(泰衡様…どうか…生きて、幸せに……。)



(待て!俺は……俺は!!)


「っ!!」


気付けば俺は空を掴んでいて、
はっきりした視界の先は自室の天井…。


(夢……。)


激しく波打つ心臓が、夢とわかっても不安を掻き立て、
俺はいてもたってもいられず部屋を飛び出した。




-いてくれてありがとう-




「泰衡様?」


部屋を飛び出し、向かおうとした先はアイツがいつも世話している庭。
だが、部屋を出たところで求めていた声が名を呼んだ。
振り返ると求めていた人。

就寝着のままの俺を不思議そうな顔で見つめている。
探していた存在の出現に安堵し、同時に真実であることを確かめるように、
俺は逸る気持ちのままにアイツを抱き締めた。


「泰衡様?」


突然のことでは驚いた声を上げたが、俺は構わず力をこめた。
幻ではなく、ちゃんといるのだと確かめるように…。


……」


名を呼んで、力を込めた。
腕の中の存在は確かにそこにいて、小さく返事をした。


「…はい、泰衡様。」


昨日のことは夢ではなかった。
今はちゃんとここにいる…。


……」

「泰衡様…。」

「いるな…。」

「はい…。」

「もう、どこへも行くなよ…。」

「……はい、私はここにいます…。」

…。」


そっと腕をゆるめて顔を見ると、
は困ったような照れ笑いを浮かべていて、俺と目が合うと赤くなった。

そんな仕草が愛らしくて、たまらなくいとおしくなり、もう一度腕に力を入れようとした時……。


「泰衡様?」


また別の聞き慣れた声が名前を呼んで、俺は慌ててから離れた。


「し、銀……;」

「おはようございます、泰衡様。今お目覚めですか?」


銀はいつにも増して爽やかな、にこやかな笑顔でそう言った。


「今日は午前の仕事もお急ぎではありませんし、
 もう少しゆっくりなさっても結構ですよ。お二人で。」

「銀……!!」


最後の言葉を強調する銀。
今までの行為を見られていたのかと思うと、たまらない…。


「今すぐ仕事に出る!お前も支度をしろ!!」


俺は大声で怒鳴りつけ、とりあえず銀を遠ざけた。
俺が怒鳴り付けると大概の奴は怯むが銀は笑顔を崩す事無く去っていった。
……不味いところを見られたものだ…;

朝見た夢に動揺していたとはいえ、随分なことをしてしまったと激しく後悔した。
しかも銀に見られていたとは……;
悔やんでも悔やみ切れず、自分の浅はかさを叱責していると、ふっと後ろで笑い声が…。
振り返るとが笑っていた。


「あ…すみません。」


俺の視線に気付くと慌てて謝ったが、楽しそうにしている雰囲気や表情は変わらない。
始めてあった時からの笑顔も。
今もう一度その姿をその笑顔を見られることを心から感謝した。

一度は失ったもの、けれど今は確かにそこにいることを…。


……」

「はい?」

「…いや、……お前も仕事に戻れ。」

「はい!泰衡様もがんばって下さい。ご無理なさいませんように。」

「ああ…では行け。」

「はい、失礼致します。」


頭を下げて去っていくの後ろ姿にぽつりと心が呟いた。
決して口には出さないが、決してアイツには届かないが……。

今こうしてここにいてくれる事が何よりも嬉しいから…。


いてくれてありがとう。


そして、これからも…。






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2009.02.07