猫‐後編




「どうかしたんですか?」


やっと止まってくれた永倉さん、原田さんに
はちょっと困ったような表情で尋ねた。


「わ、悪かったな……。」


理由も言わず、突然引っ張ってきたことをちょっと反省したのか、
原田さんが申し訳なさそうに呟いた。


「いえ、私は大丈夫ですけど…山南さんに失礼だったかも…。」

「そうだよ!」

「はい?」


の言葉に永倉さんが思い出したように叫んだ。


「おめーサンナンさんと何話してたんだ?」

「へ?」


なぜか妙に真剣な表情で聞いてくる永倉さんに
は不思議に思いながらも返事した。


「明日の巡察のこととか?」

「さっき近藤さんの部屋の前で何か言いかけてなかったか?」

「あ…あれは別に…なんでもないです…。」


苦笑いで言い淀んだに、永倉さんは複雑な表情をし、
原田さんを引っ掴み、から少し離れると小声で話始めた。


(どう思うよ?左之?)

(どうって何が?)

(だから、の相手だよ。サンナンさんだと思うか?)

「何!?そうなのか!?」

「声がでけぇ!」

「あ、あの…?」

「ああ、なんでもねぇよ。おめーは気にすんな。」


叫び声を上げた原田さんに不思議そうに声をかけてきた
をなんとか誤魔化し、永倉さんは話を続けた。


(さっきの雰囲気がどうもな…。)

(けどオレらが止めに入ったからまだだったんじゃないか?)

(ああ……まあな。)

「?」


小声でなにやら相談している二人を不思議そうに眺めていた
とその時ポンと背中を叩かれた。


さん!」

「あ、藤堂さん。」

((平助!))


藤堂さんはにこにこと笑顔でに声をかけた。


「ねぇ、さん。僕になにか渡すものない?」

「え?」

((!?))


