縁側に腰掛け、ぼーっと空を眺めているに、
沖田さんが声をかけた。





-優しい思い出-




さん、どうかしたんですか?」

「あ、沖田さん。」


は沖田さんに気づくと、にこっといつもと変わらない笑顔を向けたが、
縁側に腰掛けていること、何をしているのかと沖田さんが尋ねると、困ったように苦笑いした。


「いえ…別に…。」


特に何をしているわけでもない。
そう答えたに、沖田さんは、


「それなら一緒に出かけませんか?僕今日非番なので。」


そう言って、を誘った。

何をしているわけではない。と言うことは、つまり暇だと言うこと。
普段も、何か言って誘うと喜んでくれる
沖田さんは当然今も了解を得られるものと思っていた。

だが、意外にもは困った顔をして首を振った。


「すみません…今日はちょっと…。」

「え?…どうしてですか?」


特に何もない、そう聞いた後に断られ、
流石に沖田さんも少し複雑そうな顔をした。


「あ!いえ、別に沖田さんが悪いわけじゃないんです!その……;」


せっかくの誘いを断ったことで、
沖田さんに不愉快な思いをさせてしまった事に気づいたは慌てて手を振った。

だが、その後の言葉を続けるのは何か躊躇っている。


「?」

「あの…ちょっと…今は…;」


もじもじと言いにくそうに言葉を続けていたが、ふと足を動かした時に、
が顔を歪めたのを沖田さんは見逃さなかった。


「…さん…もしかして…怪我してます?」

「!」


ズバリと確信をつく、沖田さんの直球の言葉に、
がギクリと反応した。図星のようだ。


「…ちょっとすみません。」


怪我がばれてしまったことに慌てるをよそに、
沖田さんは庭に下りてかがみ込むと、
の草履と足袋を脱がせて、足の怪我を確認した。


「「あ…」」


見れば、足は赤く腫れ上がり、明らかに重症。
これは…


さん…歩けないんですか?」


心配そうに顔を上げ、尋ねた沖田さんに、
は観念したように頷いた。


「……はい…。」


沖田さんの誘いを断ったのも、縁側に座り込んでいたのも、
この怪我が原因であること、しぶしぶ認めただった。

怪我の原因は単なる自分の失敗で、
ドジからだと、はぼそぼそと話した。

重い荷物を運んでいた最中に足の上に落っことしてしまった…と。

その時はもちろん痛かったが、見た目には何もなっていなくて、
荷物を届けなければいけないからと、急いでいたからそのままにしていた。

だが、段々と痛くなり、歩けなくなったと。


「それでこんな所に座り込んでいたんですか?」

「……はい…。」

「でも、放っておくより誰かに見てもらった方が…」


半ば呆れ気味に言った沖田さんにも慌てて反論。


「も、もちろんです!放っていたわけじゃ…;
 松本先生の所へ行こうと思ったんですけど…。
 歩けなくて…もう少しマシになったら行こうと思ってたんです…。」


とはいえ、やっぱり自分の不注意故であるため、
強くは出られないのか、段々と小さくなる声。
しゅんと俯き、は肩を落とした。


「でも、待ってよくなるものでもないですよ…。」

「……///;」


そして、沖田さんの正論に段々と反論の余地もなくなり、
恥ずかしそうに赤くなり、小さくなるしかなかった……。

すっかりばつが悪くなり、気まずい様子の
沖田さんはそんなを優しい眼差しで微笑ましく眺め、
ふっと笑うと、


「ちょっと失礼します。さん。」


と言って、ひょいとを抱き上げた。


「!?お、沖田さん!?」


驚くに対し、沖田さんは楽しそうに笑うだけ。


「松本先生の所へは、僕が連れて行きますよ。」

「で、でも…!」

「大丈夫です、さん軽いですよ。」

「え?:」

「だから心配しないで下さい。
 それに、早くしないと、土方さんとかに見つかったら怒られますよ?」

「……うっ…;」

「さ、行きますよ〜♪」


が言うであろうことも先に予測し、
返答した沖田さんはそれは楽しそうな様子で屯所を出て行った。

まあ、歩くことができないのだから、こういう方法になるのは必然で、
沖田さんでなくとも同じことになっていただろう。

そして沖田さんの言うとおり、土方さんとかなら、
怪我をしているのに黙っていること、不注意で怪我をしたこと、
怒られてしまうのは必至だろう。

別に怒っているわけではないし、責めるつもりもない土方さんだが…。
つい説教臭くなってしまうので、見つかる前に手を打っておくべき、
と言う沖田さんの意見は正論なわけで…も大人しく従った。


「すみません…沖田さん…。」

「良いんですよ♪」


申し訳なさそうに俯くに、沖田さんは終始笑顔だった。



***



「あ、あの…;沖田さん…やっぱり降ろして下さい…;」


松本先生の診療所目指して歩いていた二人。
(正確には歩いてるのは沖田さんだけだが)

