猫‐前編




にゃー、にゃー。


「……?」


猫の泣き声がする。
気になったが草むらをのぞくと小さな子猫がいた。
どうやら怪我をしているようだ……。



***



「あら?ちゃん?」


何故か隠れるようにして歩いている
山崎さんが声をかけると、はビクリと反応し、
おそるおそると言った感じで振り向いた。


「や、山崎さん…。」

「?どうしたの?
 おどおどして?何か隠し事でもあるんじゃないでしょうね〜?」


山崎さんが何気なくそう言うと、


「か!隠し事なんて!
 そ、そ、そ、そ、そんなこと…な、ないですよ!」



と明らかに狼狽し、
アハハ…と渇いた笑いを残して去っていった。


「怪しい…。」


わかりやす過ぎたの反応に山崎さんはポツリと呟いた。



***



「え?さんですか?
 特に変わったところはなかったと思いますけど…、何かあったんですか?」


屯所に戻った山崎さんはたまたま近くにいた沖田さんを捕まえると話を聞いた。


「そう?さっき会ったときな〜んかおかしかったのよね〜、理由はわからないけど…。」

「そうですか?」


出かけぎわに会った時はいつもと変わらない様子だったのに…
と沖田さんが不思議そうに首を傾げた時、
当の本人が屯所の入り口で何やら中を覗き込んでいるのが目に入った。


「あれ?さん?」


確かに何だか不自然…というか、不振だ。
屯所の入り口でキョロキョロと中を見回して、回りを警戒している。
は新選組の隊士なのだから別に中に入っても問題はないのに、
明らかに人目を気にしている感じだ。
じっと屯所の入り口を見ている沖田さんに気付いた山崎さんも目を向けた。


