-花雪の舞-中編




時が経つのは早いもので、それから数日後。
いよいよ祭りの当日となった。

あれから、練習を重ねていただが
結局唄は作れないまま当日になってしまった。

いろいろ考えはしたが、今までも作れなかったもの
突然作れるわけもない。
雪花精の勤めで舞うわけではないので、
一先ず唄は無くてもいいと思い、は舞に専念することにした。


ちゃ〜んvv


祭りの会場、真っ先にの姿を見つけて
駆け寄ってきたのは、神子様だった。


「神子様……きゃ!」


駆け寄ってきた神子様は、そのままを抱きしめた。


「おはよう!今日はちゃんも舞を舞ってくれるのよね!
 も〜私すっごく楽しみで!!」

「あ、ありがとうございます神子様。光栄です。」


突然で驚いていたも、神子様の言葉に嬉しそうに笑った。


「やあ、妬けるね雪の姫君。
 俺たちの神子姫からの熱い抱擁だなんて。」

「微笑ましいじゃないですか。
 それに、妬けるのはどちらに対してもな気がしますよ。」

「ヒノエ様、弁慶様。」


神子様のあと、やって来たのは八葉の方々。


「こんにちは、さん。今日はがんばって下さいね。」

「やあ、元気そうだね。雪の姫君。今日は期待しているよ。」

「うん、俺も楽しみだよ。ちゃんの舞。」

「おいおい。あんまりみんなして言うとプレッシャーになっちまうんじゃねぇか?」

「ぷれっしゃー?とは何だ?」

「圧力、というか精神的重圧のような感じです。」

「皆の前で舞うのは大変だろうが、がんばって欲しいと思う。」

「焦らずにやれば大丈夫よ。落ち着いてね。」

「何事も集中が大事だ。落ち着いてがんばりなさい。」

「平泉の地もの舞を楽しみにしている。龍脈がそう告げているよ。」

「ありがとうございます…!みなさん!」


皆の心のこもった声援には涙が出そうになった。
確かに、皆にこんなに言われたら、将臣殿の言う『ぷれっしゃー』と言うのもなくはないが、
それ以上にやっぱり嬉しかった。
それに、神子様の暖かい腕に包まれているから安心できるのかもしれない。
がそんな風に思っていると、将臣殿が苦笑いして口を開いた。


「おい、望美。いい加減離してやらねーと、怒られるぞ…。」

「?」


不思議に思って、が将臣殿の顔を見た時、
不機嫌そうな声が聞こえた。


「神子殿何をしている…。」


振り返ると、泰衡様が仏頂面で神子様とを眺めていた。


「泰衡さん!」「泰衡様!」


と神子様の声が重なった。
不機嫌そうな泰衡様の様子には慌てたが、神子様は楽しそうに笑うと泰衡様に話しかけた。


「おはようございます、泰衡さん。
 今日はよろしくお願いしますね。」

「ああ、御機嫌よう。神子殿。今日はせいぜいがんばることだな。
 うわさに違わぬ実力か見させてもらおう…。」

「望むところです!」


神子様は力強く返事した。


「……ところで神子殿。いい加減離してもらえるかな?