観念したものと思われていただったが、
何やらまた渋り始めた。


「大丈夫ですよ。もう少しですし。」

「いえ…その…やっぱり恥ずかしいんですけど…///


町中、町の人の視線に耐えられなくなり、
は真っ赤になり、俯いたまま小声で訴えた。

仕方のないこと…と、しばらくは我慢していたのだが、
ジロジロと好奇の目に晒されて、耐え切れなくなったのだ。


「あの、もうすぐなら…少しぐらいは歩けるかも…」

「そんなにすぐ歩けるようにはなりませんよ。」

「う…;でも…ホントに……恥ずかしいですよ…;」

「気にしちゃダメですよ。さん。みんな羨ましいだけです♪」

「羨ましい…;?」

「何してるんだ…総司、…。」


沖田さんは平然としたままだが、
すっかり狼狽えていると口論していると、
驚いているような、呆れたような声がした。


「「あ…」」

「土方さん…;」


沖田さんも振り返ると立っていたのは土方さん。
怪我の件を知られるべきではないと言われていた人物…。


「あの…これは;その…;」


不味い人物に見つかったかと、さらに狼狽える
二人を眺める土方さんの表情が険しいから余計に……。

が、土方さんが不機嫌な理由は…


「何してるんだ、総司?がどうかしたのか?」

「いえ…何も…。」

「……ならその状態は何だ?何もないならを放せ、総司…。」


怪我のことは黙っておくべきかと判断した沖田さんは、
誤魔化すように返事をしたが、土方さんは仏頂面でそう言った。
つまり…


「土方さんも羨ましいんですよね♪」

「え?」

「なっ!」


との話を平行したまま、そんなことを言った沖田さんに、
は首を傾げ、土方さんは動揺した。


「そ、総司…!何を言って…;」

「土方さんは分かりやすいですね〜。」

「総司!!」

「僕たち急ぎますんで、すみません土方さん♪」


土方さんはまだ怒っていたが沖田さんはにこにこと笑顔でそういうと、
土方さんをあっさり回避し、先を急いだ。


「……あの;よかったんですか?」

「何がですか?」

「土方さんが…失礼だったんじゃ…;」

「怪我のことが土方さんにばれてよかったんですか?」

「それは困りますけど…;」

「じゃあ良いじゃないですか。」

「はあ…でも…何が羨ましいんですか?」

「それはこっちの話です♪」

「??」



***



「松本先生〜。」

「おう、どうした?」


結局、は沖田さんに抱かれた状態のままで、
松本先生の診療所に到着した。

二人を見て、松本先生はからかったが、
が真っ赤になって慌て、怪我が悪化しかねなかったので、
程ほどにし、沖田さんもやっとを下ろしてくれた。


「ったく、ドジだなおめーは…。」

「…すみません…。」


怪我の手当てをしながら、
松本先生はを諌めるようにそう言った。

はますます恐縮していたが、


「そこがさんの可愛らしいところですよ


と、沖田さんが返事をすると、
は赤くなり、松本先生は呆れたように笑った。

沖田さんは何やらずっと上機嫌で、
手当てをしている間も、松本先生に何事か楽しそうに話し、
にも元気づけるように励ましの言葉をかけてくれた。

手当てを終え、帰る時は、沖田さんはをおぶってくれることになった。
抱きかかえるのが恥ずかしいなら、と松本先生の提案だ。

先生の手当てのおかげで、歩くことはできるようになったが、
やはり無理をすべきではないし、せっかくだから…。


「…おんぶする方が良いんですか?」


最初の時同様、恥ずかしいからと嫌がっただったが、
行きよりは承諾の早かったに、帰り道沖田さんが何となく尋ねた。


「…そういうわけじゃ…ないですけど…///


沖田さんの指摘に赤くなっただが、
きっぱり否定はしなかった。

そんなに沖田さんは嬉しそうに笑って話を続けた。


「僕は好きですよ。」

「え?」

「おんぶ。安心しますよね。」


少し後ろを振り向き、暖かい笑顔で言った沖田さんの言葉に、
は少し考えるような表情をしたが照れ臭そうに笑って頷いた。


「そうですね…。」

さんは…よくしてもらったんじゃないんですか?」

「え…?」

「お兄さんに…」


沖田さんはゆっくりした足取りのまま、
そう言って言葉を続けた。

沖田さんの優しい声と言葉に、も段々と安心し、
恥ずかしい気持ちも薄れていった。


「そうですね…。よくしてくれましたよ…兄上。」

「でしょうね…。」


が頷いて返事をすると、沖田さんは楽しそうに笑った。


「僕も…」

「はい?」

「僕もよくしてもらったんです、昔…近藤さんに…」

「近藤さんが?」

「はい。僕も好きでした。近藤さんにおんぶしてもらうの…。」

「そうですか…。」

「はい。」


その時のことを思い出すのか、沖田さんは空を見つめて、
遠くを見つめて、懐かしそうに目を細めた。


「今は僕も誰かをおんぶできる程、大きくなったんだな…。
 なんて、さんをおんぶして思いました。」

「そうですね、すみません沖田さん…。」

「いえいえ、良いんですよ。
 僕が近藤さんにおんぶしてもらった時嬉しかったみたいに、
 安心したみたいに…、さんがそう思ってくれてるなら嬉しいですから。」


少し申し訳なさそうに謝罪したに、沖田さんは笑って言った。
沖田さんにとって、近藤さんにおんぶしてもらったことは、
大切な、幸せな想い出なのだろう…。


「…安心していますよ、沖田さんの背中…温かいですから…。」

「ありがとうございます…。」


がほっとしたように、幸せそうに笑って言うと、
沖田さんも嬉しそうにお礼を言ってくれた。

小さい頃の大切な思い出と、今この時と、
きっとどちらも幸せな思い出となりますように…。

優しい夕焼けに照らされた帰り道。

お互いの優しさとぬくもりを感じながら、
二人は仲良く屯所に帰って行った。




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2008.04.03