□未来を抱き締める



 沈みがちだった山南さんが、ここ最近は元気を取り戻しつつあった。
 私も自分の事のように嬉しかった。
 やっぱり、山南さんに塾を開くのを勧めて良かった――
 今では心からそう思っている。



 塾の開かれる日は、屯所内も子供達の明るい声で賑やかになる。


「山南先生、姉ちゃん、こんにちはー!」


 真っ先に挨拶してきたのは、山南さんの自称一番弟子を謳っている小六君だった。
 この子は特に山南さんに懐いていて、勉強熱心でもあるから、殊のほか可愛がられている。
 私も同じだった。
 私には兄弟がいなかったけど、もし、弟がいたらこんな感じかな――と、彼を見ているといつも思う。


「ねえ、僕、いっつも思ってたんだけどさ」


 小六君が私と山南さんをじっと見上げる。


「――何だい?」

「山南先生と姉ちゃん、いつになったら夫婦になるの?」

「えっ……!」


 小六君の質問に、思わず声を上げたのは私だった。
 ――また何を言い出すかと思えば……
 山南さんの反応も気になった。
 私はそっと、山南さんを盗み見る。
 だが、山南さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべているだけだった。
 全く動揺している様子がない。
 少し、淋しいような気になった。


「ねえ、どうなの?」


 何も答えない私達に、小六君は更に食い下がってくる。
 これははっきりした答えを言わない限り、解放してくれそうにない。
 ――どうしよう……
 と、その時だった。


「小六」


 穏やかな声で、山南さんは小六君の名を呼んだ。


「君は、私と姉さんが一緒になる事を望んでくれているのかい?」


 思いもよらぬ言葉だった。
 私の胸の鼓動は、小六君に突飛な質問をされた時より早くなっている。
 そんな私にお構いなしに小六君は無邪気に言う。


「もちろんだよ!だって、先生と姉ちゃん、ほんとにお似合いだもん!ずーっとずっと、一緒に塾を続けて欲しいな!」

「――そうか」


 山南さんは短く答え、小六君の頭をそっと撫でる。
 その表情は、心なしか、少し嬉しそうに見えた。
 私の、思い過ごしでなければ――



「じゃあね!先生、ねえちゃん!また今度ねー!」


 日が傾き、子供達はそれぞれの家に帰って行く。
 私と山南さんは並びながら、屯所の外に出てみんなを見送る。


「気を付けて帰るのよー!」


 私が子供達に叫ぶと、彼らは大きく手を振り返してくる。


「うん!さよーならー!」


 子供達の姿はどんどんと小さくなってゆく。
 見えなくなってから、私と山南さんは屯所の中へ入った。
 そして、二人きりになったのを見計らって、山南さんに思いきって切り出した。


「――あの、山南さん……」

「ん、何だい?」

「えっと……山南さんは、その……私と、一緒になりたいと……思っていらっしゃるんですか……?」

「えっ……?」

 山南さんは目を見開いて私を見つめる。
 もしかして、とんでもない質問をしてしまったのだろうか。


「あ、あの……ごめんなさい!その……さっきの山南さんの言葉が、どうしても気になっただけですので……。
ですから、気にしないで下さい!」


 言っている事が支離滅裂だ。
 こんな自分が情けなくて、堪らず泣きたくなる。


「――君」


 ふと、山南さんの手が、そっと私の頬に触れた。
 山南さんを見上げる。
 包み込んでくれるような優しい眼差しで、私を見つめていてくれる。


「私は本気だよ。君となら、必ず幸せな家庭が築ける。ささやかでいい。
ずっと、君と人生を共に歩んで行けたらと思っている。――君は、私が相手では嫌かい?」

「そんな事ありません」


 私は大きく首を振る。


「私も、山南さんがいいんです。――いえ、山南さんじゃなければ嫌です。
ご迷惑でないのなら……ずっとずっと、お側にいさせて下さい」


 私が言うと、山南さんは力強く抱き締めてきた。
 普段の山南さんからは想像出来ないほどの強引さ。
 でも、それもまた嬉しかった。


「迷惑なんて事はない。むしろ嬉しいよ。私も、君以外はいらない。だから、ずっと側にいて欲しい……」




 夕陽が辺りを赤く染めてゆく。
 その中で、私達は誓い合う。
 まだ見えない未来を、この手で抱き締めながら――








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「月下に舞う花びら」でキリ番踏んでリクエストさせて頂きました!
折原冬佳様の山南さんと鈴花さんの小説です!小六君まで登場して頂いて!
感激です!冬佳様の山南さんはやっぱり素敵過ぎるかと…!
好きキャラへの愛がありまくりです!かっこいい!(笑)
こんな素敵な小説ありがとうございました!


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