□きっと……



 は縁側で正座をしながら、ぼんやりと空を眺めていた。

 透き通った青空の中に、流れる白い雲。

 そして眩く輝く太陽。

 冬が近付き、肌寒さを感じていたが、それでも心地良さを感じる。

 ふと、眠気に襲われた。
 こっくりこっくりと、船を漕ぐ。
 と、その時。





 ふと、声をかけられた。
 は驚き、はっと目を醒ます。


「どうした?疲れているようだが……」


 いつの間に現れたのか、彼女のすぐ目の前には斎藤がいた。


「い、いえ……。疲れては、ないと、思います……」


 無防備な姿を見られ、は恥ずかしさのあまり俯く。
 だが、斎藤自身は全く気にした様子も見せず、黙って彼女の隣に腰掛けた。
 暫し沈黙が流れる。
 斎藤は何を考えているのか、じっと庭を眺めたままだ。


「あ、あの、斎藤さん?」


 いたたまれない気持ちになり、は口を開いた。
 斎藤はこちらに視線を移した。
 強い意志を感じさせる漆黒の瞳。
 片方は長い髪で隠されて見えないのに、それでも、
 もう片方だけの瞳に見つめられるだけで、鼓動が高まる。


「――どうした?」


 怪訝そうに斎藤が訊ねてきた。


「え、えっと……」


 は言葉が出て来なかった。
 色々と話したい事があったのに、あんまり見つめられ、全て頭から吹き飛んでしまった。


「ああ、そうだ」


 がもじもじとしている間に、斎藤が何かを思い出したように声を出した。


「さっき、山崎さんと桜庭に逢った時、お前をどこかへ連れて行ってやれと言われたのだが……」

「――えっ……?」


 思いがけぬ言葉に、彼女は目をぱちくりさせる。
 だが、驚いたのは、それだけではなかった。


(そもそも、何で山崎さんと鈴花さんが……)


 その時、思い出した。
 鈴花と山崎の部屋を訪れ、金平糖をお裾分けして貰った日の事を。
 そう。二人はを目の前にして、何やら怖ろしい計画を企てていたようだった。
 のため――とは言っていたが、心なしか、二人は楽しんでいるように感じた。


(まさか……これが……?)


 考え過ぎだとは思う。
 だが、押しの強いあの二人ならあり得る。





 斎藤に呼ばれ、またはっとする。


「あ、はは、はい!」

「どうするんだ?俺は暇だから構わないが。ただ、無理に誘う気もないがな」

「だ、大丈夫です!喜んで、斎藤さんのお供をします!」


 の言葉に、斎藤はふっと口許に笑みを浮かべていた。

 斎藤とは、並んで京の町中を歩いていた。
 辺りを見渡すと、寒さなど吹き飛ぶくらい賑わっている。


「さて、どこへ行くか……」


 斎藤が言いかけた時だった。


「あっ!斎藤さんじゃないですか!」


 少し離れた場所から、少年がこちらへと勢いよく駆けて来た。
 二人は足を止めた。


「ちょっと!急に走らないで!」


 今度は少年の後から、綺麗な顔立ちをした少女が走ってくる。


「――咲彦に……志月……?」


 斎藤がぽつりと、二人の名前を口にする。


「わあっ!俺の事、ちゃんと憶えていてくれていたんですね!」


 少年は斎藤の前に来るなり、歓声を上げる。


「咲彦君、止めなさい!往来のど真ん中で恥ずかしい……」


 少女は咲彦という名の少年の腕をぐいぐいと引く。
 その様子を、はただ、ぽかんと見つめていた。
 ふと、咲彦が彼女に気が付いた。


「あれ。斎藤さん、この人はどなたですか?」

「ああ。こいつは。俺と同じ新選組隊士だ」

「へえ……こんな可愛い人が隊士なんですか!
 桜庭さんは気が強い感じがするから、何となく分かるけど……」

「咲彦君!失礼でしょう!」


 咲彦が何かを言うたびに、志月という少女が厳しく嗜める。


(この人達は、一体……)


