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燐!そろそろお昼だよ~。ご飯にしよう!」

空と琴が声をかけると、燐は苦笑いして振り向いた。




-いつのまにか-



「まだ…もう少し、終っていませんので…。」


傍らの洗濯物を見て燐はそう答える。
そして、空と琴もそちらへと視線を向けたが…


「…少しじゃないわよ…;」

「うん…;」


山積みになっている洗濯物を見てため息を吐き、手伝い始めた。



***



「すみませんでした…。」


洗濯も終わり、食事も終って一休みしている時、燐が申し訳なさそうに二人に謝った。


「も~燐ってば!しつこい!そういう時は『すみません』じゃなくて!」

「『ありがとう』って言って貰った方が嬉しいよ?」


燐の謝罪に空と琴は苦笑いで顔を見合わせるとそう言った。
二人の言葉を聞いて燐は少し困った顔をしたが、
にっこりと明るい笑顔になると言われたとおり、


「ありがとうございました。」


と、元気よくお礼を言った。


「でも、なんか今日燐の仕事多くない?」


空が少し呆れ、不思議そうに言うと、
琴が苦笑いをして、


「今日は泰衡様も銀様もいらっしゃらないから…。」


と言った。


「あ~・・・・・・なるほど;」

「?」


琴の言葉に空は納得し、燐は不思議そうに首をかしげた。


「も~腹立つわ!また夏美ね!」

「はい?」

「夏美でしょ?燐に仕事を押し付けたのは!」

「え…いえ、押し付けたわけでは…;」


何故か憤慨している空に燐は苦笑い。
泰衡様たちがいないのを良いことに、夏美が燐に仕事を回していると気付いた空は怒り心頭である。

おまけに燐はまったく気付いていないから余計に腹立たしいらしい。


「いい!燐!午後は余計な仕事を頼まれても引き受けちゃダメよ!」

「え…でも…」

「それか、私達にも言ってね。手伝うから。」


怒ったように言った空を琴がフォローした。
燐はよくわかってはいないが、一応頷き了解の意を示した。
別に仕事が増えても困るわけではないと思っているのか、
呑気な燐の反応に、空と琴の二人の方が疲れたようにため息を漏らした。



***



午後、とりあえず元々の自分の担当の仕事をしていた燐は、いつも朝手入れをしている庭を通りかかった。

いつもはここで泰衡様にお会いしていたのに、今朝は会えなかった。
そして今も…。


「……今日はいらっしゃらなかったんですね…」


ポツリとこぼした言葉。
琴が言っていた、


『泰衡様も銀様もいらっしゃらないから…。』


と言うのを聞いたとき、朝会えなかったことに納得はしたが、
今一度こうして会えないことを実感して思った。

『寂しい』と、心が感じていること…。

いつのまにか会うのが当たり前になっていたのに、
会えないと、声を聞けないと、こんなにも寂しいなんて…。



***



「お疲れ様です、泰衡様。」


仕事を終えた泰衡様に銀は労う様にそう言って笑顔を向けた。
泰衡様は少し視線を向け、


「ああ。」


とだけ言うと、また次の会議の場所へと向う。


(お疲れ様です、泰衡様。)


ふとその言葉、いつも聞いていることに気付く。
もちろん銀もいつもそう言って笑顔を見せる。
だが、それとは違う声が泰衡様の耳に残っていた。
なんとなく、庭に視線を向けた。

ここはいつもの屋敷ではない。
居るはずがないことわかっているのに無意識のうちに向けた視線。
それは心のどこかで求めているものを探して…。


(お疲れ様です、泰衡様。)


銀と同じ言葉、そして同じように笑顔を。
別に銀の労いの言葉が不満なわけではない。

ただ…いつのまにか当たり前になっていた、そんな言葉と存在。
それがないだけでこんなにも心にしこりとして残るとは…。

泰衡様はふと自嘲気味に力なく笑いを漏らすと、
引き続き仕事に戻って行った。



***



「わん!わん!わん!」

「金さん、今日は泰衡様はいらっしゃらないんですね…。」

「くぅ~ん?」


一仕事終えた燐は、いつものように金と遊んでいた。
否、遊んでいるわけではないが…。
金の世話も、燐の仕事のうちなのだ。

金が燐に懐いているから、というのもあるが、泰衡様からの直々仕事。

金が居るのは泰衡様の部屋の近く。
この時間帯も時には泰衡様と顔を合わせることもあるのだが、
やはり今日は留守のようで、燐は少し寂しそうに金を抱きしめた。

もちろん忙しい泰衡様と顔を合わせない日はなくはないが、丸1日全くというのは珍しい。
朝か、今か、言葉は交わさなくとも一度は顔を見ているのに。

実際、女房でもない使いっぱしり(?)ぐらいの燐が泰衡様と直接会えるはずは普通はないのだが、
燐は泰衡様が目をかけて屋敷に入れ、泰衡様自身が気にかけているので会えるのだ。

確かに泰衡様は銀とは違い、会っても話をするわけではない。
挨拶も、しても至極短いもので終ってしまう。

それでも…会って顔を見たいと燐は思っていた。
そんな燐の気持ちに気付いたのか…、まだ見ぬ主を呼ぶように、金が鳴いた。


「仕事は終ったのか?」

「!」


すると、金の声に答えるかのように低い声が返事をした。


「泰衡様!」


驚いて振り返った燐の前には会いたいと願っていた人。
燐は泰衡様の顔を見ると思わず嬉しそうに笑い、泰衡様もつられた様に表情を緩めた。


「はい。泰衡様は今御戻りですか?」

「ああ。」

「お疲れ様です、泰衡様。」


燐がそう言うと、泰衡様は一瞬ほっと安心したような顔をした。


「…ああ、ではな。」

「はい。」


そしてまたすぐ仕事に戻っていった。


会話する言葉はやはり短く、顔を合わせる時間も本当に短い。
ほんの一瞬、それでもそんな一時が二人にとってはとても大切な時間。
お互い晴れた気持ちで次の仕事に向かって行った。
また次に顔を合わせる時を楽しみに。

ほんの短いほんの少しの会話、それでも二人にとってそれはささやかでも、
いつのまにか日常の中で大切なことになっていた。


「泰衡様。」

燐?』


「何か良い事でもありましたか?」

『あれ?何か良い事でもあった?』


「……別に、何でもない…。」

『別に、何でもないですよ?』


なんでもない大切なこと。
少し晴れた表情に、周りの人は気付いていた。
お互い相手の存在がいつのまにか心の多くを占めていること…。








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2008.11.08