-突撃☆Returns-前編




とある日の朝方、は縁側に座って書物を眺めていた。
泰衡様からお借りした陰陽術の本で、昨夜借りたばかりの新しい本だった。

ダラダラと難しい漢詩や漢文も並んでいる本。
実際分からない部分も多いが、その辺りはあとで泰衡様が教えてくれるので、
一先ず本全体に目を通すのががいつも最初にすることだった。

勝手に術を使うのは禁止されているので、いつも読むだけのだが、
ひとつ気になる術を見つけて目を止めた。


「……時空を移動する術?」


かなり難しい術式がのっている所にそんな一文があった。


「時空…この術が使えれば兄様に…」


ふと呟いただったが、たとえ術が使えても一族の掟に反することになってしまうので、
兄に会うことは無理だと、少し残念に思いながらも断念した。
と、その時兄以外にもう一人頭に浮かんだ人物がいた。


「そういえば…、以前お会いした京香さんは…いきなり飛ばされたと…?
 どこかはわかりませんが…時空を移動するぐらいなら京香さんの所へも行けますかね…。」


以前に突然会って、突然別れてしまった人物。
結局そんなに話もできなかった気がするし、お礼もちゃんと言えていなかったような。
それに、作るのを手伝ってもらった香袋。
泰衡様に差し上げたこと、喜んでもらえた事、きちんと報告したかったな…。
あの時のことを思い出し、は寂しそうに呟いた。


「……もう一度…お会いしたいです…京香さん…。」


がポツリとそう呟いた瞬間、本が光を発した。


「え!?」


驚くまもなく光は当たり一面を包みこみ、
光が納まるとの姿はなく、パサッと本が縁側に落ちた。



***



「………?あれ?ここ…は?」


が気付くとそこは真っ暗な部屋の中。
どうやら納戸のような感じだ。
暗闇に目が慣れるとごちゃごちゃとした室内が見えた。


(泰衡様のお屋敷の中に…こんな部屋…ありましたっけ?)


は首を傾げてそんなことを思ったが、
それ以前に、いきなりこんな所へ来たことに突っ込むべきではないのか…。
ともかく、は出口を見つけて部屋を出た。


「………ここは?」


納戸を出た屋敷は、どうも見覚えがない気がする。
泰衡様の屋敷、伽羅御所も確かに広いし、
まだの見たことの無い部屋もあるかもしれないが…
なんとなく、今いるここは雰囲気そのものが違う気がする。

はここでようやく「知らない所」へ来ていることに気付いた。


(どどどどうしましょう…!;
 これは…知らないうちに知らない方のお屋敷に勝手に上がってしまっていることになるのでは…;)


はうろたえ慌てたが、ふと思い出した。
以前に会った京香さんが最初に言っていたこと。


(いきなり飛ばされてここへ来た)


金に向かって言っていた、京香さんの言葉。
今のも考えるとそんな状況…?つまり…。


(もしかしたら、ここは京香さんがいらっしゃるお屋敷?)


なんとなくだが、そんな気がした。

さっきの陰陽術の本の術。
もちろん術式も何もしていないが、何かの拍子に発動し、
京香さんのいる時空へ来てしまったのかも…。

は広い屋敷の廊下の真ん中で、ポツンとそんなことを考えていた。



***


【所変わって別室】


「知盛遅すぎ…」

「そうですね、兄上は何をしているんでしょうか…」

「何って…寝てる可能性が高いけどね…。」

「そうですね。」

「も〜!約束したのに!!」


とある部屋で京香さんと重衡さんの二人は、まだ姿を現さない知盛さんを待っていた。
舞を教えてもらう約束をしていたのに、時間になっても知盛さんはまだ部屋に来ない。


「まあ、兄上が正確な時間を守るなど最初から思っていませんが…」


何気にさらりとヒドイことを言う弟重衡さん。
むーっと不機嫌そうに入り口を睨みつけている京香さんの傍へよると、
にっこり笑って手を取り、


「私は別に兄上が居なくても…
 むしろ居ない方が京香殿とゆっくりできるので嬉しいですけどね


と言った。
思わず見惚れるほどに爽やかな笑顔だが…返事に困る京香さんは、
苦笑いするしかなかった。そして、


(早く来てよ!!知盛!!)


