-そっと耳打ち- (いよいよ初任務…) は腰の刀をぎゅっと握り締めた。 *** いつも巡察には行っているし、不逞浪士を捕らえたりもした。 毎日鍛練も欠かしていない。抜かりはない。 ……とはいえ、正式な任務はこれが初めて。 良からぬことを企てている他の藩士が潜伏している場所を突き止める事ができたので、 何か起きる前にそれを阻止し、捕縛すべし。と言うのが今回の任務だ。 自分意外にも何人もの新選組隊士がいて、 敵も複数いる…初めての大きな任務の前には緊張していた。 今はまだ待機中で、突入を待っている状態だ。 待機するよう言われたばかりだから突入まではまだまだあるし、 少し休んでおくべきなのに、は落ち着かずうろうろとその場を歩き回っていた。 「」 「!!は、はい!!」 名前を呼ばれては驚いて大声を上げてしまった。 「…大声を出すな。何をそんなに驚いているんだ…。」 「あ…さ、斎藤さん…;すみません…。」 振り返ると、立っていたのは斎藤さんだった。 「突入ですか?」 「いや、まだだ。……今待機の指示が出たばかりだろう。」 「そ、そうですね;」 まだドキドキしている。 もともと緊張していた上に、斎藤さんに声をかけられて驚いて、 動悸の激しさにはぐっと胸の前で手を握り締めた。 「緊張しているのか?」 斎藤さんは不安そうな顔をしているをじっと見つめ、尋ねた。 「……は、はい。少し…。」 今にも泣きそうな顔で…『少し』ではないのは明らかだ。 斎藤さんはそんなを気遣うように優しい表情で言った。 「最初は誰でも不安なものだ…落ち着いていつも通りすれば良い。」 「は、はい…。」 「おまえは十分やれる実力だ…期待している。」 「……あ、ありがとうございます!」 不安そうだっただが、斎藤さんの言葉にぱっと表情が明るくなった。 特に後半の言葉が嬉しかったようで、さっきの表情はどこへやら、 にこにこと嬉しそうに笑うに、斎藤さんはほっとしたような顔をした。 「落ち着いたか?」 「はい、ありがとうございます斎藤さん。 それに…嬉しいです、斎藤さんにそんな風に言ってもらえて…。」 赤くなって照れ笑いを浮かべたに斎藤さんは嬉しそうな顔をした。 「事実を言ったまでだ…。」 「ありがとうございます、がんばります。」 にとって、斎藤さんは尊敬する剣士の一人だ。 新選組組長の一人だし、何度か型を見てもらったり、見せてもらったりしたが、 正確で鋭い太刀さばきや、細かい指導なども、すごいと思うことばかり。 自分もこうありたいと思う憧れの人。 そんな人からの称賛の言葉、嬉しくないはずがない。 すっかり上機嫌になったに、斎藤さんは安堵したものの、 今度は逆に気のゆるみになるのではと、不安になった。 自分の言葉でがこんなに喜んでくれたのは嬉しいが、 それが油断につながっての身を危険に曝すようなことになっては元も子もない。 「、落ち着いたのは良いが、油断はするなよ。」 「はい!」 気を引き締めるようにそう言った斎藤さんの言葉に、 はキリッとした顔をすると、しっかり返事をした。 どうやら心配することはないらしい。しっかり覚悟はできているようだ。 それを確かめ、斎藤さんはふっと柔らかい表情になると、 壁にもたれかかるように腰を下ろした。 「おまえも座ったらどうだ?」 「え?あ、はい。」 斎藤さんの勧めでも腰を下ろした。 「あの、こんなにゆっくりしていて良いんですか?」 なんとなく座り込んでしまうと反応が遅れるというか… 気が緩んでしまうような気がして、は斎藤さんに尋ねた。 「大丈夫だ。突入まではまだ時間がある。今しばらくは指示は来ないだろう。」 「どうしてわかるんですか?」 心底不思議そうな顔をしたに斎藤さんはふっと笑って返した。 「おまえも経験を積めばわかるようになる。」 「う〜ん…。斎藤さんは新選組に入って長いんですか?」 「ああ、まあな…。」 「組長さんですもんね…やっぱりすごいです。」 隣で微笑んでいるを見ながら、斎藤さんは戦いの前だというのに 妙に落ち着いている自分の気持ちを不思議に思っていた。 もちろん斎藤さんはもう随分場数を踏んでいるのだ、修羅場も潜り抜けてきた。 新選組に入る前から人を斬り戦いの中に生きてきている。 戦い慣れていると言っても過言ではない。 だから、戦いの前に狼狽えたりはしない。 いつも心を落ち着け、冷静な判断ができるように戦いに備えている。 だから落ち着いているのはいつものことだが……。 今の落ち着いた気持ちはいつもとは違う。 そんな気がしていた。 今は落ち着いている、と言うよりは癒されているような…? 戦いの前、今から人を斬ると言うのに癒されているなんておかしな話だ。 斎藤さんは複雑な心中に複雑な思いに駆られたが、 ふと隣を見ると微笑んでいるの姿。複雑だった心中もすっと晴れていくようだった。 