宝物を探しに行こう きっと素敵なものがあるはず 満面の笑顔を見せてくれた空からのお礼 大切な人と共にそれを眺めて過ごした時間も思い出も きっと素敵な宝物 -虹のかかるふもとまで- 俺が廊下を歩いていると、慌てた足音が近づいてきた。 少し小走りのような慌ただしい足音。 この屋敷の中でそんな足音なのは一人だけ。 「泰衡様!」 「、廊下を走るな。」 「あ、す、すみません;」 俺が注意をするとは慌てて立ち止まり頭を下げた。 俺の所にそんなに無邪気に駆け寄ってくるのはお前だけ。 別に怒ってなどいないが、俺を探して駆け寄ってきてくれたことが嬉しいと感じた、 そんな心を悟られまいと、あえて少しキツイ口調で注意した。 「それで、何か用か?」 「はぁ…えっと……;」 もちろん、そんな口調だから、せっかく機嫌が良かったの表情はすぐに曇ってしまう。 「…………」 それがわかっていながら、そんな態度しか取れない自分がもどかしかった。 「何だ?」 「はい…えっと……その…;」 言葉に詰まったはすっかり用件を口にできなくなってしまったらしい。 「……すみません…泰衡様…。」 変わりにそう言って謝った。 「…………っ;」 謝るな…謝るのは俺の方だ。 どうしてこんな言い方しかできないんだ、俺は…。 悲しそうに顔を伏せるを見て、俺は頭を抱えた。 「…………」 「…………」 沈黙。 またこの状態だ。いつもそうだ。 上手い言葉が出てこずこうなる。 そして…、 「如何致しましたか?お二人とも?」 こういう時は決まって銀が顔を出す。 見計らったかのように…本当にどこかで監視しているのではないかと思う程だ。 銀はにっこり笑うとに声をかけた。 「さん、どうしました。泰衡様にご報告されましたか?」 「あ…いえ…」 銀にそう言われ、は困ったように首を振った。 この様子からすると、銀はの用件を知っているようだ。 そう思うと余計に複雑だ。 銀は顔をから俺に向け、俺の顔を見ると、困ったように苦笑いした。 どうせ俺はまた不機嫌な顔をしている…。 が相手の時はもう少し表情を和らげては?と銀は言うが、 それが容易にできれば苦労はしない…。 ますます仏頂面になっているだろう俺に、銀は再度苦笑いし、首を横に向けた。 「?」 向こうを見ろと言うことらしい。 渋々顔を向けると、目に飛び込んできたのは青空にかかる大きな虹だった。 「…………」 「泰衡様お気付きではなかったようですね。」 驚いた顔で惚けた俺に銀は笑いながらそう言った。 「私も先程さんに教えて頂いて気付きました。 これは是非泰衡様にもお伝えしなければと……」 なるほど、はそのことを言いにわざわざ俺の所へ来たのか…。 ちらっとに目をやると不安そうな顔で俺を見つめている。 「…………」 何か言うべきかと思ったが、銀の視線を感じると何も言えない。 それに、俺より先に銀に報告していたのかと思うと……。 俺がジロリと銀を見ると、銀はにっこり笑い、 「ご心配なく。私がたまたま先にさんお会いしただけですから。」 と俺に耳打ちした。 「な!」 何も言っていないのに思ったことを指摘され俺は狼狽えたが、 銀は俺のことは無視してに話し掛ける。 「どうでしょう、さん。 せっかくの美しい雨上がり、泰衡様とお散歩されては?」 「え?」 「!」 銀の言葉には驚いて顔を上げ、俺も慌てて銀を睨み付けた。 「こんなにも美しい景色です。 雨と共に沈んでしまった心を晴らすには、最も良い機会かと…。」 銀はの手を引き、俺の背を押し歩きながら構わず言葉を続ける。 「優しい雨上がりと貴方の笑顔があれば、泰衡様のお心も晴れますよ。」 俺たちに反論の余地を与えず言った銀はポンと俺の背中を押し、 「それでは、いってらっしゃいませ♪」 と、最後にそう言った。 いつのまにやら屋敷の外まで誘導されていたようだ…。 バタンと閉じた屋敷の玄関を俺とは茫然と眺めていたが、顔を見合わし、 「行くか…?」 俺が声をかけると、は少し困惑した顔をしたが、 「…はい。」 小さく返事し、頷くと笑った。 *** まったく何を考えているんだ。 銀に誘導され屋敷から締め出され、散歩することになった。 が、どうすれば良いのかわからず、俺はただあてもなく歩くだけ。 も黙って後ろをついて来るだけで口を開かなかった。 