-突然、視界に飛び込んで来た君-
「泰衡様!」 呆けたように庭を眺めていた時、 突然が目の前にひょっこり顔を出した。 「……どうした?」 珍しくぼーっとしていた俺はかなり驚いたが、 表面上は平静を保ち、に尋ねた。 一目で機嫌が良いことが良くわかる。 にこにこと嬉しそうに笑うの表情に少し心が安らいだ。 「これを見てください!」 は嬉しそうに何か筒のようなものを差し出してきた。 「?何だ?これは?」 「この上の穴の所から中を見て下さい。」 筒を俺にわたし、上を向けると穴の開いている部分を指差した。 「?」 よくわからないが、言われたとおり中を覗くと、 筒の中は色とりどりの花が入っているかのように輝いていた。 「……これは?」 「綺麗ですよね!」 筒から目を離し、俺が顔を上げると、は嬉しそうに笑ってそう言った。 なるほど…、コイツが上機嫌なのはこれのせいか…。 本当に嬉しそうにしているに、皮肉を言うのも 気がひけたので、仕方なく素直にうなずいた。 「…そうだな。」 俺が肯定するとはますます嬉しそうな顔をして、 「“万華鏡”というものだそうです。」 と言った。 「万華鏡?」 「はい、将臣様が作って下さったんです!」 「……なに?」 にこ〜っと嬉しそうに笑うに、俺は眉を顰めた。 「昨日、お時間があって作られたそうなのですが、 私が気に入ったのならと言って下さったんです!」 「………」 「泰衡様にも是非お見せしたくて。」 は嬉しそうにそう言ったが、俺は複雑な気持ちだった。 ……作った? ……これを? あの男が…。 俺の脳裏には青髪の乱雑な男の姿が浮かんでいた。 俺は詳しくは知らないが、何故かはあの男と親しい。 …というか、あの男がを気に入っているようで、 よくちょっかいをかけてくる……。 確かに、熊野の息子や弁慶に比べればマシだが…。 それでも不愉快だ。 今この、万華鏡とかいう品も興味深いし、美しいとも思ったが これがあの男の作ったもので、しかもをここまで喜ばせていると思うと複雑だ。 「………」 「…?泰衡様?」「」 黙りこくっていた俺にが不思議そうに首をかしげたのと、 俺が口を開いたのは同時だった。 「は、はい?」 「…これはしばらく俺が預かる。」 「え?」 「構わんな?」 「は、はい。どうぞ。」 は驚いていたが、嬉しそうに笑った。 俺がこれを気に入ったと思ったのか……。 そんなわけがないだろう…。 俺は“万華鏡”を持ったまま、自室へと戻った。 *** 「よお!」 「あ、将臣様。」 「“様”はよせって言ってるだろ。」 「あ…すみません、将臣殿;」 翌日、買出しで町に出たは将臣殿に会った。 将臣殿は町を探索するのが好きなようでよく会うのだ。 そして、面倒見のいい彼はついでにとを手伝ってくれることも多い。 神子様と将臣殿の二人は特にを気に入っていて、 妹のように可愛がっているし、二人が親しいのはそのためだ。 将臣殿は手馴れた様子でひょいひょいとの持っていた荷物を持ってくれた。 「あ……。」 「今日は少ねぇんだな。」 「すみません、いつもありがとうございます。」 「気にすんな、ついでだついで。」 にっと笑顔を見せた将臣殿にも笑顔を返した。 *** 「あ、あの。将臣殿。」 「なんだ?」 屋敷への道を歩いていた時、が思い出したように口を開いた。 「この前頂いた“万華鏡”なんですけど…。」 「ああ、あれか。どうかしたのか?」 「いえ、とっても綺麗で気に入りましたので…本当にありがとうございました。」 「なに、いいってことよ。 別に大したもんでもねぇし、適当に作ったもんだからな。」 「いえ、適当なんてとんでもない!本当にすごいですよ!」 「…そうか?まあ、そんなに喜んでもらえりゃ、悪い気はしねぇな…。」 「はい!銀さんや泰衡様もとっても綺麗だって!気に入って下さいました!」 は終始嬉しそうな顔で話し、そんなことを言った。 「へ〜銀はともかく、あの男が?藤原の総領が気に入ったのか?」 探るような目で見て言った将臣殿だが、は自信満々だ。 「はい!