いつまでもを放さないでいる神子殿に、痺れを切らした泰衡様がそう言った。
神子殿は名残惜しそうにしたが、不安そうなの表情を見て、しぶしぶを開放した。


「ごめんね、ちゃん。がんばってね!」

「はい、ありがとうございます。神子様。」


神子様はもう一度に笑顔を向けると泰衡様の後ろに控えている銀に声をかけた。


「銀も今日舞うんだよね?がんばってね。」


神子様の言葉に笑顔になった銀は、一歩前へ進み出ると神子様の手を取り、
手の甲に口付けた。


「ありがとうございます、神子様。
 神子様のそのお言葉だけでも歓喜の極みにございます。
 本日の舞は神子様のために舞いましょう。是非私の舞を御覧頂けます様に。」


銀の行為に神子様は赤くなって苦笑いした。
八葉の方々もなにやら騒いでいたが、


、銀、行くぞ。」


と、言った泰衡様の言葉で3人はその場を後にした。



***



今回の祭りで舞を舞うのは、

神子様、夏美、、銀の4人。

銀以外は女性であるため、最初は銀が前座として舞うことになった。
なので順番は、銀、夏美、、そしてトリは神子様ということになる。

一番最初に舞を舞う、ということで銀は一足先に準備に向かった。


「どうだ?納得のいく舞はできたのか?」


二人だけになって、沈黙していたが、口を開いたのは泰衡様だった。


「は、はい。…まだ完全ではありませんし…
 自信もありませんが…精一杯がんばります!」


まだ少し不安そうな様子のだったが、最後は力強く返事した。
そんなを見て、泰衡様が言葉を続けた。


「お前は一度、人前で舞っているのだろう?だったら、自信を持て。
 それに、あの時のようなことには絶対にならんから安心しろ。」


前に人前で舞った事が、不安となっているのだろうと思った泰衡様は、
を安心させるようにそんなことを言った。
泰衡様の言葉に少し驚いただったが、力強い言葉にほっとして、


「はい!ありがとうございます。泰衡様。」


と言って、笑顔になった。
みんなの暖かい励ましの言葉にもうも迷いはなかった。
の迷いの無い笑顔を見て、泰衡様もホッとしたのか、
微かに微笑むと、懐に手を入れ躊躇いがちに口を開いた。


「…、…」

「?」


が不思議そうに泰衡様を見たとき。


〜!」


元気の良い声が、を呼んだ。


「空さん。」

「ここにいたんだ。そろそろ銀様の舞が……」

「?どうしました?空さん?」

ややや泰衡様!?も、申し訳ありません!」


の後ろ、不機嫌そうに立っていた泰衡様に気づいた空は慌てて頭を下げた。
タイミングが悪かったのか…。
明らかに機嫌が悪い。怒りのオーラが見える気さえする。
寿命の縮む思いでいた空だったが、泰衡様はに視線を戻すと。


。俺は行くぞ。
 くれぐれも藤原の名を汚すことのない舞を見せろ。」


そう言い残し、その場を去った。
泰衡様の姿が見えなくなると、空は大きなため息をつき、
止まっていた呼吸を取り戻すように大きく息を吸った。


「あ〜びっくりした…。泰衡様とご一緒だったの…?
 気がつかなかったよ。にしても…泰衡様はやっぱり迫力が…。」

「?そうですか?泰衡様はお優しいですよ?」


空の言葉に、心底不思議そうな顔をするに空は大きなため息をついた。


「そりゃ、にはそうかもしれないけど…。
 やっぱり、泰衡様は結構みんな怖がってるよ?
 銀様とは違って話方とかもキツイ方だし。
 まあ、他人にもご自分にも厳しい方だからだけど。
 ま、それでも容姿は優れた方だから女性には人気だけどね…。」

「……は、はあ…?」

「でも…さっきの泰衡様は本当に怖かったわ;
 なにか不味い時に来ちゃった…?私?」

「いえ…別に……あ。」

「なに?」

「泰衡様…何か仰いかけていたような…。」

「……それね。きっと。
 何か大事な事を言おうとされたのに邪魔しちゃったから…。
 にしても…あの怒り方は尋常じゃなかったわね…何かよっぽどのこと…?」

「あ、あの…?空さん?」


何やらぶつぶつと考え込んでしまった空を、
はちょっと困って様子を見ていた。


「は!もしかして告「なに一人で騒いでんだよ、お前は。」

さん困ってますよ…?空;」

「涼さん!宵さん!」


暴走寸前の空を止めたのは、涼と宵だった。


「……なんだ、涼。宵。来てたの…。」

「なんだよ、いたら悪いのかよ。」

「おはようございます、さん。今日はがんばって下さいね。」

「ありがとうございます。宵さん。」


宵の言葉にがにっこり笑って御礼を言うと、
空がニヤッと笑って涼を見た。


「そっか、そっか、そうだよね〜。
 来ない訳ないよね〜。折角が舞うって言うのに。」

「な!べ、別に、だから来たわけじゃねぇよ!///


うんうんと、大きく頷き納得したようにそう言った空に対し、
涼は真っ赤になって否定した。
そんな相変わらずの二人のやり取りを宵は呆れて見ていたが、
あることに気づいて空に声をかけた。