重い沈黙。 こんなことをしている意味はあるのか…。 せっかくの機会と銀は言ったが、こんな状態で何になると言うんだ…。 もっとも、この重い沈黙は俺の責任だが、今更何を話せば良いかわからない。 つくづく自分が嫌になる…。 「……はぁ」 思わず重いため息が口をつき、がぽつりと呟いた。 「……申し訳ありません…泰衡様…。」 小さい声だが聞こえたのは謝罪の言葉。 驚いて俺が振り返ると、はすまなそうな顔で俯いていた。 「あの…お忙しいのに…すみませんでした…私のせいで…。」 「…………」 またか…の言葉に俺は唇を噛んだ。 俺がの口から聞くのは謝罪の言葉ばかりだ。 もっと笑って…銀と話す時のようにもっと明るい顔を、声を、望んでいるのに…。 「謝るな。」 「…!」 謝罪の言葉を拒否するように、 俺がピシャリとそう言うとがびくっと震えた。 「っ……、」 どうしてこうキツイ言い方になるのか…; 「す、すまない…そういうことじゃない……」 なんとか弁明するべく俺が口を開くと、は顔を上げた。 少し怯えたような瞳。 だが、は決して俺から目を離そうとはしない。 真っすぐ俺の目を見たままで次の言葉を待っている。 「…………」 「…………」 少しの沈黙。 だが、俺はなんとか続きを口にした。 の真っすぐな瞳に誘われるように…。 「……誰も…迷惑だとは言ってないだろう。 …たまには外出をして、気分転換をすることも必要だ。」 「…………」 俺の言葉にが驚いたように目を見開く。 「…………」 くっ…;これ以上はもう無理だ。 これ以上何を言うべきかわからない。 の視線にも耐えられそうもない。 俺はくしゃっとの頭を押さえ込み、頭を下げさせ、 顔を見られないようにしてから、絞りだすように声を出した。 「お前と…出かけるのも…そう悪くはない…。」 顔が、心臓が熱くなるのを感じた。 絶対に赤くなっているに違いない。 普段なら口にはしないが、散々の顔を曇らせたせめてもの詫びと、 ほんの少しなら…本心を口にしても良いかと…お前になら… と思った気紛れが、口をつかせた言葉だった。 「…………」 「…………」 また少し沈黙。俺はこれ以上は何も言うことはない。 ふっとが洩らした声に反応し、手を離すと、は嬉しそうに笑っていた。 「ありがとうございます…泰衡様…嬉しいです…。」 顔を上げたは満面の笑顔でそう言った。 「…………」 ああ、こんな言葉だけで、こいつはこんな風に笑うのだな。 何も難しいことなどない。ほんの少しの本心を。 変な照れや意地でつい口をつぐんでしまう自分が悔しいばかりだ。 本当はいつもこうして笑っていて欲しいのに……。 ようやく明るい様子を取り戻したは笑顔のままで言葉を続けた。 「泰衡様とご一緒に虹を見るのは二度目ですね。」 ふと言ったの言葉。 「…そうだな。」 俺は頷き同意した。 確かに前にも、雨の日にを迎えに行った時だ。 があの雨の唄を唄っていた時に。 「そういえば…」 「はい?」 「あの時言っていたな、『虹の麓の宝』とか…」 「覚えていて下さったのですか?」 俺の言葉にはぱっと嬉しそうな顔をした。 馬鹿な話だと思いつつも、あの時のの言葉が嬉しくて、 あるはずもない虹の宝を少しだけ、信じそうになっていた。 普段なら決して信じない与太話なのに。 「そんな…昔の話でもない…忘れる程耄碌してはいないだけだ。」 の嬉しそうな反応に、慌てて顔を逸らして言い訳した。 「そういえば…お前の宝はないのか?」 「え?」 「お前はあの時言っていただろう、平泉の地が俺の宝だと。だったらお前はどうなんだ?」 そして、誤魔化すように、わけのわからないことを尋ねた。 虹の宝などあるはずもないと思っているくせに、にそう聞いていた。 こいつの答えが気になったのも事実だが…。 は案の定真剣な顔をで考えている。 あるはずもない幻想の宝。 がどんな返事をするのか、非常に興味はあった。 「私は…」 はしばらく考え小さく口を開くと、 「今この時が宝物です。」 と言ってにっこり笑った。 「ん?」 どういう意味かと俺が見返すと、はそのまま、 「泰衡様とご一緒にいる今この時が、何より幸せで、宝物です。」 と言った。 「………………っ///」 あまりに突飛で思いがけない言葉に理解するまでに数秒を要した。 