 まだ呆気に取られたままのに、斎藤が静かな声で言った。


「彼が咲彦。そして彼女が志月倫だ」

「初めまして!咲彦です!」


 咲彦が元気に自己紹介する。
 一方、倫は柔らかな物腰で挨拶してきた。


「志月倫です。よろしくお願いします」

「あ、よ、よろしくお願いします!」


 倫ににっこりと微笑まれ、は思わずどきどきした。


(本当に、綺麗な女の子……)


 同性でありながら、ついつい見惚れてしまった。


「ところで、お二人は何をしていたんですか?」


 興味津々といった表情で、咲彦が訊ねてくる。


「――別に。お前達には関係のない事だ」

「そ、そうですか……」


 斎藤の素っ気ない反応に、咲彦は哀しげに呟く。
 は少し、彼が可哀想に想えた。
 だが、斎藤の言う事ももっともなので、声をかけてあげる事が出来ない。


「咲彦君」


 助け舟を出すように、倫が咲彦に言った。


「そろそろ行きましょう。私達はまだ、おこうさんに頼まれていたおつかいが済んでいないのだし」

「あ、ああ。そうだね。あんまり遅くなると、姉ちゃんに叱られちゃうしな」


 咲彦の顔に、再び笑顔が戻ってきた。
 やはり、倫は彼の扱いに慣れているのか。


「それじゃあ、また。斎藤さん、さんも、今度、『花柳館』に遊びに来て下さいね!」


 咲彦はそう言い残すと、倫と共にその場を去って行った。
 再び、二人の間に静けさが戻った。


「――元気な方ですね、咲彦さん……」


 はぽつりと呟く。


「ああ……」


 斎藤も頷いていた。


「そう言えば、『花柳館』って、何なのですか?」


 最後に咲彦が言い残した言葉が気になっていたため、彼女は素朴な疑問を斎藤に投げかけた。
 斎藤は少し考える仕草をみせながら、口を開いた。


「『花柳館』とは、花柳流という流派の道場だ。だが……」

「『だが』、何ですか……?」

「――あそこは、お前が行くには相応しい場所とは言いがたい」

「え……?」


 斎藤の言っている意味が分からず、は首を傾げた。
 彼は躊躇いつつ、それでも意を決したように言った。


「――問題は、道場のある場所だ。つまり……『花柳館』は島原の中にあるからな……」

「島原……」


 一瞬、理解出来なかったが、すぐに分かってしまった。
 は気まずさのあまり言葉を失った。
 斎藤もばつが悪そうにしている。
 彼が言い淀んでいたのも、これでやっと納得出来た。


(道場にはとても興味がある。けど……)


 さすがに『花柳館』は気軽に行けるような場所ではない。
 鈴花を知っていた事を考えると、彼女は時々顔を出しているのだろうが、には敷居が高過ぎる。
 ふと、斎藤がの手をそっと取った。


、お前はずっと、穢れなき心でいてくれ。そして、俺以外の男の事など、絶対に見ないように……」

「斎藤さん……」


 突然の告白。
 斎藤の真摯な言葉に、はその場に釘付けになったように動けなかった。
 心臓は早鐘を打っている。
 ここまで彼女の心を虜にしてしまうのは、斎藤以外、誰一人としていない。


「――斎藤さん」


 胸の高鳴りを抑えながら、は口にした。


「私の瞳に映っているのは、あなただけですから……。
 きっと……これからも……」








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「月下に舞う花びら」様で9999HITでリクエストさせて頂きました!
以前頂いたお話の続き…ということなんですが…。

何と今回は花柳からもゲスト(?)キャラクターが!
咲彦君と主人公さんなんですが…咲彦君が可愛すぎる…!とか思いましたよ!
あ…いえいえ、もちろん本命は斎藤さんなんですが。
斎藤さんに好意的な咲彦君に何だかすっかりやられてしまった!(笑)

でも、やっぱり素敵だと思ったのはラストの斎藤さん何ですけどねv
台詞がすっごく嬉しかったですvvもう大好きですv
でわでわ!とっても素敵なお話ありがとうございました!冬佳さん!



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