直球の藤堂さんの台詞に永倉さんと原田さんが驚いていると、
は何やら考え込んだが何か思い出すと、


「あ!ちょっと待ってて下さい!」


と言って、急いで部屋に戻っていった。


「な!?」

「マジかよ!」

「ふふん、僕の勝ちだね〜♪」


勝ち誇ったように笑う藤堂さん。
対照的に永倉さんと原田さんは落ち込んだが、
パタパタと慌てて戻ってきたの手にあるものを見て
三人とも動きが止まる。

が持ってきたのは一冊の本。
三人の様子には気付かないは藤堂さんにその本を差出し、


「これを。伊東先生に言われていたのを忘れていました。
 藤堂さんに渡して欲しいって!」


と言った。


「「「…………」」」

「ぶっ!ははは!」

「残念だったな!平助!」

「う、うるさいな!」

「?」


が持ってきたものがあの贈り物ではなかったことに
二人はほっとし、大笑いした。


「あ〜可笑しい、でもこれで平助はないな!」

「な!まだわからないよ!」

「そうか?」

「よし!今度は俺が!」

「あ!待て!俺が先だ!」

「「おい!!……あれ?」」


藤堂さんは失敗に終わり、
勢い付いた二人が声をかけようと振り返ると、
の姿はなかった。



***



「すみませんね、さん。」

「いえ、でもどうしたんですか?沖田さん?」


次にを連れ出したのは沖田さんだった。
三人が言い合っている隙に声をかけたのだ。
沖田さんはしばらく考えている風だったが、意を決して口を開いた。


「…率直に言いますが、」

「はい?」

「あのさっき屯所の入り口で会ったときに持っていたものはなんですか?」

「え”!」

「誰かへの贈り物ですか?」

「え?ち、違います!あれは…」

「あれは?」

「あれは…;」


直球で聞かれた質問。
嘘のつけないは返事に困って沖田さんを見返したが、
真っすぐ見つめる沖田さんの視線に負け仕方なく事情を説明した。


「実は……」



***



「なんだ、そうだったんですか。」

「はい…。ごめんなさい。」


しゅんと落ち込むに沖田さんは笑顔になり、
ポンポンとの頭を撫でた。


「謝ることはないですよ。
 僕の方こそ無理矢理聞き出してすみません。
 気になっていたものですから。」

「いえ。」

「山崎さんがさんに好きな人ができて
 あれはその人への贈り物だなんて言うものですから…」

「え!?」

「いったい誰になのかと思いましてね。」

「いえ、あれは違いますから!…///

「ええ、安心しました。
 まあ、渡す相手が僕なら別に構わなかったんですけど。」

「……お、沖田さん///


自分の言葉にすっかり照れて真っ赤になっている
を沖田さんは満足そうに眺めていた。


「それで、その猫今どこにいるんですか?
 僕も猫は好きなので是非見たいんですけど…。」

「あ、鈴花さんが預かってくれているはずです。
 すっかり遅くなってしまったので迎えにいかないと…。」


なんだかんだと遅くなってしまったので急がないと
…とが慌てて振り返ると、


「きゃあ!?」

「そんなに驚くことでもないだろう…。」

「さ、斎藤さん!…ご、ごめんなさい…いつからいらしたんですか?」


目の前に斎藤さんが立っていた。


「お前が沖田に猫のことを話していた時からだ…。」

「う…じゃあ、斎藤さんも聞いてらしたんですね…。」

「ああ…。俺が聞いていたら不味かったか?」


何やら斎藤さんはちょっと不機嫌そうな雰囲気だ。
沖田さんを見る目がどうも殺気立っている。


「いえ、そ、そんなことないです…斎藤さんなら別に…。」

「……そうか。」


慌てて返事したの返事に斎藤さんはちょっと殺気は治まったものの
今度は沖田さんから黒いオーラが立ち上っているような…。


「それで…その猫のところへ行くのではないのか?」

「はい、斎藤さんも一緒見に行きますか?」

「…ああ。」

「じゃあ早く行きましょう。さん!」

「あ、はい!」


今まで黙っていた沖田さんだったが、
の腕を掴むとそのまま歩きだしたので、斎藤さんも慌てて後を追った。
斎藤さんと沖田さんの間に火花が散っていた…とかいないとか…。



***



「あ、さん!」

「鈴花さん!すみません!」


丁度部屋から顔を出した鈴花さんがを見つけて声をかけた。
も慌てて駆け寄ると、ぺこっと頭を下げた。


「いえ、いいんですけど…」


鈴花さんは笑顔でにそういうと、
不安そうに沖田さんと斎藤さんを見た。


「あ、大丈夫ですよ。
 斎藤さんも沖田さんもあの猫のことを話しましたから。」

「言っちゃったんですか?」

「……はい。」


困ったように苦笑いしたに鈴花さんは
大体の事情を呑み込み、三人を部屋に入れた。


「おお、さん!やっと来たき。」

「遅くなってすみません。」

「いやいや、なんじゃ結局沖田君と斎藤君にはバレたじゃか?」

「あはは…;……はい。」


梅さんにズバリ言われ、はしゅんと俯いた。


「まあ、あれじゃな。さんはわかりやす過ぎるぜよ。」

「そうですか?」

「「「そうですね(だな)。」」」


みんなにもあっさり肯定され、ますます落ち込む


「でも、そこが可愛らしいんですけどね。」


沖田さんのフォローもあまり耳には入っていない様子で、
斎藤さんの方が反応していた。


「それで、結局どうするんですか?この子?」


鈴花さんは梅さんが抱いていた子猫をに返した。


「う〜ん、せめて怪我が治るまでは屯所においておいてあげたいんですけど…。」


子猫を受け取り、そっと頭を撫でるとは難しい顔でそう言った。


「でも、なんかもうあまり隠せていないし…見つかるのも時間の問題じゃ…。」

「そうじゃの〜。」

「そうですよね…。」


鈴花さん、梅さんの言う通りもう大分いろいろな人に怪しまれているし、
このままではいずれみんなに見つかってしまうだろう…。
しゅーんと落ち込んでいるの様子に思い切った提案をしたのは沖田さんだった。


