「はぁ〜、ぜってー終わらねぇぜ…こんなの…;」


深いため息と諦めの声が散らかった部屋にこだました。





-お掃除大戦争!?-




ここは永倉さんの部屋。
昨夜酔っ払ってどんちゃん騒ぎをしてしまったために、今部屋は散々たる様子。

昨夜騒いだことと踏まえて土方さんにかなり怒られて、部屋の片付けを言い付けられた。
一緒に騒いだ原田さんたちにも責任はあると手伝って貰おうと思ったのに、
残念ながら留守だった。虫の知らせか、逃げられたようだ…。


「あ゛〜クソッ!」


結局一人で片付けるはめになり、永倉さんはイライラしながら紙屑をごみ箱に投げ付けた。
もともと散らかっていた部屋、良い機会だから隅々まで掃除をしろ、
と土方さんは言ったのだが、やる気がないだけに、ちっとも片付かずむしろ余計ひどくなっているかもしれない。
まあ、もともとこれ以上ない程散らかっているが…。


「やっぱ一人でこれ全部は無理だろ…誰か…。」


もう一人では手に負えないと判断した永倉さんは助っ人を頼むことにした。
同罪の原田さんたちはいないが、原田さんたちだとまた騒いで片付かない可能性も高いので、
掃除に適任な人を考えてみることにした。


「そうだな…新選組で部屋が綺麗な人物と言えば…」


男所帯の新選組、殆どみんな部屋は汚いのでそう言う人物は限られる。
しばらく考えた末に永倉さんが思いついたのは…、


「ハジメとサンナンさんぐらいか…?あと総司の奴は…微妙か…。」


三人ないし、二人だった。
土方さんも部屋は綺麗だが、さすがに手伝いを頼める人物ではないので除外した。


「よぉし!ちょっくら頼むとすっか!」


思い立ったら吉日、永倉さんは立ち上がると部屋を出た。



***



まず向かったのは斎藤さんの所だったが、残念ながら斎藤さんは部屋にいなかった。
仕方がないので次に山南さんの部屋を尋ねた永倉さん。


「サンナンさんいるか〜?ちょっと頼みがあるんだけどよ〜。」

「やあ、永倉君かい?入っていいよ。」


部屋の外から呼び掛けると、何やら機嫌の良い山南さんの声が返事をした。
一先ず部屋に入ると、何やら大事そうに人形を掲げている山南さんと斎藤さんがいた。


「なんだ、ハジメ、サンナンさんとこにいたのか?」

「…ええ…まあ…。」


山南さんの前に座っている斎藤さんに声をかけると、
斎藤さんは何やら複雑そうな顔をした。


「?」


永倉さんが不思議に思っていると、
人形を下に置いた山南さんが永倉さんに向き直って話し掛けた。


「永倉君、頼みってなんだい?」

「あ、いや…ちょっとな…それより、何やってたんだ?サンナンさん?」


頼みごとのこと、話そうと思った永倉さんだったが、
斎藤さんの反応が気になって、先に山南さんに尋ねた。

永倉さんが尋ねると、山南さんは上機嫌のまま人形を手に取り、
自慢げに永倉さんの前にに突き出した。


「よく聞いてくれたね!たった今『お掃除完璧君三号』が完成したんだよ!」

「お掃除完璧君?三号?」

「屯所の掃除用にと開発したんだよ!」


山南さんは何やら自信満々だが人形は明らかに怪しい顔をしている…。
不安な気持ちのまま、永倉さんはチラッと斎藤さんに視線を向けると、
斎藤さんは困ったように首を振った。


「今度こそ完璧だから大丈夫だよ!さっそくどこかで試そう!」


山南さんはノリノリだったが、不安になった永倉さんは慌てて山南さんを呼び止めた。


ちょい待ち!サンナンさん!今度こそってなんだよ!それに三号って…;」

「ああ…それは…。」


山南さんは困ったように苦笑いしてそこで言葉に詰まったが、
続きを言ったのは斎藤さんだった。


「昨日既に二つ失敗しまして…原田さんと藤堂の部屋が犠牲……今日のそれは三つ目です…。」

「斎藤君;」

「…………;」


話によると、昨日完成した『お掃除完璧君一号』を持っていた山南さんに
遭遇した斎藤はいろいろあってその後付き合う羽目になったらしい。

『お掃除完璧君一号』は斎藤さんの部屋は特に掃除の必要がなかったので
原田さんの部屋で試運転をすることになり、
原田さんも最初は嫌がったがもともと汚い部屋が綺麗になるなら、と承諾した。

