□小さな想い、壊れぬように



 何故、こんなにもあの少女が気になるのか、土方自身も不思議に思っていた。
 本来の土方の好みの女と言えば、さっぱりした気性で、それでいて色気のある美女だったはずだった。
 しかし、あの少女は違う。

 『純真無垢』をそのまま絵に描いたような少女で、今まで土方と関わってきた女達と違い、穢れなど全く知らない。
 その分、こう言ってしまうと身も蓋もないが、少女は色恋沙汰にはとんと疎い。
 土方以外にも、少女に密かに想いを寄せる隊士は何人かいるが、少女は彼らの気持ちに全く気付いていない。


(我ながら、面倒な娘に惚れちまったもんだ……)


 前途多難な恋に、土方は思わず深い溜め息を漏らす。
 仕事の気分転換に、と考えて庭先に出てみたものの、
 出たら出たで、憎らしいほどの晴天に気持ちが更に重くなった。


(どうにかならんもんか……)


 そう思っていた時だった。


「あれ? 土方さん、ですか?」


 背中越しに、少女の澄んだ声が聴こえてきた。
 土方の心臓は飛び上がらんばかりに早鐘を打つ。
 いつもなら、人の気配はすぐに察知出来るはずなのに、少女の事で頭が一杯で気が緩んでしまっていたらしい。
 しかも、自分を呼んだ声は、今しがた考えていた少女のものであった。
 嬉しくないわけがない。
 しかし、少女の事ばかりを想っていた事に少なからず気まずさも覚え、何とも複雑な心境であった。


「あの……大丈夫ですか……?」


 未だぼんやりとしている土方を、少女――は心配そうに見つめる。


「い、いや……。何でもない……」


 これ以上、に余計な心配をかけまいと思うものの、それでも心臓の鼓動は依然として速いままである。
 全身からも、じわじわと汗が滲み出ているのが分かった。


「――もしかして、熱でもあるんじゃありませんか?」


 はそう言うと、土方の額に自らの手を伸ばして当ててきた。
 土方の顔が、一気に熱を帯びる。


「あ、やっぱり」


 は額に手を当てたまま言う。


「土方さん、ここずっと忙しそうにしていたから、疲れが出てしまったんですよ。
 お部屋に戻って、休んだ方がいいです」

「え、いや……俺は別に……」

「いけません!」


 いつものからは想像も出来ぬほど強い口調で、土方の言葉をぴしゃりと遮った。


「土方さんの身体は、土方さんだけのものではないんです!
 もし、無理をして倒れたりしたら……近藤さんを哀しませてしまうんですから!
 さ、お部屋に行きましょう!」

「あ、ああ……」


 有無を唱えさせないにすっかり負けた土方は、
 言われるがまま、と共に部屋へと向かった。

 部屋に戻ってから、は何かを思い出したかのようにそこから出て行った。
 その間、土方は机に向かいながら胡坐を掻いていた。
 まだ、やるべき仕事は残っている。
 が戻るまでの間だけでも、少し片付けておいた方が良いだろう。
 土方はそう思い、筆を取ろうとしたのだが。


「土方さん、です」


 頃合いを見計らったかのように、が戻って来てしまった。
 土方は慌てて手を引っ込めた。


「あ、ああ。入ってくれ」


 土方が答えると、障子は静かに開かれ、正座をしたが姿を現した。
 は自分が入れるほどまで障子を開けると、盆らしき物を持って立ち上がった。
 そこには、急須と、二つの湯呑みが載せられている。
 どうやら、茶を淹れるために退室したらしい。


