―大切なもの―



―気が付けば周りは自分の保身ばかりを気にする奴等ばかりだった。
人を羨み、妬み、時には命さえ狙いながら、そのくせ何かあれば媚びを売る始末。
そんな毎日に俺は辟易していた。そして人を信じる事を止め、自分だけの力で国を守ると誓った。
ただ己だけあればいい。―そう思っていた。お前に出逢うまでは…。



※※※



数日続いていた雨が止み、久々に陽が顔を出して綺麗な青空が広がっている。
こんな日は遠出にあいつを誘ってみるのもいい…。


「っ…、何を考えているんだ俺はっ。」


そう思いながらも俺の足はあいつのいる離れに向かっていた。


「*********」


人の話し声が聞こえ、特に探す場所も検討がついていなかったので、声のする方へ向かう事にした。


「今日は良い天気ですね。こんな日は洗濯物がよく乾きます。」

「そうですね。ここ何日かずっと雨でしたから。」


と銀だった。
俺は思わず身を隠した。隠れる理由など無いはずなのに、体が勝手に動いていた。


「私、洗濯物のお日様の匂いって大好きなんです。
 何だかお日様に包まれて、守られてる様な気がして…、心が温かく優しい気持ちになれるんです。」


は笑顔を浮かべ嬉しそうにそう言った。


「分かります。私もお日様の匂いは好ましく思います。
 着ている服から香る暖かな匂いは何とも言えない優しさに満ちている。
 ですが、それはお日様だけのものでは無く、日々私達の服を洗濯して下さっている貴女の優しさのお陰でもあるんですね。」

「そっ、そんな事無いです!
 洗濯して下さっている方は他にも沢山いらっしゃいますし。何も私だけの力じゃありません。」

「ふふ、貴女らしい。」


は顔を紅くし、銀はそのに向かって優しい笑みを向けていた。
―何だか酷く腹が立った。 胸の奥がムカムカし、許せない気分になる。
いつの間にか俺は身を隠す事を止め、に向かって叫んでいた。


っ!!」

「!? や、泰衡さま?」

「泰衡様、どうかなさいましたか?」


俺の声に驚きは何処か怖がった様子を見せ、銀は平然とした様子で問掛けて来た。


「今から遠出に出掛ける。、お前もついて来い。」

「えっ…?でも、洗濯の途中ですし…。」

「いいから来い!」


ビクッ!は体を震わせ怯える。


「泰衡様…それではあまりにも様がお可哀相です。どうかもう少しお優しく接してあげて下さい。」

「銀、黙っていろ。」

「泰衡様…。」


銀は悲しげな表情を見せ、


の仕事は他の者に任せるよう指示を出して置け。、行くぞ。」

「…分かりました。」

「…はい。」


俺は銀のその様子に目もくれず、怯えるを連れ遠出に出掛けた。


「―泰衡様…。どうか彼女の優しさが貴方の安らぎとなります様に…。」


二人が遠出に出掛けた様子を見届け、銀は祈りにも似た気持ちでそう呟いた。



※※※



―別にを怯えさせたい訳じゃ無かった。…なのにいつも俺は怯えさせてばかりいる。
俺の前では余りは笑ってくれない…。何処か怯えた様子が窺える。
今もつい先程まで笑っていた顔が曇ってしまっている。
を喜ばせたかった、本来ならこの遠出で…。


「っ、泰衡さま痛いです…。」


握っていた手に力が籠っていたのか、は苦しげに訴えてきた。


「っ、すまない…。」


遠出に連れて来た時に思わず握っていた手と、またを苦しませてしまった事実にうろたえた。
―どうして俺は…。


「…今日の泰衡さま、何だか変です。それに…怖い。」

っ、俺はっ…!」


また声を荒らげてしまいそうになるのを、俺は寸での所で押し止どまった。


「………。今日はもう帰る。良いな?」

「…はい。」


自分が勝手に連れて来ておいて何という言い草か…。相変わらず己の口の下手さ加減には呆れる。
たった一言、優しい言葉をかけるだけで良いと分かっていながら、言う事が出来ない…。
―そして、俺達は何も話す事無く屋敷に戻った。
ただその場に不釣合な空を残して。


(…今日の泰衡さま、何だか変です。それに…怖い。)


…。あの時の言葉が気に掛かる。
優しくしてやりたい。銀の様に。だが、俺に出来る訳も無く、金の様に身近にいて守ってやる事も出来ない。
少しの間でいい、金になることができたなら俺の気持ちの一つでも伝えられるだろうか…。


