「あ、さん。チョコ渡せました?」


教室に戻ってきたに、鈴花さんが明るく声をかけた。
が、何故か落ち込んでいるような雰囲気の


さん?」


は手ぶらで、つまり持っていったチョコは
渡せたものだと思った鈴花さんはの様子に違和感を覚えた。

首を傾げた鈴花さんには慌てて返事をした。


「あ、えっと…。はい…大丈夫です…あのチョコは…貰ってくれました…。」

「そう…ですか?」

「はい…。」


チョコは渡した。そう言っただが、表情はあくまでも暗い。
本当なのかと半ば疑う鈴花さんだったが、これ以上追及もできず。
とりあえず中断していた食事を続けるのだった。





-St.Valentine-後編




「よぉ、ハジメ〜お帰り〜。」

「あ、ハジメさん何処行ってたのまた呼び出し?」

「モテる人は良いですねv

「総司…お前が言うな…。」

「あ、そうですか?」

「そうじゃか、沖田君の量も半端じゃないぜよ。」

「…それに、斎藤には災難だろう。」

「斎藤君は甘いものが苦手だからね…大丈夫かい?」


教室に戻ってきた斎藤先輩はみんなに迎えられ、激励されていた。
微妙に顔色の悪い斎藤先輩をみんな心配しているのだ。

今日は朝から大変だった。
もちろん斎藤先輩に限ったことではないが、
幾度とない呼び出しと、膨大な贈り物。しかも全てお菓子。(大体はチョコ)
甘いものが致命的に駄目な斎藤先輩にはある意味拷問状態

もちろん一つも受け取っていないのだが…。


「女泣かせだな〜ハジメ。」

「全部断ってんだもんな。」

「…受け取っても食べられませんから…。」


からかうように言う永倉先輩と原田先輩に真面目に答える斎藤先輩。


「…けど、何で呼び出しに応じたの?」

「そうですね、今まで断ってたのに。」


自分の席に着いた斎藤先輩に、
今回は出かけて行ったことをについて
沖田先輩と藤堂先輩も興味深そうに尋ねた。


「山崎さんに呼ばれましたから。」


平然と答える斎藤さんに微妙に周りの空気が固まる。


「え!?」

「山崎さんがハジメさんにチョコを!?」

「ハジメ!お前そういう趣味だったのか!?」

「何時の間にそんな仲に!?」


半ば暴走する一同に斎藤さんは


「違います。」


と、あっさり否定。まあ…当然だろう。


「どうしても行って欲しいといわれたもので…」

「で、誰かいたの?」

「さあ…知らない女子でしたが…。」

「チョコ貰ったの?」

「断りました。」

「まあ、そうだろうね。」


結局何のために呼び出されたのかさっぱり分からない
と、ひたすら訝る斎藤先輩。
そんな様子に他の皆も首を傾げた。

しばらくすると、そんな皆の所へ斎藤先輩を呼び出した張本人が。


「あら、ハジメちゃん帰ってたの?」

「山崎さん…」


相変わらずのトーンで斎藤先輩に話しかける山崎先輩。
というかむしろ何だか嬉しそうだ。


「どうだった、チョコもらえた?」

「断りましたけど。」

「そう〜断っ…え!?