「?斎藤さんどうかしましたか?」 目が合ったが不思議そうな顔をして尋ねた。 「いや別に…。」 ふっとほほ笑み返した斎藤さん。 特に何か会話しているわけでもなくても、隣にいるだけでも心地よくて、 こうしている時間がもっとずっと続けば良いのに…。まだ夜半まで時間はある……。 戦いの前にこんなことを考えているのは可笑しいか…。 「大分暗くなってきましたね…。」 ぽつりとが呟いた。 「……恐いか?」 「いえ、そういうわけでは…。」 斎藤さんの言葉にはふふっと笑った。 「私、別に夜は嫌いじゃないですよ。本当に真っ暗だったらちょっと恐いですけど…。」 「夜半になったら本当に真っ暗になるぞ。」 突入するのは夜半だ。そんなことを言っていては…と、 斎藤さんは少し気にして言ったが、意外にもは笑顔を返した。 「そんなことないですよ。」 「ん?」 「だって、月や星が出てるじゃないですか。」 嬉しそうに、自信満々に言った。 「夜は空は暗いですけど、そのおかげで月や星が引き立って綺麗なので、私は好きです。」 「……そうか。」 「はい。」 「斎藤さんは月や星は好きじゃないんですか?」 「……いや、あまり気に留めて見た記憶がないから…。」 「じゃあ、今度一緒に見ませんか?」 「え?」 突然のの申し出に、斎藤さんは驚いた顔をしたが、 は構わず続けた。 「綺麗ですよ。もう満月は過ぎてしまいましたが、欠けゆく十六夜の月や三日月も。」 「……」 「もちろん星も。天の川じゃなくても空気の澄んでいる日は、 すごくたくさんの星が空一面に散らばって、すごく綺麗なんです!」 楽しそうに熱心に話すに斎藤さんは少し驚いていたが、 本当に月や星が好きなのだと言うことがよくわかるの様子を微笑ましく思って眺めていた。 一方は、つい調子にのって話し過ぎたかと少し慌てた。 「あ;えっと…その;べ、別に……興味がないなら…その; す、すみません、調子にのってしまって…。」 しどろもどろになりながら必死に弁解している。 そんな様子すら可愛らしいように思いながら、斎藤さんは口を開いた。 「いや、おまえが構わないと言うのなら…是非…。」 ふっと笑って返事をした斎藤さん。 少し驚いて、きょとんとしただったが、斎藤さんの返事に気付くと、 パァっと花が咲いたような笑顔になった。 「はい!嬉しいです、是非!」 にこにこと嬉しそうに笑う、斎藤さんも笑顔を返した。 お互い、この任務が終わったらの楽しみができたと、早く無事この任務を終わらせなければと…。 「。」 「はい。」 「少し休んだほうが良いぞ。」 「へ?」 「突入するのは夜半だ。まだ時間もある。」 「え…っと?」 「一眠りした方が良いと言っているんだ。」 「え!?こんなとこで寝るなんて…。」 「大丈夫だ、時間が来たらちゃんと起こしてやる。」 「はあ…でも、それだと斎藤さんは寝ないってことですか?」 「俺は平気だ。」 「私も別に…。」 「おまえは今日が初の実践だろう…。 最後まで体力を保ちたいなら、今は寝たほうがいい…。」 「う〜ん」 「目を閉じているだけでも良い、気持ちを休められればいいんだ。」 「はい…。」 さすがに戦いの前、こんな場所で寝れるわけはないが、 は言われたとおり目を閉じた。 辺りはもう暗い夜なので、目を閉じると何も見えない真っ暗闇だった。 「……」 夜は嫌いじゃないと言った。 たがそれは、星や月あってこそ…目を閉じた先の暗闇は本当に暗くて少し不安になった。 気持ちを休めるためと斎藤さんは言ったが、これでは逆に落ち着かない…、 がそう思った時、そっと手に暖かい感触が触れ、そして、 「心配するな、おまえのことは俺が護る…。」 優しい声がそっと耳打ちした。 「!!」 驚いたが目を開けると、すぐ傍に斎藤さんの顔があって思わず慌てた。 真っ赤になって慌てているを見ながら斎藤さんは楽しそうに笑っていて、 本当に楽しそうな様子に反論できないは仕方なく赤い顔のまま俯くしかなかった。 それでも、斎藤さんの言葉は嬉しくて、触れている手は離せなかった。 さっきまでの暗闇の不安も戦いの不安も、もう吹っ切れたような、 今は心安らかな暖かい気持ちだった。 (これならちゃんと戦える…かな…。ありがとうございます…斎藤さん。) はお礼を言う代わりに触れていた手をそっと握った。 私もきっと貴方を護りますという気持ちをこめて…。 戻る 2008.11.22
実は結構前に書いていた話…なので設定自体もかなり初期です。
主人公が新撰組に来てまだ日の浅い頃のお話です。 初任務で緊張している主人公を斎藤さんが励ましてくれたお話。 ドリ主にとって斎藤さんは最も信頼し、尊敬する新撰組隊士なので♪ (近藤さんの立場は…;爆) しかし、お題に沿ってるのはラストの辺りなんですが… こんなんで良いですかね;(汗) |