-夏祭り-前編




「あ…夏祭り…明後日…ですか…。」


町に買い物に出ていた鈴花さんは、
お店の前に張り出されている紙に目を留め、呟いた。

夏は暑くて何かと大変だが、楽しみなこともなくはない。

『夏祭り』もその一つ。

きっと梅さんが大喜びで誘いに来てくれるだろうと思うと、
自然と顔が綻ぶ。

やっぱりそういう行事ごとは好きな人と過ごしたいものだし…。

と、そこまで考えて、鈴花さんはあることを思いつき、
上機嫌で屯所へ帰って行った。



***



「え、夏祭り…ですか?」

「うん!明後日なんだけど、一緒に行かない?さん!」


鈴花さんは屯所へ帰ると、すぐさまの部屋に行きそう切り出した。
鈴花さんの誘いには少し驚いた顔をしたが、複雑そうな苦笑いになると、


「才谷さんは良いんですか?」


と言った。


「私は…鈴花さんとご一緒できて嬉しいですけど、才谷さんに恨まれてしまいますよ…?」


そして、続けてそう言って笑った。


「いえ〜良いんですよ、気にしないで下さい。大丈夫です!」


鈴花さんはにっこり笑うとそう言い、しきりにを誘う。
最初のうちは遠慮していただが、一生懸命誘ってくれる鈴花さんに最後は折れた。

鈴花さんと一緒に行くのが嫌なわけではないのだし、
たまには女同士、めいっぱい遊ぼう!と言うことで…。

だが、行事ごとは好きな人と過ごしたいと言っていた鈴花さん。
つまりを誘ったのは…実は作戦…。



***



夏祭り当日。
二人は浴衣を着て、バッチリおめかしをして夏祭りに出かけた。

お化粧などに抵抗があり、恥かしいと始めは嫌がっただったが、
鈴花さんと二人だし、お互いおめかししようと言うことで、珍しくお化粧までして…。


「結構…すごい人ですね…。」

「本当ですね。」


お祭りに到着し、すごい人ごみに圧倒され、はポツリと呟いた。
見渡す限り人人人で、ゆっくりお祭りを見ることなどできなそうだ。

まあ、皆お祭りを楽しみにしていたからだし、
賑わいを喜ぶべきかと思うのだが……、
あまりの人の多さにちょっぴり後悔しつつ鈴花さんを見ると、
鈴花さんはきょろきょろと周りを見回し、誰かを探しているような様子。


「?…鈴…」


不思議に思ったが鈴花さんに声をかけようと動いた時、


「イテェ!!」

「あ、ご、ごめんなさい!」


誰かが叫んで、は慌てて謝った。
足を踏んずけてしまったようだ。


「痛てぇな!気をつけろよ!」

「す、すみません…;」


男は苛立った様にを睨み付けたが、の顔を見ると、
一瞬言葉を止め、何かに気付いたように厭らしく笑うと、


「悪いと思ってんなら、それなりの侘びをしてもらおうか?」


と言って、に手を伸ばした。


「え?」

「あ!さん!」


男の言葉に気付いて、鈴花さんは慌てての傍へ行こうとしたが、
当のは、いまいちわかっていない様子。

だが、男がに触れる前に誰かが男の腕を掴んだ。


「コイツに触るな…!」

「「!」」

「何だっ!てめぇ!」

「斎藤さん…?」


男の腕を掴み、と男の間に割って入ったのは斎藤さんだった。
男は苛立ち斎藤さんを睨んだが、斎藤さんの方が殺気立っているのでは
ないかと思う程不機嫌で、男は怯んだ。そして、

「失せろ…」

低く呟かれた斎藤さんの言葉に、慌てて腕を振り払って去って行った。


「あの…斎藤さん…?」

「大丈夫か??」

「え?」


男が去って行くと、斎藤さんは慌てたようにを振り返り声をかけた。


「私ですか?私は平気ですよ…?」

「そうか…。」

「…というか、私がさっきの人の足を踏んでしまって…;
 その…;私が悪かったわけですから…;」

「………」


男の言っていたこと、斎藤さんの慌てている理由も、
さっぱりわかっていないの返事に斎藤さんはちょっぴり脱力しつつ、
何とか言葉を続けた。


「……お前は…お前はちゃんと謝っただろう…気にするな。」

「はあ……そうですか?」

「ああ……」

さん!」


斎藤さんとそんな話をしているのところへ、
鈴花さんも慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫でした?すみません…私が離れたばっかりに…;」