「もうこの際素直にお願いしたらどうですかね?」

「「え?」」

「黙っていて見つかってしまうよりは、
 ちゃんと話した方が良いように思うんですけど…。」

「それは…そう…ですね。」


この際だから話してしまうべきかもしれない、
が同意した時、梅さんがポツリと一言。


「けど、素直に頼むと言ってもあの土方さんがええと言ってくれるもんじゃか?」

「「「…………」」」


皆が不安に思っていることをあっさり言われてまたも一同沈黙。
そんな中、苦笑いして口を開いたのは沖田さん。


さんが一生懸命お願いすれば良いと言ってくれるかもしれませんよ。」

「そうですかね…?」


不安そうに沖田さんを見ただったが、鈴花さん、梅さんは
さっきのこともあって、なんだか説得力があるような気がしていた。


「それじゃ、私土方さんにお願いしてみます!」


拳を握りしめ、気合いを入れて立ち上がった
そんなを見ながら斎藤さんがポツリと口を開いた。


「とりあえずは…近藤さんに報告するのが先じゃないか?」

「…そうですね、まずは近藤さんに話してみます。」


は斎藤さんの方を見てにこっと笑うと、
鈴花さんの部屋を出ようと戸に手をかけた。


「なんの話をしてるのかな?」


すると突然戸が開いた。


「「!?」」

「きゃ!」

「…近藤さん。」


戸を開けたのは近藤さんだった。


「ごめん、ごめん。
 さっきの君の様子が気になってね。山南さんも言ってたし。」


近藤さんは笑っての頭を撫でた。


「で、なんだい?俺に話って?」

「あ…えっと…。」


は少し躊躇ったが思い切って子猫を差し出した。


「この子なんですけど、屯所で飼っちゃダメですか?」

「え?」

「怪我が治るまでで良いんです!
 飼い主やお母さんが見つかるまででも良いですから!
 お願いします!近藤さん!」


必死の眼差しで頼み込む
子猫も「にゃー」と言って近藤さんを見た。


(…………子猫二匹…。)


近藤さんは必死で笑いを堪えていた。


「くくっ、まあ俺は良いけど…。」


笑いながら返事した近藤さんだが、最後はちょっと困った顔をした。


「問題は土方さんじゃか?」


梅さんが言った言葉に近藤さんも苦笑い、
やっぱりそこが問題らしい。


「そうだね〜トシがね〜。でも…、」


近藤さんはじっと真っすぐ自分を見ているに目をやると優しく笑って、


君が頼めばあるいは…かもね!」


と言った。


((やっぱりそうなんだ…;))


近藤さんまで同じことを口にしたので鈴花さん、
梅さんは思わず同じことを考えていた。


「じゃあ私お願いしてきます!」


は再び気合いを入れ直すと部屋を出ようとしたが、
近藤さんが引き止めた。


「あ〜ちょっと待った、君。俺が呼んできてあげるよ、
 だからここで頼めば?みんないた方がフォローしやすいし…
 トシが思わず了解しちゃった時のための証人とか…。」

「?わかりました…?」


本当はよくわかっていないが、近藤さんがそう言うならその方がいいだろう、
と言うことで、はおとなしく土方さんが来るのを待つことにした。



***



しばらくすると、
近藤さんは土方さんと他にも、山南さんや山崎さん、
永倉さん、原田さん、藤堂さんを連れて戻ってきた。
幹部勢ぞろいである。


「一体何の話なんだ、近藤さん?」


土方さんが訝しげに近藤さんに尋ねた。


「そうだよ、なんで僕たちまで…。」


なぜか全員集められて、みんな不思議そうな顔をしていた。


「いや、君がトシに話があるんで…。」

が?」

「トシちゃんに?」


近藤さんの言葉にみんな一斉に土方さんを、そしてを見た。
あとからやってきた人たちは何を話すのか知らないので、
訝しげな表情をしていたが、原田さんが一瞬凍りついたような顔をし、大声を上げた。


「まさか…!?」

「え?」


は不思議そうな顔をしたが、例の贈り物の正体(?)
をまだ知らない面々は後ろで大慌て!声にならない悲鳴を上げている。

そんなみんなの反応に土方さんは不振そうな顔をしたが、
とりあえず、を見ると


「なんの話だ?」


と言った。


「あ…あの…実はですね…」


ものすごく言いにくそうにするに、土方さんは不思議がるばかりだ。
それでも決意したのかはキリッとした表情で顔を上げ、真っ直ぐ土方さんを見た。


「土方さん!!!」

「な、なんだ…?」


((ぎゃーーーー!?))