で、結果動かした『お掃除完璧君一号』は原田さんの部屋の汚さに激怒し、暴走してしまい
原田さんの部屋は悲惨なことになったらしい…。

それでも懲りないめげない山南さん。
すぐに『お掃除完璧君一号』を修理し『お掃除完璧君二号』が完成。

ちなみに『お掃除完璧君二号』の被害にあったのは藤堂さんで、
よりにもよって『お掃除完璧君二号』は大爆発し藤堂さんの部屋も原田さんと同じ運命となった…。

斎藤さんから話を聞いた永倉さんは、そういえば…と、
昨日原田さんと藤堂さんの二人がやけに荒れていたことを思い出した。

飲み過ぎ、騒ぎ過ぎたのも実はそのせい…。
そして泥酔した二人は部屋を無茶苦茶にされたことは覚えているのか、
頻りに「人形が〜人形が〜」とうわごとのように繰り返し、
腹いせのように永倉さんの部屋を荒らしたのだった。


「…………」


そんな昨夜の状況を思い出し、そしてその原因が目の前に……。
不気味に微笑む人形に目をやったまま固まっている永倉さんに山南さんはにこやかに話し掛けた。


「今度は絶対に大丈夫だから!どうだい永倉君?」


満面の笑顔で『お掃除完璧君三号』を勧める。
「絶対に大丈夫」と言うその自信の根拠は一体どこから来るのだろう…;


「いや…遠慮しとくわ…;サンナンさん…;」


掃除の手伝いを頼みにやってきた永倉さん。
部屋はすさまじく汚れているのだからこの際…と、思わなくはなかったが、
恐ろしさからもはや口が勝手に拒否していた。


「そうかい?」


山南さんはさも残念そうな顔をし、がっかりと肩を落としたが、
やはり頼む気にはなれなかった。

もうこれはさっさと退散するべきと判断した永倉さんが帰ろうと思った時、


「それで…永倉さん、用件はなんです?」


思い出したように斎藤さんが尋ねた。


「あ、いや;たいしたことじゃねェんだ…だから、もう…良いわ…;」


いまさら掃除のことは言えない…永倉さんは慌てて山南さんの部屋を出た。



***



結局、助っ人取得には失敗し、トボトボと自室に戻る永倉さん。
斎藤さんだけでも手伝って欲しかったが、あの場で頼むと必然的に
『お掃除完璧君三号』が付いてくるに違いないので言いだせなかった。


(どうすっかな〜。)


もう自分でなんとかすべきなのはわかっていたが、
やっぱり掃除をする気にはなれず、ボリボリと頭をかきながら永倉さんが考えていると…。


「永倉さん?どうかしました?」


ふと声をかけられ目を開けると、が心配そうな顔で自分を見つめていた。


「ああ……どうした?」

「いえ、永倉さんこそ…何だか顔色が悪いですよ?」


本当に心配そうな顔をしている
自分のことを気にしてくれているのかと思うと嬉しくあれこれ悩んでいたことはもう吹っ飛んだ。


「いや、ちょっと部屋がな…」

「部屋?永倉さんの部屋ですか?どうかしたんですか?」

「あ…いや…;」


優しく声をかけてくれたにつられてつい言ってしまい、永倉さんは慌てて口を閉じた。

掃除の手伝いを頼む相手としては、はかなりの適任者。
それは永倉さんも最初からわかっていた。
だが部屋のあまりの汚さに、仮にも好意を寄せている相手であるに見られるのが嫌で除外していたのだ。


「永倉さん?」

「あ〜う〜ん;いや、実はな……」


とは言え、ここまで来たらもう話しても良いか…と、
永倉さんは部屋の掃除に行き詰まっていることを話した。
部屋が無茶苦茶になっていることは、原田さん、藤堂さんの責任だと言うこともしっかり言って。


「それなら私もお手伝いしますよ。」


とにかく部屋はひどい状態だと言ったにも関わらず、はあっさりそう言った。


「あ〜悪りィな…。」

「いえ、困った時はお互い様ですから!」


にっこり笑ったに永倉さんは心底申し訳なさそうに首を垂れた。
話せば必ず手伝ってくれるとわかっていたからあえて避けていた相手。
けど、結局頼ることになってしまった。


「ほんと…すまねぇ…。」


永倉さんは再度謝罪の言葉を述べた。



***



「…………」


部屋に到着し、部屋の中を見回したは思わず言葉をなくした。
覚悟はしていたはずなのに、想像以上にひどい部屋の状態に…。


「あ〜;無理に手伝うことはねぇからな;」


やっぱり不味かったか…;と後悔しつつ、永倉さんは必死に取り繕った。
が手伝ってくれなければ一生このままかもしれないが、嫌われるのはもっと困る。
ヒヤヒヤしながら声をかけた永倉さんに、は慌てて振り返り、


「だ、大丈夫ですよ!こ、これこそ掃除のしがいがありますよ!がんばりましょう?」


と、もまた必死で答えた。
微妙に引きつっているの笑顔に、もう土下座したい気持ちだったが、
それでも手伝うと言い、自分を気遣うに永倉さんは感激し、ますます惚れた!
とか思っていた。