とっても気に入って下さって、 今は泰衡様がお持ちになっています。」 「え?あの万華鏡をか?」 「はい。」 の言葉に将臣殿は驚いて尋ね返した。 (あの男が万華鏡をねぇ…?) が泰衡様が万華鏡を気に入ったと言ったのは、 今預かっているからのようだ。 ……だが、 (万華鏡を気に入るようなタイプか?) 将臣殿は苦笑いした。 確かに、この少女にこんな笑顔で尋ねられたら、 「気に入らない」とは言えないだろう。 まして、あの総領はこの少女に弱いのだ。 とはいえ、預かるほどではないだろう…。 不思議に思った将臣殿はしばらく考えていたが、 ふと閃いて、に尋ねた。 「なあ、あの万華鏡俺が作った物だっていったか?」 「え?はい、言いました。将臣殿が作って下さったものだと…。」 「…じゃあ、そのせいだな。」 「へ?」 きょとんと不思議そうな顔をしたに将臣殿はふっと笑った。 何の気なしに、暇つぶしに作った万華鏡。 たまたまやってきたにあげた。 見たこともないものなのだから、当然と言えば当然だが、 初めて万華鏡を見た時のの反応はすごかった。 本気で感激し、素直に大喜びし、満面の笑顔を見せたに将臣殿も流石に照れた。 何度もお礼を言って帰るとき、 「泰衡様や銀さんにも見せて差し上げたらきっと喜びますよね?」 と言った。 なるほど、この少女らしい意見だと思う反面、 その二人が彼女にとって大きい存在だと言うことが良くわかった。 が、もし、に好意を持っているものとしては、この言葉は面白くないだろう。 きっと泰衡様はそうだったに違いないと想像するとおかしくて、将臣殿は笑いを堪えていた。 *** 部屋に持ち帰った“万華鏡”。 覗くわけでもなく、手持ち無沙汰にしていた。 なんとなく預かっただけだが…。 他の男から貰ったものをが大事に持っていることが気に入らなかったからだ…。 とはいえ、預かっただけなのだからいずれ返さなければならない。 はこれを気に入っているわけだし…。 複雑な想いに駆られながら泰衡様は万華鏡を覗き込んだ。 中には煌びやかに輝く花と光。 いかにもが気に入りそうだ…。 あの男よりは自分の方が長く一緒にいるのに、自分はに贈り物などしたことがないな…。 ふとそんなことを思い、また不機嫌になる。 むーと怖い顔をしながら万華鏡を覗いていると。 「泰衡様?何をされているのですか?」 背後から突然声をかけられた。銀だ。 「!!!?」 「おや?それは…。」 銀は俺が手にしている万華鏡を見ると笑顔になった。 「何が可笑しい…。」 「それはさんがお持ちになっていた万華鏡ですね。 将臣様がお作りになられた…。」 「………」 「泰衡様も御覧になりましたか?大変美しい品でございましたよ。」 銀は嬉しそうにそう言って、 神子様の世界には美しいものがいろいろございますね。と続けた。 俺は特に返事はせずに、銀の話を聞くだけは聞いていた。 とはいえ、の万華鏡を持っているのを見られてしまい、ばつが悪いことこの上なしだ。 何を言われるかわかったものではない。 何とか言い訳すべきかと思案していると…。 「泰衡様が気に入って下さっているのならさんも嬉しいでしょうね。」 銀はにっこり笑ってそう言った。 「?」 どういうことだ? と俺が視線を投げ掛けると、銀は笑顔のまま話し出した。 「私の所へその万華鏡を見せにいらした時…」 *** 「銀さん!」 「これはさん。どうしました?なんだか嬉しそうですね?」 「はい!これを見て下さい。」 「なんですか?」 「将臣様が作ってくださったんです。ここの所から中を見るんです。」 「……これは…。」 「綺麗ですよね?」 「…ええ、美しいですね。 まるで夜空の星屑が色とりどりに輝いているようです。」 「空さんや琴さんも綺麗だって言ってくれました。」 「そうですか、そうでしょうね。これを…将臣様がお作りに?」 「はい。」 「それはすごいですね…。それにしても…美しいものは心を癒しますね。」 「あの……銀さん。」 「なんでしょうか?」 「泰衡様も…そう思って下さいますでしょうか?」 