町を歩いていた沖田さんは視線の先にある人物を見つけて駆け寄った。





-手をつないで-




さん!」


名前を呼ぶとその人物は振り返り笑顔を見せた。


「あ、沖田さん。こんにちは。」

「どうしたんですか?こんな所まで?」

「え?」


沖田さんにそう言われ、
我に返った様子では辺りを見回すと困ったように笑って、


「ここ…どこなんですかね…」


と言った。



***



「ごめん、ごめんね!」


は一緒に歩いていた女の子に必死に謝った。
女の子は首を振るとに抱きついてきた。
は女の子の頭を優しく撫でて抱き上げるとほっとした顔をして沖田さんを見た。


「一体どうしたんですか?」


沖田さんが尋ねると、は苦笑いして事情を話した。


「実は……」



***



「つまり、迷子のその子の親を探して町をうろついていて、
 気が付いたらこんなとこまで来ていたと…。」

「……はい。その、見覚えのある場所をこの子が指差してくれるので、
 それにそって歩いていたんです。それで…気が付いたらこんな所に…;」


は情けなさで、だんだんと声が小さくなり俯いて答えた。


「ぷっ!」

「わ、笑わないでくださいよ〜沖田さん!」


思わず吹き出した沖田さんには顔を上げ抗議したが、
その顔は真っ赤だった。


「あ、すみません。いえ、さんらしいと思っただけですよ。」

「どういう意味ですか…。」

「可愛らしいってことですよ。」

「う〜ん?」


沖田さんの言葉に複雑な表情をしただったが、
思い出したように沖田さんに尋ねた。


「そういえば、沖田さんはどうしてこんな所にいるんですか?」

「僕はちょっと近藤さんに頼まれてお使いです。」

「そうですか。」


納得したように頷いたに沖田さんは笑顔で、


「じゃあ行きましょうか。」


と言った。


「え?」

「僕も手伝いますよ。その子のお母さんを探すのを。」

「え!でも、近藤さんの用事は良いんですか?」

「ええ、もう終わりましたから。」


沖田さんは笑顔でそう言うとの手を取って歩きだした。



***



しばらく歩いていると抱いていた女の子が何かに気付いて声を上げた。


「あ…。」


「どうしたの?」


が尋ねると女の子はゆっくり前方の女の人を指差した。


「お母さんですか?」

「…うん。」


女の子が頷いたので沖田さんが前を歩いている女の人を呼び止めた。


「あの、すみません。」

「なんだい?」


振り向いた女の人は不機嫌そうだったが、沖田さんの顔を見ると、


「あらvいい男じゃないv


と言って沖田さんの手を取った。
沖田さんが困った顔でたちを振り向くと、女の子は首を振った。
どうやら人違いのようだ。
も苦笑いで間違いだったと沖田さんに合図を送ったが、
女の人は沖田さんの手を放そうとしない。


