-斎藤さん編-



お昼休み、私は屋上からグラウンドを眺めていた。
グラウンドには永倉先輩や原田先輩がいて、バスケットをしていた。

そう言えば前は傍で見学させてもらって、
応援していたらボールが飛んできたりと大変だったような…。

その時のことを思い出し、私は小さく笑いを盛らした。

そしてまたグラウンドに向けている視線を動かす。
今度は生徒会室の裏手の窓が見えて、山南先輩が窓辺の花に水をあげているのが見えた。


(あの花は…)


以前、私と鈴花さんが生徒会に入った近藤さんを始め、
先輩たち皆にお祝いとして渡したもの…。


(山南先輩…大切にしてくれているんですね…。)


何だか心が暖かくなって私は再度笑みを盛らす。
顔を上げれば晴れやかな青い空。

やっぱり私はこの場所が好きだと再認識した。

休み時間は短いけど、ここではゆっくり時間が流れているように感じるし、何より…。


「こんなにも…良い天気ですしね…。」


青い色が大好きだから、この青い空に近いこの場所は私の一番のお気に入り。
それにここから見渡す全ては、優しく穏やかに見えて、安心する…。

私は腰をおろして伸びをするとゆっくり目を閉じた。
風も感じるこの場所は、本当に贅沢な私の特等席。



***



「…ん」


何だか良い匂いが鼻を掠めた。
暖かくてほっとするような優しい匂い…。

と、同時に頭にふわっと優しい感触がした。
誰かが頭を、髪を撫でてくれている…そう…この感じは…。


「お兄ちゃん…」


髪に触れている手にそっと自分の手を添えて、名前を呼んで、目を開ける。
別に寝ていたわけじゃないけど、おぼろげになっている意識の中…私の目の前にいたのは…。


「……起きたのか?」

「…………」


片方だけ見えている真っ黒な綺麗な目。
それと視線が交差した瞬間、私の意識は一気に覚醒した。


「さ…斎藤先輩!?


触れていた手を離し、私は飛び起きて先輩の傍を離れた。


「…………」

「ど、どうして…せ、先輩がこんな…所に…;」


動揺しまくっている私は、先輩が少し傷ついたような表情をしたのには気付けなかった。
明らかに拒絶するような態度を取ってしまったのは半ば自覚はあったけど、
激しく波打つ心臓を抑えるので精一杯で…。


「いや…たまたま、お前の姿が見えたから…」

「な、何か…私に用事ですか?」

「……別に」

「…………」

「…………」


ぽつりぽつりと話す斎藤先輩。
口数が少ないのはいつものことのはずなのに、何だか今日は気まずい気がする…。

ここで初めて、私は先輩に失礼な態度を取ってしまったことに気付いた。


「あ、あの!斎藤先輩!」

「……?」

「すみません、私…その、びっくりしてしまって…」

「…………」

「あの…だから…;」

「…………」

「……ごめんなさい…;」


とはいえ、何をどう言って謝れば良いのか正直わからなくて、
私は先輩の前に正座し、頭をたれた。


「…………」

「…………」


また気まずい沈黙。
でもそれはすぐに消えて、先輩は私の頭をポンポンと叩くと、優しく笑ってくれた。


「……いや、俺の方こそ…脅かしたのならすまなかった。」

「…………」


ああ、やっぱり斎藤先輩は優しい。
いつも無表情で近寄りがたいって感じる人も多いけど、
私もはじめはそうだったけど、今は誰より先輩といる時が一番幸せだった。

どんな些細な一言でも先輩の言葉は優しくて温かくて、ぽっと胸に光が宿るみたいに…。
あまり話すことはなくてすぐに沈黙することも多いけど、そんな静寂が心地よくて。

それはお兄ちゃんと一緒にいる時と似ているかもしれない。
さっき間違ってしまったのも、ホッとするような感じが似ている気がするから…。


(でも…)


でも、決して同じだと思っているわけじゃない。

一緒にいることが嬉しくて、幸せな気持ちになるのは同じだけど、
先輩と一緒にいる時は、安心する時もあるけれど、酷く不安になる時もあるから…。

嬉しいはずのことが悲しかったり、
寂しいと思っているのに、温かい気持ちになったり…。

そんな複雑な想いを感じるのは先輩だけで、それはつまり…。


(私は…先輩のこと…)


微かに頭に浮かんだ気持ち。
私は慌てて首を振ってそれを打ち消した。


「……?どうかしたのか?」

「あ、い、いえ!何も!」


不思議そうに首を捻った斎藤先輩。
私は立ち上がり笑顔を作って声をかけた。


「もうすぐお昼休み終わりですよね?そろそろ戻った方が良いですよね?」


斎藤先輩は頷いて、それからまた少し笑ってくれた。


「行くか?」

「はい!」


こんな短い時間でも、顔を見るだけで幸せだから。
声を聞けるだけで幸せだから。

だからどうか…今はこのままで…。


屋上から出て、階段を下りた時、お昼休みの終わりを告げるチャイムが響き、
私と先輩は顔を見合わせると大慌てで駆け出した。




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2010.07.20