-永倉さん編-



今日は少し具合が悪いみたい…。
昨夜から少し風邪気味かな?と思っていたけど…。


「もう今日は帰ろうかな…。」


今やっと午前中の授業が終わって、
お昼を食べに行く所なんだけど、体もだるいし食欲がない。

鈴花さんとお昼を食べる約束をしているけど、
早退するって言った方が良いかもしれない…。


(鈴花さんに風邪がうつってしまっても悪いですしね…。)


お弁当を片手に待ち合わせ場所に向かっている途中だけど、
喉も痛いし、ふらふらしている自覚が出てきて私は帰ることをほぼ心に決めた。

正直…午前中がんばったのに途中で帰るのは悔しいけど…。


(…でも…本当に…)


気持ちが悪くなってきた…。

ふっと目眩がして思わず頭を押さえたら階段で、
手摺りにかけていた手を放してしまったせいで、足を踏み外してしまった。


「……っ!


本気で心臓が飛び出るかと思った。
叫びそうになったけど声も出なくて、とにかく無我夢中で手摺りに手を伸ばしたけど…
再度手摺りに捕まろうと手を伸ばした私の手を誰かが掴んで助けてくれた。

とてもあったかい、力強い手だった。


「大丈夫か?…。」


顔を上げると目に写ったのは赤みがかったような色の髪の人物で、
ほっとしたような顔をしていた。


「…永倉先輩…」

「ったく…びっくりさせるなよなぁ〜;
 心臓止まるかと思ったぜ。おめーも結構ドジだよな。」


永倉先輩は苦笑いを浮かべ茶化すようにそう言ったけど、
心配してくれているのは明らかだった。


「……すみません…」


助けられたのはわかっていたし、申し訳ない気持ちもあったけど、
あんまり頭が働かなくて、私は永倉先輩と同じように苦笑いし、
小さくそう答えるのがやっとだった。


「…どうした?具合…悪りぃのか?」

「…はい…少し風邪気味みたいで…早退しようかと…。」


普段なら、大丈夫だと答えていた。
でも、今は本当に具合が悪くて、気持ちが悪くて…。


「しっかりしろよ、大丈夫か?」

「は…い…。」

…?…!おい!しっかりしろよ!」


永倉先輩の声が段々と遠くに聞こえた気がした…。



***



「ん……」


気が付くと、白い天井が目に入った。


「…………!!」


同時に勢い良く体を起こす。
どうやらベットで寝ていたみたい…ということは…。


(ここは…保健室?)