「…ふっ、何を馬鹿な事を考えている。」


思わず浮かんだ言葉を否定し、明日の朝儀に専念すべく思考を巡らそうした。
―が、こんな気持ちのまま朝儀に出席出来る筈も無く…


「誰か居るか。」

「はっ。此処に。」


自室の外へ声をやり、控えていた者を呼び出す。


「父上には、明日の朝儀には気分が優れぬ故、出席出来そうにありませんと伝えろ。」


―我ながら下手な嘘をつく。今迄ならこんな恥を掻く様な真似は何があろうとしなかった。
だがこのままでは朝儀に出席したところでろくな策略も浮かんで来ない。
ならば早急に自分を落ち着かせる事にした。


「後、誰も俺の部屋へは近付くなと伝えろ。」

「…誰もで御座いますか?」

「そうだ。例え父上であろうとだ。分かったなら去れ。」


今の惨めな自分を誰にも見られたく無かった。もう十分に恥は掻いていたが…


「はっ。畏まりました。」


要件を告げられ、去って行く足音を耳にしながら、急速に訪れた眠気に身を任せた。



※※※



目を開ければ、そこには草むらが広がっていた。気が付けば、が側にいる。
―何故だ?昨夜人払いをさせた筈だが…。第一、今の自分を特にには知られたく無かったと言うのに。
思わず体を反転させるとから離れようとした。
それに気付いた


「目が覚めました?金さん。」


と俺に語りかけて来る。
…一瞬、何を言われたのか分からなかった。
しかし冷静に考えればおかしい事に気が付いた。昨夜自室で寝ていた筈なのに、起きたら草むらに居る事。
視界が低くなり自分の体では無い様な違和感。―そして、俺に向けるの表情に…。


「金さん、どうかしました?」


心配そうに話す


、金は今―私だ。)


今の金が、俺である事を伝えようとした。が、


「ワン!ワワン!」


ついて出たのは、言葉では無かった。


「良かった。いつもの金さんですね。」


は安心した表情を見せ、そして満面の笑みを浮かべた。
俺の側では見られなかったがそこに居た。何て無邪気に笑うのか…
銀や金の前ではいつもこんな顔を見せるのか。
何故か無性に切なくなる。何故の事となると自分が自分で居られなくなるのか…。
戸惑っている所に向こうから近付いて来る銀に気が付いた。
何やら、に用がある様子だ。
だが、何処か表情が暗い。


さん、本日泰衡様は気分が優れぬ為自室にて静養され、その際、何人も近付いてはならぬとの事です。」

「泰衡さまが?」

「…はい。」

「どうして…。昨日まではあんなにお元気でいらっしゃったのに…。」

「…申し訳ありません。私にも何が原因なのか分からないのです。
 ―ただ、昨夜お戻りになった泰衡様は酷く辛そうなお顔をされていたとか…。
それに加えて誰も近付いてはならぬとあって、私も正直戸惑っているのです。
今までこんな事は無かったものですから…。」

「…私の所為です。」

さん?」

「ワゥン?」
?)


正直、驚いた。自分が招いた事に対してが自分の所為だと言うとは思わなかったからだ。


「私の所為なんです!あの時、私が泰衡さまに酷い事を言ったから!だからっ…!!」

さん!落ち着いて。」

「ワンッ!ワワン!!」
!落ち着け!)


俺と銀は同時に言葉を発していた。だが、相も変わらず言葉にならない。それがとても歯痒い。


さん…。その様にご自分を責めてはいけません。貴女にはいつも笑顔でいてほしい。
 私達はいつも貴女の笑顔から元気を頂いているのですから。」

「そして泰衡様にはそんな貴女が必要なのです。元気をくれる貴女の様な方が。」

「泰衡様に?泰衡様は私など居なくても十分お強いのでは?」

「泰衡様は幼い頃から次期当主になるべく御生まれになりました。
 その為、敵も多かったと聞きます。そして私があの方に出合った時には
 もう誰も信じまいとする頑な意思を感じられました。それが私には寂しく泣いている様に見えた。
 だから、貴女のその笑顔で泰衡様を元気付けて欲しいのです。」

「銀さん…。―はいっ!!」


―銀はいつも俺を気遣ってくれていたのか…。
銀に対し自分勝手な怒りをぶつけていた自分を今になり恥かしく思った。
そしてこんな銀だからこそも信頼している…。


「ですがさんがこんなにも心傷めている事を泰衡様はご存じない。
 ですから直接お会いして、お互いの気持ちを伝えるべきだと私は思うのです。」

「互いの…気持ち? ―でも、今誰も来てはならないと…。」

「はい。ですので今回秀衡様に御二人がお会い出来る様、取計らって頂こうとお願いしてみるつもりです。」

「でも、銀さんにご迷惑をお掛けする訳には…。」

「いいえ、今回の事は私の所為ですので…」

「えっ!?」
(銀?)