「あ、ちゃん!
 ほらほら、総ちゃん!ね、ちゃんおかしいでしょ?」

「そうですね…?」


山崎さんと沖田さんに見られていることには
気付いていないらしいは一先ず安全と思ったのか(?)、
おそるおそる中に入ってきた。

…が、何かに驚き転びそうになった。


「「……あ!」」


山崎さん、沖田さんは慌てたが、
誰かが後ろからを抱き寄せて助けた。


「ハジメちゃん!」


を助けたのは斎藤さんだった。
というか、どうやら斎藤さんが声をかけたために、
驚いて転びそうになったようだ。

何か話している様子の二人に山崎さんと沖田さんは近づいていった。


さん、大丈夫ですか?」

「あ、沖田さん、山崎さん。」

「もう!ちゃんってばドジね!気を付けなさい。」

「え…も、もしかして…見てました?」

「はい。」

「ええ。」


沖田さんと山崎さんの返事にはかぁっと赤くなると、苦笑いした。


「ところで、何してたのよ?屯所の入り口で?」

「そ、それは…。」


そして、山崎さんに尋ねられるとは今度はばつの悪そうな顔になり、
オロオロと慌てると手にしていた包みを背中に隠した。


「?、それは?」


沖田さんと山崎さんの方を向いていたので、
後ろに隠しても後ろにいた斎藤さんには丸見えではますます狼狽えた。
その上…、


「おー、何やってんだ?そんなとこに集まって。」


永倉さんや原田さんまでやって来て…、


「あ〜え〜っと…;;」


もうパニック状態だ。
言い訳の思いつかなかったは意を決すると、


「あっ!あんな所に!!」


大声で叫び何処かを指差した。


「「「「「?」」」」」


そして、皆が不思議そうにそっちに目を向けた隙にその場を逃亡した。


「あ!ちょっと!ちゃん!」

「な、なんだ?一体どうしたんだ?」

「逃げられちゃったわ…。」


山崎さんが悔しそうにそう言った。


さん、どうかしたんですかね?」


明らかに不自然なの行動に皆不思議がっていたが、


「ハジメちゃん、ちゃん何か持ってたの?」


山崎さんが思い出したように斎藤さんに聞いた。


「ええ、何か包みを…。それがなにか?」

「どういうことだ?山崎?」


何事か考えていた山崎さんだが、ポツリと呟いた。


「それのせいかしらね…ちゃんがおかしかったのは…?」

「どういうことだよ?」


永倉さんが尋ねると、山崎さんはにや〜っと笑って、


「誰か好きな人への贈り物とか?」


と楽しそうに言った。


「何!?好きな人!?」


大声を出して驚いたのは原田さん。


「そうよ〜んvだからあんなに慌ててたんじゃないかしら〜♪」

「だ、だけどよ…そんなら別に隠すことねーじゃねぇか。」

「甘いわよ!八ちゃん!やっぱり好きな人への贈り物なら人に見られたくないはずよ。」

「け、けどよ…。」


すっかり決め込み自信満々な山崎さんに流されてか、
原田さん、永倉さんは狼狽えだした。


「けど…それならに好きな奴がいるってことかよ!」

「そういうことになっちゃうわね〜♪」

「なにーー!!」

「原田さん声が大きいですよ…。」

「それにまだそうと決まったわけじゃ…」

「何悠長なこと言ってるの!ハジメちゃん!
 ちゃんのあの狼狽えようはただ事じゃないわよ!」

「…まあ、それはそうかもしれませんが…。」


山崎さんのあまりの勢いに斎藤さんまで押され気味だ。


「でも、それなら今贈り物を貰えなかった僕らは脱落ですか?」


サラリと言った沖田さんの言葉に一同固まる。
ショックのあまり顔面蒼白になりそうな一同を前に山崎さんは歌うように言った。


「大丈夫よ〜v好きな人への贈り物なら
 人前で渡すはずないし、まだわからないわ♪」

「ヨッシャ!」

「それなら安心ですね♪」

「………」

「よ〜し!それならこっからが勝負だな!!」


何やら気合い十分の面々だった。



***



その頃…。
部屋に戻ったが例の包みを開くと…


「にゃー」


先程の子猫が…。


「よしよし、ごめんね?苦しかった?
 でも、誰かに見つかっちゃったら大変だから静かにしてね?」

「にゃー」


そう、包みの中身は子猫だった。
怪我をしていたので放っておくことができず、連れて帰ってしまったのだ。

先程、松本先生の所へ行き見てもらったのだが、
病人のいる松本先生の所に猫を置いておくことはできないと言われ、屯所に連れて帰った。
屯所に連れて帰ると言うと、松本先生に反対されたが、
『まだ完治してない子猫を捨てるなんてできない!』と言い張るに松本先生も折れて、