「え?」 「お忙しいとは思うのですが…泰衡様にも是非見て頂きたくて。 お忙しいからこそ見て欲しいんです。その…少しでもお疲れが癒えますように…。」 「……ええ、もちろんです。きっと喜んで下さいますよ。」 「本当ですか?」 「ええ。今ならお時間があると思いますので、行って差し上げて下さい。 貴方がお見せになった方がきっと喜んで下さいますよ。」 「…はい、ありがとうございます!銀さん!」 *** 「………」 「あの時、本当に嬉しそうな顔をされましたからね。さん。 泰衡様が気に入って下さっているのなら喜ばれているはずですよ?」 銀は最後にもう一度そう言って、にっこり笑った。 (……そうか、そういうことか。) 俺が万華鏡を預かると言った時、 驚いた顔をした後、が嬉しそうに笑ったのはそういうことか。 あの時のの笑顔を思い出し、そんな理由だったのかと思うと、 今更ながらに照れた。 アイツが嬉しそうだったのは、俺の……。 「………っ///」 銀がにこにこと俺を見ているので、慌てて顔を背けた。 まったく余計なことを言ってくれる…。 銀は俺の反応に満足したのか、続けて意外なことを口にした。 「泰衡様、お気に召されたのでしたらさんにお願いなさってはどうですか?」 「は?」 「きっとお譲り下さると思いますよ。」 「…馬鹿か、俺は別に…。」 この万華鏡を気に入っているわけではない、 そんなこと銀だってわかっているはずだ…。 俺が呆れたようにため息をつくと、続けて、 「そして、さんには泰衡様が新しいのをお作りになれば…。」 と言った。 「……今、なんと言った?」 「泰衡様が新しい万華鏡をお作りになってはどうですか?」 俺が尋ね返すと、銀はもう一度同じ事を言った。 「…何故俺が…。」 「大丈夫ですよ!」 俺が困惑気味にそう言うと、銀は清々しい笑顔になり、 ドサッと俺の前に何やらいろいろ置いた。 「………何だこれは?;;」 「万華鏡の材料と作り方です、将臣様に教えて頂きました。 然程難しくないそうですので…是非がんばって下さい!泰衡様。」 銀はそれだけ言うと爽やかな笑顔のままその場を去った。 「…………」 言うだけ言って、消えた銀を唖然と眺めていたが、 目の前に並んでいる材料を見てため息をついた。 (用意の良い奴だ…;) 呆れてものも言えなかったが、ようは銀はこれで俺が万華鏡を作れば、 この万華鏡をに返す必要がなくなるから…。 と、言うことを言っているに違いない。 つまり、銀は俺があの男に嫉妬して、 この万華鏡を預かっていることわかっているのだ。 (………) 自分ではいまいち認めたくないと思って、 気付かないふりをしているのに、 銀は気付いているのか…銀に気付かれているのか…。 そう思うとばつが悪い、ここで万華鏡を作ったら俺の負けだ…。 そう思い、もう一度銀を呼びつけようとしたが、 手に持っていたあの男の万華鏡を目にすると…。 嬉しそうにしていたのことを思い出す。 この万華鏡ひとつで、あの男はあんなにを喜ばせた。 この程度、俺にも作れぬはずはない。 むしろもっと良いものを作れるはず…。 もやもやとそんな気持ちが湧いてきて、気付けば手が動いていた。 *** ぶつぶつと文句を言い、言い訳をしていたが、 結局、銀の思い通りになってしまった…。 俺は完成した万華鏡を片手に自己嫌悪に陥っていた。 とはいえ、実は完成した万華鏡に満足はしていない。 殆どこの、に預かったあの男の万華鏡と同じだ。 銀が持ってきた材料は、あの男が渡したもの…当然と言えば当然だ。 だが、これでは俺が作った意味が無い。 俺は万華鏡の中身を取り出すと、何か他にいいものがないかと考えていた。 (アイツの好きなもの……とか。) しばらく考えていて、ふと思いついたのは「雪」。 アイツの故郷にあるものだし、雪なら光によって色も変わるから見た目も鮮やかだ。 (………だが) 雪など入れられるわけがない、溶けてしまうのがおちだ。 (………何か…) 何か方法がないかと考え、俺は何気なしに陰陽術の記述のある書物を広げた。 *** 「」 「あ、泰衡様。おはようございます。」 翌朝、いつも通り庭の手入れをしていたに声をかけるといつも通りの笑顔が返ってきた。 もう日課になっているこの庭を通ること、この笑顔を見ることも…。 「、昨日の万華鏡のことだが……」 「はい、気に入って頂けましたか?」 「……ああ。」 俺が肯定の返事をすると、は嬉しそうに笑った。 やっぱりそういうことなんだな、と思うと照れくさい反面、良心が痛む。 「……これを。」 「?」 俺は昨日作った万華鏡をに差し出し、 は不思議そうな顔をしてそれを受け取った。 から預かったあの男の万華鏡とは、外見の装飾も違う。 不思議に思うのは当然だろう。 「それは……俺が作ったものだ…。」 「え!?泰衡様が?」 俺の言葉にが驚き目を丸くして俺を見た。 まあ、そうだろうな…。 予想していた反応だったので、俺はそのまま話を続けた。 「お前から預かった万華鏡だが……」 「はい。」 「父上が気に入られて、是非屋敷に置いておきたいとのことだ。 あの男には銀から言って了解を取り付けた。 お前には悪いが…それで許してもらえないか?」 「え?」 は未だ驚いた顔のまま、しばらく考えていた様子だったが、 俺が声をかけると、ようやく理解できたのか、慌てて首を振った。 「あ、す、すみません;突然のことで驚いてしまって…。 私は別に、将臣様がよろしいのでしたら…、」 「………ああ。」 の返事に少し不服だったが、せっかく作ってくれたもの コイツならこう言うのが当然だろう…。 「あ、あの…。」 「ん?」 「それで、これを泰衡様がわざわざお作りに?」 「……ああ、預かるだけと言っていたものを勝手に献上した詫びだ。」 「……ありがとうございます…泰衡様。嬉しいです…。」 おそるおそる尋ねたに、俺が適当に返事をすると、 は嬉しそうな顔でお礼を言った。 本当に嬉しそうに…。 昨日、万華鏡を見せに来た時よりももっと嬉しそうな顔だった。 「あ、あの。中を見てみてもいいですか?」 「…あ、ああ///」 は俺に許可を取ると、万華鏡の中を覗き込んだ。 不意打ちの笑顔にうろたえた返事になったが、 は万華鏡を覗き込むと動きがと止まった。 不思議に思い声をかけると、 「どうした??」 「……泰衡様…これは…雪…ですか?」 「ああ、本物ではないがな。陰陽術を使ってそう見せている。」 「陰陽術…。すごい…そんなこともできるんですか?」 「ああ……、その…どうだ?気に入ったか?」 「………」 「??」 感激し、歓喜の声を上げただったが、また止まっていた。 不安になり、声をかけたが、次に目に飛び込んできたのは、満面の笑顔だった。 「…っ、はい!とっても気に入りました!ありがとうございます!泰衡様!」 ぐっと、目を擦って顔を上げたは目が赤かった。 涙を流すほど喜んでくれたのか…。 「……そうか。」 のこの笑顔は、間違いなく俺が与えたもの…。 そう思うとやはり嬉しく、柄にもなくこんなものを作ったこともまあいいと思えた。 報酬がお前なら…その笑顔なら…。 おまけ*** 「。」 「はい。」 「……その万華鏡…他の奴に見せるなよ。」 「え?」 「俺が作ったことも絶対に言うな。」 「どうしてですか?」 「どうしてもだ。」 「…はい、わかりました。」 残念そうに返事をしたに、少しだけ申し訳ない気もしたが…。 (俺がそんなものを作ったことが噂になれば、 何を言われるかわかったものではないからな。) 泰衡様は真っ先にからかいに来そうな人物を思い出し、顔を顰めた。 戻る 2008.04.14
新しく挑戦しましたお題!今回は神子様一行も出るものが大目かも。
と言っても…何だか将臣君非似だ〜…と焦っています;すみません; おまけにお題に全然沿ってない気がする…(滝汗) 一番最初の所が…一応お題風なつもりなんですが…。すみませんorz しかし、泰衡様は相変わらずヘタレるし、銀が黒いし…。 もっと精進します〜(>_<)ゞ あ、ちなみに最後泰衡様が思い浮かべた人物は…たぶんあの人…かな? |