***



「どうです!大分片付きましたよね!」

「おお!すげぇぜ!!」

「えへへ…///


しばらく二人で奮闘し、まだ綺麗にはなっていないが、『誰もが匙を投げそうな状態』からは脱出できた。


「それじゃあ後は物を整理して片付けていきましょう。」


は嬉しそうに笑うと、散らかった着物を畳み始めた。


「ありがとな、。おめぇがいなかったらぜってー終わらなかったぜ。」


苦笑いしながらの隣に腰を下ろした永倉さん。
は永倉さんの方を向くと、


「いいんですよ。お役に立てたなら幸いです。」


と言ってにっこり笑った。


……。」

「それに、お掃除って大変ですけど、終わったらやっぱり嬉しいじゃないですか。」

「けど、あんな量があったらやる気も起きねぇよ…。」

「それでも、少しずつでもやっていけば必ず終わりますし、無駄な努力はないんですよ?少しずつで良いんです。」

「…………」


にこにこと優しい笑顔でそう話すに、永倉さんは心が暖かくなるのを感じた。

どうしてこんなに彼女の言葉は心に染みるのか…。
自分よりも年下で、体もずっと小さいのに、心はずっと…。


…俺!」


永倉さんはたまらずの腕を掴んだ。
もうこのまま勢い任せでもいい、気持ちを伝えたい…と。

いきなり腕を掴まれは驚いた顔をしたが、
永倉さんは躊躇いつつも次の言葉を口にしようとした。


…俺は……おめーの…」


ビーー!!


「「?」」


バリッ!

ドコッ!


「うぉ!?」

「きゃあ!?」


決死の永倉さんの告白は、何か奇怪な機械音に遮られ、
おまけに音の原因は永倉さんの部屋の障子を突き破り突進してきて永倉さんに激突した。


「また失敗ですか?」

「そんなはずは…永倉君大丈夫かい?」


何かと不思議がっていた二人、油断していた所への乱入者、
『それ』に突き飛ばされた永倉さんは必然的にを押し倒し、
そこへやってきた二人はその光景を見て固まった。


「永倉さん…何をしてるんですか……。」


最初に言葉を発したのは斎藤さん。
凍り付くような冷たい声と殺気立った斎藤さんのオーラに永倉さんは慌ててから離れ、
原因の『それ』を掴んだ。


「俺のせいじゃねー!!サンナンさんの『お掃除完璧君三号』が俺を突き飛ばしたからだ!」


ずいっと『お掃除完璧君三号』を斎藤さんの前に突き出し、必死に説明した。


「……、大丈夫か?」


斎藤さんは『お掃除完璧君三号』を一瞥すると、
永倉さんのことはあっさり無視してに声をかけた。


「え?私は大丈夫ですよ。それより永倉さん、大丈夫ですか?頭にぶつかったんじゃ…?」


斎藤さんに笑顔を返し、は慌てて永倉さんの頭をそっと撫でると傷を見た。


「あ〜別に大したことねぇよ…。」

「そうですか?」

「すまないね、永倉君。自動装置が少し…」


山南さんは苦笑いしながら永倉さんに謝ると、ブツブツ言いながら何事か考えている。
…と、何を思ったか、斎藤さんはの手を掴むと自分の方へ引き寄せ、永倉さんの部屋から出した。


「?斎藤さん?」

「おい…ハジメ?」


なんとなく気に入らない永倉さんは斎藤さんを睨んだが、斎藤さんは一言。


「……ここは危険だ。」


と言って、を連れてさっさと行ってしまった。


「危険?…って……;」


一瞬、何の事かと思った永倉さんだったがすぐに気付いて慌てて振り向いた。
……が、時既に遅し。『お掃除完璧君三号』は目を見開き、

爆発寸前五秒前…。


「永倉君、不味い、逃げてくれ!」

「お、おい!?サンナン!?」


山南さんも警告はしつつちゃっかり逃げ出し、永倉さんは……。


ドカン!!


爆発に巻き込まれてしまった。




「さ!斎藤さん!な、永倉さんは…;」

「大丈夫だ、永倉さんは慣れてるだろう…。」

「慣れて…;」


早々逃げた斎藤さんと
慌てるに斎藤さんはあっさりそう言った。



その後、永倉さんは斎藤さんと山南さんを散々責め、部屋の掃除は二人がしてくれることになった。

渋っていたが、『が』がんばってくれた成果を爆破でなくしたことを言うと、
反論できず、斎藤さんも山南さんも大人しく掃除してくれた。


「……私もお手伝いしますよ?」

「いや、大丈夫だ。」

「これ以上君に迷惑かけられないからね。」

「当たり前だぜ…。」


苦笑いで二人を見守るに対し、すっかりご立腹の永倉さん。
見捨てられたのだから当然と言えるが…。

「ま、これが終わったら許してやるから…」

それでも大人しく掃除してくれている二人を満足げに見やり、そう呟いた。
…そんな時。


「まあ、安心したまえ永倉君。こんなこともあろうかと『お掃除完璧君三号改』が…」

「サンナンさん!!いい加減にしてくれよ!!」

「山南さん…懲りないな…。」

「………;」


懲りずに人形を取り出した山南さんに、また一騒動ありそうな予感。
一体掃除はいつ終わるのやら……。




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2008.10.23