□その温もりを



 年の瀬が押し迫り、京の町は毎日のように賑わっている。
 その中を、は一人で歩いていた。
 京に上がったばかりの頃は、どこに何があるのか分からず右往左往していたが、
 巡察であちこち回っているうちに、一人でいても迷う事はなくなった。

 特に、甘い物の店に関しては新選組内でも相当詳しくなり、新たな店を発見しては、
 同じ甘党仲間である近藤や山崎、島田と一緒に出かけている。
 本当は、今日も誰かを誘って甘味処巡りをしたかったのであるが、
 生憎、山崎と島田は監察方の任務に出されてしまった。
 近藤に関しては、最近、夜遊びが過ぎると土方に釘を強く差され、部屋から出られずにいるようだった。


(無理に連れ出したりなんてしたら、後が怖いものね……)


 は鬼副長の仏頂面を思い浮かべ、ぶるりと身震いする。
 触らぬ神に崇りなし――
 そんな諺が頭を過ぎった。

 しばらくすると、は反物の店の前に辿り着いた。
 隊務に追われるには縁遠い場所だが、その時は、何の気なしにその中へと足を踏み入れていた。
 中に入ると、様々な色に染め上げられた布が豊富に並べられていた。


(どれも綺麗……)


 色彩鮮やかな反物に目を奪われていたら、背中越しに店主が、「いらっしゃいまし」と声をかけてきた。


「何かお探しですか?」


 にこやかに訊ねてくる店主に、は心底困惑した。


「い、いえ……。その……」


 が答えに窮していた、まさにその時であった。


「あれ、君?」


 聞き覚えのある声が、を呼んできた。
 が振り返り、それを確認すると同時に、声の主は「ああ!やっぱり君か!」と声を上げた。


「いやあ……こんな所で君と逢うなんて思いもしなかったよ」

「こ……近藤さん……?」


 は呆然と、声の主である近藤を見つめる。


「あの……今日は屯所を出ていけなかったのでは……?」


 が訊ねると、近藤はにやりと不敵な笑みを見せた。


「ふふふ……。トシの目を盗んで出て来たんだよ。
 大体、ちょっと夜遊びが過ぎるくらいで外出指し止めなんて、トシも堅すぎるっつーの!」

「は、はあ……」


 近藤の言葉に、はどう返してよいのやら分からず戸惑った。
 そう。近藤とはこういう男なのだ。
 見た目は派手だし、土方に比べると迫力に欠ける。
 最初は彼が局長だというのが信じられなかったが、付き合いを重ねてゆくうちに、
 近藤という男の凄さをまざまざと見せ付けられた。
 情に厚く、男気にも溢れている。
 だからこそ、何百といる隊士達からも信頼を寄せられている。


(本当に、こういう不真面目さがなくなれば……)


 そんな事を思っていると、近藤が怪訝そうにを見た。


、君、俺の事を『不真面目だ』とか思ってんじゃないだろうね?」

「えっ……!そ、そんな事は……」


 は慌てて否定しようとするものの、近藤は「ここに書いてるよ」と、自分の顔を指差した。


「――君は分かりやすいからねえ。
 しかし……嘘でもきっぱり否定して欲しかったなあ……」


 まるで子供のように拗ねる近藤に、もどうして良いのか分からなくなった。
 だが、一番困っていたのは店の店主だった。


「あの……」


 遠慮がちに、店主がおずおずと二人に割って入る。


「出来ましたら、店の中では、その……」

「あ、ああ。悪い」


 店主の言わんとしている事をすぐに察し、近藤はすかさず謝罪した。


「えっと……そうそう!
 君と逢ったせいで忘れかけていたけど、頼んでいた物を取りに来たんだったよ!」


 深い意味はないのであろうが、近藤の台詞が妙に引っかかった。


(私のせいで用を忘れていたって……)


 店主と話す近藤を、は恨めしい気持ちで睨む。
 だが、当の近藤は先ほどと違い、全く意に介していない。
 まるで、自分以外は興味がないと言われているようである。


(まあ、そんな事、ずっと前から分かってはいたけど……)


 そう思っていても、不満は決して拭いきれない。
 いつしか近藤に惹かれてゆき、しかし、決して結ばれる事がないというのも分かっていた。
 そもそも、妻子ある男を愛してしまう事自体が間違いなのだ。
 自身もそれはよく分かっているので、誰にも本心を告げず、ひっそりと近藤を想い続けてきた。


