□恋する女の子



 秋のお彼岸も過ぎ、少しずつ寒さが増してきた。
 今日も天気は良いものの、時折頬を掠める風が冷たく感じる。


「ああ……水が冷たい……」


 着物を洗いながら、鈴花はぽつりと呟く。


「本当ですねえ……」


 それに対し、ものんびりとした口調で答える。
 そんな二人の目の前には、隊士達から押し付けられた洗濯物の山。


「全く……!洗濯ぐらい、自分で出来ないものなのかしら……。これだから男の人は……」


 鈴花はずっと、こんな調子だった。


「でも、仕方ありませんよ。皆様……特に幹部の方達は常に忙しくしていらっしゃるのですから」

「それもそうねえ」


 の言葉に、鈴花は頷く。
 納得してくれたのだろう。
 そう思っていたのだが、どうやら違っていた。


「近藤さんや永倉さん、そして原田さんは、ほぼ毎日島原通い。
 山南さんは変な発明に没頭。沖田さんや平助君に至っては、何かと理由を付けて逃げるし……」


 言っているうちに興奮してきたようで、着物を擦る力に一層力が入る。


「鈴花さん……そんなに乱暴に扱っては……」


 さすがのも、お怒り気味の鈴花にオロオロしてしまう。
 と、その時だった。


「あらあら、寒い中ご苦労様ねえ!」


 艶やかな着物を身に纏った美女が、にこやかに二人に近付いてきた。


「山崎さん、お暇なら、あなたも少しは手伝って下さいよ。
 さんと二人でこの量は、とても無理があります」

「あ……あら……。ほら!アタシは男だからあ……。
 やっぱりお洗濯は、繊細な女性がするべきよ、ええ!」


 ――そうなのだ。
 この山崎というのは、見た目は女性そのものだが、実はれっきとした男性である。
 だが、はともかく、鈴花相手には通用するものではない。
 案の定、鈴花は不機嫌そのものの表情で、山崎を睨み返している。


「男であろうと女であろうと、この屯所内では関係ありません。
 別に『全部やれ』と言っているわけではないんです。
 せめて、ご自分のものだけでもやって頂けたら、こっちはそれだけでもだいぶ助かるんですから!」

「まあまあ……」


 鈴花の剣幕に圧倒され、山崎も引き気味だった。
 しかし、それでもさすがは山崎と言ったところか。
 と違い、すぐに落ち着きを取り戻し、手の平を返したようにあっさりと話題を変えてしまった。


「そうそう。実はね、とっても良い物が手に入ったから、
 二人共、お洗濯が済んだらアタシの部屋に来てちょうだいな」

「良い物……ですか……?」


 は首を傾げつつ、聞き返した。
 それに対し、山崎は嬉しそうににっこりと頷く。


「そうよお。だから、早く終わらせちゃってね。
 じゃあ、アタシは部屋で待ってるからー!」


 言うだけ言って、山崎はそそくさとその場を去ってしまった。


「あ、山崎さんっ!」


 屯所内に響き渡るほどの声で、鈴花が怒鳴る。
 だが、当然の事、山崎がこちらを振り返る事はなかった。


「もう……」


 鈴花は溜め息を吐きながら、再び洗濯物を手にした。


「でも、何でしょうね。“とっても良い物”って」


 まだ怒りが治まっていない鈴花を宥めるように、が言う。


「――さあ。でも……」


 鈴花は一瞬手を止め、微笑を浮かべた。


「案外、期待出来るかも知れませんね」

「そうですよ!」


 鈴花の笑顔に安堵し、も明るさを取り戻した。


「山崎さんの事ですから、きっと、とっても素敵な物を見せて下さいますよ」

「ふふ……そうね。じゃあ、とっとと洗濯を済ませちゃいましょうか!」

「ええ」


 と鈴花は、顔を見合わせながらにこりと笑う。
 そして、水の冷たさを我慢しつつ、洗濯を続けた。

 洗濯が終わったと鈴花は、真っ先に山崎の部屋へ向かった。


「山崎さん、桜庭とです」


 障子の向こうにいる山崎に、鈴花が声をかける。


「ああ。入ってちょうだいな」


 山崎の言葉に、鈴花は静かに障子を開け、部屋の中に入る。
 もそれに続いた。


「いらっしゃい。待ってたわよ」


 山崎はにっこり笑いながら、二人を迎えた。


「山崎さん、何を見せて下さるんですか?」


 鈴花が訊ねる。
 その瞳は、期待に満ちていた。


「ふふ……。これよ」


 山崎はそう言って、二人の前に何かを差し出す。
 それは和紙で包まれているため、中身までは確認出来ないのだが。


「何ですか……?」


 首を傾げながら、は訊いた。
 山崎は相変わらず上機嫌な笑みを浮かべながら、ゆっくりと包みを開ける。


「「わぁ!」」


 中身を見たと鈴花は、同時に感嘆の声を上げる。
 そこにあったのは、赤や青、黄色など、色とりどりの星の欠片に似た菓子――金平糖だった。


「どうしたんですか?これ」


 表情を輝かせながら、鈴花は山崎に訊ねた。


「ついさっき、知り合いから貰っちゃったのよ。
 でも、一人で食べるのも味気ないから、鈴花ちゃんやちゃんも誘っちゃおうかしらって思ってね。
 ま、いつも頑張っているご褒美でもあるんだけど」