「美味しいかどうか分かりませんけど……」


 机に背を向けて座り直した土方の前に膝を折ると、は盆の上で急須から湯呑みに茶を注ぐ。


「どうぞ」


 は淹れたての茶が入った湯呑みを、土方の前に静かに滑らせる。


「ああ、すまんな」


 土方はそれをすぐに手に取り、口許へ運ぶ。
 その様子を、は窺うように見つめている。
 よほど、自分の淹れた茶の味が気になるらしい。


「――悪くないな」


 土方の答えに、は「良かった」と胸を撫で下ろしていた。


「実は前に、鈴花さんにお茶の淹れ方を教わってはいたのですが……
 自分一人で淹れるのは、初めてだったので……」

「そうか」


 土方は短く答えると、口許を小さく綻ばせた。
 自分のために茶を淹れている
 それを想像しただけで、素直に嬉しい気持ちになった。


「――あの……土方さん……」


 が土方の名を口にしてきた。


「何だ?」

「――あの……さっきは、申し訳ございませんでした……」

「さっき……?」


 湯呑みを手にしたまま、土方は首を捻る。


「ですから……さっき、土方さんを怒鳴ってしまったので……」

「ああ、あれか」


 の言葉に、土方は苦笑した。


「別に気にしちゃいない。――確かに、少々驚きはしたがな。
 だが、あれは俺を気遣ってくれたからこそ出た言葉だろう?」

「え、ええ……」

「だったら、謝る必要はねえ。
 それに、に謝られたりしたら、俺もさすがに居た堪れなくなる。
 ――事情を知らない者が、万一この状況を見ていたら、俺がお前に説教しているようにしか映らんだろうしな」

「はあ……」

「だから、お前ももう気にするな。寧ろ、俺はお前に感謝しているぐらいなんだからな」


 土方はそこまで言うと、湯呑みを盆に置き、躊躇いがちにに手を伸ばすと、髪にそっと触れた。
 本当は頬に触れたかったが、さすがにそれはしてはいけないような気がして、どうにか思い留まった。
 だが、髪に触れられただけでも、土方には充分過ぎるほどの幸せだった。
 癖がなく、淡い色の髪は、柔らかな触り心地であった。





 髪を一通り撫でた土方は、手を再び戻してに訊ねた。


「お前は、いつか、女の幸せってもんを手に入れたいと思わねえか?」

「女としての幸せ、ですか……?」


 いきなり何を言い出すの? と言わんばかりに、はきょとんとして首を傾げている。
 土方は構わず続けた。


「お前は新選組隊士である以前に、一人の女でもある。桜庭もそうだがな。
 本音を言えば……俺は、お前をこのまま、新選組に埋もれさせたくねえと思っている。
 ――だから……お前さえ、良ければ……」


 そこまで言いかけて、土方は「いや」と首をゆっくりと振った。


「これ以上は言わないでおくか。
 一方的に俺の気持ちを押し付けてしまっても、お前を困らせるだけだろうしな」

「はあ……」


 は未だ、怪訝そうに土方を見つめている。
 腑に落ちない――の表情はそう言っている。
 そんなに、土方は優しく微笑みかける。


「今は何も知らなくていい。いずれ、時が来たら、俺の口からちゃんと話そう」

「やれやれ。結局、今回も進展なしか……」


 一人の男が、土方の部屋の様子をひっそりと窺っていた。


「常日頃から、『俺に落ちない女はいねえ』なんてデカい口を叩いてたくせに、
 あの子の前じゃ、てんで子供だな……。 ま、仕方ないか。
 彼女みたいな純粋過ぎる子は、どんな男であろうとも、そうそう簡単に落とせやしないんだからな。
 そう。それが、泣く子も黙る『鬼の副長』であるトシでも、ね」


 男――近藤は口の端を上げながら呟くと、静かにその場を立ち去った。








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「月下に舞う花びら」様、冬佳様より頂きました!
鬼副長土方さんのお話です!

当サイトでは土方さんはギャグ担当(え?)なんですが…。
主人公にベタ惚れでもヘタレていない土方さんがステキです!(笑)
私が書くとすぐヘタレますからね;(爆)

そして密かに土方さんを見守っている近藤さんも良い感じです!
土方さんにはこれからも無駄な努力いえ、頑張って頂きたいかと!

冬佳様!ステキな土方さんありがとうございました!


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