「空、琴さんは一緒じゃないんですか?」

「え…あ〜、うん。琴は…ちょっとね…。」


宵の言葉に、空は少しばつの悪そうな顔になり言葉に詰まった。
その様子に察しがついた宵は、残念そうな顔をしたが、空が躊躇っていたことをズバリ言った。


「銀様の所ですか?」

「うっ……。」


あっさり言ってのけた宵に、空も観念したのか口を開いた。


「うん…実はそうなの…。舞の準備をやることになったから…。銀様以外もだけどね。」

「そうですか…なら仕方ありませんね。」

「宵…。」


ちょっぴり残念そうな宵の様子に空も心痛めたが、宵は突然笑顔になると、


「それなら、涼をからかって気晴らししますか♪」


と言った。


「……プッ、いいんじゃない?私も協力するから♪」


宵の言葉に空は思わず噴出し、空と宵は顔を見合わせると、
ニヤリと不適な笑みを浮かべて涼を見た。
この時涼は背筋に冷たいものが流れたような気がしたとか…。


「ところで、さんが舞うのはいつですか?」

「えっと、神子様の前になります。
 もし、私が失敗をしても次が神子様なら然して問題にもならないかと言われまして…。」

「……誰に?」


が何気なく言った言葉に、空が眉をひそめた。


「?夏美さんです。気を使ってくれたんですね。」


にこっと笑っただったが、空は激怒した。


「そんなわけないでしょ!!」

「!?」

「腹立つわね〜!なんでが失敗すること前提なのよ!」

「…それに普通に神子様の前の方が立場的には難しいと思いますけど…。」

「相変わらずか…あの女…。」

「??」


皆憤慨しているが、当のはよくわかっていない様子で不思議そうな顔をしていた。


「とにかく!こうなったら絶対見返してやるのよ!!」

「は、はい?」

「僕らは神子様の舞よりも貴方の舞が楽しみですしね?涼?」

「え?……あ、ああ。まあ///


突然話を振られて、涼は困惑気に返事をした。
宵に振られてとはいえ、のことに対し発言したことに
照れて赤くなった涼にすかさず空がつっこんだ。


「きゃ〜vv涼ってば!神子様よりも!の方が楽しみなのねvv

「な!?」


明らかにからかう気満々で、強調して言った空に涼は慌てた。


「べ、別にそんなこと言ってねーだろ!
 ってか、言ったのは宵じゃねぇかよ!///

「照れなくてもいいじゃない!
 涼は神子様よりもダントツでの舞の方が見たいって!」

「おい!!!空!!!」


に駆け寄り、必死にアピールする空に慌てまくる涼はつい、


「俺は…!白龍の神子の舞を見に来たんだよ!!


と、大声で言ってしまった。
もう照れたのを隠そうと必死の思いでパニック状態だった
涼のセリフに一瞬辺りが凍りつき、
空や宵は焦ったが、凍りついた空気を戻したのはだった。

涼のセリフに一瞬驚いた顔をしただったが、
にこっと嬉しそうな顔をすると、


「そうですよね、やっぱり神子様の舞は楽しみですよね!」


と言った。
妬みも嫉妬も何もない本当に嬉しそうに笑うに、空は脱力し、宵は苦笑いした。
ここで嫉妬でもしてくれれば、涼も見込みがあるのに…。

だが、にとって神子様は尊敬に値する人物で、泰衡様に劣らぬぐらい好きな人なのだ。
すごい人だという事も十二分にわかっているし、は神子様のことを褒められても嬉しいようだ。

涼はの反応に、安堵半分悲しさ半分でため息をついた。



***



そうこうしている間に銀の舞が始まり、辺りもすっかり盛り上がりを見せていた。
銀の舞が終わると同時頃、は舞台の裏にいた。


「お疲れ様、銀。」


舞台裏に戻ってきた銀に最初に声をかけたのは神子様。
神子様の姿を見つけて銀は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。神子様。如何でしたでしょうか?私の舞は?」