君」


 ぼんやりとその場に立ち尽くしていたに、近藤が声をかけてきた。


「どうした?急に元気がなくなったようだけど……」


 まさか、目の前に元凶がいるとは口が裂けても言えない。


「いえ。何でもないです」


 は笑顔を繕う。
 以前から、近藤はに『笑った顔が一番好き』だと言っていたので、
 どんな状況でも笑うのが癖のようにもなっていた。


「――無理をしているな」


 自然な笑みを作ったはずが、近藤にはそうは見えなかったらしい。
 そして、何を思ったのか、に背を向け、店内を物色し始めた。


(やっぱり、私は無視なのね……)


 近藤の行動に、心の中のささくれが更に大きくなるのを感じた。
 もう、この場を離れたい。
 出来る事なら、近藤と顔も合わせたくない。
 もちろん、それは除隊でもしない限り無理な話であるが。

 しばらくして、近藤は一つの反物を手に取った。
 鮮やかな朱色に染められた、とは遥かに縁遠い印象がある。
 もしかしたら、馴染みの遊女にでも贈るつもりなのか。
 そう思った時だった。


君、ちょっと」


 近藤がを手招きする。
 は首を傾げつつ近藤の側へ行くと、近藤は彼女の身体にそれを宛がった。


「うん。やっぱりこれだ!」


 近藤はと反物を交互に見比べながら、満足そうに何度も頷いた。
 店主もを見て、「ええ。良くお似合いですよ」と、にこやかに同意していた。


「だろ?いやあ……我ながら目が高いよなあ!よし!これを貰うぜ!」

「ありがとうございます」


 何が起こったのだろうか。
 は瞠目したまま、二人のやり取りを見つめる。
 近藤は店主に先ほどの反物の代金を支払い、店主はえびす顔でそれを受け取っていた。


「ほら、。そろそろ行くぞ」


 近藤に促され、は夢心地のまま店を後にした。
 外に出ると、陽が傾きかけていた。
 遅い時間ではないはずだが、さすがに冬は暮れるのが早い。


「――近藤さん……」


 町中を並んで歩きながら、が口を開いた。


「ん?」

「あの……さっきの反物ですが……」

「え?ああ!あれは、俺から君へのご褒美だよ。
 君は女の子にも拘わらず、男ばかりの集団で毎日頑張っているからね」

「え、でも……」

「何だい?――もしかして、あれだけじゃ不満だった?」


 不安げに訊ねる近藤に、は「いえ!」と強く首を振った。


「その逆です。私なんかに、あんな高価なも……」

「はい、待った!」


 が言いかけた言葉を、近藤が素早く遮った。


君、あれは俺から君への精一杯の気持ちなんだからさあ。
 それを、『私なんか』で片されてほしくないなあ……。
 どうせなら、素直に『わあい!ありがとう!』って手放しで喜んでもらいたいよ」

「す……すみません……」


 は俯きながら、謝罪する。
 そんなに近藤は言った。


「まあ、俺が好きでやった事だからな。
 でも、これだけは憶えといてよ。俺にとって君は、誰よりも最愛の恋人であると」


 思いがけない台詞であった。
 ははっと顔を上げる。
 いつになく、近藤の瞳には優しさが宿っている。
 近藤を好きなのは自分だけ。
 そう思っていただけに、近藤の言葉は素直に嬉しかった。
 近藤の妻や娘への罪悪感がないわけではない。
 しかし、今は近藤を愛する想いの方が勝っている。


「近藤さん」


 は近藤を真っ直ぐに見つめた。


「私も……近藤さんを『恋人』だと思っても良いのですか?」


 の問いに、近藤は強く頷いた。


「もちろん。――ずっと、俺と君は……」


 近藤はそっと、の手を取った。
 こうして手を繋ぐ事を、どれほど切望したであろうか。
 このひと時は、にとって、生涯忘れる事の出来ないものとなるかも知れない。


(奥様、ごめんなさい……)


 心の中で謝辞を述べつつ、それでも強く近藤の手を握り締めた。
 最期の一瞬まで、近藤の温もりを感じつつ共にいられるようにと――








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「月下に舞う花びら」様のクリスマス企画でフリー配布されていました。
恋華と花柳、2つとも頂いてしまいました!(少しは遠慮を;汗)

こちらは恋華、近藤さん夢です!
奥さんのいる近藤さんとの恋は…いろいろ複雑ですかねぇ…。
でも、明るい近藤さんの口調が何だか凄く近藤さんらしくて(?)素敵ですv

冬佳様!ありがとうございました!


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