-たまにはいいよね-




屯所の端。
トコトコと歩いてきたは木陰に誰かいるのが目に入って近づいていった。
そっと気付かれないように前に回り込んだが見つけたのは…、


「あ…斎藤…さん?」


気持ち良さそうに眠っている斎藤さん。
が近づいたのにまだ目を覚まさない。


(珍しいですね…。)


は心の中で呟いた。
斎藤さんが寝ていることも、気配に気付かないことも、極めて珍しい気がした。
斎藤さんは人前で寝たりはしない人だし、もし寝ていても人が来たらすぐに目を覚ますはず。
斎藤さんは気配に敏感だから…。

そんなことを考えつつ、は細心の注意を払い、斎藤さんの前にしゃがみこんだ。


(まだ起きてないですよね…。)


じっと寝ている斎藤さんを見つめ、まだ寝ている様子にほっとし、ふと思いついた。
いつもびっくりさせられているお返しに、斎藤さんを驚かせられないか…と。

普段、気配なく近づいてくる斎藤さん。
もちろん悪気はないのだが、いつもはびっくりしてしまうので、
心臓に悪いかも…と心配だったりする。
だからちょっとお返しに…との悪戯心がわいた。


(でも…どうすれば斎藤さんを驚かせられますかね…。)


とはいえ、問題はそれだ。
一体どうすれば斎藤さんは驚くだろう…。
じっと寝ている斎藤さんを見つめながらは何か良い方法はないかと考えた。



***



最初に思いついたのは『らくがき』。
寝ている人への悪戯と言えば王道だろう。
前に山崎さんが爆睡していた原田さんにお化粧をして騒ぎになったことがあった。


(……でも…;)


さすがにに斎藤さん相手にそんなことをする勇気はない。
大体触ってしまうと斎藤さんは起きてしまうかもしれない…。

次に思いついたのは、普通に大きな声を出して斎藤さんを起こそうと思った。
けど、気持ち良さそうに眠っている斎藤さんを起こすのは正直躊躇われた。
こんなに近づいても起きないのは疲れている証拠かもしれない。
なら休ませてあげるべきだろう。


(う〜ん……;)


しかし『起こす』という行為を躊躇っているようでは斎藤さんを驚かせることはできない…。

しばらく考えていたが…結局良い考えは浮かばず、は諦めて苦笑いすると、


「ゆっくり休んで下さいね、斎藤さん。」


と、小声で声をかけ、その場を去ろうと立ち上がろうとした。
……が、


「え…?あっ!


何故か引っ張られそのまま倒れこんでしまった。
斎藤さんの上に…。


「え!さ、斎藤さん!?」


は驚いて斎藤さんに声をかけたが反応はない。


「斎藤さん?まだ寝てるんですか?」

「…………」

「斎藤さん!」


必死に声を上げるだったが、
斎藤さんはを抱き締めたまま全く動かず、反応もない。


「……う;そこまで熟睡されていたんですかね…。」


身動きとれないは仕方なく抵抗するのをやめた。
抱き締められているのだからかなり恥ずかしいが、
斎藤さんは寝ているのだし、意識がないなら別に気にすることもないかと…。


「…………」


とはいえ、抵抗しないということは抱き締められている状態が続くということ。
どうしたらいいのかと困惑しつつも、恥ずかしさを紛らわすために目を閉じた。


(う〜ん;斎藤さん…起きて下さいよ…。)


そう祈りつつ、大人しくしていただったが、
慣れてくると段々と恥ずかしさも薄れ、
包まれている安心感と暖かさにうとうとしてきた。
耳元で聞こえる、斎藤さんの心臓の音も、眠気を誘う。


「…………」


寝てはいけないと思いつつも、
心地いい空気にはいつしか眠りに落ちた…。



***



「…………ん?」


が眠ってしばらくして、斎藤さんが目を覚ました。
なんとなく意識のはっきりしない状態だった斎藤さん。
腕の中の温もりを感じてふと視線を下ろすと、何故か幸せそうに眠っているがいた。


!?」


さすがの斎藤さんもそれには驚いた様子で、目を見開いた。
大体この状況と事態が飲み込めないし…どうしていいものかと流石に狼狽えた。

見た目は特に狼狽えているようには見えないかもしれないが、十分驚いている。
まあ、一人で寝ていたはずなのに、起きたら人がいて、
それが好意を持っている異性ならさすがに斎藤さんも驚くのかもしれない…。

