照れて真っ赤になっていた。


「そうですか♪ありがとうございます、山崎先輩!」


そんな山崎先輩の動揺もはどこ吹く風。
山崎先輩の返事に満足そうに笑うと普通に食事を続けようとした。


「……ハッ!!ちょっと待ってさん!」


それに何かに気付いた鈴花さんが大慌てでの箸を奪い取った。


「ど、どうかしました?鈴花さん?」

「どうかしました?じゃないですよ;」


鈴花さんの剣幕に驚いた顔をするものの意味はわかっていないらしい
あまりの鈍さに鈴花さんは脱力気味。


「ちょっと鈴花ちゃん、そんな汚い物みたいに扱わないでよ;」


が、鈴花さんの行動が不満だったのは
山崎先輩の方だったようで、鈴花さんに抗議した。


「別にそんなつもりじゃないですけど…山崎先輩、」


鈴花さんはそんな山崎先輩に苦笑いすると、
には聞こえないように山崎先輩の耳元で囁いた。


さんのお弁当を貰って、しかも食べさせてもらって、おまけに
 あんな笑顔まで貰ったのに、間接キスまでしたら斎藤先輩に殺されますよ。」

「…………それは…」


鈴花さんの言葉に少し顔色が悪くなる山崎先輩。

とそこへ……、


「あ、斎藤先輩。」

「「え!?」」


の口にした名前に隣の二人は飛び上がるように驚いた。
山崎先輩なんて血の気がひいたように青くなっている。


…。」

「よお!、桜庭、それに山崎もか。」

さん、鈴花さん、お昼?」

「こんにちは。永倉先輩、藤堂先輩。」


斎藤先輩に声をかけると、
一緒にいた永倉先輩と藤堂先輩も話し掛けてきた。

何でもじゃんけんに負けてお昼の買い出し係になったらしい。


「……山崎さん…?どうかしましたか?」


そんな話を永倉先輩と藤堂先輩がにしていると、
様子のおかしい山崎先輩に斎藤先輩が声をかけ、
山崎先輩は引きつっ笑顔で誤魔化した。


「な、何でもないわよ〜;気にしちゃダメよvハジメちゃんV

「「「「?」」」」


冷や汗をかいている山崎先輩に四人は首をかしげ、
鈴花さんは笑いを堪えていた。


「所で山崎何してんだこんなとこで?」

「あ、そうですね。山崎先輩何か御用ですか?」


永倉先輩の言葉にも思い出したように尋ねた。
何やら話が逸れてしまったため、
肝心の山崎先輩の話は聞いていなかった気がする。


「たしか…さっきバレンタイン…って…」

「「「バレンタイン?」」」


思い出したように言ったの言葉に男性陣三人も反応し、
山崎先輩は慌てての口を塞いだ。


「んっ!」

「あ〜ダメよ!ちゃん!そんなことここでばらしちゃ!」

「ん〜?」


何故か慌てる山崎先輩に、は不思議そうな
顔をしながらも口を塞がれて声が出なかった。

山崎先輩はそんなもお構いなし必死に話を誤魔化すと、
斎藤先輩たち三人を急かして場を離れさせた。


「ハジメちゃん、八っちゃん、平ちゃん!早くお昼買わないとなくなっちゃうわよ!
 ちゃん!鈴花ちゃん放課後教室にいなさい!迎えに行くから!」


最後にそんな言葉を付け加えて。

「え?」と思った二人だったが山崎先輩は返事も聞かずに行ってしまった。
どうやら放課後の予定は決定してしまったらしい…。


「「…………」」


強引な山崎先輩に二人は苦笑いして顔を見合わせた。



***



放課後。


ちゃん!鈴花ちゃん!お待たせ〜v


約束通り山崎先輩は二人を迎えに来てくれた。


「山崎先輩、」

「山崎先輩、一体なんなんですか?」


一応約束だからと待っていたと鈴花さんだが、
何のために待たされたのかは聞いていない。

声を揃えて尋ねる二人に山崎先輩はにっこり笑うと、

「バレンタインチョコを買いに行くのよv

と言った。


「「え?」」



***



「…どうしてバレンタインチョコをわざわざ?」


山崎先輩に連れられて、お菓子屋さんにやってきたと鈴花さん。
鈴花さんは本来の目的も忘れ、チョコレートに夢中になっている
を横目に見ながら山崎先輩に尋ねた。

すると山崎先輩は何やら真剣な面持ちになり鈴花さんに耳打ちした。


「このバレンタインを利用して、
 いい加減ちゃんとハジメちゃんの仲をはっきりさせるのよ。」

「……は?」


思いがけない言葉に鈴花さんは目を丸くしたが、
山崎先輩は何処までも真剣だ。


「そうじゃないとあの二人はいつまでもあのままよ!
 二人とも好き同士なのは周りから見たら間違いないのに当の本人達が鈍すぎるのよ!
 何であれで気付かないのよ!あの二人は!!」


