□あなたの瞳に



(どこにいるんだろう……?)


 は、ある人物を探し、屯所内をあちこち歩き回っていた。
 部屋、道場、庭……思い当たる所は全て行ったのに、それでも見付からない。


(まさか、出かけてしまったって事は、ないよね……?)


 彼に限ってそれはないと、考えを改める。
 あの人は絶対、約束を違えるような人じゃない。
 無口であまり感情が表に出ないから、彼の人となりをよく知らない人からは怖れているみたいだが、実際は違う。
 誰よりも優しくて繊細。
 そして、情に厚い。


(――でも……)


 分かってはいても不安が過ぎる。
 ――もしかしたら、他の女性と逢っているのではないかと……
 だが、彼から想いを告げられたわけではないから、それを責める術はない。


「もう、諦めようかな……」


 そう呟いた時、ふと、ある場所に視線が行った。
 屯所内には不釣り合いな一本の桜の木。
 そこからわずかだが、人影らしきものが見えた。


(あれは……!)


 はゆっくりとそれに近付く。


(やっぱり……)


 そこにいたのは、ずっと探していた人物――斎藤一だった。
 彼は木に寄りかかるような姿勢で寝入っていた。


「珍しい……」


 は囁くような声で呟いた。
 彼女も新選組に入隊してだいぶ経つが、斎藤の無防備な姿を見るのは、初めての事だった。
 どこか少年のようなあどけなさが残る寝顔。
 それを見ていたら、は心が温かくなるような気持ちになった。
 口許も、自然と綻んでくる。


(斎藤さんでも、疲れる事があるのね)


 そんな事を思いながら、は斎藤の髪に手を伸ばす。
 癖のない真っ直ぐな黒髪。
 彼女は、斎藤の左目を隠している髪にそっと触れた。
 ずっと気になっていた。
 隠された瞳はどんな輝きを持っているのか――
 が、がそれを掻き分けようとした時だった。
 気配を感じたのか、斎藤が目を覚ました。
 の手は、そのまま止まってしまった。
 斎藤と視線がぶつかる。


「ご、ごめんなさいっ!起こすつもりはなかったんです!」


 は慌てて手を引っ込め、何度も頭を下げる。


「――いや」


 だが、斎藤の口から出た言葉は、意外なものだった。


「俺こそ、少し休むつもりがすっかり熟睡してしまったらしい。
 ――すまない。今日は、に付き合う約束をしていたのに……」


 逆に謝られてしまった。


(無理をお願いしたのは私なのに……)


 は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 ほんの少しでも、斎藤を疑ってしまった事に――


「斎藤さんは全然悪くありませんよ」


 は言った。


「ここ数日、あまりお休みでなかったでしょう。
 それなのに、私が斎藤さんの優しさに甘えてしまっていたんですから。
 謝るのは、私の方です」


「――……」


 斎藤はふっと笑った。
 他人から見たら、あまり表情が変わってなさそうに見えるが、
 には、彼のわずかな表情の変化も敏感に察知出来る。
 見えている右目は優しい光を放っている。


「斎藤さん」


 は斎藤を真っ直ぐに見つめた。


「あの、その髪、触っても、いいですか……?
 斎藤さんの瞳を、ちゃんと見てみたいんです」

「――ああ……」


 斎藤は短く答えた。
 は背伸びをし、長い前髪を掻き分けた。


(――ああ。やっぱり……)


 思った通りだった。
 曇りのない澄んだ瞳。
 今はだけを見つめてくれている。





 斎藤はの手をそっと取る。
 自分より大きな手に包まれ、彼女は鼓動が早くなるのを感じた。
 彼は低く穏やかな口調で続けた。


「俺はどんな事があっても、お前の手を離したりはしない。だから、ずっと俺の側にいてほしい……」

(えっ!それって……)


 にも分かった。
 それは斎藤の真摯な想い。
 彼は冗談など言う人ではないのだから――


「――私も」


 は満面の笑みを浮かべながら答えた。


「ずっと、斎藤さんの側にいますから。あなたの瞳には、私しか映らないように……」








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「月下に舞う花びら」でキリ番踏んでリクエストさせて頂きました!
折原冬佳様の斎藤さん小説です!やっぱり斎藤さん素敵です〜vv
とっても優しい雰囲気の小説を書かれる折原冬佳様。
当サイトドリ主をわざわざ使って欲しいとのややこしい注文にも関わらず、
こんな素敵な小説ありがとうございました!


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