「わかった、じゃあまた明日も連れてきな見てやっから。
 いいか?くれぐれも他の奴に見つかんじゃねぇぞ!」


と言ってくれた。そして今に至る。
屯所の入り口でみんなに見つかった時はどうしようかと思ったが、
なんとか切り抜け一安心だ。

かなり不自然な切り抜け方だったために、みんなに不振がられ、
あまつさえとんでもない勘違いをされている。
などは知るよしもない…。


「お〜い、さんいるき〜?」

「わ!誰か来ちゃった!」


名前を呼ばれ、は慌てて子猫を押し入れに入れた。


「は、はい!なんですか?才谷さん?」

「おお、さんはおったんか。
 っても、梅さんと呼んでくれてええといっちょるき。」

「え、あ、そうですね…どうかしましたか?梅さん?」

「いや、鈴花さんの姿が見えんようじゃき、どこぞ行ったのかと思ってな?」

「え、そうですか?私も今戻った所なので…。」


そんな話をしていた時…


「にゃー」

「!?」

「?ん?近くに猫が…」

「き、き、気のせいですよ!」

「そうかの〜?」


子猫の泣き声がして、才谷さんに気付かれてしまい、慌てまくる
そこに思わぬ助け船が。


「あ、梅さん。来てたんですか?」

「おお!鈴花さん!会いたかったぜよ!」


才谷さんは鈴花さんを見つけると駆け寄って抱き締めた。
が、がいるので鈴花さんは照れたのか、才谷さんを突き飛ばした。
はそれどころではないのだが…。


「鈴花さん相変わらずぜよ…。」

「もう!相変わらずなのは梅さんですよ!」


鈴花さんは真っ赤になって反論しつつ、
何か様子のおかしいに気付いて声をかけた。


さん?どうかしたんですか?」

「え!?い、いえ別に。おかえりなさい、鈴花さん。」


慌てて返事しただが、やはり笑顔がいつもと違い引きつっている。


「?」


鈴花さんが不思議に思っていると、


「にゃー」

「!!」


また子猫がないた。


「お?やっぱり猫の声がするぜよ…。」

「…………;;」


ダラダラと冷や汗を流し、明らかに焦っている
の様子に気付いた鈴花さんはピンときて声をかけた。


「ね?さん?」

「…………はい。」


さすがにこれ以上は隠しきれないと観念したは、
仕方なく鈴花さんと才谷さんを部屋に入れた。



***



「なるほどの〜。」

「そうだったんですか。」

「はい…ごめんなさい。」

「いや、謝る事はないぜよ。さんは優しいのう。」

「いえ、そんなことないですよ。」


才谷さんの言葉にが照れ笑いした時、鈴花さんが難しい表情でポツリと言った。


「でも、誰かに見つかっちゃったら大変ですよね。」

「はい、松本先生にも見つからないようにって言われました。」

「うむ、特に土方さん辺りに見つかったら大変ぜよ…。」

「そうですよね、特に土方さんは…。」


鈴花さん、才谷さんが顔を見合わせそう呟いた時、





タイミング良く土方さんが部屋の外からを呼んだ。



「きゃーー!?」

「ぎゃーー!?」



あまりのタイミングの良さに
鈴花さんと才谷さんが悲鳴を上げたので、


「どうした!」


土方さんが驚いて襖を開けた。


「あ!ひ、土方さん!?」


慌てては背中に猫を隠したが、
こんな状態では見つかるのも時間の問題…。

とその時、梅さんがの手から猫をひったくり、
思いっきりを突き飛ばした。


「!きゃあ!?」

「なっ!」


突然のことで反応が遅れさすがの土方さんも対応できなかったのか、
を受けとめきれずそのまま押し倒された。

「あ〜!すまん!さん!土方さん!
 ちょっと急ぎの用事を思い出したき、慌てちょった!
 悪いがさん『あれ』はあとで鈴花さんの部屋に取りに来るぜよ!
 ほんなら鈴花さん行くぜよ!」


