-花雪の舞-前編
鎌倉との和議が成立し、平和になった平泉。 町もにわかに活気づき、町の噂話も平和な噂が飛交っていた。 そんな中みんなの期待も広がった噂…。 「白龍の神子様は、大層な舞手だそうだ。」 という、噂だった。 ぜひお目にかかりたいと、みな口々に言っていた。 その噂を耳にした、奥州藤原氏の屋敷では…。 *** 「神子殿は優れた舞手だそうだな…。」 「そのようですね、町でもお噂をよく耳に致します。」 藤原氏総領の泰衡様と銀が話をしていた。 「父上が和議もまとまったことだし、祭りの一つでも開こうかと話しておられた。 その祭りの最後に、ぜひ神子殿に舞を披露して頂きたいとのことだが?」 「それは宜しいと思います。私も是非、神子様の舞を拝見したいですね。」 「では、銀。その旨を神子殿に。 屋敷でも舞手を用意するが、神子殿にはそのとりをつとめてもらいたいと伝えろ。」 「わかりました。お優しい神子様のこと、きっと快く引き受けて下さいましょう。」 「フン、ここで断るようならその程度の腕ということだ…。」 こうして、平泉では和議の成立を祝う祭りが開かれることになった…。 *** 「ねぇ、!聞いた?」 「あ、空さん、どうかしましたか?」 朝、いつも通り庭の手入れをすませたを空が呼び止めた。 「祭りのことよ、白龍の神子様が舞を披露して下さるって話。」 「ええ、銀さんから聞きました。楽しみですね。」 にっこり笑ってそう言ったに空も笑顔になると、 「そうね。」と返事した。 「ところで…」 「はい?」 ちょっと含むように口を開いた空にが怪訝そうに首を傾げると、 空は、 「は、舞はできないの?」 といった。 「え?どうしてですか?」 「上手そうだから。」 根拠もないのに自信たっぷりに言い放つ空にが苦笑いすると空は、 「実はね、ここ藤原様のお屋敷からも何人か舞手を用意しなきゃいけないのよ。」 と説明し、言い出したのが秀衡様だし。と付け加えた。 まだイマイチ理解できていないが不思議そうな顔をしていると、 空はガシッとの肩をつかんで、 「だから、舞えるのなら出てみたら?」 と、満面の笑顔で言った。 「ええ!?そ、そんなの無理ですよ…。」 突然のことに驚いただったが、しっかり否定してから尋ねた。 「それに…そういうのは、女房さんとか、 白拍子さんとかが、なさるのではないのですか?」 「普通はそうだけどね。 でも、優れた舞手なら位は関係ないって、秀衡様が。 だから、にその気があるなら、私たちが推薦してあげるわv」 楽しそうにそう言う空に、は困った表情のまま 「私は……人様に御見せ出来るほどの舞は舞えませんから…。」 そんな風に答え、燐の表情が沈んだものだったので、 空もそれ以上は言えず、残念そうに肩を落とした。 「そうなの……残念…。の舞……見てみたかったのに…。」 ただ、そんな風に零した空に、は申し訳なさそうに謝りつつも、 「すいません…空さん…でも、いつか… ちゃんと舞えるようになった時は…見て……頂けますか?」 最後、そう付け加えて空に答えた。 舞が舞うのが嫌なわけではないと、空の気持ちに答えたくないわけではないと…。 の言葉に、空はにっこり笑うとの背中を叩いた。 「もちろん!楽しみにしてるからね!」 「はい!」 空の返事にも笑顔を返した。 「あ〜でも、じゃあこれで知り合いからの出場は夏美だけか〜。」 「夏美さんですか?」 「そ、ああ見えて良家の娘だからね。 そういうこと修めてるのよね。それに…自信家だし。 白龍の神子様が舞うってので、そこそこの実力者は畏縮舞いたがらないしね。」 「え?」 「引き立て役になるだけなら舞いたくないって思うのよ。お偉いさんは。」 「引き立て役…?」 「まあ、実際今度の舞は神子様が主役。 平泉の人、みんなが見たがっているんだもんね〜。」 ブツブツと言っていた空だったが、燐は意味がわからないと只管疑問符を浮かべていた。 そんな内情のことは燐には無縁なのだろう、と空は笑ったが、何かに気づくとふとを振り向いた。 「?」 きょとんとした顔になったに空は続ける。 「そういえば、は結局舞いは舞えるのね?」 「え?ええ…まあ…、まだ上手くはないんですけど…。」 「どうして舞えるの?…も実は…。」 じとーっとした目で見る空に、少し焦っただったが、 小さく笑うと、「違いますよ。」と答え、 「身近に舞の上手な方がたくさん要らしたからです。兄様とか…。」 そんな風に答えた。 それに驚く空。初耳だと。 「え!?、お兄さんがいるの!?」 