鈴花さんも何故かを心配し、申し訳なさそうに謝る。


「あの…?」


不思議そうに首を傾げるの所へ、もう一人慌ててやってきた。


「鈴花さ〜ん!」

「あ、才谷さん。」

「遅くなってすまんき;」


肩で息をし、大慌てで走ってきたのは梅さんだった。


(もう!梅さん遅いです!お陰でさんが危なかったんですよ!!
 ……まあ、斎藤さんが助けてくれましたが……。)

(おお、そうじゃったんか!
 いや、斎藤くんがいきなり走っていくもんじゃき、何事かと思ったぜよ…;)


鈴花さんは梅さんに駆け寄り、二人は何事かボソボソと話していた。


「………」

「………」


しばらくその様子を眺めていたと斎藤さんだったが、
はさっきの鈴花さんの様子を思い出し、何か閃くと、
ぱっと嬉しそうに笑って、鈴花さんに声をかけた。


「鈴花さん!」

「へ?あ、な、何ですか?さん?」


ボソボソと相談している所へ声をかけられ、鈴花さんは慌てたが、
振り向いた先のの笑顔に不思議そうな顔になった。

は笑顔のまま、


「鈴花さん、才谷さんのこと探していたんですね!」

と言った。


「は?」

「鈴花さん、さっき落ち着かない様子でしたけど、
 才谷さんのことだったんですね!お会いできて良かったですね!」


にっこ〜と、それは嬉しそうにそう言う
どうやら鈴花さんが、才谷さんと会う約束をしていたのだと勘違いしているらしい。

否、二人が会う約束をしていたのは事実だが、正確には会わせたかったのはの方。
と斎藤さんの二人を一緒に夏祭りに行かせようと鈴花さんと梅さんが、協力していた作戦だった。

だが、はそのことには全く気付かず、鈴花さんと梅さんの仲睦まじい様子に満足らしい。


「あ〜えっと…さん…;///


そんなの反応に、鈴花さんは照れて赤くなった。
鈴花さんと梅さんの仲はもう皆が知っている公認の恋人同士。
だが、こんな風に直球で言われるとやはり照れるのだろう。


「べ、別にそんなんじゃないですから…;///


鈴花さんが必死に否定しようとすると、
梅さんが鈴花さんを抱きしめ横から口出しした。


「そうじゃか〜わしも鈴花さんに会いたかったぜよvv

「!!梅…!」

「ちゅうわけじゃか、すまんが、さん。
 鈴花さんはわしが貰っちゅうが、いいがじゃ?」

「はい、もちろん♪」


抵抗する鈴花さんを無視し、話を進める梅さん。


「すまんのう!まあ、さんは斎藤くんと仲良うしたらいいじゃか!」

「え?」

「ほんなら、失礼するぜよ!」


言うことを言い終えると、嵐のような勢いで、
梅さんは鈴花さんを連れて去っていった。


「………」

「………」


取り残されたのはと斎藤さんの二人。
鈴花さんと梅さんが二人になれるのならと、見送っただったが、
梅さんの言葉に少し驚いたように固まってしまった。


『斎藤くんと仲良うしたら……』


良く考えたら、自分も斎藤さんと二人になってしまうのだと…。




「は、はい!?」

「……?…どうした?」

「い、いえ…別に…;」


そんなことを思っている時に斎藤さんに声をかけられ、
は驚いた声を上げてしまった。
斎藤さんは不思議そうに少し首を傾げたが、


「行くか?」


と、に尋ねた。


「え?」

「?祭りに来たんだろう?行かないのか?」

「え…あ…そうです…けど…。」


斎藤さんの問いに、何故か少しうろたえるに、
斎藤さんはまた首を傾げたが、何かに気付き少し哀しそうな顔をすると、


「俺では駄目か?」


と言った。


「え?」

「……俺と二人だけでは嫌なのか?」


哀しそうな瞳に、辛そうな顔。
はズキッと自分の胸が痛むのを感じた。
斎藤さんにこんな辛そうな顔をさせたことに対してか…。

そして、斎藤さんの言葉を心の中で反復した。


(斎藤さんと二人が…嫌?)


「………そんなわけないです…。」

「……ん?」

「…斎藤さんとご一緒できて嬉しいです…よ?///


心に問いかけ返ってきた答えは即答。
思わず口をついてしまったため、少し照れくさかったが、
は笑顔を向けて答えた。


「……そうか…じゃあ行こう…。」

「……はい!」


の返事を聞いて、辛そうだった斎藤さんの顔も、
たちまち嬉しそうに変わり、二人は仲良く祭りへ行くことになった。




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2007.08.15