ベットの横の白いカーテンを目にして、
私はボーッとする頭で何とかその結論に辿り着き、首を傾げた。


「え…でも、どうして…」


でも、ここに来るまでのことが思い出せない。
保健室になんて来た覚えないのに…。

微妙に混乱し、思い出そうと必死に記憶を辿っていると、ふいにカーテンが開いた。


「お、起きたのか。。」

「永倉先輩。」


カーテンを開けて顔を覗かせたのは永倉先輩。


「あ、」


と、永倉先輩の顔を見て思い出した。
さっきのこと…。


「ん?」

「あの…永倉先輩が保健室に…連れてきてくれたんですか…?」


恐る恐る尋ねると、永倉先輩は苦笑い。
どうやら当たりみたい…。


「おめーが急に気失っちまうからよ、どうしようかと思ったぜ。」


ガシガシと頭をかきながら、永倉先輩はその時のことを説明してくれた。


「具合が悪りぃなら無理するなよな〜おめー見てるといつも思うことだけどよ。」

「…う…すみません…。」


すっかり迷惑をかけてしまった手前、反論の余地もない。


「まあ、なんだ…今日はもう終わりなんだからよ、帰ってゆっくり休めよ、な?」


すっかり落ち込んでいる私に、永倉先輩は慰めるように言ってくれた…が、
その言葉に一瞬思考が止まった。


「え?」

「ん?」

「先輩、今なんて…」

「え?何が?」

「今日が…もう終わり?」

「ああ…」


びっくりしている私に永倉先輩は事もなげに言った。


「もう今日の授業は全部終わった。今放課後だ。」

「ええ!?」


驚く私に、永倉先輩はククッと笑った。


「おめー結構長いこと寝てたんだよ。」

「で、でも…本当にもう放課後なんですか?」

「ああ、ほれ見ろよ。」


まだ認められないでいる私に、
永倉先輩はカーテンを開けて保健室の机の上にある時計を指差した。
時計は五時半を指していた。


「…………」

「な?」


言葉をなくしかけたけど、同時に大変なことを思い出した。


「鈴花さんは!」

「は?」

「わ、私お昼休みに、鈴花さんに!お昼が…」

「お、落ち着け;」


私が永倉先輩に助けられて保健室に来たのはおそらくお昼休みだ。
でも、鈴花さんとお弁当を食べる約束をしていたのに、会った記憶がない…。

約束すっぽかしてしまったんじゃ…。


「大丈夫だ、。」


慌てまくり、混乱している私に永倉先輩はポン、と肩を叩いてそう言った。


「え?」

「桜庭には俺が会ってちゃんと言っといてやった。
 おめーが具合悪くて保健室で休んでるって。」

「え?本当ですか?」

「ああ、桜庭のやつも心配して、休み時間に様子を見にきてたんだぞ?」

「あ…そうだったんですか…。
 鈴花さん…申し訳ないことをしてしまいましたね…。」


お昼をすっぽかしてしまった上に、心配をかけてしまったんですね…。

私が黙っていると永倉先輩が頭を撫でてくれた。


「大丈夫だって、桜庭も怒ってねーよ。
 ってか、心配したのは俺もだからな…。」

「え?」

「いや、何でも。」


永倉先輩はポソッと何か言ったけど小さくて聞き取れなかった。
私が顔を上げると、永倉先輩は机の上に置いてあったかばんを掴んで立ち上がった。
よく見ると私のかばんだった。


「今日はもう帰ろうぜ、送ってやるよ。」

「え!」

「おめーの荷物は桜庭が持ってきてくれたんだよ。
 あいつもおめーが起きるまで待ってたかったけど、今日は用事があるらしいから帰ったんだ。」

「そうなんですか…。」


ますます申し訳ないと思ってしまった。
鈴花さんには明日しっかりお詫びをしないと…。

と、鈴花さんのことばかり気にしていたけど、重大なことに今気付いた。


「…永倉先輩…」

「ん?」

「もしかして…永倉先輩は、私が起きるまでずっと待ってて下さったんですか?」


じっと永倉先輩の顔を見て私が尋ねると、永倉先輩は照れ臭そうに頭をかいた。


「…………」


どうして今まで気付かなかったんだろう。


「す、すみません!永倉先輩!」

「ああ?」


私は大慌てで思いっきり頭を下げた。

どうして今まで気付かなかったんだろう。

私を保健室に連れてきてくれたのは間違いなく永倉先輩だ。
そしてあの時、体調を崩してた私を助けてくれたのも、鈴花さんに知らせてくれたのも…。
そして今も、こんな時間まで私のために…残ってくれていた…?

よくよく考えれば…否、よく考えなくったってわかることなのに。

一番迷惑をかけているのは永倉先輩なのに、
何だかすごく自然に傍にいてくれる先輩に、
それに気付かないですっかり甘えてしまっていたことに、いまさら気付くなんて…。

穴があったら入りたい気分だった…。


「本当に…今日はすみませんでした…。いろいろ…ご迷惑を…。」


頭を下げたまま、必死に謝罪の言葉を続けた。
放課後永倉先輩がずっとここにいてくれたのなら、部活だってサボらせてしまっていたかもしれない…。

ぎゅっと布団を掴んで頭を下げたまま、顔を上げられないでいると、
足音が近づいて来て、永倉先輩が傍にきたのがわかった。

そして…、


「何言ってんだよ。」


と呆れた声で言われた。


「………ッ!?;」


そして、顔を上げるとデコピンされてしまった。


「おめーはいつも気にしすぎ、遠慮しすぎだって。」

「…でも…」

「具合が悪い時ぐらい、もうちょっと周りを頼れ。
 そんな恐縮するほど他人行儀な仲でもねーだろ。誰も迷惑だなんて思ってねーよ。」

「…………」

「…迷惑だって思ってたら、ここまでしねぇよ。
 それに…、おめーだから…待っててやったんだからな。」

「永倉先輩…。」


呆れたような顔をしていたけど、先輩の口調はすごく優しくて、
すごく…ホッとしてしまった。それに、言われた言葉がすごくうれしかった。


「ありがとうございます、永倉先輩…。」

「そうそう、おめーはその顔が一番だ。」


ガシガシとまた頭を撫でてくれた永倉先輩。
きっと私は今笑ってるんだろう、今の永倉先輩に負けないくらいの笑顔で。

永倉先輩が、そんな風に言ってくれたから笑えたんですよ?

そう思ったけど口には出さなかった。


「さ、帰ろうぜ。もう遠慮するなんて言わねぇよな。」

「はい、よろしくお願いします。永倉先輩!」

「よしよし、いい子だ。」


そんなわけで、今日は私は永倉先輩に送ってもらって一緒に帰った。
永倉先輩は本当に世話好きで優しい先輩だと思いました。


「あの、永倉先輩、」

「なんだよ?」

「かばんぐらいは自分で持ちますよ。」

「何だよ遠慮はしなくて良いって言ってるだろ。」

「遠慮…というわけじゃ…。」

「ま、おめーのはもう性格だな。」




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2009.10.05