梅さんは鈴花さんの手を取るさっさと部屋を出ていった。


「………な、なんなんだ一体;」


土方さんは不振そうに梅さんの去っていった方へ目をやったが、
自分の体の上に倒れている人物が目に入ると慌てた。


「!?!だ、大丈夫か…///

「す、すみません…土方さん…。」


は顔を上げると土方さんの顔を覗き込むようにして謝った。


「ご、ごめんなさい。私のせいで、
 あの、どこか怪我とかしませんでしたか?」


不安そうな泣きそうな顔でじっと見つめられ土方さんは慌てた。
なんせ倒れてしまったとはいえ、抱き留めたので顔が近い。


「だ、大丈夫だ!この程度で怪我をしているようでは副長など勤まらん!」


大声でそう言い、ふいっと顔を背けた。
は驚いた顔をしたがクスッと笑ったので、
土方さんはますます真っ赤になっていた。


「あ〜らトシちゃん?そんなとこでちゃんと抱き合って何やってるの?」

「や、山崎!?」


そこへ山崎さんがやってきたので、 土方さんは大慌てでをバリッと引き離した。


「や〜ね〜部屋の前で。せめて中にしなさいよ。」

「山崎!!!」


土方さんはドシドシと山崎さんに近づいて行くと 何やらすごい剣幕で怒鳴っている。
そんな様子をは苦笑いで見ていたが、 思い出したように土方さんに声をかけた。


「あの、土方さん何か御用でしたか?」


に呼ばれて振り向いた土方さんは少し表情が落ち着いていたが、
それでもやっぱり怒っている。
ので、は思わず謝った。


「ご、ごめんなさい。土方さん。」

「…いや」


土方さんはばつの悪そうな顔をしたが本題を思い出し口にした。


、近藤さんが呼んでいた。急いで行ってくれ。」

「近藤さんが?わかりました、失礼します。」


土方さんの返事を聞いて、は一礼するとそのままその場を後にした。
近藤さんの部屋へ向かう途中、また土方さんの怒鳴り声が聞こえて驚いた。


「山崎さん…土方さんに何を言ったんですかね…;」


内容はは知るよしもない………。



***



「失礼します。」


近藤さんの部屋についたは声をかけると、中に入った。


「やあ、君。遅かったね。」

「あれ?土方君は一緒じゃないのかい?」


部屋で待っていたのは近藤さんと山南さんだった。


「遅くなってすみません。あの…土方さんは…山崎さんと……お話しています。」

「山崎君と?」


何か怒っていたようだから、
お話していたと言う言い方は変かもしれない…と、
少し言い淀んだに近藤さんはピンときたのか、


「あ〜また山崎が余計なこと言ったのかね〜。」


と呟いた。


「「え?」」


と山南さんが不思議そうに近藤さんを見ると、
近藤さんは


「いやいや、こっちの話〜。」


と言って、手をヒラヒラして誤魔化すと本題に入った。


「実は明日の巡察のことなんだけど…。」



***



「お〜い、左之。の奴いたか?」

「いや、いねーな。」

「おっかしいな…。どこ行きやがった…。」


例の贈り物対決(?)の決着のためにを探していた面々。
贈り物を受け取るには二人きりになった方が良い!
と言う、山崎さんの助言のもと各自探していたのだが、
見つからないので、共同戦線をはった模様の永倉さんと原田さん。
でも、見つかっていない様子。


「なにやってんの?」


そんな二人を見かけ、声をかけてきたのは藤堂さん。


「平助。」

「お〜平助!の奴見なかったか?」

さん?さっき近藤さんの部屋に入るのを見たよ。」

「なにー!!じゃあの贈り物の相手は近藤さんか!?」

「左之!声がでけぇ!!」


藤堂さんの返事に焦って原田さんは叫び声を上げた。


「山南さんもいたみたいだから呼び出しだと思うけど…どういうこと?何贈り物って。」


原田さんの言葉を聞いて、藤堂さんはにこ〜っと笑顔を見せた。
笑っているのに笑っていないような恐い笑顔だ。


「左之!おめー自分で敵増やしてどうすんだよ!」

「あ…すまん〜新八〜。」


永倉さんはため息をつき、原田さんはうなだれた。
仕方がないので事情を説明し、かくして藤堂さんも参戦(?)となった。



***



「と、言うわけで!明日はよろしく頼むよ!君!」

「はい、わかりました。」


その頃は近藤さんからのお話を終えたところだった。


「あの、それでは失礼してよろしいでしょうか?」

「ん?ああ良いよ。わざわざ来てもらっちゃってごめんね〜。」

「いえ。」


鈴花さん、梅さんに預けた子猫のことが気になる
急いで戻ろうとしたが部屋を出たとき、山南さんに呼び止められた。


君。」

「はい?」

「いや、僕の思い過しかもしれないけどね。何か心配事でもあるのかい?」

「え?」


突然言われた言葉にがきょとんとした顔になると、山南さんは苦笑いした。


「いや、さっき近藤君が話をしていた時、
 何だか落ち着かない様子だったから何かあったのかと思ってね…。」

「山南さん…。」


山南さんの優しい言葉に感動したは山南さんにならあの猫の
ことを話しても大丈夫かと思い思い切って言おうと口を開きかけた時、


「あの!山南さん…」


「「〜〜!!」」


「!…永倉さん?原田さん?どうし…きゃあ!

「わりぃ!サンナンさん!こいつ借りてくぜ〜!」

「あ、永倉君、原田君;」

「あ、あの〜?」


大慌てで叫びながら突然間に入ってきた、
永倉さんと原田さんに引きずられるようにはその場を後にした。


「な、何があったんだい…?」


取り残されてしまった山南さんは唖然とその様子を見送った。




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2007.10.10