心の中でまだ来ない知盛さんを呼んでいた。



***



「おい…何だお前……そんな所で何をしている…」

「ひっ!?」


屋敷の廊下の真ん中で、ぼーっと突っ立っていた
突然声をかけられて、驚いて振り向いた。

声をかけてきたのは、着物が半分ほど脱げている(?)銀髪の男性。
何処となく銀に似ているが…銀よりは少しキツイ顔立ちだ。


「あ…あの…;」

「……見ない顔だな…まあ、俺もいちいち人の顔など覚えているわけでは無いが…
 まあ…どうでもいいがな………。」


銀に似た男性は、じろじろとを見てぼそっと言ったが、
然程興味を示すことなく、の横を通り過ぎて行こうとした。


「あ!ま、待って下さい!」


特に用事もないし、正直少し怖いと感じた人物だったが、せっかく見付けた人。
どうすればいいかわからないこの状態を打破するには、この人物に頼るしかないと、
は慌てて男性の着物を掴んだ。


「………なんだ?」

「あ…の…;」


着物を掴まれ、振り返った男性は少し不機嫌そうにを睨み、
少し怯んだが、は何とか言葉を続けた。


「あの…こ、こちらに……『小野寺京香さん』は…いらっしゃいますか?」

「……何?」

「え…その…きょ、京香…さんという女性です…。」


ビクビクと、怯えつつも言ったの言葉に、男性は少し反応を示した。


「お前……京香の知り合いか…?」

「ご、ご存知なんですか!?」

「………おかしな奴だな…聞いたのはお前だろ?」

「あ、…は、はい;そうですが……;」

「で……?京香がどうかしたのか?」

「あ、あの…お会い…したいのですが…。」

「……………」

「あの…;」

「…………まあいいだろう、来たければこい。」

「あ!ありがとうございます!」


しばらく沈黙し、思案しているような様子だったが、
男性はとりあえず返事をし、先を歩いて行き、は慌てて後を追った。



***



しばらく後を付いて行くと、
男性はある部屋の前で止まり戸を開けた。


「おい……京香……」

「あ!知盛!遅いよ!」


そして中に向かって声をかけると、
聞き覚えのある声がの耳にも聞こえた。


「何だ……?そんなに俺に逢いたかったのか?」

「違う!……というか、約束に遅れてどうしてそんなに偉そうなのよ…;」

「約束…?」

「…………しかも覚えてないの…?」

「……ああ、…あいにく覚えはないな……ククッ」

「もう!…って、それじゃあどうしてここへ来たのよ?」

「お前に逢いたいという客人だ。」

「客人?」


男性の言葉に、京香さんは不思議そうな顔をしたが、
は此処ぞとばかりに慌てて顔を出した。


「あ!あの!京香…さん?」

「……え!?ちゃん!」

「あ、お、お久しぶりです…。」


の顔を見て京香さんは驚き、は頭を下げた。
京香さんはの前にいた男性を押し退け、に駆け寄る。


「ど、どうしてこんなところにいるの?」

「さ、さあ…私にも…わからないんですけど…;」


すっかり困惑気味の二人。無理もない。
以前に会った時は、京香さんが白龍の力で時空を越えて
のいる平泉に来たために出会った。
だが、今回は京香さんのいる平家にがいる。
ということはつまり、時空を越えたのはの側と言うことになるが…。


ちゃん……一人?」

「…え?…そうですけど…。」

「…………」


京香さんは首を傾げた。
はどうやって此処へ来たのか…。
白龍もいない、龍神の力も借りていないのに来られるものなのか…、
そもそもそれ以前に、『龍神の神子』でもないのに…?