「うん、すごくよかったよ!ね?ちゃん?」


神子様は優しく微笑むと、に同意を求めた。
緊張していて、落ち着かなかったは、驚いて返事した。


「あ、は、はい!」


の様子に気付いた神子様と銀は顔を見合わせて笑いあうと、優しく声をかけた。


ちゃん、緊張してる?」

「……は、はい。すみません…。」

「大丈夫ですよ、さんなら。もっと自信を持ってください。」

「ありがとうございます。神子様、銀さん。」


二人に励まされ、も少し落ち着き笑顔を見せた時、


「お先に。」


すっと横を通り過ぎ、夏美が舞台へ出た。


「がんばって下さい、夏美さん。」


の声援にも少し目線を向けただけだった。
神子様と銀の前を通る時、かすかに頭を下げたが、何か冷たい表情だった。


ちゃん。じゃあ次だし準備しようか?」

「あ、はい!」


少し気になっただったが、琴に呼ばれて慌てて準備に入った。


「私も早めに準備しておこうかな…。
 ちゃんの舞見たいし…ね?朔?」

「そうね、じゃあ準備しましょうか望。」

「それでは私は泰衡様のお側に控えておりますので、
 さん、神子様、ご健闘をお祈り申し上げております。」


銀はそう言ってその場を後にし、神子様、もそれぞれ準備に入った。



***



「すっごく!綺麗だよ!ちゃん!」


舞を舞うための着替えも終わり、出てきたを見て琴が言った。
着替えを手伝ったのは琴だが、そのあと化粧をしたり、
髪を結ったりと、いろいろな人が手伝ってくれた。
最後、全て終えて出てきたを見て琴はにっこり笑った。


「ありがとうございます。琴さん。」


は照れ笑いして返事した。
夏美の舞いもそろそろ終わる…、は緊張した面持ちで顔を上げた。


「あれ?」

「?どうしたの?ちゃん?」


顔を上げたがとある所に視線を向け、首を傾げたので琴は不思議に思ってたずねた。
は不安そうな顔で、端の机に駆け寄り辺りを見廻すと、泣きそうな顔で琴を振り向いた。


「……。」

「ど、どうしたの?」


のあまりの表情に琴も慌てる。


「…こ、ここにあった扇…」

「え?」

「空さんの扇が!ここに置いておいたんですけど!」


は必死の形相で辺りを見廻したがやはり扇は見当たらない。
気付いた琴も辺りを探したがやっぱり何処にもなかった。


「おかしいわね…?」

「…どうしよう……。」


泣き出しそうなを琴は必死に慰め、外も探してみると言い出し、出て行った。


「………」


一人になってしまったも、泣いていても駄目だと思い直し、
とりあえず部屋の中を探していると、舞を終えた夏美が入ってきた。


「あら?さんどうしたの?」

「あ、夏美さん……お疲れ様です…。」


泣いていたらしい顔をしているに気付いた夏美は優しく声をかけ、


さん?どうしたの泣いてるの?せっかくのお化粧が台無しよ?」


そういって、の化粧を落としてくれた。


「あ、すみません…。」

「いいのよ。一体どうしたの?」

「あ、あの空さんの…扇が見当たらなくて…。」

え!?あの妹さんに貰った扇?」

「………はい。」

「あ、ごめんなさい。でも、元気を出して。私も一緒に探してあげるわ!」

「…ありがとうございます。」


夏美はそう言うと辺りを探し始めたが、ふと気付いてを振り向いた。


「あ、でもさん。もう出なければいけない時間よ?どうするの?」

「あ…それは…。」


は言葉に詰まった。
そう、夏美が戻ってきたのだから次はの番なのだ。
でも、扇がなければ舞うことはできない。
否、扇があっても、空の扇を無くしたままではとても舞えるような心持にはなれない…。

が黙っていると、夏美は自分の扇をに差し出した。


「空の扇は私が探しておくから、さんは舞った方がいいわ。
 見に来てくれている人たちを待たせるのは悪いし…。
 扇がないなら私のを貸してあげるから、ね?」


夏美はそう言うと、に扇を渡し他も探すと言って部屋を出た。
夏美の扇を受け取っただったが、空への申し訳ない気持ちと、
琴と夏美に迷惑をかけてしまったこと…。
いろいろなことを思い、すっかり沈んでいた。
とても、舞台で舞を舞うなんてできない…。また泣きそうになるのをこらえていた時、