「最高のご褒美ですよ!ね、さん!」

「はい!」


 二人の反応に、山崎は満足気だった。


「さ、早速食べましょ。アタシもずっと、楽しみにしていたんだから!」


 山崎に促され、二人はそれぞれ金平糖を一つずつ摘み、口に入れる。

 口いっぱいに広がる甘さ。
 は幸せな気持ちになる。
 だが、その半面で、ふと、ある隊士の事が脳裏に浮かんだ。


「そう言えば、斎藤さんは甘い物が苦手でしたよね」


 鈴花の何気ない言葉に、は反応してしまう。
 彼女が考えていた隊士――それはまさに、斎藤の事だったのだから。


「あらあ」


 突然、山崎がの顔を間近から覗き込んできた。


ちゃん、顔が赤くなってるわよー」

「えっ……!」


 は思わず、両手で顔を押さえた。
 自分の顔色は、鏡でもない限り確認が出来ないものの、
 それでも熱を帯びているような感覚は確かにあった。


「――で、ハジメちゃんとは最近どうなのよ?」

「あ、それ、私もすっごく気になります!」


 山崎はともかく、鈴花までもが、興味津々といった表情でを見つめる。


「ど……どこまで……と、言われましても……」


 二人の攻撃に遭い、は俯きながら、畳の上に指先で“の”の字を書く。
 まさか、山崎にお呼ばれされただけでこんな目に遭おうとは、全くの予想外だった。
 いや。そもそも、鈴花のあの言葉さえなければ、こんな事にはならなかったかも知れない。


(でも、鈴花さんも、決して悪気があったわけではないのだから……)


 そう思うと、鈴花を責める気持ちにもなれない。
 はひっそりと溜め息を漏らした。


「でもさ」


 困り果てているを見兼ねてか、山崎がふと口にした。


「ハジメちゃんも、ちゃんには下手に手出し出来ないかも知れないわよね。
 何せ、ちゃんの側には、ハジメちゃんほど……いや、
 ハジメちゃん以上にちゃんを溺愛する誰かさんがいるからねえ」

「誰かさん……ですか……?」


 誰を指しているのか分からず、は素直に疑問を投げかける。
 そんな彼女に、山崎はあからさまに呆れた表情を浮かべた。


「ちょっとちょっと!『分からない』なんて言わないでよお!
 あんたを目に入れても痛くないほど溺愛しているのって言ったら、
 あんたの兄貴ぐらいしかいないじゃないの!」

「――ああ……そういう事ですか!」


 遅過ぎる反応に、山崎だけでなく、鈴花までもが脱力していた。


「と……とにかく」


 体勢を直しつつ、山崎は続けた。


「あんたもハジメちゃんと幸せになりたいなら、どうにか兄貴を説得なさい。
 女にとっての最高の幸せは、本当に好きな人と一生涯添い続ける事なんだから!
 そうだ!何ならアタシも喜んで協力するわ!
 あんた達を見てると、じれったくってしょうがないからねえ」


 山崎の言葉に、鈴花も強く頷いていた。


「そうですよ!私も二人の幸せのためなら、協力は惜しみません!
 やっぱり、さんには誰よりも幸せになって欲しいですもの!」

「は……はあ……」


 二人の押しの強さに圧倒され、は思わず身を仰け反らせた。
 そんなにお構いなしに、二人はなおも計画を練り続けていた。


(いざという時の女性の力って、凄いわ……。あ、山崎さんは男性だった……)


 山崎と鈴花を見比べながら、はそんな事をぼんやりと考えていた。
 本当はそっとしておいて欲しい気もする。
 だが、ここまで盛り上がっている二人に水を差すのも悪い気がして、
 結局、黙って成り行きを見守っていたのだった。








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「月下に舞う花びら」で7500HITでリクエストさせて頂きました!
鈴花さんと山崎さんと女の子同士のお話、というリクエストで。

鈴花さん、山崎さん、そしてドリ主も可愛くてv楽しい気持ちになりました♪
女の子同士とっても可愛らしいお話ありがとうございました!


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