が、斎藤先輩の返事に山崎先輩が絶叫した。


「こここ断ったですって!?」

「はい。」

「どうして!?」

「どうしてと言われても……」


あまりに驚く山崎先輩の反応に流石の斎藤先輩も目を丸くする。
周りにいたメンバーも何事かと思ったが、一応口を挟んだ。


「どうしてって、ハジメは甘いもの苦手じゃねーか。」

「大体今日一日で一つも受け取ってねーしよ。」

「そうだよ、山崎さんだって知ってるでしょ?」

「だけど…嘘でしょ?ほんとに断ったの…?」

「…ええ。………どうしてそんなに驚くんですか…?」

「だって……」


山崎先輩はまだ信じられないといった様子で続けた。


「………いくら甘いものが苦手でもちゃんからなら受け取ると思ってたのに…。」

「…………え?」


山崎先輩の言葉に今度は斎藤先輩が驚いた顔をした。


「え?がどうかしたのか…?」

「え、ハジメさんが会ったのってさんじゃないでしょ?」

「俺は…には会ってませんけど…。」


意外な人物の名前に一気に困惑する一同。


「え?ハジメちゃんちゃんに会ってないの?」

「俺がに会ったのは朝です。」

「朝じゃなくてお昼休みによ。」

「会ってません。」

「そんな…私ってきり…。」


あてが外れたのか、訳が分からないと首を傾げる山崎さん。
斎藤先輩も、他の皆も訳がわからない。

そんな時、教室のドアが開いて入ってきたのは大石先輩だった。

大石先輩は特に皆には目を向けずそのまま自分の席に着いた。
が、大石先輩が手に持っているものに反応したのは山崎先輩だった。


「ちょっと鍬ちゃん!」

「……何か…?」

「それ…ちゃんのチョコじゃない…?」

「「「「……ええ!?」」」」


慌てて駆け寄り、問い詰めた山崎先輩の言葉に一同驚きの声を上げる。
そんな一同を尻目に大石先輩はしれっと答えた。


「……そうだけど…?」

「な、何で鍬ちゃんが…;」

「何で…って…貰ったからに決まってるでしょ…?」

「も、貰ったって…;;;」


明らかに動揺している山崎さん。
だが、大石さんの言葉に一番ショックを受けているのは斎藤先輩だった。

そんな斎藤先輩の様子を見止めると、大石さんはふっと意地の悪い笑みを浮かべた。


「まあ…貰ったって言っても…
 本人がいらないって言うから貰ってやっただけだけど…。」


何処か神経を逆なでするような口調に、
ムッとしたかはともかく、内容が少し気になった。


「…いらない…?」

「俺にやるつもりだったわけじゃないってこと…。
 当てが外れたのはアイツもなんじゃないの…?」

「……………」


そこまで言われ、斎藤さんは席を立つと教室を出て行った。
もうすぐ授業が始まると言うのに…。


「あ、ハジメちゃん!」

「ハジメ!?」


慌てる皆だったが大石さんはポツリと一言…。


「……まったく…世話がやけるねぇ…。」



***



お昼を食べ終わっても、どこか元気のないの様子は変わらずだった。

理由は出歩いていた前半のお昼休みの間にあると
踏んだ鈴花さんだったが、これ以上の詮索も難しい。

何より、悲しそうな顔をしているを問い詰めることはできなかった。
チョコレート渡せなかったんだろうか…。

じっとの顔を見つめて考えていると何やら教室が騒がしい。


「「?」」


二人が不思議そうに顔を見合わせると、
トン、と向かい合って座っている二人の机に手が置かれた。


「「斎藤先輩!?」」


顔を上げると立っていたのは斎藤先輩だった。
少し息が上がっている、走ってきたのだろうか。

二人が驚いていると、斎藤先輩はの手を取り、
話があると言って連れて行ってしまった。

もう授業も始まる時間、真面目な斎藤先輩の意外な行動に
残された鈴花さんも呆気に取られていたが、
二人が上手くいくことを祈りつつ席に戻った。



***



「……あの…斎藤先輩…」

「…………」


斎藤先輩がを引っ張ってきたのは屋上。
誰もいないので話をするのは持って来いだが…
授業も始まってしまうのに何を言われるのかと、は不安で仕方なかった。
あまつさえさっきのことがあるのだ…。


