□甘い生活



 彼女は繰り返し夢に見る。
 愛する人に刃を向け、斬ってしまったあの日の事を――
 そうしてほしいと望んだのは彼だったとは言え、何故、刀を収められなかったのだろう。
 斬られた後、満足そうにしていた彼の微笑みは、彼女の胸を酷く締め付けた。
 そして、彼を斬った自分自身を呪いながら一生を送り続けるのだろうと、その時は漠然と感じていた。

「……い……おいってば!」


 夢と現実の狭間の中で、誰かがを呼んでいる。

(起きなきゃ……)

 そう思うものの、身体はなかなか言う事を利いてくれない。
 それでも、何とか自分自身を鞭打つように、重い瞼をこじ開ける。
 徐々に視界が開けてくる。
 すると、真っ先にの目に飛び込んできたのは、自分の顔だった。
 の目は一気に覚めた。
 と同時に、自分を覗き込んでいるもう一人の自分をまじまじと見つめる。


「――あのさ。俺に何か付いてる?」


 もう一人の自分は、怪訝そうにに訊ねる。
 いや。そこにいる自分は、とそっくりでもではない。
 若干の幼さは感じさせるものの、声はのものよりも低めだし、
 頬に付いた肉も、彼女に比べるとすっきりしている。


「――平助君……」


 ようやくは、自分そっくりな者の名前を呼んだ。


「何だ。寝惚けてただけか……」


 未だ目の焦点が合わないに対し、藤堂平助は苦笑する。


「それにしても、何だってこんな所で眠りこけてたんだい?
 一瞬、俺がいない間に急に倒れたのかと思って心配しちゃったよ」

「え? ――あ……」


 は身を起こしながら、何もない畳の上で眠っていた事に今更ながら気付いた。


「やだ……。ちょっと休むつもりだったのに……」


 みっともない姿を晒してしまった恥ずかしさと、
 藤堂に余計な心配をかけてしまった事に対する申し訳なさとが交錯し、はその場に正座しながら俯いた。


「――まあ、さんが何ともないのなら、別に構わないけどね」


 藤堂はそう言いながら、と向かい合わせになるように正座する。


「でも、ただでさえ今は大事な時期なんだから、変な場所で居眠りなんてしちゃ駄目だよ」

「う、うん……」


 藤堂の言葉に頷きながら、はそっと、自らの腹部に触れた。

 今、の中には新しい命が眠っている。
 油小路の変があった日、藤堂は永倉と原田によって命を救われ、奇跡的にも命を吹き返した。
 その後はと共に、傷の療養をしながらひっそりと暮らしていたが、
 鳥羽伏見の戦いの時、再び周囲の前に姿を現した。

 ――才谷、そして何より、敬愛する伊東の仇である大石を斃すために。
 結果は、今こうしている事でも分かるだろう。
 大石を見事に討ち果たしてからは、藤堂は刀を捨てた。
 山南や伊東同様、平和を何より愛していた彼。
 もう、人を哀しませる道具などいらない。
 藤堂はそう思っていたのだ。
 もまた、彼と同時に剣を捨てた。
 剣で身を立てるつもりでいたが、藤堂と出逢い、愛し合う事で、剣を持つ事の愚かさを改めて実感した。
 そして今、祝言を挙げ、残りの余生は穏やかに暮らそうと互いに誓い合った。
 後は、新たな家族が増えるのを二人で心待ちにしている。


「この中にいるのは、男の子かな? それとも、女の子かなあ?」


 藤堂は満面の笑みを浮かべながら、の手に重ね合わせるように、自らのそれを添える。


「どっちでもいいわよ」


 もまた、藤堂に釣られて笑んだ。


「明るくて、元気で、思いやりのある子……。それ以上は何も望まないわ」

「そうだね。明るくて元気で……。でも……」

「『でも』……何?」


 が首を傾げながら訊ねると、藤堂は躊躇いがちに口を開いた。


「――やっぱり、女の子なら伊東先生、男の子なら近藤さんにそっくりだといいな。
 ほら。伊東先生は男の子でも女の子でも可愛いと思うけど、近藤さんそっくりな女の子は……ちょっとなあ……」


 予想はしていたが、藤堂のとんでもない発言に、今度はの方が呆れた。


「――平助君……それはどう足掻いたって無理よ……」


 口の端を引き攣らせながら、は言った。


「だって、この子は平助君と私の子なのよ。
 ――別に、伊東さんや近藤さんが駄目だと言っているわけじゃないけど……。
 でも、この子は確実に、平助君か私にしか似ないわよ」

「――えっ……。そうなると……俺もさんも同じ顔をしているんだから、生まれてくる子もまた、同じ顔って事じゃないか!」


 自分より賢いはずなのに、そんな当たり前の事も分からないのか。
 は更に呆れ返った。
 そんな彼女の思いをよそに、藤堂はまた無理難題を押し付けてきた。


「だったら、そっくりな子が出来るまで頑張ろうよ!下手な鉄砲も……」


 藤堂が言いかけた時、は咄嗟に手を出した。


「馬鹿っ! いくら私だって、そんな体力はないわよ!それに、『下手な鉄砲も』何なの?」

「わわっ……ごめん! 今のは冗談だってば! だから落ち着けって!」


 ひたすら藤堂を叩き続けるに対し、彼は必死で謝罪しているが、
 先ほどの発言が本気であった事はもお見通しであった。


「もう、知らない!」


 は叩くのを止めると、今度は頬を膨らませてぷいとそっぽを向いた。
 分かっている。
 これは、伊東や近藤に対する嫉妬だ。
 あの二人と自分を比べる事自体が間違いであるのは承知しているが、
 それでも、モヤモヤとした不快感は消えない。

 暫しの間、二人の間に気まずい空気が流れた。


(本当に、どうしたら……)


 と、その時だった。


さん」


 藤堂は囁くようにの名を呼ぶと、彼の元へと彼女の身体を引き寄せた。
 突然の事に、は驚きを隠せない。
 抵抗も出来ず、そのまま、藤堂の中にすっぽりと包まれていた。


「本当にごめんな。確かに、伊東先生や近藤さんにそっくりな子は欲しいけど、
 でも、一番はさんに似た可愛い子がいいかな。顔はもちろんだけど、中身も……ね」


 藤堂はそう言うと、の目尻にそっと己の唇を押し付けた。
 彼の不意打ちには慣れている。
 慣れているはずなのに、の心臓は破裂しそうなほどまで早鐘を打っている。


「あれ? さん、真っ赤になってるよ」


 藤堂はニヤリと意味ありげに笑んだ。


「な……何……?」


 些かの不安を感じ、は逃げ腰となる。
 だが、藤堂の中にいる彼女は、どう頑張っても逃れられない。


「大丈夫だよ」


 藤堂はにっこりと微笑む。


「いくら何でも、身重のさんに無理はさせないからさ。
 その代わり、今日はこのまま、あんたを抱き締めさせてよ」








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「月下に舞う花びら」様で2周年記念としてフリー配布されていました!
恋華からは平助君、花柳からは大石さんのお話を。
私は大石さんよりは平助君の方が好きなので、平助君のお話を頂いてきました!

平助君もあまり書かない人なので、レアな気がしてとっても嬉しかったですv(笑)
平助君はやはり中々可愛いですよね〜v
そしてなにやら平助君と鈴花さんが妙に似ていることを会話していて思わず笑ってしまいました!(こら;)
二人の容姿が似ていると思っていたのは私だけではなかったのかと(笑)
きっと二人の子供は二人にそっくりなんでしょうね♪

でわでわ冬佳様2周年おめでとうございます!小説ありがとうございました!


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