何と言ったのか、声が小さかったので、俺もも聞き取る事が出来なかった。


「いいえ、何でもありません。
 では早速秀衡様にお願いして来ますので、さんは泰衡様の所に先に向かって下さい。」

「はい、分かりました。」


そう一旦会話を切ると、俺とは銀と別れた。



※※※



―金の姿したまま自分に会いに行く。それがをどんなに悲しませる事になるか分かっていて未だ俺は何も出来ずにいた。
そして―


「泰衡さま?泰衡さま!!」

「お願いです。目を覚ましてっ!!私…まだ泰衡さまに何も伝えられて無いのに…!」


そこには悲痛な声で叫ぶと目を覚まさない自分が居た。当たり前だ…金の中に居るのだから。


、そんなに悲しむな。自分をそんなに責めなくていい。)
「クゥ〜ン。」


俺は自然との顔に自分の顔をすり寄せていた。


「…金さん。ありがとうございます…。」


は心なしか表情を和らげると少し微笑んで見せた。


「金さん。…少しだけ私の話を聞いて下さいますか?」


いつもと違い声はか細く元気がない。が、ぽつぽつと話しかけてくる言葉に耳を傾けた。


「私、泰衡さまが怖いと思ってました…。
 いつも険しい顔をなさっていて、何処か人を拒む何かを感じていたから…でも、
 今日の銀様の話を聞いて少しだけ分かった気がするんです…。
 いいえ私自身は既に分かっていた気がします…。だからいつもお洗濯の仕事をする時はお日様を気にしてたんだって。
 泰衡さまのお心をお日様の力で優しく包み混んで下さいって…。」

「なのにいつも私は怯えて…泰衡さまが怖い人な訳がないのにっ!
 そんな方なら私を助けてくれる筈が無いのに…なのに…私っ、優しいあの方に酷い事をしてしまったっ…!!」


はきつく手を握り締め、嗚咽が漏れそうな自分を堪えていた。
俺は今にも泣き出しそうなを抱き締めてやりたかった。
―なのに今それが出来ない。そんな自分が歯痒くて仕方がない。
何故戻れないっ!!銀でもなく金でもない自分自身でを抱き締めてやりたいのにっ!!

その時、光が部屋全体を包み混んだ。初めは眩しすぎて目が開けていられなかったが、視界が段々と明確になってくる。
―そこには俺と龍神がいた。


(やっと分かったんだね。自分は自分でしかないと。決して他のものにはなれないんだと。
 言葉に勝る行動があり、伝えなければ、伝わらない事も在るのだと。)

(―お前がやったのか。)

(あの時の泰衡はすごく他のものになりたがっていた。だから少しだけ、力使った。
 本当に大切なものを見つける試練を兼ねて…)

(ふざけるなっ!!!そのお陰でどれだけが悲しんだと思う!!)

(だがあのままでは泰衡は気付かなかった。でも、今は違う。
 大切なものに気が付いた。だからこの試練も終わり、元の姿に戻す。)

(ま、待て!!)


また眩い光が目の前を覆う。だが、戻る前に勝手に試練を課した龍神に一言言ってやりたかった。―が叶わず、


(クソッ!!!)


腹立ち紛れに呟いた。

―光の中から戻って来た時にはが目の前で涙を堪えていた。
いつも悲しげな顔や怯えた顔をするのに涙を流した所は見た事が無い。だが、傷付かない訳じゃ無い―


、そんなに悲しむな。俺は此処にいる。」

「…!! 泰衡さまっ!! …良かった…。」


俺の名前を呼んだは泣き笑いではあったが、確かに俺に向かって微笑んだ。
それが何とも嬉しくて今迄の笑顔の中で一番愛しく見えた。


「これからも側にいてくれ。」


そして俺はをきつく抱き締めた。


end





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我が友!白ちゃんから頂きました!当サイトの主人公と泰衡様の小説です!
も〜!大感激です!ありがとう白ちゃん!大好きだ!(笑)

主人公もとっても可愛く書いてくれて、泰衡様もすっごく素敵です!
そして最後のオチ(?)にちょっとびっくり!
私には中々書けない感動的なシリアスなお話でした。
最初ギャグ予定だったのに・・・と白ちゃんは言ってましたが、十分素敵です!

どうもありがとう!ホントに宝物です!
ちなみに作者の白ちゃんからのコメントは「泰衡さんがヤキモチ妬きですみません・・・。」
とのことです。でも私的には嬉しかったですよvヤキモチ泰衡様(笑)


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