「………」

「………」


話があると言っていたものの斎藤先輩も中々口を開かなかった。
何を言うのかを考えているようでもあり、しばらくは沈黙が流れた。


「………。」


それでも口を開いたのは斎藤さんだった。


「さっきの昼休み…」

「す、すみませんでした…。」

「え?」


が、斎藤先輩の言葉を途中でさえぎり、
は謝罪の言葉と一緒に頭を下げた。


?」

「あの…お話…盗み聞きしてしまって…。」


しどろもどろにそう言ったに斎藤先輩は目を見開く。


「……聞いていたのか…。」

「…はい…それで…その…。」


オロオロとうろたえながら言葉を捜す
斎藤先輩は苦笑いし、最初に言いかけたことを続けた。


「…俺があそこに居たのは山崎さんに呼び出されたからだからな。」

「……え…?」

「山崎さんが昼休み、どうしてもあそこに行って欲しいと言ってきて…
 誰が来るとか知らなかった。お前が来ることも…」

「……私…」

「俺が他の奴と話をしていたから遠慮したんだろう…?
 お前が来ることがわかっていれば、ちゃんとお前を待っていたんだが…すまない…。」

「い、いえ!そんなこと…わ、私も山崎先輩に突然言われて…遅くなってしまって…。そしたら…その…」

「あの話は断ったからな。」

「……………え…?」


が言いよどんだ時、斎藤先輩はきっぱりと言い切った。
先に見た告白のことだろう。

がそのことを気にしていること…わかっていたのか。
あるいは誤解されたくないからなのか…。

それでも言い切った斎藤先輩の言葉に俯いていたも顔を上げた。


「知らない相手に突然言われてもな…。」

「………」

「それに俺は甘いものは苦手だから…誰からも受け取ってはいない…。」

「そう…ですか…。」


少しほっとしたようには息をついた。
そんなの反応に斎藤先輩もほっとしたような顔をし、
傍へ寄ると、今度はふっと意地悪く笑った。


「それで…。」

「はい?」

「昼休みに俺を呼び出したのは何だったんだ?」

「……え…。」

「お前も俺に何か…渡すものがあったのか?」

「そ、それは…;」


思いがけず…痛いところをつかれては言葉に詰まった。
斎藤先輩に渡すはずだったチョコレートは大石先輩にあげてしまったのだ。

あの時…偶然会った大石先輩。

落ち込んで、俯いていたは大石先輩にぶつかってしまい、
持っていたチョコを落としてしまった。

大石先輩はぶつかったことに不機嫌な顔をしていたが、
何かに気づくと面白そうな顔をしてチョコを貰ってやると言い出した。

もう斎藤先輩に渡すこともないと思ったは生返事し、
チョコを大石先輩にあげてしまったのだった。


「あの…私…;;」


そんなわけでもう渡すものはないはすっかり狼狽えていた。
もちろん斎藤先輩もがチョコを大石先輩にあげてしまっていること
知っているのだからわざとだ。


「あの…えっと…;;;」


すっかり困り果て、真っ赤になって俯く
優しい眼差しで見つめていた斎藤先輩は、
そっとに近づき、手を伸ばすとそのまま抱きしめた。


「…え…さ、斎藤先輩…?」


突然抱きしめられ、驚くに斎藤先輩は優しく声をかける。


「…何もないなら…お前を俺にくれないか…?」

「……え…?」

「……好きだ…お前のことが…」

「………!?」


突然の告白。
驚いて目を見開くに斎藤先輩は複雑な表情を見せた。


「お前が…」

「……?」

「大石に告白したのかと思った時は…正直…焦った…」

「あ!あれは違います!私は…」

「私は…何だ…?」

「……っ…///;」


複雑な表情をした斎藤先輩の意外な言葉に、
は慌てて顔を上げた。
必死に否定したが、言いかけた言葉続きを促されまた俯く。

しばらく詰まっていたが、観念したように息をつくと、
は斎藤先輩の胸に顔を寄せ、小さく呟いた。


「私は……斎藤先輩が…好き…です…///

「……ありがとう…」


その返事を聞いて、斎藤先輩もほっと嬉しそうな顔をした…。






***おまけ


「授業サボってしまいましたね…。」


屋上の壁にもたれかかって座っているは、
同じように隣に腰を下ろしている斎藤先輩にポツリと呟いた。

もう授業が始まっているため戻りづらく、
終わるまでは屋上で過ごすことにした二人。


「……すまない…。」


授業前だというのに連れ出した斎藤先輩が謝罪する。


「あ、いえ;その…そんなつもりじゃ…。」


別に責めたつもりはなかったのだが、
謝られ、がうろたえた。

元はといえば、お昼休み、ちゃんと斎藤先輩に
会わなかった自分にも責任はあるのだから…。


「まあ…」

「はい?」

「授業でわからないことがあったら…俺が教えてやるから…」

「……はい。」


ふっと笑顔で自分の方を振り向き、
そんな言葉をかけてくれた斎藤先輩に、
も嬉しそうに笑顔を返した。






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2008.02.15