「梅さんの馬鹿ーーー!!」

「ま、待つぜよ!鈴花さん!誤解ぜよ!」

鈴花さんの叫び声と梅さんの必死の弁解が秋の空にこだました。





-乙女心と秋の空-前編




さ〜ん!」

「え?わっ!」


名前を呼ばれて振り返ると突然鈴花さんが抱きついてきた。


「ど、どうしたんですか?鈴花さん?」


突然で驚いただが、鈴花さんのただならぬ様子に
とりあえずおとなしくした。


「聞いてください!梅さんったらひどいんです!」


どうやら怒っているよでぎゅーっと、
を抱き締める腕に力が入る。


「あ、あの…鈴花さん…苦しい…;」


がそう言った時、


「鈴花さん!誤解だっていっちょるき!わしが愛してるのはおまんだけぜよ!!」


梅さんが鈴花さんに追い付き大声でそう言った。
ために、の声はかき消された。


「そんなの信じられません!」

「嘘じゃないぜよ!」

「もー梅さんなんて嫌いです!」

「そんな!?鈴花さ〜ん!わしが悪かったぜよ!」


だんだんヒートアップしている二人の言い争いに、
為す術なく巻き込まれている

本当に苦しくなって、目が回りそうだっただったが、
必死の訴えは鈴花さんの耳には届かなかった。
そんなを救出してくれたのは…。


「大丈夫か??」

「…あ、さ、斎藤さん??あ、ありがとうございます…;」


やっぱり斎藤さんだった。
突然引っ張られを引き出され、鈴花さんも梅さんも動きが止まった。


「あわわ;あ、さん、ごめんなさい;」


鈴花さんは慌てて謝った。


「いえ、大丈夫です。でも、何があったんですか?」


は苦笑いしたが、鈴花さんの顔を見ると尋ねた。
すると、の言葉を待っていたかのように口を開いたのは梅さんだった。


「違うぜよ!本当に誤解ぜよ!」


もう何かとさっきから必死に誤解を解こうとしている
梅さんだったが、残念ながら今回も上手くいかず、


「梅さんは黙ってて!!」


鈴花さんにキッと睨まれ、小さくなるしかなかった。


さん行きましょう!」


鈴花さんはそう言うと、の手を取りずんずんと行ってしまった。


「あ、あ、えっと…斎藤さんすいませんでした!ありがとうございました!」


は慌てて斎藤さんにお礼を言い、
鈴花さんに連れられその場を後にした。

ぽつんと残された、梅さんと斎藤さん。
梅さんは斎藤さんの肩を掴んだ。


「本当に誤解なんじゃき!斎藤くん!」

「……俺に言われても。」


必死の梅さんに対し、斎藤さんは冷静だった。



***



「で、結局どういうことだったんだ?」

「はあ、それがですね……。」


この日の巡察は永倉さん、原田さんと一緒だった
昼間の騒動は屯所中に伝わっていて鈴花さんと梅さんが喧嘩した事はみんな知っていた。
でも、理由は知らないので唯一鈴花さんから話を聞いたに、永倉さんは尋ねた。


「ん〜、要するに、桜庭と前から約束していた日に梅さんが他の女と一緒にいたと。」

「はい、まあ簡単にまとめるとそうですね。」

「なんだ〜、そんな怒ることか?」


原田さんは首を傾げた。


「梅さんは誤解だって言ってんだしよ、
 もう許してやればいいんじゃねえか?桜庭のやつもよ〜。」


思ったほどややこしい話でもなく、
拍子抜けしたように欠伸をしながら、原田さんはそんなことを言った。


「はあ、そうなんですけど…。」


は苦笑いすると曖昧に返事した。


「しかし、桜庭があんなに怒ってんだからもっとなんかあんじゃね?」


永倉さんがそう言ったので、は苦笑いしたが、
そのことは言わず別のことを口にした。


「でも、ずっと前から楽しみにしていた約束を破って他の人と
 一緒にいたら、やっぱりショックなんじゃないですかね…。」


少し悲しそうな顔をしたに、永倉さんと原田さんは
顔を見合わせると、遠慮がちに尋ねた。


「……も…その、好きな奴が他の奴と一緒にいるのは嫌だと思うのか?」

「え…そうですね…。」

「他の奴と逢引きとかされたら?」

「う〜ん。」


二人からの質問にちょっと唸っただが、
結論が出るときっぱりと、


「嫌ですね。」


と言った。


「「そ、そうか…。」」

「別になんでもないって言われても、やっぱりいい気はしないですし…。」


控えめにそう言っただが、島原常連の二人には耳の痛い話である。


「でも…なんと言うか…そんなことぐらいで嫉妬するのはダメなんですかね?
 鈴花さんもあんなに怒ったのは、それだけ才谷さんのことを好きだってことだと思うんですけど…。」