斎藤さんを驚かせるというの思惑は本人の意志はないにしろ、成功したようだ。


「…………」


どうしてこんな状態なのかと思った斎藤さんだったが、
よく見ると自分がを抱き締めていることに気付いた。
そういえば、夢現つにの声を聞いた気がして離れていくのが恐くて手を伸ばした。


(まさか本当に捕まえていたとはな…。)


自分の腕の中で眠っている少女を見て、斎藤さんは苦笑いした。
抵抗しようと思えばできたのでは?と思い、
そうしないでいた様子のに嬉しいと思う反面、
全く警戒していない様子に微妙に複雑な気もする…。


「しかし…………この状態で寝るとは…大物だな……。」


自分に抱かれたままで呑気に寝ている想い人に苦笑いし、そっと唇を寄せた。


……」


髪に口付けを落として名前を呼ぶと、微かに目蓋が動いた。


「……ん」


そして、はゆっくり目を開けた。


「…………?」


斎藤さんと目は合っているが意識がはっきりしていないのか、
状況が飲み込めていない様子だ。


「目が覚めたか??」

「…………あ、はい…おはよう…ございます…。」

「…………ああ、おはよう…。」

「………………」

「………………」

「………………?」

「………………?」

「………………!?え、あ、あの?私!?


ようやく現状を理解したは真っ赤になって狼狽え、後ろに飛び退いた。


「お、おい;落ち着かないと危ない…」

「へ?あっ;」

「っ!」


慌てて飛び退いた、後向きのまま立ち上がろうとして
小石に躓き、そのまま後向きに倒れそうになった。
そのままでは後ろに倒れ、頭をぶつけてしまう。
斎藤さんは慌てて立ち上がりの頭を掴んで抱き寄せようとしたが…


「っ!」

「きゃあ!」


ドタッ!


間に合わず、二人とも転んでしまった。
幸い、斎藤さんがの頭の後ろに手を退いたので頭は打たなかった。


「…大丈夫か??」

「……う…はい;すみません…;」


ただ、抱き留めようとして倒れたので、斎藤さんがの上に倒れてしまった。
幸い、斎藤さんの反射神経と判断のおかげでは押しつぶされてはいないが、押し倒されている状態。

だが、にとってはそんなことより、斎藤さんの手の方が心配だった。

頭を打たなかったのは良かったが、その分斎藤さんの手が犠牲になってしまったのだ。
手を怪我なんてしてしまったら、仕事に支障がでるのでは…。


「すみません!斎藤さん!斎藤さんこそ大丈夫ですか?手、痛いんじゃないですか?」

「いや、…平気だ……」


焦ったはうるうると不安そうな顔で斎藤さんを見つめたが、
この態勢でそんな目で見つめられると……。


「………」

「え?斎藤さん?今なんて……。」


我慢の限界に達したのか、斎藤さんはそのままに顔を寄せた……その時…


「何してる!斎藤!」

「「!?」」


ものすごく不機嫌な怒鳴り声と共に、
斎藤さんはポイッからひっぺがされた。


「大丈夫か??」

「ひ、土方さん?だ、大丈夫ですよ?」

「そうか…よかった。」


怒鳴ったのは土方さんで、に声をかけ、返事を聞くとほっと一安心した顔をした。
が、起き上がったの言葉を聞いて、訝しげな顔になる。


「斎藤さんが助けて下さいましたので、怪我もないです。」

「……何?」

「あの、私、不注意で転んでしまって…頭をぶつけそうになって…。」


事情を話すの後ろで斎藤さんが少し不機嫌な顔で立っていた。


「土方さん……」

「…………す、すまん;斎藤;」


実際はあながち勘違いでもない気もするが、
土方さんは自分が妙な勘違いしていたことに慌てて、
斎藤さんにとりあえず謝るとそそくさと戻っていった。


「あ…土方さん…どうされたんですか?」

「……おまえは気にしなくて良い。」

「はぁ…。」


何だかいろんな人が驚く目にあった今日。
びっくりすることばかりだと大変だけど、たまにはこんな日もいいよね♪




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2010.10.09