「どうだい?どこか行く?」

「すみません、人違いだったようです。」

「人違い?」

「はい。それに……」


沖田さんはそう言うとの肩を抱き寄せて、


「連れがいますから。もう予約済みなんです♪」


と言った。
が驚いていると、女の人はあからさまに不機嫌な顔になり、


「なんだい!失礼だね!しかも子供連れなんて!」


と言って去っていった。


「お、沖田さん……;」

「怒られちゃいましたね。」

「すみません…。」

「いえ、いいんですよ♪」

「?」


人違いで怒られて、不愉快な思いをさせたかと謝っただったが、
何故か沖田さんは上機嫌だった。そして、


さんと夫婦だと思われたみたいですねv」


と言った。


「え!?///

「子供連れの夫婦だとv

「ええ〜!?///

「嫌ですか?」

「え゛!そ、そういうわけでは……」


慌てまくるに沖田さんはちょっぴり残念そうな顔をしたので、
が焦って否定すると沖田さんはすぐ嬉しそうな笑顔に戻り


「僕は嬉しいですけどね。」


と言った。


「お、沖田さん……///


は真っ赤になってどうしたらいいかわからず女の子を見た。
が困っているのがわかったのか、女の子は沖田さんの方を向くと、


「お兄ちゃん…お姉ちゃんをいじめないで……。」


むーっと不機嫌そうな顔をした。


「やれやれ、僕は悪者ですか…?」


あからさまに残念そうな態度を取る沖田さんには困って謝ったが、
そのあとお礼を言って女の子を抱き締めた。


「………僕にもそれぐらい優しくしてくれてもいいと思いますけどね…。」

「え?」

「いえ、なにも。」


嬉しそうに笑ってに抱きついている女の子にちょっと嫉妬して、
沖田さんは小声でそう呟いた。



***



女の子の言う通りにだけ動いていても埒があかないので、
今度は聞き込みをしながら探すことにした。


「聞き込みをするなら二手に別れた方が良いですか?」


の提案に沖田さんは苦笑いした。


「この辺でさん一人にするのは心配ですけどね。」

「大丈夫ですよ。そんなに遠くまで行きませんし、この子がいるから一人じゃないですよ。」

「いえ、そういう事じゃなくて。“この辺”が問題なんです。」

「?でも、その方が効率は良いですから。」

「それはそうですけど……」

「じゃあお願いしますね、沖田さん。」


沖田さんはまだ何かいいたそうにしていたが、
は女の子の手を取ると聞き込みをしに市のある方へと歩いていった。


「やれやれ……。」


沖田さんはため息ついて二人を見送った。



***



市についたがあまり人気がない。
お店も開いているのか閉まっているのか、
わからないような所が多くて尋ねられるような雰囲気ではなかった。


(誰か……)


きょろきょろと周りを見回したは、
ふと視線に止まった男性に声をかけた。


「あの!すみません。」

「ああん?」


振り向いたのはガラの悪そうな男だった。


「あの、この子のお母さんを探しているんですけど
 ……赤い着物の女性を見ませんでしたか?」


尋ねたを男はジロジロと舐めるように眺め不適な笑みを浮かべると、


「見たぜ。」


と言った。


「本当ですか!」

「ああ、案内してやってもいいが……条件がある。」

「条件?」


男の言葉にが不思議そうな顔をすると、
男はの腕をつかんだ。


「お前、俺に付き合え。」

「え?ど、どこにですか?」

「どこでもいいだろ。さあ来い!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!この子をお母さんに会わせるのが先です!」