永倉さん、原田さんが心の中で悲鳴を上げ、思わず止めに入ろうとした時…


「この子を屯所で飼ってもいいですか!?」


「にゃ〜。」


「「「………は?」」」


は土方さんの目の前に子猫を突き出し、思い切って言い放った。
土方さんは目を点にして、永倉さん、原田さんはそのままその場でズッコケた。
近藤さんや後ろの面々は必死で笑いを堪えている。


「実はですね、この子怪我をしていまして…
 松本先生に診てもらったんですけど、まだもう少し…。
 元気になるまでの間でもいいですから!お願いします!土方さん!!」


必死に懇願するにおされ気味の土方さん。
すると横からみんなが口出しした。


「私からもお願いします土方さん!」

「こんな小さいのに捨てるなんて可哀想じゃき!」

「まあ、しばらくの間ならいいんじゃないか?トシ?」


みんなに言われて、反論できない土方さん。
そして何より、うるうると泣きそうな顔で頼み込む、子猫と
……とても、断れる雰囲気ではなかった…。


「……………まあ、しばらくなら…。」


思わずそう言ってしまった土方さんの言葉、聞き漏らすはずもなく。
ぱぁっと嬉しそうな顔になるに、土方さんが狼狽えたが、
勢いあまったは、そのまま土方さんに抱きついた。


「ありがとうございます!!土方さん!!」

「「「!!!?!?」」」


の突然の行動に、土方さん含む一同固まる。
最初に我に返ったのは斎藤さん、無言で立ち上がると自然にを土方さんから引き剥がした。


「よかったな、。」

「はい!これでこの子も安心ですよね!」

「そうだな。」


にっこり笑って嬉しそうに返事した
どうやらさっきの行動に深い意味はないらしい…と一先ず安心した斎藤さん。


「ねえ?一体どういうことなの?」


山崎さんが近藤さんの傍へ行くと尋ねた。
後からつれてきた面々に事情を話し、例の贈り物が勘違いだったことも伝えた。


「な〜んだ。つまんない。」

「あのな!山崎!元はと言えば!お前が変なこと言うから!」

「そうだぜ!まったく!」

「なによ〜、アタシのせいにしないでよ〜。」


わーわーと言い争っている人たちを尻目に。
土方さんはまだ固まっている。


「ところで、飼うなら名前を決めんといかんぜよ。」

「そうですね。」

「どんな名前にするんですか?さん。」

「私がつけていいんですか?」

「もちろん、そうでしょ!」

「う〜ん。」

「だれか、好きな人の名前から取るとかどうぜよ?」

「え!?好きな人?」


梅さんが言った言葉に騒いでいた人たち、
そして固まっていた土方さんもみんながに注目した。


「え〜…っと;;」

「「「…………。」」」


なにやら固唾を呑んで見守るみんなに焦ったが口にした名前は。


「あ!では、新撰組らしく…まことさん…なんてどうでしょう?」

「まこと?」

「誠さん」

「あ、なるほど!」

「…って、好きな人は?」

「そ、それは…私は……新撰組の皆さん好きです。
 だから…。あ、もちろん梅さんも。」


困ったように苦笑いしてそう返事したに、
梅さん、鈴花さんは複雑な表情で顔を見合わせた。


(今はまだ…さんの中ではみんな同じなのかな?)


嬉しそうに、子猫(命名「誠」)を抱きしめたを見ながら、
鈴花さんがため息をついた。










おまけ***

「松本先生!」

「おお、どうした?」

「あの子屯所で飼ってもいいことになりました!」

「なに!そうなのか?」

「はい!」

「よく許しが出たな…。」

「お願いしたら良いって言ってくれました。」

「ほ〜。…やっぱ甘ぇな。」

「え?」

「いや、なんでもねぇよ。よかったな。」

「はい!」


が新撰組で可愛がられていると再認識した、松本先生でした。




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2007.10.24