「嫉妬ってのは難しいからな〜。」

「あまりひどいと相手の人の重荷になってしまうからですか?」

「う〜ん、まあ、そういうこと…だな…。」


に尋ねられ、難しいと思いながらも曖昧に返事した永倉さん。
それを受けて、原田さんがに尋ねた。


はどうなんだ?妬く方か?」

「え!え〜…ど、どうでしょう…;」


原田さんの質問には驚き困った顔をしたが、


「う〜ん、どちらかと言うと…妬く方だと思います。
 相手を不快にさせてしまうから、ダメだってわかってるんですけどね…;」


苦笑いするとそう答えた。
ひたすら相手を気遣うような言い方をするに、二人はふっと笑った。


「まあ、好きな奴になら、妬かれんのも嬉しいけどな!」


機嫌良さそうにそう言った永倉さん。
は苦笑いのまま続けた。


「ええ、まあ、でもやっぱり難しいですね。
 私そういうことあまりよくわからないので…偉そうなこと言えませんが…。」

「ん?なんだ、そういうことって?」


自信なさそうに続けたの言葉を原田さんが拾った。


「え…あ、その……こ、恋とか?///


自分で言ってかあぁっと赤くなったに釣られて原田さんまで赤くなった。


「ど、どういう意味だよ///

「え〜っと。」


は少し考えると、原田さんの方を見てにこっと笑うと、


「私、原田さんのこと好きですよ。」


と言った。


「は!?///

「ぶっ!?」


の突然の告白に、原田さんは真っ赤になり、
永倉さんは吹き出した。


「おおおお、な、な、何言って///!」


慌てまくりパニック状態の原田さんに は少し不思議そうな顔をしたが、
今度は永倉さんの方に向き直ると、


「もちろん、永倉さんも好きですよ!」


と、にっこり笑顔で言った。


「お、おい…///


永倉さんも笑顔を向けられ『好き』と言う直接の単語を言われ真っ赤だ。
二人に同じことを言ったのだから、その言葉に意味はないとわかったものの、
二人とも湯でダコのようになっている。

はそのことには気付かず、そのまま続けた。


「永倉さんだって原田さんのこと、
 原田さんだって永倉さんのこと、好きですよね?」

「「え?」」


の言葉に驚いた二人だが、の顔は普通だ。
別に武田さんのような意味ではないらしい。


「だって、二人とも仲良しですし、
 一緒によく飲みに行かれるじゃないですか、
 嫌いだったらそんなことしないでしょう?」


ぴょこっと首を傾げ、そんな風に言ったの言葉に、
ようやく意味が飲み込めた。


「まあ、そうだな。嫌いじゃないぜ、もちろん。」

「ああ、ダチだしな。」


二人がそう答えると、は嬉しそうに笑った。


「鈴花さんのことも好きですよね。鈴花さんもお二人のことも、
 もちろん好きだと思うんですけど、才谷さんは少し違うんですよね?」

「そりゃ、そうだろうな。桜庭と梅さんは恋仲なんだから…。」


永倉さんがそう答えると、は少し難しい顔をして、


「はい。え〜っと、ようはその辺りの違い…と言いますか……。」


と唸った。


((……そういうことか。))


の説明に二人はやっと納得した。

つまりは『好き』と言う言葉の根本的なとこをわかってないらしい。
みんなに好意を持たれているのに全く気付かない、鈍すぎるこの性格の理由はそれだということだ。

ようははみんなのことが『好き』なわけで、それは同性の鈴花さんも含め、
みんなに対し同じ気持ちで、だから誰に対しても同じ態度なわけだ。


「「う〜ん;」」


とは言え、この感情についての説明は非常に難しい。
永倉さんも原田さんも、の言いたいことはわかったが、
かと言って説明できるものでもなかった。

鈴花さんが梅さんと永倉さんや原田さんに対する気持ちが違う、
と言うことはわかっているようなので全くわからないわけでもないようだが……。


「「う〜ん;;」」


すっかり考え込んでしまった二人には慌てた。


「あ、あの!す、すみません;おかしな事を言ってしまって、言ってて私もよくわからなく…;」


苦笑いするに、永倉さん、原田さんも困ったように笑った。


「今はそんなことより、鈴花さんと才谷さんに仲直りしてもらうのが先決ですよね?」


にこっと笑ったに、永倉さん、原田さんもとりあえず頷いた。
今は…、


ガシャン!!


「「「!?」」」

「今は何より巡察中だったぜ!;」

「なんかあったのか!?;」

「す、すいません;急ぎましょう!」


物音を聞き付け、三人は慌てて駆け出した。

今はまだ、彼女の、の中ではみんなが同等、
差はないのだと密かにホッと安堵のため息を洩らした、
永倉さんと原田さん。

まだ今は、そういった気持ちもわからないと言った彼女。
でもいつか、いずれは…。

その気持ちに気付かせることができるのが、自分であれば
という想いを胸に、二人は一生懸命前を走っている少女を見ていた。




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2007.01.18