「うるせぇな、こんなガキどうでもいいだろ…。」

「よくないですよ!この子のお母さんを知ってるんじゃないんですか?」

「いいからお前が俺の相手をすればいいんだよ。」

「離して下さい!」


やっと男の言うことがおかしいことに気付いたは抵抗したが、
男はの腕を離そうとしなかった。
とはいえ、丸腰の相手に刀を抜くわけにもいかず困っていると、


「はい、はい。止めて下さい!」


ひょっこり現われた沖田さんが男との間に入り込み、
あっさり男の手を離すとを庇うようにして男の前に立った。


「なんだてめぇは?」


沖田さんの出現に男は苛立った様子で問い掛けた。


「彼女の連れです。手出さないでくれますか?」

「沖田さん…;」


明らかに男を挑発するような態度の沖田さんには慌てた。


「うるせぇ、邪魔するきか?」

「なんならやりますか?僕の刀を片方貸しますよ?」


沖田さんはそう言って刀に手をかけた。


「沖田さん!!」


は必死に止めようとしたが、男の方もやる気のようだ。


「へっ、おもしれぇ。わざわざ俺に刀を渡すってのか?」


腕をならして近づいてきた。


「ダッダメーーーー!!!ダメ、ダメ、ダメ!ダメですよ!」


突然大声を上げたに沖田さんも男も驚いてを見た。
は沖田さんの前に出ると、


「沖田さん!こんなとこで戦うなんてダメです!
 しかもわざわざ刀を渡すなんて!この子もいるんですよ!」


と言って怒り、言い終わると今度は振り向いて男に詰め寄った。


「貴方も!なんでわざわざ受けるんですか!子供の前でそんなことしないで下さい!
 それに沖田さんと戦うなんて無茶です!無謀です!絶対に死にますよ!!」


のあまりの迫力に男は圧倒され唖然としていたが、
ふと我に返ると興が削がれたのか、


「……ふん、付き合ってられるかよ……。」


そう言って去っていった。


「「…………」」

「…お姉ちゃん。」


なんとなく沈黙していた二人に声をかけたのは女の子だった。


「あ、ごめんね……。」


は謝ると女の子の手を取った。


「沖田さん…あんまり不用意に戦うなんて言わないでくださいよ…。
 今は相手の人が引いてくれたからよかったですけど…。」

「そうですか?まあ、あまり強そうな人じゃありませんでしたし…いいですけどね…。」


沖田さんは少し残念そうな顔をしたが思い出したようにを見た。


「そういえば、彼女のお母さんらしき人を見つけましたよ。」

「本当ですか!」

「ええ、僕のは本当です。」

「え?」


沖田さんの言葉にがきょとんとした顔をすると沖田さんは苦笑いした。


「さっきの男です。彼の言っていたのは嘘ですよ。」

「あ、やっぱり知らなかったんですね?」

「ええ、と言うかもっと早く気付いて下さいよ。だから貴女を一人にしたくなかったんです。」


少し怒ったようにそう言った沖田さんには申し訳なさそうに謝った。


「すみません、沖田さん…。」

「ま、無事でよかったですけど。」



***



「あ!お母さん!」

「蘭!ああよかった…。」


沖田さんが先に待たせていた女性は確かにその子の母親らしく、
今までなかなかの手を離さなかった女の子が直ぐ様駆け寄り母親に抱きついた。


「ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん。」


女の子は嬉しそうな顔で振り向くと、と沖田さんにお礼を言った。
母親も二人に頭を下げ、お礼を言うと二人は仲良く手をつないで帰っていった。


「よかったですね、さん。」

「はい!これもみんな沖田さんのおかげですね。ありがとうございました!」


は沖田さんに向かって深々と頭を下げ、顔を上げるとにっこり笑った。
そんなを見て沖田さんも笑顔になった。


「いえ、そんなことないですよ。」

「そんなことあります!沖田さんがいなかったら大変なことになってましたよ!」


謙遜した沖田さんを力強く否定したに少し驚いた沖田さんだったが、
すぐ嬉しそうな顔に戻ると少し意地悪そうな顔になって口を開いた。


さんだけだったら迷子になっていたからですか?」

「う…」

「さっきのあの男みたいなのにもっとひどい目に合わされていたかもしれませんし…」

「う〜ん…」

「もしかしたら、あの子の母親も見つけられなかったかも……」

「…………」


しゅんと落ち込んだに沖田さんは笑った。


「すみません、沖田さん…ご迷惑をおかけしました…。」

「やだな、さん!冗談ですよ。僕は迷惑だなんて思ってませんよ。」

「でも…。」

「僕の方こそすみません、調子に乗って。」


笑顔で言った沖田さんにも少し笑った。


「いえ、ありがとうございます。
 本当に感謝しています、あの子もお母さんに会えましたし。」

「ええ。」

「それに今も沖田さんが一緒でよかったって思ってるんです。」

「……どうしてですか?」


不意ににっこり笑ってそう言ったに沖田さんはちょっと照れて尋ねた。


「あ…その…実はですね…///


赤くなって俯いたに沖田さんはドキッとしたが、
次にが言った言葉にガクッと肩を落とした。


「ここから屯所までの道がわからなくて……一人で帰る自信がないんです…///


ちょっとがっかりした沖田さんだったが、
不安そうな縋るような目で見られたら文句も言えない。


「本当にしょうがない人ですね、貴女は。」

「……すみません。」


ひたすら恐縮し申し訳なさそうに謝るを 可愛いと思ってしまうあたり、
自分も十分彼女に好意を持っているんだな、と思ってしまった沖田さんだった。


「じゃあ、僕が責任を持ってさんを連れて帰りますよ。」


そう言うと沖田さんは手を差し出した。


「?」


きょとんとするに笑顔を返した沖田さんは、


「はぐれて探すのは大変ですからね♪」


と言っての手を取った。
少し驚いた表情をみせただったがにっこり笑うと、


「ありがとうございます。」


と言って沖田さんの手を握り返し、
二人は手をつないで屯所へ帰っていった。




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2006.11.28