ちゃん?どうしたの?」


優しい声がの名前を呼んだ。
顔を上げると神子様と朔が心配そうにを見ていた。


「神子様…。」

「どうしたの?」


優しい笑顔を向けてくれた神子様に、は心配かけまいと笑顔を見せたが
神子様はの様子に納得してくれなかったので、しぶしぶ事情を話した。

話を聞き終えた神子様は少し思案したが、にっこり笑って口を開いた。


「なら、私が先に舞うわ。」

「え?」


神子様の突然の申し出に、が驚いていると、
神子様はを落ち着かせるように、ゆっくりと言葉を続けた。


「今のちゃんじゃ、扇があっても舞えないでしょ?
 私が先に舞っている間に、その扇を探したらいいわ。みんなも探してくれてるんでしょう?」

「は、はい……ですが…神子様は最後…とりを…。」

「大丈夫、大丈夫。舞うことは舞うんだから、順番なんて関係ないよ。
 それにね…なんだかちゃんなら十分とりを務められる気がするし…。
 その方がいい気がするのよ。」

「……神子様…?」

「だからね、ちゃん元気出して。
 そんな哀しそうな顔じゃみんな心配するよ。」

「私も一緒に探すわ、だからね。」

「神子様…朔様…ありがとう…ございます…。」


皆に心配をかけ、迷惑をかけ、本当に申し訳ない気持ちはいっぱいだが、
本当に優しいみんなの言葉がは嬉しかった。


「ほらほら、泣いちゃダメだよちゃん!」


神子様は、ゴシゴシとの涙を拭うと、


「行って来るね♪」


と言って、元気よく舞台に出て行った。


「それじゃあ、私たちは探しましょうか。」

「はい!」


神子様が出てきたことで、ざわついていたが
舞が始まったのか、また静かになった。
神子様がくれた、最後のチャンス…。
と朔は一先ずもう一度部屋を探し始めた。



***



!?どうしたの?」


少しして、舞台裏の扉が力強く開けられた。
やってきたのは空さんだった。
が舞うはずだったのに、神子様が舞ったことで心配になって来てくれたようだ。

空の顔を見ると、または泣きそうな顔になったが、必死で謝った。


「空さん!…ごめんなさい、ごめんなさい!私……。」

「ど、どうしたの??」


突然、謝りだしたに空が戸惑っていると、朔がそばへやってきて事情を説明した。


「ごめんなさい…空さん。」

「貴方の扇を失くしてしまって…今一緒に探している所なのよ。」

「扇?あ、あれを?」

「はい…」


しゅんと俯いて頷いたは、下を向いたままもう一度謝った。


「ごめんなさい…空さん。妹さんから頂いた大切な扇なのに…。」


がそういうと、空は驚いた顔になり、


「ちょっと待って…、どうしてそんなこと知ってるの?」


訝しげにそう言った。


「え?」

「確かにあの扇は妹からの贈り物よ。
 でも、私そのこと……に言ったっけ?」

「いえ、夏美さんから伺いました。」

「!」


空の顔が歪んだ。
厳しい表情になると、ひとつ大きなため息をつきポンと、の肩に手を乗せた。


「?空さん?」

「いい??扇は私が見つけてくるから、ここで待ってて。」

「え、でも…。」

「心当たりがあるの?」


確信がある様子の、空に朔がたずねると、空は首を縦に振った。


「なら私も一緒にいくわ。」

「ありがとうございます、黒龍の神子様」

「わ、私も…」


が慌てて言うと、空は


「ダメよ!」


と、即答した。


「で、でも…。」

は次に舞うことだけを考えていればいいのよ。
 それに、そんな格好で外をうろうろできないでしょう?」


舞の衣装に着替えているし、の順番は次なのだ確かに空の言うこともわかるが…。


「あ、空さん!朔さん!」

!必ず見つけてくるからね!
 もし、私たちが間に合わなくても、ちゃんと神子様のあとに舞うのよ!!」


空は、それだけ言うと舞台裏を飛び出していった。


「………」


一人残されてしまったは、沈痛な面持ちで舞台の方へ目を向けた。
今は神子様が舞っている。楽しみにしていた神子様の舞…。
自分のせいで神子様の予定を狂わせてしまい、
楽しみにしていたのに、空も琴も神子様の舞を見ることができなくなってしまった。
やっぱり自分だけ、ゆっくりしているなんてできない…。

は心を決めると着物を脱ぎ、結わえた髪を解いた。
舞台衣装のまま外へ出てはいけないといわれたからだ。

いつもの着物に着替え、は舞台裏を飛び出した。


「!?あ!」

「!?っ!」


慌てて飛び出したは、入り口にいた人物に思いっきりぶつかってしまった。




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2009.05.27