-沖田さん編-



お昼休みに屋上へ行くと、猫の鳴き声が聞こえた。
不思議に思って顔を上げると、階段のある上の所から子猫が落ちてきた。


「!?」

「にゃ〜!」

「あ、危ない!!」


私は反射的に手を伸ばして、
その子を受け止めたけど…心臓が止まるかと思った。


「だ…大丈夫ですか…?」

「にゃー。」


私が声をかけると、子猫はとりあえず返事をしてくれて、
…とりあえず大丈夫そうだ。

元々猫は反射神経とかに優れているし、
きっと私が助けなくても大丈夫だったかもしれない。

でも、まだ小さい子猫。
本当に無事でよかった…。


「すみません、さん、」

「え?」


その子を抱きしめて、ほっと息をついていると、
名前を呼ばれて、少し驚いて顔を上げる。

まさかこの子が…?

なんて馬鹿なことを一瞬考えてしまったけど、
よくよく考えてみると、声には聞き覚えがあった。

それに、『お昼休み』、『屋上』、そして、『猫』…。


「沖田先輩ですか?」


猫が落ちてきた屋上入り口の上を見上げるようにして、
私がそう声をかけると、案の定、沖田先輩が顔を出した。


「ええ、正解です。」



***



沖田先輩に誘われて、私も入り口の屋根の上に登った。
沖田先輩はお昼休み、たまにここで休んでいる。

もちろん、ここ屋上は校内なので猫を連れ込んでいるのは不味いはずだけど…。


「僕が休んでいると、どこからともなく集まってくるんです。」


と言うのが沖田先輩の意見。
決して自分が連れ込んでいるわけではない…と。

確かに、沖田先輩は何故か猫に好かれるみたいで、
猫の方が集まってきてるのは事実なのかもしれないけど…。

私は苦笑いしつつも、さっき助けた子猫も沖田先輩を見ると、
喜んで傍へ寄っていくので、何だか納得してしまっていた。


「この子、先日生まれたばかりなんですよ。」

「…そうなんですか。」


沖田先輩は傍へ寄ってきたさっきの子猫を抱き上げると、
愛おしそうに顔を寄せて、そう言った。

先日生まれたばかりなのに、やんちゃであちこち歩き回っていて、
兄弟の中でも特に好奇心旺盛で、悪戯好きだとか。


「僕がこの前ここで本を読んでいた時も、
 じゃれ付いてきて、本を破いてしまったんですよ。」

「へぇ…」

「しかもそれが土方さんに借りた本だったので…後で随分叱られました。」

「あはは;それは…大変でしたね。」


話の内容的には困ったようなことを言っているけど、沖田先輩は楽しそうだった。

それに、子猫を見つめている先輩の表情は凄く優しくて穏やかで、
本当は迷惑だなんてこれっぽっちも思っていないことは一目瞭然だった。

その証拠に…。


「ええ、でもやっぱり可愛いから許してしまうんですよね…。」

「……お気持ちはわかります。」


そんな沖田先輩の呟きが、何だか妙に嬉しく思えて、私は笑って頷いた。


「それで…この子、どうするんですか?」

「え?」

「あの…もう直ぐお昼休みも終わりですし…このままここに?」


まだ生まれたばかりの子猫。
おまけにやんちゃだと聞いていたので、こんな所に置いていたら、
今度は屋上から落ちてしまうのではないか…。

不安に思った私が尋ねると、沖田先輩はにっこり笑って、
子猫を私に自慢げに見せた。


「?」

「大丈夫ですよ。実はこの子を飼ってくれる人が見つかりまして。」

「あ、そうなんですか!」

「ええ、それで今の休み時間のうちに飼い主の方が来てくれるそうで…。」

「え?…ということは今ですか?」

「はい、今ですね。」

「……………」

「……………」


嬉しそうな沖田先輩の笑顔に、少し理解が遅れたけど…。


「え…;沖田先輩…もう予鈴が鳴りますけど…。」


思わず目に入った時計の時間を見て、私は呟いていた。


「…え」

「お、沖田先輩!それならこんなのんびりしてる暇は…」

「……本当ですね。急ぎましょう。」

「…へ?あ…、」


沖田先輩もその言葉に自分の時計に目を落とし、慌てたように立ち上がった。
子猫を抱き上げて、そして、何故か私の腕も掴んで…。


「沖田先輩?」

さんも一緒に来てくれますか?」

「え?でも…」

「…飼い主さんに渡してしまったらもうこの子には会えませんし、
 せっかくですからね。最後に一緒にお別れしましょう。」


沖田先輩はそう言って私にウィンクして見せた。

もう授業が始まってしまうけど…、そういわれると断ることもできなかった。

それにしても…まだ小さい子猫で、沖田先輩にとても懐いているこの子、
飼い主が見つかったことは喜ばしいことだけど…別れること先輩は寂しくないのかな?

特に寂しがっている様子も、残念がっている様子も見られない沖田先輩に、
なんとなく、違和感を感じて、恐る恐る尋ねてみた。


「あの…沖田先輩…?」

「何ですか?」

「…寂しくないんですか?」


一瞬沖田先輩の動きが止まった…。

寂しくないわけなんてないのかもしれない。

案の定、沖田先輩は少し寂しそうな顔で振り返り、


「………それは…もちろん、少しは寂しいですよ…。」


と、苦笑いした。


「…そうですよね…ごめんなさい…。」


無神経なことを聞いてしまった…。
よく考えればわかることだし、当たり前なのに…。

一瞬とはいえ寂しそうな沖田先輩の顔を見て、
そんな顔をさせてしまったことに責任を感じて、私が言葉に詰まっていると、
沖田先輩は掴んでいる私の手を引いて、私を引っ張った。

そして、近づくと耳元で小さく囁いた。


「でも…」

「?」

さんがいてくれたら…少しはマシです。」

「沖田先輩…。」


傍で聞こえた声がくすぐったくて、恥ずかしくて、慌てて顔を向けると、
沖田先輩の綺麗な顔が直ぐ横にあって、余計に恥ずかしくなった。


「だから、一緒に来てくださいね♪」

「……///


おまけに嬉しそうな笑顔を、そんな間近で見せられて…。
凄く照れくさくて、きっと真っ赤になってるかもしれない。

それを、誤魔化すように笑って頷いて、私は沖田先輩と一緒に校舎を出た。

お別れする時はやっぱり寂しいけど、見送るのが一人じゃないなら、
寂しいって思ってるのは一人じゃないし、笑顔でお別れできますよね…?

校舎を出たところに居たのは小さな女の子。
子猫を飼ってくれる飼い主というのは彼女なのだろう。
私たちに、そして子猫に気づくと凄く嬉しそうに笑ってくれた。

この子なら、子猫を可愛がってくれる。
そう確信した私と沖田先輩は顔を見合わせ笑顔をかわすと、
子猫を女の子に渡し、二人を笑顔で見送った。


「きっとあの子は幸せになりますよね。」

「はい!」


予鈴がなって、教室に戻る時、
沖田先輩がふとそんなことを尋ねて来たので、私は大きく頷いた。

あの女の子は、きっとあの子を大切にしてくれる。
それに、沖田先輩にもこんなに想われているんだから…。


「きっと幸せになりますよ…。」


根拠のない自信だけど、確信でもあったから…。
きっと絶対そうだって…。

沖田先輩の髪の色みたいに綺麗な色の、
晴れた空の日の、昼休みのできごとでした…。




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2008.12.08