まさかそんなことを言うとは……。 「宝物は何も『物』だけではありませんし、あの綺麗な虹も、 今泰衡様とご一緒にいられることも、幸せだと思えることはみんな宝物です。」 にこにことはまた言葉を続ける。 俺と…俺と共にいられること、それを幸せだと言ってくれるのか…お前は…。 「…」 「はい?…!泰衡様?」 その言葉が嬉しくて、気付けば俺はを抱き締めていた。 無意識の行動だった。自覚があったらこんなこと死んでもできないが…今は…今はただ…。 こいつに触れた時いつも感じる、体は冷たくとも心は温かいこと。 そしてそれを感じるこの瞬間にたまらなく幸せを感じる。 俺と共にいられること、幸せだと言っただが俺も同じだ。 いや…俺の方がもっと…ずっとお前を求めている…。 極めて稀にしか目にする機会のない虹。 そしてあるかもわからない麓の宝。 そんな不確かなものにすがる必要はない。 俺の宝はお前だ……。 しばらく、それを確かめるように俺は無言でを抱き締めていた。 がまったく抵抗しないのを良いことに、かなり長い間だった気がする。 「泰衡様…?」 「……っ!」 ふいに名を呼ばれ我に返り、俺は慌ててを離した。 「な、何だ?」 「あ、いえ…虹が…。」 俺の声が上ずっていたからか、は躊躇いがちに言葉を続け、空を指した。 目を向けると虹が消えかかっている。 「…………」 「…………」 残念そうなの顔。 俺が…抱き締めていたせいであまり見ることができなかったためかと少し責任を感じた。 「……;」 弁明の言葉もないが、一先ず顔を覗き込むと、 は、 「虹の麓には中々行けませんね…。」 と呟いた。 「……は?」 「虹が出ている間に麓まで行くのは大変ですね。」 「……」 残念そうではあるが、どうやら別の理由らしい。 ほっと安堵しつつ、つい俺が零したのは、 「所詮無理な話だ。」 と、否定の言葉。 「…………」 悪気はないし、つい言ってしまったのだが、 の心を踏み躙る言葉に俺自身慌てた。 がっかりしているの顔。 (……くっ;何故俺は…) こんな言い方しかできないんだ…。 つい現実を見てしまうからか…。 それでもこのままでは終われない。 それにこいつには、このままでいてほしい。 綺麗事でも夢物語でも、今の純粋な心のままで……。 「それに……そんな…不確かな物に縋る必要はないだろう。 あるかもわからぬ幻想の宝より、今傍にあるものの方が価値があるものだ。」 俺の言葉には顔を上げ、俺を見た。 俺はさり気なくの手を取り言葉を続ける。 「お前も今言っただろう。…今この時が幸せだと。 だったらそれを手放すな。俺は……お前と共に…お前の傍にいる…。」 「…………」 「……帰るぞ、。」 驚いたように目を見開いた。 当然だが…もうこれ以上は言葉を続けることもできなくなった俺は、 の手を引き、背を向け、屋敷へ向かって歩き出した。 は俺に引かれるままに歩みを進めたが、 ふと俺の手を握り返し、 「ありがとうございます。泰衡様!」 と言った。振り返らなくともが嬉しそうな顔をしているのが手に取れた。 俺は何も言わず、返事の変わりにの手を強く握り返した。 俺の宝はお前だ。 お前も、俺と共にいる時が宝と言うのなら、この手を離すな。 幻の虹の宝を探す必要もない。 お前は俺だけを探し、俺だけを求め、俺だけを見ていろ。 俺は……お前が……。 もう虹の消えた空を仰ぎ見、泰衡様は心に強く呟いた。 微かに虹に嫉妬して、もの凄いことを思ってしまったと顔を赤くし、 それでも繋がった手を離さないで。 振り返ることなく歩みを進めて。 幻の虹の麓の宝より尊い今を心に焼き付けていた。 愛しい人と共にいる、繋がっている今この時を……。 戻る 2008.02.25
雨上がりお題!ラストです〜!ということで最期は甘めにしてみました!
いや〜泰衡様らしくはないですがお許しを(^ ^; ちなみに、この話は短編の「雨音の唄」の後日談になります。 虹を見たのが2度目だと言うこと、虹の麓の宝の話が出てますので、 そちらも合わせて読んで頂くと宜しいかと…。 でわ!お題最期までお付き合い下さった方、ありがとうございますm(__)m …余談ですが今回の背景壁紙は管理人自作だったりします。虹の物が欲しかったので…。 でも上手くはいってないかも〜(泣) |