「はい。」 「兄様だけじゃないんです……兄様の御友人の方も…。 みんなとっても優れた舞手で、…そんな方たちに教わっているのに…私は… 私も、上手くならないとって思うんですけど…全然ダメで…。」 「……。」 なんだか落ち込んできた気配を感じた空はの頭をポンと叩いた。 「誰に教わったとか関係ないの! どんなに師が優れていても、舞うのは自分自身よ。 自分が自分の気持ちで舞わなきゃ駄目なの。 誰かのように舞うんじゃなくて、誰かのために、舞うほうがいいのよ♪」 空の言葉にはほっとしたように笑うと、 「そうですね…ありがとうございます。空さん。」 と言った。 元気が出たようなの顔にほっとした空は、の手を引いて、二人仕事に戻った。 *** 父上からの呼び出しを受けた。 なんでも舞を舞う舞手がイマイチ集まらないらしい。 白龍の神子が舞うということで自信喪失しているのか……まったく、くだらない連中だ。 それで今までよく舞っていたな。 不甲斐ない舞手に苛立ちを感じていたが、 今までそういうことに興じたことが少ない俺は、誰が優れた舞手なのかもはっきりわからなかった。 だから、心当たりと言われても…該当するものはいない。 わざわざ見たいと思う舞手もいないし…。 唯一舞うことが決まっているのは… を傷つけたあの女だった…。 今までも何度か舞を披露したことがあり、それなりの腕らしいが、生憎覚えはない。 むしろ見たいとも思わないが、ここで俺が口を出すわけにもいかない。 とのことは他言はできないし…、今まで舞っていたのに突然やめさせるわけにもいかない…。 唯一、今現在舞うことが決まっているのは、その女だけなのだ。 平泉の面目上、舞ってもらわねば困るが…。 ふーっとため息をつくと部屋を出た。 せっかくの休息なのに余計に疲れを感じたような気分だった。 「あ、泰衡様……。」 ふと背後から名を呼ばれ振り返ると、書物を抱えたがいた。 書物を運んでいるところに俺が突然出てきて通行の邪魔をしてしまったようだ。 山積みになった書物が落ちそうになってが慌てている。 それでも、その様子を見ていた俺と目が合うと、はにこっと笑って 「お疲れ様です、泰衡様。」 と言った。 その表情と言葉にさっきまで感じていた疲れがスッと消えたように思うから不思議なものだ…。 俺はの持っていた書物を半分ほど取ると、 そのまま書物を納めに行くであろう書斎に向かって歩き出した。 すると案の定、が慌ててついてくる。 「あ、あの、泰衡様!だ、大丈夫です……持てますから…;;」 何度手伝ってやっても同じように恐縮し、狼狽える。 この程度のことで主の手を煩わせるなど…。とでも思っているのだろう。 俺も普通ならそう思う所だが………、こいつに対してだけは不思議と思わないのだ。 「気にするな……。」 それだけ言うとそのまま書斎へ向かった。 *** 書斎に着き、持ってきた書物を下ろすとはあわててお礼を言い頭を下げた。 だが、俺の手を煩わせたのはここまでではない。 この後、書物を棚へ入れなければいけないのだが、背の低いでは届かない所が多すぎるのだ…。 仕方なく、再び俺が手伝うこととなった。 はひたすら謝り礼を言った。 (まったく…俺をこんな風に使うのはお前ぐらいだぞ……。) 半ば呆れ気味だが、それは自分自身に対してかもしれない。 コイツのことになると甘い自分に……。 書物を棚に片付けながら、ふと思い付いた事をに尋ねた。 「。」 「はい、何でしょう?泰衡様。」 「お前、舞は舞えぬのか?」 「え?」 突然の質問にはきょとんと目を丸くした。 「舞は舞えぬのかと聞いている。 雪花精は舞いに優れているのだろう?」 俺がそう言うとは、躊躇いがちに口を開いた。 「はい、それは……でも私は…。」 「……舞えぬのか?」 「……まだ、人にお見せできる程ではありません…。」 悲しそうな顔でそう言われ、流石に少し気が引けたが、 人に見せられる程ではないということは舞えることは舞えるようだ。 舞手のあてがない今、なんとか見つけたいと思ったのだが…。 それにコイツなら神子殿にひけをとらない気がした。 謙虚なコイツのこと自身満足していなくとも十分な舞を舞えるのではないかという気もした。 「、今度の祭りで舞う気はないか?」 「え……。」 「舞手が足りんのだ。舞えるなら舞って貰いたい。」 「…………。」 「どのみち神子殿が舞うのは最後だ、お前が気にとめることはない。」 「…………。」 「まだ祭りまで日もある…それまでに納得できるように稽古を…。」 