「…………」

「あの…京…」


何やら黙り込んで考えている京香さんにが声をかけようとしたが、
別の声が先に話し掛けた。


「おい……京香。呼び出しておいて俺を放っておく気か?」


が出てきたため、すっかりほったらかしにされていた
を案内してくれた男性が、京香さんに近寄り耳元でささやいた。


「わぁ!?知盛!驚くじゃない!」

「俺を放っておくからだろう……」


京香さんの反応に男性は楽しそうに笑い、ジリジリと迫った。


「放って…って!アンタはそもそも約束忘れてたんでしょう!
 それにこの子の前で変な振る舞いはやめてよ!!」


キッと京香さんが男性を睨み付けると、
京香さんと共に部屋にいた男性が立ち上がり、
京香さんの肩に手を乗せた。


「兄上、その辺にして下さい。
 それに、それを言うなら私こそ、ずっと共に待っていたのに放置しないで頂けますか?」


にっこり笑顔であるにもかかわらず、
何故か少し恐い雰囲気を出しながら、男性はそう言った。


「…銀さん?」


京香さんの傍へやってきた男性を見て、
が驚いたように呟くと、京香さんが慌てて手を振った。


「あ〜、違うのよ。ちゃん。
 この人は『重衡さん』ちゃんのとこの銀さんとは別人よ。」

「そうなんですか?」

「うん。ほら、私も銀さんを見て驚いたでしょう?この人かと思ったのよ。そっくりでしょ?」

「はい…本当によく似ておられますね…。」


目を丸くして自分を見つめるに、
『重衡さん』と呼ばれた人物はにっこり笑って自己紹介をした。


「こんにちは、初めまして可愛らしいお嬢さん。私は平重衡です、よろしくお願い致します。」

「あ…は、はい!こ、こちらこそ、突然申し訳ありません…私はです、よろしくお願い致します。」


重衡さんに挨拶され、も慌てて名を名乗り頭を下げた。


さんですか…可愛らしいお名前ですね。先程は兄が無礼をお許しください。」

「え?」

「そうよ!ちゃん知盛に何もされなかった?」

「え?え?」


頭を下げたに重衡さんは笑いかけたが、少し低い声でそう言い、
それを聞いて京香さんも思い出したように尋ねた。

は不思議そうに首を傾げるばかりだが、
その言葉に反応したのはを案内してくれた男性。


「……どういう意味だ…。」

「そのままの意味よ〜、」


表情に特に変化はないが、意地悪く言った京香さんと対峙していた。


「申し訳ありませんでした、あちらは私の兄で平知盛と申します。」


そんな二人を笑いながら見つめ、重衡さんがに男性を紹介した。


「知盛様ですか、いえ、困っている所を助けて頂いて感謝しています。
 ありがとうございました、知盛様。」


は男性、知盛さんに向き直り頭を下げるとにっこり笑ってお礼を言った。
その言葉に、京香さんと重衡さんは一先ず安堵したような顔をした。


「……別に助けたわけじゃない……おまえが勝手についてきただけだ。……所で…京香…。」


知盛さんはちらっとを一瞥したが、すぐ京香さんに視線を戻した。


「何?」

「俺を呼び出した用件は何だ……?」

「ああ…」


知盛さんに言われ、京香さんは思い出したように呟いた。
思わぬ人物の出現にすっかり忘れていた。


「まあ…今日はもう良いわ、そんなことより…」


のことの方が気掛かりだと、京香さんはに視線を向けたが、
知盛さんがそれで引き下がるわけもなく、


「…呼び出しておいてその言い草はないだろう……。
 俺よりそんな小娘が気になるのか…妬けるな…。」


と言ってククッと笑った。


「…あぁ〜、はいはい。…もう良いから…。」


知盛さんの言葉に京香さんは半ば呆れ気味に手を振った。
そんな二人のやり取りに重衡さんは苦笑いし、は少し驚いていたが、


「京香さんと知盛様は仲がよろしいんですね。」


と楽しそうに笑った。
の言葉に動きを止め、苦笑いで否定したのは京香さんだった。


「べ、別に仲良くなんかないわよ…誤解しないでね?」

「照れるな……俺とお前の仲じゃないか……」

「どんな仲よ…;」


楽しそうな知盛さんとは対照的に、
京香さんはげんなりした様子でため息をついた。


「まあまあ兄上、その辺で…。」


何だか疲れている京香さんに重衡さんは助け船を出すように知盛さんに声をかけた。
笑顔だが、相変わらず何だか威圧感のある雰囲気の重衡さん。


「兄上をお呼びしたのは舞の件ですよ。」

「舞…?……なんだ、そんなことか……。」

「何だじゃないわよ…全然真面目に教えてくれないくせに…。」


重衡さんの言葉に知盛さんがツマラナイというように呟き、
京香さんはため息をついた。

屋敷の用事をさせてもらえないから、
二人に舞を教わることが一応用事(?)のようなものなのに…。

がっくりと肩を落とした京香さんとは逆に、三人の話に興味を示したのはだった。


「京香さんは舞を嗜んでおられるのですか?」


ぱっと嬉しそうな顔をして京香さんに尋ねた。


「え?ええ、まあ…少しね…。」

「それは凄いですね!」


にこにこと明らかに嬉しそうな様子。


ちゃん…舞が好きなの?」

「はい!」


尋ねた答えは当然のごとく肯定で、


「兄様や兄様のご友人の方たちはとても舞がお上手で、私、兄様たちの舞がとても好きですので…!」


と、満面の笑顔で答えた。


「へぇ…ちゃんのお兄さん?お兄さんがいるの?」

「はい!それで、京香さん…舞われるのですか?
 もしよろしければ京香さんの舞、私も見たいです…!」

「……え…;」


何の気なしの会話で、舞のことも、今日はもう練習もできなかったし、
舞うこともないかと思っていたのに、の意外な願いに少し驚いていた京香さん。
だが、はかなり期待の眼差しで京香さんを見ている。
……とても断ることはできなかった…。


「それじゃあ…そうね『藤娘』を舞うわ。」




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2007.09.19