最後の方は半ば叫ぶように言ったので、
が振り向き二人は慌てて首を振った。


「山崎先輩声が大きいですよ…;」

「ご、ごめ〜ん;でも、叫びたくもなるわよ!鈴花ちゃんだってそう思うでしょ!」

「まあ…気持ちわかりますけどね…;」


また叫びそうな勢いの山崎先輩に鈴花さんは苦笑いしつつも同意した。
二人が二人とも底抜けに鈍いせいだが…見ている者には焦れったくて仕方ない。

今だって、はバレンタインのことなどすっかり忘れているだろう。
或いは…


「鈴花さん、山崎先輩!」

「どうかした?さん?」

「何何?ちゃん良いのあった?」


何か見つけたのか、が手招きしたので二人が傍へよって行くと、
はたくさんのチョコが入っている大きな缶を指差し、


「皆さんにお渡しするなら、この位は必要ですかね?」


と二人に尋ねた。それはつまり…


「……ちゃん!!」

「は、はい?」

「『皆さん』って何言ってるの!買うのは一つで良いのよ!」

「え?大きいのを分けるんですか?」

「いえ;そうじゃなくて…;」

「も〜!ちゃん!!」

「え?え??」


やはりだった…。


「皆にじゃなくて、本命に一つだけ買えば良いってことですよ♪」


仕方ないので鈴花さんがそう言って確信を説明した。


「え…本命?」

「そうよvそれで告白す・れ・ばvちゃんだっているでしょ?本命v


鈴花さんの言葉に驚くに山崎先輩はさらに追い打ちをかけた。


「え!こ、告白!?///


途端には真っ赤になる。
だが、それはつまり…


「きゃvちゃんったら赤くなっちゃって可愛いvV
 やっぱり本命の相手がいるのね?」

「えっ!?そ、そんなこと…///

「白状しなさいちゃん!」

さん!こういう時は女も度胸ですよ!」

「…………;;」


……結局、二人の勢いに押され、
『ひとつだけ』チョコを買っただった。



***



バレンタイン当日。

渡すと決めたわけではないが、は例のチョコを持って登校した。
一応、持ってこないとあの二人に何を言われるかわかったものではないから
持ってきただけで、渡す決心はまだ全くと言って良い程なかった。


「……はぁ;困りましたね…。」


下駄箱で靴を履き変えながらぽつりと呟いた。
ここまで憂欝な一日も珍しい。


(……第一…斎藤先輩は甘いものがお嫌いだから
 …受け取って貰えないんじゃないですかね…。)


告白どうこうと言う以前にそれがには気掛かりだった。
嫌いなものをあげるなんて、迷惑以外の何物でもないだろう。
しかも自分はそのこと、斎藤先輩が甘いものが好きではないのを知っているのに渡すなんて…。


(嫌がらせだと思われるかもしれません…;)


何だかすっかり暗くなっているだったが、重要なのは『チョコを渡す』ことではなく、
『チョコを渡したことの意味』だと言うことをすっかり失念している…。


「おはよう、。」


下駄箱で一人百面相をしていたに声がかけられた。


「……ひっ!?」

「……どうかしたのか?」

「あ、お、おおおはようございます;斎藤先輩……;」

「ああ…?」


相手はよりにもよってある意味、今は一番会いたくない相手だった。
動揺しまくるに、斎藤先輩は疑問符を浮かべ訝しがっている。


「何かあったのか?」


半ば心配もこめられたような優しい声で斎藤先輩は尋ねてくれたが、
動揺しているは激しく首を振るだけだった。


「?」

「あの、さ、斎藤先輩!」

「なんだ?」

あの…………………………急がないと遅刻してしまいますよ!」

「ああ、そうだな?」

「はい、すみません失礼します。」

「??」


訝る斎藤先輩を残し、は足早に教室に行ってしまった。


「あ〜ん、ちゃん何で渡さないのよ〜!」

「…心の準備ができてないと無理じゃないですか?さんは…。」

「心の準備…ね。」


影から様子を見ていた山崎先輩と鈴花さんは残念そうに呟き、
さらなる作戦を考えていた。



***



「…………どうしてこうなるんですか…;」


お昼休み。

は山崎先輩の指示で体育館裏を目指していた。
何でも斎藤先輩を呼び出しておいたから、昼休みに渡しなさい!とのこと。

三限の移動のすれ違いざまにそんなことを耳打ちされ、
お陰ではその後は授業どころではなかった。

大体どうしてが渡したい相手が斎藤先輩だと知っているのか?


(山崎先輩何を考えてるんですか…;)


普段は優しいし、尊敬もしている先輩だが…さすがに少し恨みたくなっただった。

ともかく待たせているなら不味いとは急いで
体育館裏に行ったが、途中人の声に足を止めた。

そっと様子を伺うと、体育館裏には確かに斎藤先輩がいたが
……他にも女子生徒が一人…。


(…………)


どうやら彼女も斎藤先輩に好意を持っている一人らしい。
チョコレートを斎藤先輩に差し出していた。


「あの…先輩のために一生懸命作ったんです…受け取って下さい…!」


そんな声が聞こえた。


(わざわざ手作りを…。)


一生懸命な彼女の声にはふっと背を向けた。
こんな所を覗き見しているのも躊躇われたからだ。

当の斎藤先輩は明らかに迷惑そうな…と言うか、具合の悪そうな顔をしていたのだが…。

の目にはそれは映っていなかった。

そして…、


「私…斎藤先輩が好きなんです!」


彼女の告白を聞いてはそのまま場を離れた…。






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2008.02.15