困ったような表情のに何故か畳み掛けるように言葉を口にしている自分に正直驚いた。 ここまでムキになっているのは何故だ……。 流石に少し焦り口を閉じた時、 「わかりました……。」 が苦笑いで了解した。 「ご期待に答えられるかわかりませんが、精一杯がんばります…。」 少し困った表情のままがそう言い、俺の気持ちの中に少し複雑な影が過ぎった。 かなり無理をさせたのではないかと…。 それでもやはり、やめても良いとは言えず。 どうやら俺自身がの舞に興味を持ち、見たいと思っているからのようだ。 私欲で無理強いしてしまったことに流石に気が引けたので、 「無理する必要はないぞ…」 と言うと、は嬉しそうに笑って、 「いえ、大丈夫です。がんばります。」 と言った。 これで舞うことになったのは、神子殿ととあの女。 そして…実はもう一人……。 *** 泰衡様に頼まれて、流石に断ることができなかったは、 結局神子様の舞を披露する祭りで舞うことになった。 必死で懇願する泰衡様に折れたのだが、 了解すると無理させたのかと自分を気遣ってくれた泰衡様の心遣いが嬉しくて、 泰衡様のお役に立てるのならと、舞うことにしたのだ。 さて、実際。の舞の腕前だが……十分人前で披露できるだけの腕はある。 並みの舞手以上だろう。 それはもちろん『雪花精』の特性でもあるが、は中でも優れている方だ。 それでもが、舞うのを躊躇ったのは自分の舞がまだ完成していないからだ。 『雪花精』は冬の間、人間の世界で舞を舞うことで雪を呼ぶ。 雪を呼ぶためには自身の舞と唄を持っていなければならない。 そしてもちろん、雪花精の力も問われることになる。 はまだ、自分の唄を持っていなかった。 舞手としての技術、高い能力は、兄や友人の教えと、 生まれながらに持っている力のおかげで十分優れているのだが、 自分で作る唄だけはまだなかった。 完全な舞を舞うためには雪花精は自分の唄を持っていなければならないのだ。 の兄や友人は一族の中でも特に優れた舞手で、力も強いため、 雪を呼ぶ舞の中でも最高の『花雪の舞』の使い手でもある。 『花雪の舞』は、“はっきりとした結晶の状態の雪”を呼ぶことができる と言われている、雪花精の舞の中で最も美しい舞だ。 舞を教わっている相手がみなそれだけの舞手なだけに、にかかるプレッシャーも大きい。 心無い中傷や周りからの重圧で、はいまだ唄を作れないでいたのだ。 そんな状態で人前で舞うことなどできないと思っていた。 それに、基本的には雪花精が人間の前で舞うのはあまり望ましくない。 は以前世話になっていた老夫婦を助けるため、人前で舞を舞ったことがある。 不完全な舞だが、あの時は躊躇っている余裕などなかった。 だがその結果、領主に眼をつけられあのようなことに……。 は人前で舞を舞うことが怖くなっていたのだ。 それでも、今回泰衡様に頼まれ、自分にできることがあるのは嬉しかった。 まだ完全ではないが、時間はあるのだ。なんとか、その時までに…。 不安はあったが、は泰衡様や平泉のために、そして立派な舞を見せてくれるであろう 神子様のためにも、しっかり舞おうと心に決めて稽古に励んだ。 *** 「えーー!じゃあ、やっぱり舞うことになったの!?」 「すごいじゃない!ちゃん!!」 の報告を聞いて、空と琴が大きな声を上げた。 「……しかも、泰衡様が直々に頼まれるなんて…。」 「それだけ信頼されているのよね、すごいわ!ちゃん!」 心底嬉しそうにしてくれる2人にも嬉しくなって返事した。 「ありがとうございます……///でもまだ自信はなくて…。 当日までにはなんとか…がんばりますので…。」 「なら大丈夫よ!楽しみにしてるからね!」 「ありがとうございます。」 楽しみにしていると言ってくれた二人のためにもと、 は十分心が決まってきた。 「にしても…」 空がポツリと口を開いたので、 と琴が注目すると空は苦笑いのような表情になり、 「すごい人ばかり舞うから、やっぱり大変かもね…まあ、なら…と思うけど…。」 「すごい人?神子様だけじゃないの?」 空の言葉に琴が首を傾げると、 「実は…銀様も舞うという噂を聞いたのよ。」 「銀様が!?」 琴が声を上げて驚いたが、も驚いていた。 「なんでも、やっぱり人が少ないから。銀様も舞うことになったみたい…。」 流石に少しプレッシャーを感じたのか表情の曇ったに空は優しく話しかけた。 「……言わない方が良いかとも思ったんだけど、当日になればわかることだし…。 それには人の舞を気にすることはないわよ。 …の師はみんな素晴らしい舞手で、みんな舞が好きだって言ってたでしょ?も同じだよね?」 空の言葉には少し考えた。 (私は……。) 兄様やみんなの舞う姿を見て、自分も舞いたいと思って舞を習った。 雪花精の勤めだからではない。兄様たちの舞が好きだから……。 「はい!」 吹っ切れた様に満面の笑顔を見せたに、空と琴はほっと笑顔になった。 なら神子様や銀に劣らない舞を舞うだろうという確信を胸に。 「そうだ!」 突然思い出したように声を上げた空に、が驚いてビクリと反応すると、 空はふっと笑って、懐から何か取り出しの手に握らせた。 「……これは。」 それは空色の美しい舞扇だった。 「私達は舞のことはわからないから手伝えないけど、応援しているからね!」 「ありがとう……ございます…。」 は扇を握り締めると、精一杯感謝の言葉を述べた。 空や琴のお陰で、この扇のように、晴れやかな気持ちで当日を迎えられる…。 そう思いながら…。 *** それからしばらく、は舞の稽古に励んだ。 そう、今は迷いはない。 空のくれた扇を持つと、すっと心が晴れるような気がして落ち着けるのだ。 はしばらく舞を舞っていなかったが、 体がちゃんと覚えていたようで舞を舞うのは問題ないようだ。 ただ、まだ唄は思いつかず、は母の唄を歌いながら舞を舞っていた。 零れ落つ 雪の涙よ 雪の花 咲き誇るは悲しみ 降り積もるは寂しさ そして溶かすは春の風 暖かい優しさ 明るい香りに包まれて 今変わる 光の元へと 歩みを進めて… 「あら?さん?」 舞を終えた時とはいえ、突然声をかけられ 驚いたが振り返ると、立っていたのは夏美だった。 「夏美さん…。」 「そういえば、貴方も舞を舞うんだったわね。練習?」 「はい。」 「お互いがんばりましょうね。」 「はい、ありがとうございます。」 夏美の言葉に、は笑って返事をした。 の笑顔を見て夏美は言葉を続けた。 「今回は白龍の神子様が舞われるお祭りだから、 半端なものでは泰衡様や藤原の御家に迷惑がかかるものね。」 「そうですね、がんばらないといけませんね。」 は気を引き締めるように、ぐっと扇を握り締めた。 の返事になにやら不服そうな顔をした夏美だが、 の持っている扇を目にするとなにかに気づきに尋ねた。 「さん。その扇は…。」 「あ、これは空さんに頂いたんです。」 「え!?そうなの!?」 がそう答えると、あからさまに驚いてみせた夏美にが不思議に思って尋ね返すと、 「だって、その扇は空の妹が空にあげたものよ。 とても大切にしていたのに…人にあげるかしら?」 と言った。 「妹さんが…。」 「そうよ、とても大事にしていたわ。」 「……そうなんですか。じゃあ、お返しした方が良いですかね?」 が少し思案して尋ねると、夏美は、 「そうね。でも、空は貴方の舞に期待してその扇を預けたんだったら、 返すのはお祭りで舞ってからでいいんじゃないかしら?」 「そうですか?」 「ええ、その扇でちゃんと舞って見せればきっと空も喜ぶはずよ。」 「…そうですね。」 確かに、空はの舞をとても楽しみにしてくれているのだ、 この扇もそのために貸してくれたもの、今返すよりはそうした方が、空も喜ぶだろう。 「私がんばります!ありがとうございます、夏美さん!」 がにっこり笑って御礼を言うと、夏美も笑顔になった。 「いいえ、どういたしまして。 その扇は返すまで大切に持っておくことね。」 「はい。」 「大切に…ね。」 最後、なにか含むような冷たい声で繰り返された言葉はの耳には入らなかった。 中編へ 戻る 2009.04.18
めちゃ久々な気がします更新!すみません;(汗)
しかもこの話は最終話手前のサブストーリーで…本当はもっと早くUPしたかったんですが…; しかも久々のUPだというのに妙に長いわ、よくわかんないわで…orz(土下座) 話のアイコンも一応シリアスにしましたが…実際ごちゃ混ぜでしょう(爆) シリアスあり、ギャグあり、甘々あり、ほのぼの…と;(汗) まあ、それはともかく;この話は二十二話の後、平和になった平泉で、神子様が帰る前のお話です。 舞が得意な神子様、そして夢主人公の設定をうまく使った話になっていれば良いのですが…。 ちなみに今回は久々にオリキャラが盛大に活躍(?)しています。 中編、後編では神子様一行も出てきて、オリキャラも出て・・・と賑やかな話になると思いますが、 どうぞよろしくお願いします! しかし…これだけでも長いのにさらに三話構成なんてどんだけだ;(汗) |